出陣
†‖:登場人物紹介:‖†
ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。
グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。
王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。
ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。
少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし
孤独な日々を送っている。
ギデオン・・・19歳。小刻みに波打つ金の長髪。青緑の瞳。
ソルジェニーのいとこ。王家の血を継ぎ、身分が高い。
近衛准将。見かけは美女のような容貌だが、
抜きん出て、強い。筋金入りの、武人。
だがその時は思ったより早くに、やって来た。
都の西に位置する、大貴族達の居城が立ち並ぶ丘陵地帯に大挙して『私欲の民』が現れ、次々に城を襲って金品を奪い、女子供迄も殺されたとの知らせが近衛に入る。
その盗賊の数は一軍に匹敵する程で、城の護衛だけでは手に負えないと、近衛連隊に討伐の指令が下った。
この討伐に、実質の指揮官はアデン准将が指名された。
准将は二人居て、そのもう一人がギデオン。
アデンはギデオンの叔父の右将軍、ドッセルスキの子飼いのような男で、ドッセルスキ同様ギデオンを良く思っていなかった。
左将軍とてドッセルスキの推挙を得たおよそ戦の出来ぬ能無し男で、相変わらず右将軍、左将軍とも自らの出る迄も無いと、戦場には出てこない腹のようだ。
また彼らに組みする隊長達も同様で、右、左将軍に習い揃って出陣を見合わせる。
指揮者アデンだけがドッセルスキの息のかかった男ではあったものの、戦は事実上ギデオンに任されたも同然だった。
大貴族で成り立っている宮廷では、自分達の家族や財産に降り懸かる狼藉にそれは、浮き足立っていた。
いつもは地方の領民が襲われても、顔色すら変えずに他人事なのに。
そう思いながら、ソルジェニーは大騒ぎする宮中でその知らせを聞く。
もう14になるのだから、戦に顔を出す時期だ。
と侍従頭に知らされ、王子は内心宮中を出られてわくわくしていたが、侍従頭がその様子を目に釘を差す。
「…貴方は大変大切な御身ですから、戦に行くと言っても当然、後方です。
刀の触れ合う音等お聞かせしたりしたら、私を初め大臣達がそんな指令を出した男を、打ち首にしますからね…!」
ソルジェニーはそれを聞いて途端、肩を落とした。
護衛の、ファントレイユが出迎えてくれる。
ファントレイユは戦闘用と言うより普段通りの、光を弾くグレーの、金や銀の刺繍を縫い込んだ洒落た上着をそれは、素晴らしく優雅に着こなしていて、ソルジェニーは戦に行くと言うのにうきうきした気分を、止められなかった。
ファントレイユと一緒に近衛の兵舎に向かう途中城内を抜けていくと、広間を通り抜ける度次々とご婦人達が
「これから戦場にお出かけになると聞きました」
とファントレイユに声かけ、その足を止める。
どさくさに紛れては彼の手を取り
「どうか家族をお守り下さい…!」
と、王子の護衛の彼を、それは困惑させたものだが、女性心理とは恐ろしいもので、一人が手を取るともう一人は腕を絡め、更に大胆なご婦人は彼の胸に、飛び込んですがりつき、家族の無事を訴えた。
そして別の広間にいたご婦人達はそれを目にすると、次々と大挙してファントレイユを取り囲み始める。
…ソルジェニーは盗賊との戦いの前の、女の戦いにもみくちゃにされそうな勢いのファントレイユを、呆然と見守っていた。
が、その人の輪の向こうから、声がする。
「…すまないが、彼の役目は王子の護衛だ。
彼が王子と着かないと、連隊は出発出来ない。
貴方方のご家族をお助けする為には、まず、彼を放しては頂けまいか?」
その、低く響く透明で真っ直ぐな男らしい声の主に、一様にそこに居た全員が、振り返る。
ファントレイユよりも背の高く、それは立派な体格の姿の美しい白碧の騎士が、そこに立っていた。
ソルジェニーはあんまり素晴らしいその騎士の容貌に一瞬、見惚れる。
白っぽい金髪を背迄無造作に伸ばし、端正で色白な肌に湖のような青い瞳が浮かび上がる。
その彫刻のように整った顔立ちの騎士は、静かな迫力ある武人に、見えた。
立派なその体を、濃紺の、控えめだが素晴らしい刺繍を刺したそれは高価そうな上着で包み込み、静かで透明な存在感を醸し出している。
…だが彼は大貴族でしかも宮廷で、ギデオン同様女性相手にちゃらちゃらしたりはしない、堅物で有名な剣豪で知られた騎士だったりしたから、ご婦人達は皆、態度を固くしてその武人の言葉に、しがみついた手を離しファントレイユを、差し出した。
「……シャッセル。すまない……。
ギデオンが君を、寄越したのか?」
並んで歩くとファントレイユは頭一つ程高いその白碧の騎士を見上げ、そっとささやく。
だがシャッセルは、ぶっきら棒に告げる。
「…急げ…!」
ソルジェニーはつい、ごつい男にいつも『何様だ』とどつかれていると言っていたファントレイユを思い出して、少しはらはらした。
が、ファントレイユはそっとつぶやく。
「…私を迎えに来るなんて役割はさぞかし、大貴族の君には、不本意なんだろうな…」
がシャッセルは、身分は関係無いような表情で彼を見つめ、それを打ち消す。
「…ギデオンの、命令だ」
ファントレイユは心から忠義をギデオンに捧げるその騎士に、解った。と、頷いて見せる。
ソルジェニーにも解った。
あまり表情の無い、シャッセルの真意を測る為にファントレイユがわざとそう、カマをかけたのが。
二人が並ぶと、シャッセルはどこかそれは静かで、湖のような澄んで透明な雰囲気があって、どう見ても騎士としてはシャッセルの方が素晴らしい容貌にも関わらず、ファントレイユはそれは優雅で輝きに満ち、やはり際だって美しく見えた。
ソルジェニーは思わず心の中で、ファントレイユは多分、どこにいても人目を引かずにはいられない人なんだと、解って感嘆した。
だが門を潜り、近衛の中庭に入ると、兵がばたばたと、出立の準備で走り回っている。
その向こうで数人の騎士と話をしているギデオンの姿が目に映った。
…相変わらず、その独特で艶のある豪奢な金髪は恐ろしく目立つ。
またそれだけで無く、男ばかりの近衛で彼のその整った小顔の、色白で美女のような容姿に目が引きつけられずにはいられなかった。
彼はいつものその瞳と同じ色の、緑がかった青の控えめな刺繍を刺した、素晴らしく高価そうな上着をその身に付けて堂としていたりしたから、一目で彼が、それは身分の高い男だと周囲の者達にも解る程だった。
が、ギデオンは門から現れた三人を目にし、少女のように可憐ではあるが、明るい青の高価な上着を意に添わぬようにぎこちなく着こなし、付き添うファントレイユに心元無げに視線を送る可愛いソルジェニーに、心からの笑顔を向ける。
ソルジェニーがそれに気づき、途端満面の笑みを返すと、ギデオンはそれは満足そうな表情で、使いに出たシャッセルに、ご苦労。と丁寧に頷いた。
ソルジェニーはギデオンのその様子で、この白碧の騎士を随分信頼しているんだ。
と解った。
ファントレイユがギデオンを見ると、彼は笑う。
「…やっぱり、迎えが必要だったんだろう…?」
ファントレイユは珍しく返す言葉を探している様子で、ギデオンにはそれが解って告げる。
「…言い訳はいい…。
それよりソルジェニーと馬車に乗ってくれ…!」
ギデオンが顔を向けるとそこには、既に用意されたそれは豪勢な飾りの付いた王室用馬車が、御者に制され待っていた。
「…君の馬は誰かに引かせるから。
後からゆっくり来てくれて構わない。
用意は全部出来ているから、もう乗り込んでくれ。
形式上馬車が先頭で兵舎を出るが、その後直ぐに我々が追い抜く」
ファントレイユが頷き、王子に視線をくべて馬車に向かうと、ギデオンは言った。
「…ああ…ファントレイユ」
その声にファントレイユは振り向く。
「…ソルジェニーを、頼む」
ファントレイユはそれは素晴らしく微笑んで、ギデオンに頷いて見せた。
ギデオンは王子に寄り添うファントレイユに、心からの信頼を寄せる様を見せたので、彼の後ろに居た数人の取り巻きの立派な騎士達の、顔が一斉に歪んだ。
シャッセルですら、冴えない表情を見せる。
馬車に乗り込むとそれはすぐに動き出し、ファントレイユは揺れる室内でソルジェニーに、顔を傾け、ささやく。
「ね?
ギデオンは背を向けて見えないが、私の方からは後ろの騎士達の表情がそれは良く、見える物でしょう?」
ソルジェニーはそんな彼の言葉に思わず、笑った。
馬車で着いた場所は城の中で、大貴族の一人が王子をそれは丁重に、もてなした。
豪華な室内に通され、くつろぐように告げられ、食事や飲み物が運ばれて召使いが出て行くと、彼は放って置かれた。
その豪華で寂しい場所で、王子がそれはぽつん。と小さく見え、ファントレイユは彼を元気付けようと近寄り、ささやいた。
「……わくわくしなくて、退屈ですか?」
ソルジェニーは顔を上げ、落胆仕切った。
「…城の中とこれでは全然、変わらないんですもの…」
ファントレイユは思い切り、肩をすくめる。
「…でもこれは戦だし…。
どさくさ紛れはきっとありますよ。
宮廷のあの、ご婦人達のようにね……」
そしてファントレイユは自分の軽口に笑う王子を見て微笑むと、召使いを呼び、色々と訊ねる。
ソルジェニーはその様子をそっと、立ち聞きしていたが、どうやら状況を探る為に今夜はここに停泊するようで、近衛の全員がこの城に居るようだった。
「…隊長の、マントレンを彼の手が空いているようだったら呼び出してくれ…。
それと、ギデオンがもし忙しく無いなら、ここに顔を見せるようにと、伝えてもらえるか?」
ファントレイユの言葉にソルジェニーの、表情が輝いた。