ギデオン暗殺計画
やっと・・・・・・。
シャッセルの登場です・・・・・・。
†‖:登場人物紹介:‖†
ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。
グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。
王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。
ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。
少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし
孤独な日々を送っている。
ギデオン・・・19歳。小刻みに波打つ金の長髪。青緑の瞳。
ソルジェニーのいとこ。王家の血を継ぎ、身分が高い。
近衛准将。見かけは美女のような容貌だが、
抜きん出て、強い。筋金入りの、武人。
シャッセル・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。
大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。
無口、高潔な人柄で、剣の腕前もさる事ながら
誠実さで、ギデオンの信望を得ている。
暫くして扉が開いたが、訪れたのはマントレンだった。
彼は地味な紺の上着を付けていたが、その色が更に彼の顔色を、青冷めて見せていた。
が、ファントレイユが一目彼を見て素早く尋ねる。
「…どうした?」
「…ギデオンが睨まれてる…!」
そう告げ、顔を歪ませる王子に気づき、視線を落として言葉を控えようとした。
が、ソルジェニーは慌てて叫ぶ。
「…ギデオンを、助けてくれるんでしょう?貴方方は…!」
マントレンは黙して、頷く。
ソルジェニーは必死に告げた。
「…なら続けて下さい…!私に構わずに…!」
ファントレイユが、王子を見ておもむろに口開く。
「では約束して下さい。
我々が必ず何とかするから貴方は絶対、大人しくしていると…!」
「…しますから……!」
ファントレイユはソルジェニーを見つめたが、ソルジェニーの必死の表情に、その視線をマントレンに移すと、頷いた。
マントレンはそれを受けて口を、開く。
「アデン配下の二隊に、ローゼとその部下達がいる……!
君も知っているだろう…?
人切りローゼの噂を…」
ファントレイユは急いで言葉を繋げる。
「…ドッセルスキの刺客を請け負っているという、例の噂か?」
マントレンは頷いた。
「今まで近衛内で、公然とドッセルスキ右将軍に楯突く男達が次々に殺られているが、あれは全てローゼの仕業だ。
私は全て裏を取ったが、噂なんかじゃ無く真実だった。
親ギデオン派の隊長らが全て、君の叔父のアイリスを頼って近衛を抜け出したのも、暗殺を防ぐ為だ」
ファントレイユが俯いて唇を、噛みしめた。
が、マントレンは声をひそめ告げる。
「…気配を消すのが得意のヤンフェスに彼らの話を盗み聞いて貰ったが、どうやらギデオンの下にローゼを付け、我々と隔離して……」
ファントレイユの顔が一瞬、揺れた。
それは低い、聞いた事も無い程鋭い声で聞き返す。
「…まさかどさくさ紛れに、暗殺する気か…?!
仮にもドッセルスキにとって、甥だろう?ギデオンは!」
ソルジェニーはその“暗殺”という言葉に、一瞬冷気に晒されたように、身が凍った。
ファントレイユはきつい瞳をし、青冷めて見えはしたが、とても静かだった。
マントレンは動揺を隠せない王子の様子に、一瞬視線を向けたが、更に言葉を続ける。
「…身分の低い君や私を隊長にし、更に王子の護衛に君を付けた…。
身分重視の奴らは、限界のようだ…!
これ以上、身分の低い者を重要な役職に就けるのを、防ぐにはそれを言い出すギデオンを………」
マントレンがその後の言葉を、飲み込んだ。
ファントレイユが声を落とし、囁く。
「……方法は、解っているのか?」
マントレンは俯き親指を噛むが、小声で告げる。
「……良くは………。
今ギデオン達は配下の隊長達を連れて、西の城を襲った盗賊を討ちに、行ってる。
…多分ギデオンの事だから討ち取って帰ってくる。
だが敵の数を考えると一掃出来るとは、思えない…。
アデンがギデオンから彼の部下を取り上げ、ローゼ達をその配下に指名し、ギデオンに出動命令が出たりしたら……その時は、危ない」
ファントレイユは静かに、頷いた。
マントレンは言葉を繋ぐ。
「…ともかくアデンがそれを言い出すタイミングが解らないが、ギデオンにさんざん盗賊を討たせ、奴らに止めを刺せる時迄利用する腹だと思う…」
「…ギデオンを殺して手柄は自分が独り占めか…。
相変わらず悪党だな…!」
ファントレイユの吐き捨てるような声の、優雅さの微塵も無い態度に、彼がどれだけその事に腹を立て真剣なのか、ソルジェニーにも解って青冷めた。
マントレンが顔を上げる。
「…君の叔父アイリスは、大貴族で軍での実力者だ。
彼に使いを送って、アデンがこの暗殺計画の口を割るような手を打つよう、要請してもらえないだろうか?」
ファントレイユは即答した。
「直ぐに使者を送る」
マントレンが顔を下げる。
「ダサンテに、ここに忍んで来るよう伝える」
「頼む」
「…後はローゼを捕らえる方法だが、尻尾を出してくれない限り、押さえられない…。
まだ暫く時間がある筈だから、こっちで何とか考える」
マントレンはそれだけ言うと、王子にそっ、と視線を投げた。
今の会話の内容の衝撃に、幼い王子の心の動揺を見取ったが、直ぐにファントレイユに視線を移す。
ファントレイユがマントレンの視線を静かに受け止め頷き、マントレンは後は任せると頷き返した後、王子に軽く、頭を下げて戸口に歩いた。
が、ファントレイユが行こうとする彼を、呼び止める。
「…マントレン」
彼は振り返った。
ソルジェニーが見つめていると、呼び止めたその美貌の騎士は端正な面持ちを崩す事無く、底に決意を秘めながらも、ささやくように告げる。
「…フェリシテを、貸してくれ」
「彼を、どう使う?」
「………戦の間の王子の警護には、打ってつけだろう?」
マントレンの、顔が瞬間、歪んだ。
そして素晴らしい美貌の、優雅さの少しも損なわれないファントレイユの微笑を浮かべた顔を、たっぷり見つめた。
小声で、囁くように告げる。
「………宮廷で、身分の高い美人ともう、遊べなくなるぞ?」
ファントレイユは少し微笑んで肩を、すくめる。
「…まあそりゃあ惜しいが、近衛の美人の方が付き合いは長いからな」
マントレンは顔が青いまま、笑った。
「…君にあんなに、つれない美人なのにな」
「私にだけじゃ無い。
振られた男は数知れず。
自分が美人だという自覚すら、無い」
ファントレイユがとぼけたように言い、マントレンはその軽口に少し笑うと、頷いて背を向けた。
そしてもう一度、ファントレイユに振り返る。
その青白い顔の青い瞳が、真剣にファントレイユに注がれるのを、ソルジェニーは引きつけられるように見つめた。
「…本気なんだな?」
ファントレイユが微笑のまま頷くと、マントレンも頷きながら、言った。
「…なら私の方にも覚悟がある。近衛の美人は………」
腹を決めたような低い声で告げ、マントレンはその青い、青い瞳でファントレイユを、見つめた。
ソルジェニーはファントレイユを真摯に見つめるマントレンの瞳があんまり印象的で、一生忘れられない色かも知れないと思った。
「…君に任せる」
ファントレイユはご婦人に見せるような、それはうっとりするような微笑でマントレンに、頷いて見せた。
マントレンは少し、ためらったがそれでも歩を踏み出すと戸を閉め、その場を去った。
彼の姿が消えるとファントレイユの、覚悟を決めたようなブルー・グレーの瞳にソルジェニーは胸騒ぎを覚え、途端不安に胸がざわつく。
そして急いで口を、開く。
「…近衛の美人って、ギデオンの事だよね?」
ファントレイユは顔を上げたが、微笑んだだけだった。
「…戦の合間の警護って…。
だって護衛は貴方でしょう…?」
言って、そして、ソルジェニーははっとした。
「…宮廷の美人と、遊べなくなるって!でもファントレイユ!
幾ら僕にだって解る…!こんな時に護衛の仕事を放り出したりしたら……!
ヘタをすれば近衛にだって、居られなくなるくらいの責任を………!」
だがソルジェニーにはもうそれ以上は言えなかった。
ファントレイユにはとっくに全て解っていて、覚悟を決めてしまっている。
だって何を言ったって、微笑むだけだもの………!
ダサンテが、そっと窓を叩く。
真っ直ぐの栗毛を肩に流し、静かな茶の瞳をした誠実そうなその男は、無言のまま開けられた窓から入り、耳を寄せてファントレイユの言葉を聞き取り、頷くと直ぐ来た道を、そっと出て行った。
窓を閉めるファントレイユが、ゆっくり、見つめているソルジェニーに振り返る。
ブルー・グレーの瞳が優しく輝く。
「…お食事を頂きましょうか…。
もうとっくに、昼を過ぎてる」
ソルジェニーは何も、言えなかった。
宮廷で、彼はあれ程光輝いていた。
それはきっと…誰に聞いても、答えは同じだろう…。
近衛の美人…。
ギデオンの為なら…そんな優雅で夢のような楽しみすら、捨て去る覚悟だなんて………。
ソルジェニーはその静かで時折食器にフォークが当たる音しかしない食事中、幾度も顔を上げて向かいに座り食事を取るその美貌の騎士を見つめそして……。
口を、開きかけた。
だがその都度、ファントレイユはとても柔らかな微笑みを浮かべ、見つめ返す。
首を傾げそして……。
問われた言葉に誠実な返答を返す準備があると、その微笑で、告げる。
だが彼を見つめる度ソルジェニーは言葉が…心から、消え去って行くのを感じた。
食器は、青の小花模様が、散りばめられていた。
フォークは銀で、素晴らしい飾りが彫られていた。
ナプキンには優しい黄色の花と蔦が、絡んでいた。
誰が、刺した刺繍だろう?専門の、職人だろうか………。
ソファの色は、光沢あるピンクだった。
その周囲の木枠は白木。部屋の枠も白木で…。
壁は白にやはり、ピンクの小花模様がそこいら中に、散りばめられて……。
でもカーテンは、不似合いな重々しく暗い赤だ……。
もう、止めようと思いながらソルジェニーは部屋の、今まで気にも止めなかった調度の品を視線で、追った。
扉は重々しい茶色の、樫だろう…。
柱に壁に、窓枠に…随所に、金の飾りが、部屋を更に豪華にしようと飾り付けられてる。
金の輪で囲まれ、素晴らしいカットのガラス飾りの幾つも吊されたシャンデリア…。
そう…。そうそして………。
「…私の元を離れて、ギデオンの所へ、行くの?」
視線を、食事を終えたファントレイユがナプキンで口元を拭う姿に、戻した時だった。
やっと、それを口に、出来たのは。
ファントレイユがそう問う王子を見つめる。
そのブルー・グレーの瞳はいつも通り、生気に満ち、輝いていた。
淡いグレーに近い栗毛とブルー・グレーの瞳のその隙無く整いきった美しい顔立ちは昼の陽光を浴びて、白く輪郭をぼかし、神秘的でとても優しく見える。
彼は誰をも魅了する微笑みを浮かべ、首をほんの少し傾げささやいた。
「…必ず、ギデオンを守ると貴方に、お約束しますから」
まるで、悪戯っ子のように、微笑んで付け足す。
「貴方のお側を少し、離れる事を、許して下さいますね?」
ソルジェニーは彼を、見た。
喉が、詰まった。
勿論彼に、可能な限り側から、離れて欲しくなんか無い。
でもその彼より、もっと危険なのは………。
ギデオンの事を思い浮かべた途端、喉がひりつく。
命を…狙われてるだなんて…!
たった一人微笑みかけてくれるギデオン迄逝ってしまったら……!
それを、考える事すら、ソルジェニーは怖かった。のに……。
その時、ふんわりと柔らかい空気が、彼を包んだ。
ソルジェニーは気づいて顔を、上げた。
ファントレイユはいつもと変わらぬ微笑を浮かべ、自分を包むように暖かく、見守っていた。
ソルジェニーはようやく、言葉が喉から滑り出た。
「…約束して下さい。貴方も…ギデオンも無事でこの遠征を、終えると」
ソルジェニーの声は、しっかりしようとし…しかし最後は震えていた。
ファントレイユは全開で微笑む。
「勿論、お約束します。だから…」
ファントレイユの言葉を遮り、王子は急いで告げる。
「許します。そして一切、他言もしません!」
ファントレイユはだが、その件については約束出来ないかもしれない。
自分は責任を取らされて免職になるかも。
と、その首を少し傾げ僅かに眉を寄せ、微笑で語る。
ギデオンの命が救われる代わりに、護衛の彼を失うかもしれない危惧に、ソルジェニーはやっぱり涙が、零れそうになった。
唇が、震えたがソルジェニーは言葉を絞り出す。
「…どんな事に成っても私は貴方を、庇います…!
勿論、若輩の私は王子とは名ばかりで、何のお力に成れないかもしれない…!
けれど……私の出来うる限りどんな事をしても…貴方のお力に成りますから…!」
王子が唇を噛みしめ、少女のような可愛らしい顔で、今にも泣き出しそうなのを必死でこらえる様子を、ファントレイユは微笑んで見つめた。
本当に、優しい微笑みで、ソルジェニーは瞳が潤んで霞むのを、呪った。
この美しい人の素晴らしい微笑みを瞳に、焼き付けておきたいのに…!
涙が、滴りそうでとうとう、ソルジェニーは顔を、下げた。
ファントレイユは労るようにその幼い王子が、国一番の身分でありながらどれだけ…気にかけ気遣ってくれる相手が少ないかを思んばかって、ささやく。
「…貴方にそれ程迄に気にかけて頂くなんて、一生涯で忘れられない感激です…!
貴方のお心に、私は最善の努力で応えさせて頂きますから。
きっと。必ず…!」
その声は静かで、とても愛情溢れて暖かく、例え護衛を辞しても側に居られなくても、彼はきっと自分を心に止めて置いてくれると知り、ソルジェニーは顔を上げた。
が、やっぱりその美貌の、騎士の表情は潤んだ瞳にぼやけて映った。
ソルジェニーは唇の震えを鎮め、そして静かに、頷いた。
ファントレイユは時々、召使いに戦況を訊ねる。
召使いは彼の疑問を聞きに、近衛の兵の集う場所へと出向き、帰って来てはファントレイユにそれを告げた。
ソルジェニーはいかに自分が、隔離された場所に居るのかが解って、じりじりした。
ファントレイユが召使いと話す度に、聞き耳を立てるが、どうやらギデオンが自分の隊長らを引き連れ、今や軍のように終結した盗賊達と戦っている様子だった。
だが、直ぐだった。
移動の知らせが入ったのは。
伝令に直ぐ行くとファントレイユは告げ…王子に振り向く。
ソルジェニーは静かに彼に頷き、上着を羽織った。
…ともかくこの隔離されたような、豪華な牢獄のような場所から出られ、ソルジェニーは安堵した。
ファントレイユと並んで白く幅広な大理石の階段を降り、手入れの行き届いた広々とした庭園に出ると、殆どの兵はそこには居ず、40名程の騎士達が、王家の豪奢な馬車の周囲に整列していた。
指揮官が、二人。
どうやら二隊のみが、王子の馬車を護る為にそこに、残っていたようだったがそれは…アデン准将と、ローゼの隊だった。
彼らは馬車に乗り込む王子にうやうやしく頭を下げ、名乗った。
「…アデン准将。この戦の、指揮を務めます」
「配下で隊長の、ローゼと申します。
…御身と馬車の、警護を務めます」
ソルジェニーは思わずその、二人を見た。
アデンは黒髪の、いかにもごつい男で髭を生やし、殆ど黒に近い目が、ぞっとするような輝きを持っていた。
ソルジェニーはその男の企みについ、言葉を投げ付けそうになったけど、ファントレイユがそっ。と王子の腕を触って、たしなめた。
そしてローゼの方は真っ直ぐな薄い金色の髪のすらりと背の高い美丈夫で、だがその色味の無いグレーの瞳は冷たく油断無く、整ったその顔には、あまり表情も無かった。
ソルジェニーは震える心を隠し、軽く彼らに頷いて見せた。
だが言葉は出て、来なかった。
ソルジェニーが屈んで馬車に乗ろうとする時、馬車の扉を手で抑え隣に立つローゼが、後ろに続くファントレイユに、ぞっとするような冷たい流し目をくれニヤリと笑う顔が、瞬間目の端にチラリと、映る。
ソルジェニーは内の座席に座るなり慌ててファントレイユを、振り返る。
彼が乗り込もうと身を屈めながらローゼのその笑みを受け、一瞬動揺を隠すように顔を揺らし、そしてゆっくり、屈めた顔を少し上げ、見上げるように真横に立つ長身で金髪の、嗤う、隊長と言う名の衣に刺客の顔を隠し持つ男の顔を、見つめる。
…射るような、瞳だった。
そのブルー・グレーは、いつもの軽やかで優雅な輝きを底に押しやり、きつい光を放ってその男を見据える。
これが本当の、武人のファントレイユなんだと、ソルジェニーは身が震った。
馬車が、動き出す。
ソルジェニーは隣に座るファントレイユを見たが、彼はもういつものように、王子に優雅な微笑を送った。
その瞳が、心配無い。と告げているようで、ソルジェニーの心がどくん…!と震えた。
敵に対してはあんな瞳をして見せるのに、この、ギデオンが『信頼に足る人物だ』とそう告げた美貌の騎士は、護るべき相手にはこんなに優雅で優しい瞳を向ける。
ソルジェニーは俯いた。
そして、その騎士の肩にそっ、親しみと労りを込めて、頭を預けた。
…そんな風に人にするのは、『風の民』を除けば、初めての事だった。
ファントレイユはそんなソルジェニーの様子に、気づいた様に見つめ、肩に置かれた彼の頭に、その顔をほんの少し、寄せた。
頭上にファントレイユの、唇と顎の気配を感じ、再び瞳が、潤んだ。
…その騎士は、底に隠した緊迫感と強い意志を、それを表に出す時迄は心の隅に押しやって、今は彼に対する優しい気遣いだけをその全身から、香りのように醸し出していたから。
…だからソルジェニーも、その人に泣いてすがりつきたいような感情を押し殺し、ただその人のとても優しい気遣いに、心の中でそっと、溢れるような感謝を告げた。