カディツ公居城での戦闘
†‖:登場人物紹介:‖†
ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。
グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。
王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。
ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。
少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし
孤独な日々を送っている。
マントレン・・・19歳。ファントレイユ、ギデオンの友達。
近衛連隊、隊長。剣の腕はからっきしだが、
参謀として、ファントレイユやギデオンの窮地を
度々救い、信望を得ている。
ダサンテ・・・スターグらと同級の、ファントレイユの部下。
真面目で無駄口を叩かず、勇敢なので
先輩達からとても信頼されている。
アデン・・・ギデオンよりうんと年上だが、同じ近衛准将。
ギデオンの叔父で、現右将軍、ドッセルスキに指令を
受けて、ギデオン暗殺を企む。
ローゼ・・・近衛連隊、隊長の一人。アデンに指令を受け
ギデオンに直接手を下す機会を狙う、暗殺者。
ギデオンより、年上の熟練の、刺客。
ギデオンはその城の中で剣を振るっていた。
野営の城に到着後間も無く、すぐ隣領地のカディツ公の居城より救援要請があり、直ちに連隊を率いて馬で駆けつけ、城の中で圧倒的少数で敵に立ち向かう、城のお抱え騎士達の加勢に飛び込んで彼らを安堵させた。
平常の戦とは違い、彼ら連隊が押し寄せると、幾つもある豪華な部屋部屋に敵は散り、騎士達は皆、城内の敵を追って散開した。
真っ先に、部屋に駆け込むギデオンが急襲する敵に剣を振り、一撃の元に斬り倒すのを目にした賊達は、彼がやって来ると蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
ギデオンは背を向けて逃げる敵に思い切り腹を立て、室内を歩き回ってその姿を探すが、戸の影から、箪笥、彫像の後ろから敵は急襲して来てその度、ギデオンは剣を振る。
見回してももう動く気配無く、ギデオンは二階に続く広大な踊り場にしつらえられた、幅広で豪華な飾り彫刻をふんだんに施した立派な階段を駆け上る。
城内をそんな風に敵の姿を求めて彷徨いているのは自分だけで無く、途中手摺りを掴み階下を見下ろすと、階段下ではシャッセルが、戦っている風も無くやはり自分同様、襲い来る敵を探し身構えていた。
ギデオンが豪華な階段を登り切ったその先の、素晴らしい金の額縁に飾られた絵画の並ぶ、ぴかぴかに磨き上げられた大理石の床の広い踊り場に、立つ。
その正面の部屋を探そうと進む彼の背に、突然絵の横の、開け放たれた飾り戸の影から敵が、急襲して来た。
シャッセルが、ギデオンの姿を追って階段を登りかけたが途中その狼藉者を目にし、慌ててギデオンの背を護ろうと、一気に階段を駆け上る。
そのシャッセルの急ぐ姿にギデオンは気づき、背に一瞬刃の振り下ろされる気配にだがギデオンは敵を見る事無くその向けられた殺気に対し、軽く体を振って襲い来る剣をかわし様振り向き、瞬時に剣を振り下げた。
相手はその一撃で床に、倒れ伏す。
駆けつけたシャッセルが、僅かに息を切らして床に転がる、敵を見る。
顔を上げ、ギデオンを真正面から声無く見つめる。
金の、鮮やかで豪奢な髪は僅かに乱れて波打ち、その髪に囲まれた色白な小顔の、小さな唇は赤く、その碧緑のくっきりと美しい瞳が自分を、見つめていた。
シャッセルはその美女も叶わぬ類い希な美しいその姿と、相手をも見ず一撃で敵を斬り殺す、その見事な剣捌きとのギャップに、暫く、呆然とした。
が、瞬間ギデオンはシャッセルに、きつく強い視線を向ける。
シャッセルは瞬間はっと気づく。
今度は自分の背後から、いきなり敵の剣が襲いかかって来た。
背を絶ち斬ろうとするその剣に、シャッセルは振り向き様剣を当て止め、交えた剣を力を込めて押し合いながら、思う。
…これが普通だ………。
背後から襲いかかる剣を一瞬でかわし、敵も見ずに剣を振り入れ……そして一撃で殺す事等、ギデオンの他に一体誰が、出来る?
シャッセルはその剣を力尽くで跳ね上げ、自らの剣を素早く構えると、思い切りその男の開いた横腹に突き入れた。
賊は呻くと、傷を抑えて倒れ込む。
シャッセルが一息付いて顔を上げる。
ギデオンはこの戦場で浮き立つ素晴らしく綺麗なその姿で、だが尊大に顎を上げ、息一つ乱さず彼にこう告げた。
「…私の心配は無用だ。自分の心配を、しろ」
見下す風で無くその声に気遣いが潜み、シャッセルは心の中で彼に感謝の、一礼をした。
その先の長い廊下に進むと、降りかかるように次々に敵が襲ってきて、シャッセルはギデオンの斜め後ろに付けながらもギデオンと共に、五人程の向かい来る敵と対した。
シャッセルは自分に襲いかかる剣を受け止めながら、それを目にした。
豪奢な金の髪が瞬間鮮やかに、散る。
降ってくる剣を屈んでかわし、瞬時に相手の懐に飛び込んで剣を突き入れ、それを引くなり弧を描く間すら無く銀の残像を一瞬残す早さで、斜め前の男の腹を踏み込み様思い切り横に薙ぎ払い、両端に倒れ伏す男達の真ん中その向こうから、剣を振りかぶり向かい来る賊を、剣を振り上げては一歩退き、相手が握りに力を込めて剣を振りかぶる、その瞬間さっと身を屈め、あっという間に間を詰めて一気にばっさりと肩口から、激しい一刀を振り入れる。
…あんまりその姿がしなやかで俊敏で、勇猛で美しく、シャッセルは一瞬、視線が彼に釘付けられ、見惚れる自分を制した。
自分も敵の剣を、受け止めて対しているというのに、ギデオンはその間に三人を斬り殺していた。
シャッセルが気合いを入れ直し、瞬間剣を外してその男の脇を早く鋭い一撃で突き倒す。
その横から隙を見て逃げ去ろうとした賊は、向かい来るシャッセルに慌てて剣を構えようとするが、シャッセルは上げた剣を力尽くで振り下ろし、敵を一刀の元切り捨てた。
見るとギデオンはもう先に進んでいて、アドルフェスが自分の姿を見つけて後ろから近寄って来る。
黒髪で自分と同じくらいの身長の、頑健な体付をしたその男前の騎士は、白っぽい金髪で碧眼のいかにも女性受けのいい、整った容姿のシャッセルのその姿に視線を投げ、厳つい表情をその勇ましい顔に一瞬浮かべ、彼と肩を並べてギデオンの背に、続く。
アドルフェスは、深い藍色の瞳をギデオンの背に向け、その背の後ろから荒れた室内を、見渡した。
宝物部屋なのか激しく物が散乱し、物色した後があり…その散らかった部屋の奥に一人、豪奢な金の刺繍の入った高価な青い上着を付けた青年が、今にも倒れそうになりながらも、剣を杖代わりにその身を支え、立って居た。
ギデオンが近寄ると彼は脇を押さえ、そこから血が、吹き出しているようだった。
その他にも肩や腕に数カ所傷を作り、その高価な上着を自らの血で、汚していた。
それでも倒れ込まず、何とか崩れ落ちそうな体を必死に剣で支え、ギデオンを見つけると顔を上げ、苦しげな息を吐きながらもささやく。
「…頼む………。
弟を……連れて行かれた。
助けてやってくれ……!」
「カディツ公子息か?」
ギデオンが静かに問うと、青年は痛みに顔を歪ませながら、頷いた。
「…ウィリッツだ…」
ギデオンが後ろを振り向き頷くと、シャッセルがその視線を受け、脇を開けるギデオンの横を抜け、その若い青年に近寄って傷から手を離させ、腰のベルトの隙間から止血用の布を、二本の指先で抜き出しそっと、傷口に押し当てる。
ギデオンはそれを見守った後、くるりと背を向け足早に室内を出、アドルフェスは後に付き従った。
彼らは二階の手摺りから、盗賊の死体があちこちに転がるその広々とした豪華な階段下の広間に、がやがやと集い来る部下達を見つける。
ギデオンが彼らに、鋭い声音で叫んだ。
「子息がさらわれた!
何としても、探し出せ!」
全員が、上から降って来るギデオンの声に揃って顔を上げ、そして一斉に、城内外に散って行った。
盗賊の残党は広大なカデッツ公爵領地内にある、なだらかな丘陵地帯のその向こう。
小高い丘の上の、要塞のような別宅に立て籠もっているとの報告が、入った。
狐のようにしなやかな細身の、銀に近い金髪をたなびかせたレンフィールが城の庭でその縛り上げた男からそれを聞き出すと、ギデオンがふいに後ろから姿を、見せる。
「…確かなのか?」
聞き慣れたギデオンの声に、レンフィールは振り返ると捕らえた盗賊の襟首を掴み、引き上げた。
「…確かだろうな?!」
賊は若者だったが、いかにも盗人。といった、下品で薄汚れた顔をしていた。
襟首を掴むその男の、銀狐を思わせるしなやかな銀色の長髪。
薄いグレーの瞳をした女顔で柳腰の風貌に視線を向けたもののその男が、剣を手にした時顔色も変えずに何人もの仲間をあっという間に斬り殺すぞっとした凄腕の使い手だと言う事も、十分目にしていた。
だがその男は後ろから現れた素晴らしく目立つ金髪の、女性と見まごうばかりの別嬪の、身分の高そうな男の姿に冷静さを失い、彼の顔色を伺う様子に、若く縄打たれた賊はひきつる喉をなだめながら、必死に叫ぶ。
「……本当だ……!
お頭他その取り巻き連中が、緊急の時にはあそこに避難すると言ってたからな……!
俺が付いて行こうとすると、俺の盗んだお宝を取り上げて、お前はここに残って戦えと…!
見捨てやがった…!」
男がそれは悔しそうに顔を歪めてそう叫ぶと、レンフィールはその、綺麗な細面を少し歪ませて低く呻く。
「…そういう事を、聞いているんじゃない…!」
若い賊はレンフィールの後ろに黙して立つ派手な人目を引く豪奢な金髪の、見目こそそこらの女よりも余程綺麗な容姿だが凄まじい気迫を滲ませる身分の高そうなその男と、自分の首を締めてる凄腕の剣士の歪んだ顔を見比べ、慌てて付け足す。
「…確かに…確かに、貴族の子供も一緒だ…!
俺達が盗んだお宝と一緒に、お頭達があそこへ運んだ…!
見目のいい男の子供はヘタな宝石なんかより、余程高く売れる…。
お頭達が絶対殺す訳ねぇし、放したりも、するもんか…!」
ギデオンはそれを聞き、笑った。
「…で、お前は剣を捨てて命乞いか?
利口だな」
足元に転がる、飾りの無い粗末な剣を見てそうつぶやく。
レンフィールに締め上げられているその若い賊は、だが吐き捨てるように言った。
「…使い捨てにされて、たまるか……!」
男の悔しげなつぶやきに、ギデオンが途端真顔に成る。
「…使い捨てが嫌なのは、盗賊も騎士も同じだな」
ぼそりと告げる、凄まじい迫力の身分の高いその男の静かな独り言に、盗賊の視線が思わずギデオンの綺麗な横顔に、吸い付いた。
がギデオンはレンフィールに顔を向け、命令を出す。
「…捕らえた者は集めて連行しろ…!
アデン准将と王子達がこちらに向かっている。
捕らえた者達を連れて彼らと合流してくれ。
私は一足先に、賊が立て籠もっているという別宅に飛ぶ」
レンフィールは、頷いた。
ギデオンは、後ろに並び立つシャッセルとアドルフェスを引き連れ、馬に跨った。
レンフィールはギデオンが、疾風のように馬を駆けさせ、アドルフェスとシャッセルが顔を歪めて必死で手綱を取り、ギデオンの背を追う様を見、肩をすくめて部下達に、引き上げの合図を、送った。
…やがて、馬車が止まった。
ファントレイユが窓から覗くと、馬に跨ったレンフィールの姿が見えた。
レンフィールはアデンの姿を見つけると、馬を寄せる。
アデンが馬に跨ったままのレンフィールから報告を受け、頷く。
「…この先の、丘陵地帯の別宅か…。いいだろう。
では我々も、もう少し進み、その近くで野営しよう…。
城内はひどい有様か?」
「…城付きの騎士が十数名残っていて、後片づけをしています」
「…ギデオン准将は別宅を、見に行っているのだな?踏み込む様子か?」
「…私もあの別宅は目にした事があるが、ぐるりと高い、石の塀に囲まれ、入り口は正面に一つしかない…。
いざと言う時の要塞として、建てられたと聞いている。
入り口をぴったりと閉じられては、ギデオンとて容易に侵入は出来ないと思う…」
アデンがその言葉に頷く。
「…もう、日も暮れる…。
君はギデオン准将と合流し、様子が伺えたらこの野営地に戻るよう、告げてくれ…」
レンフィールは一つ、頷くと手綱を取る。
ふわり。と、白っぽくくねる銀髪が見え、彼は相変わらず気配の無い狐のような様子でさっ、と馬を駆けさせてその場から遠去かって行った。
だが、王子の元には何の報告も無いまま、馬車は再び進み始めた。