王子との会食
†‖:登場人物紹介:‖†
ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。
グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。
王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。
ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。
少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし
孤独な日々を送っている。
ギデオン・・・19歳。小刻みに波打つ金の長髪。青緑の瞳。
ソルジェニーのいとこ。王家の血を継ぎ、身分が高い。
近衛准将。見かけは美女のような容貌だが、
抜きん出て、強い。筋金入りの、武人。
翌日ファントレイユは幼い少女のような儚げで可憐な姿をしたソルジェニーに、それは心配げな表情で迎えられて思わず、尋ねる。
「…どうなさったんです?」
ファントレイユに凝視するように見つめられ、ソルジェニーは彼に小声で問い返す。
「…ギデオンから何も聞いてない?
大臣達に、知られたりはしていないんでしょう?」
ファントレイユは途端思い当たって、笑った。
そして王子をソファに導くと座らせて、その横に座り王子をそっと、覗き込んで告げる。
「ギデオンの言った事を真に、受けていらしてるんですか?
第一ああ見えてもギデオンはちゃんと応対しますよ…!」
ソルジェニーは一気に、安堵したように胸を撫で下ろした。
「…もう城下へ外出したらいけないなんて言われたら、どうしようかと思った…」
ファントレイユが笑顔になった。
「…とても、楽しかったようですしね…。
ギデオンとご一緒だと貴方はそれは、表情がほぐれるようだ」
「だっていつも、とてもお優しい…。
でも軍の中であんな風に思われているだなんて、全然知りませんでした…」
ファントレイユもつい俯くと、そっと囁く。
「…貴方がご覧に成っている時とは、ほぼ別人ですからね……」
「…軍でギデオンは、あんなに優しくはないの?」
一瞬その『優しい』という言葉に、ファントレイユの表情が固まった。
「…………あんな穏やかで優しげな彼は今迄一度も、見た事が有りません……」
ファントレイユが俯いたまま、それは固い表情をしたので、ソルジェニーはそれ以上の言葉を控え、話題を変えた。
「…ギデオンが強いのは知っていたけど、軍の中でもそんなに強いの?」
ファントレイユは途端、笑う。
彼がそんな風に笑うと、ブルー・グレーの透けた瞳がそれは綺麗で、ふんわりと肩から背迄伸びたたっぷりのグレーがかった明るい栗毛がとても優しい雰囲気を持っていて、その美貌が輝きを増して見える。
「気迫が、まず全然違います。
いくら剣の腕がたっても、戦いは気力に左右されますからね…。
それに彼は………」
「?」
そう顔を向ける王子のどこか儚げなあどけない面立ちはギデオンと、それは良く似てはいたものの、ギデオンの、気の強く勇猛そのもので自信に満ちた様子と王子の心元無くいつも不安げな様子では、相手に与える印象がまるで違い、そんな王子に目を止めるとファントレイユは務めて優しく、顔を傾け告げた。
「ギデオンは体格的には素晴らしいとは、言い兼ねるでしょう?」
ソルジェニーはそうつぶやく、美貌の護衛を見上げた。
「…ファントレイユは自分の事やさ男だって言うけど、それならギデオンも同じくらいの身長だし大して変わらない体格でしょう?
…どうしてファントレイユが自分をそう言うのかが、解らない…」
ファントレイユはその、ギデオンの言葉を全て鵜呑みにしている微笑ましい幼い王子につい、笑いかける。
「王子。私が一般的なんです。
貧弱とは言わないが、近衛の中ではそれ程立派な体格でも無い。
けれどギデオンにとって、ハンデは無いも同然ですから…」
ソルジェニーは目を、見開いた。
「どうして?」
ファントレイユは少女のような容姿のソルジェニーにそう訊ねられ、彼に視線を残したまま少し、顔を俯けた。
「…ギデオン…彼は多分、他の男達…勿論私よりもうんと体が柔らかい…。
相手を殴る際、拳だけで殴るのと、腕を思い切り振り入れて殴るのとでは、どっちがダメージが強いと思います?」
「…勿論、腕を振り入れた方でしょう?」
「…ギデオンは全身使う上に、体重まで乗せる。
…そんな事はなかなか、普通の男には出来ない…。
だから立派な体格なんかじゃ無くっても問題なんか無いも同然で、同じくらいの体格の私なんかよりうんと、強いんです。
その上彼は誰より予測が早い…。
相手がどこに打ってくるか…どう動くか、まるでとっくの昔に知っている。
だからいつも相手の裏をかける上に、一発の爆発力が凄いから、大抵一撃で相手に大きなダメージを与えられる。
……更にその上……」
ソルジェニーがじっ、と自分を見ているのに気づきながらもファントレイユは言葉を続ける。
「……怖ろしく動作が早い…。
彼と、本気で追いかけっこなんかしてごらんなさい。
絶対に捕まえられやしない。
どこのどの筋肉も、それは信じられない位の早さで反応しますからね…。
…そして彼は剣を振るうのにそれは熱心で、毎日練習を、欠かさない…。
天賦の才能に加えてそれを磨く事にも余念が無ければ…軍で、無敵でも当たり前だとは思いませんか?」
そう、ファントレイユに優しく問われて、ソルジェニーは微笑んだ。
だがファントレイユは少しその美貌を曇らせてつぶやく。
「まあ、だけれどもそんな訳で…。
彼と殴り合う相手は彼の重い拳を何発も浴びたりしたら、大変、ひどい事になるでしょう?
大抵は一発でどこか骨折しているし…。
それで、直ぐさま降参する。
けれどギデオンの方はそれでは……てんで、物足りない。
体力の塊みたいな男だし、彼が疲れ切った姿なんて余程の激戦でしか、見た事がありません。
…そんな訳で……ごたごたが無い時彼はそれは…体力を持て余しているんです。
大抵の男は私のように、暇な時は情事で体力を発散するものですが、彼はあれでとても育ちがいい上にとても道徳的でね………」
ソルジェニーはその、ファントレイユの独り言のようなぼやきについ、言葉を無くした。
「…そういうものなの?」
ファントレイユは隣で彼の言葉を大人しく聞くソルジェニーを見つめ、続ける。
「彼は私の言う事を鵜呑みにするなと言いましたが、彼の方こそが一般的で無いんです。
貴方同様、とても特別な存在にもかかわらず………」
そしてファントレイユは深い、深いため息を付いた。
「ギデオンは全然、その自覚が無い……」
ファントレイユの、いつもの必ず余裕を残す、その余裕すら無い全く素の本音に、ついソルジェニーは同情して一緒にため息を、付きそうだった。
ファントレイユは声を落とし…だが真剣な響きを秘め、言葉を続ける。
「……替えが利かない人間は、居るものなんです。
貴方に護衛が付くのも、貴方の代わりが居ないからでその立場はとても重要な物だ。
ギデオンだって、そうなんです。
…私と違ってね。
私の代わりは誰かが出来るが、ギデオンの代わりとなるとそうはいかない。
軍で、彼はそりゃいつ誰を殴るか解らなくて確かに皆に恐れられてはいるけれど、でも誰よりも正義感が強くて、不正があるといつでも猛烈に抗議する」
ソルジェニーの優しい青の、大きな瞳を見返し、ファントレイユは囁き続ける。
「…私が抗議した所で誰も聞いたりはしないが、ギデオンの抗議は彼が誰よりも身分が高いから、皆聞かざるを得ない…。
もしギデオンが居なかったら今の軍は…。
不正が平気でまかり通って、それは居辛い場所に成ってしまうんです……」
「……だからファントレイユは夕べあんなに、ギデオンの身を心配していたの?」
ファントレイユは一瞬、気づいたように首を傾けソルジェニーを見つめ、だが少し怒った表情でむっつり言った。
「…まるっきり、無駄な心配でしたがね…!」
「どうしてみんな、ギデオンを大切に思っていて心配してるって、言わないの?
ギデオンならきっと、聞いてくれるよ……」
ファントレイユは素直にそう訊ねる王子に、弱り切ってつぶやいた。
「……そりゃ、貴方相手には彼は信じられないくらいに素直ですがね…………。
言って聞く相手なら、もうとっくに言ってますよ!
第一貴方だって、その御身がとても大事で、危ない事は一切してはならないと言われて、素直に聞きますか?
危険な事が起こると、それはわくわくされるんでしょう?」
ソルジェニーは思い返してつい、ギデオンの気持ちが解った。
ファントレイユはそれに気づき、ため息を一つ、付く。
「…そうでしょう?
あなた方はやはり血縁者だけあって、良く似ていらっしゃる。
貴方も酒場で少女に間違われたが、ギデオンも……。
入隊した当初は、それは素晴らしい美少女に間違われたものです……」
ファントレイユが、タメ息混じりに顎を手の上に乗せた。
「………女性が入隊したと、思われていたの?」
ソルジェニーがくすくす笑うが、ファントレイユはそれは優雅な微笑を返した。
「そうじゃ、ありません…。
前右将軍の子息は、美少女のような容貌だと評判だったんで…。
ちゃんと、男性だと理解されはしていました。
…でもやっぱり男ばかりだったし…ほら。
ギデオンの容姿はそれは、目立つでしょう?
彼の金髪はそれはちょっと無い位の鮮やかで綺麗な色だし、人目を引かずにはいない。
それに小顔で色白で…美少女のような彼の容貌に、錯覚を起こして彼に惚れ込む者はそれはいっぱい居て………」
ソルジェニーは、やっぱり…。と、昨日の店の中でも群を抜いて綺麗だったギデオンの容姿を思い浮かべた。
がその後、ファントレイユはとても沈んだ暗い声でつぶやいた。
「…それでみんな随分ひどい目に、遭ったんです」
「…どんな?」
ソルジェニーが目を丸くして聞くので、ファントレイユは手を、振り上げて言った。
「…例えば彼を見て、素直に『綺麗だ』と言おうものなら間髪入れずに殴られますからね………」
ソルジェニーの目が更に、まん丸になった。
「…ああ……後、『可愛い』も駄目だったな…それから……。
夕べごろつきが言ったでしょう?
『別嬪』だなんて女性を形容する言葉なんて、もっての他だ!」
「……それが、夕べ言っていた禁止ワードですか?」
ファントレイユが顔を上げる。
「みんな、それは必死ですからね…。
彼の前で口を滑らすまいと……」
「………色々、ご苦労がおありなんですね………」
ソルジェニーについそう労られて、ファントレイユは困ったように、笑った。
ファントレイユが王子にねぎらいを受け、今日は早く休んで下さい。と顔を出しただけで感謝を受け、早々に退出の許可を貰ったので近衛の舎に戻ると、その中庭でギデオンが彼を見つけて近寄って来た。
ギデオンを取り巻いていた大貴族の、大柄なアドルフェスと狐のようにすまし返った銀髪のレンフィールがその場に取り残され、ギデオンが親しげに近寄るファントレイユの姿に思い切り、眉をひそめて見やる。
王子の護衛なんて重要な役割を、ギデオンがファントレイユのような下級貴族に配したのを、不満に思っているのは明白だった。
が、やっぱりギデオンは背を向けている取り巻きの意向なんかに、まるで気づく様子も無い。
取り巻きの大貴族だろうが、ギデオンは手加減する気は毛頭無いのを彼らも良く知っていて、ギデオンの前では極力それは大人しく、言葉を控えているようだったから。
ファントレイユは、その相変わらず中味を知らなければ素晴らしく綺麗な姿のギデオンに目を止め、心の中で一つ、タメ息を付いた。
…彼の前では大貴族だろうが下級貴族だろうが、等しく同じ気苦労をするものだ。
彼は身分等、全くお構いなしだったから。
「…今日は早いな」
ギデオンにそう言われ、ファントレイユは微笑んだ。
「疲れているだろうと、お休みを下さった」
ギデオンは一つ頷くと、笑った。
「…私がわざと店を、間違えたしな」
ファントレイユは肩をすくめる。
「…疑っただけだ。根に持っているのか?」
「…私と一緒だと随分疲労するんだろう?
だが、君はか弱そうに見えてどんな時も取りすまして顔色も変えない、丈夫な男だと思ったがな…!」
ファントレイユは相変わらず、優雅に微笑むと言葉を返す。
「…か弱いからちゃんと体力配分を、考えているだけの事だ。
それより彼らを置き去りにして、私と話していていいのか?」
ファントレイユがその場でこちらを伺い見ている、アドルフェスとレンフィールを目で促したが、ギデオンは振り向くと、彼らがまだそこに居たのか。という顔をした。
「用はもう済んだぞ?
…それより君に聞きたいんだが…」
「ああ」
「ソルジェニーはいつもあんなに自室では、食欲が無いのか?」
ファントレイユは一つ、ため息を付く。
「…そりゃあの年頃で部屋に閉じこめられ、同年代の話相手もいなけれゃ、無理無いんじゃないか?」
ギデオンはファントレイユの顔を、それはじっ、と見た。
「…そうだな………。
君と居るとそれは刺激的で、楽しそうだ」
ファントレイユはギデオンの言葉に
『何を言ってるんだ?』と眉をひそめる。
「…君と居る時だろう?
それは嬉しそうだったぞ?」
ギデオンが、訊ね顔で聞く。
「………いつ?」
「乗馬の時さ。君、前に王子を乗せていたろう?」
「…ああ」
ギデオンは思い出して頷く。
そしてふ、と思い浮かべて言った。
「…お前と一緒に店で食事をしたのは初めてだが、あれではソルジェニーが刺激的で楽しいと言っても、無理は無いと思ったな」
ファントレイユはいかにも心外だという表情で、だが、そっと言った。
「………刺激的な事をしたのは、どう見ても君の筈だ…。
食事の前だが」
ギデオンがその言葉に思わず顔を上げ、正直な感想を述べた。
「……忘れているのか?ご婦人の注目を集めまくってたろう?
君が浮き名を流しているとは聞いていたが、あれ程とは正直思わなかった……」
ファントレイユは腕組んでため息を付くと、その素晴らしく綺麗な男を見つめた。
「…君がもう少しご婦人に柔らかな態度を取ってみろ…。
彼女達の注目はたちまち君に集まると、保証出来る」
ギデオンの、眉が寄る。
「…そういう問題じゃないと思うが?」
が、ファントレイユは肩をすくめる。
「君のような美男で身分の高い男に優しくされたら、彼女達は私に目もくれないさ…!」
ギデオンはそう言い切る、見つめられて微笑まれたりしたら大抵の相手が頬を染めてどきまぎしてしまう美貌の色男を、心の底からまじまじと、見つめて言った。
「…それは…………本気でそう、思っているのか?」
ファントレイユは少し、怒ったように眉を寄せた。
「当たり前だろう?」
ギデオンが、一つ吐息を付いた。
ファントレイユがつい、珍しいそのギデオンの様子に喰い入るように見入る。
が、ギデオンが独り言のようにつぶやく。
「…それは、彼女達が気の毒と言うものだ……。
君のような華やかで相手をどぎまぎさせるような雰囲気の騎士は、この近衛に山程男がいても、二人と居ないものなのにな…」
ファントレイユはそのギデオンの言葉に、驚愕に目を見開き、思わず声を、掠れさせて訊ねる。
「……………君の方こそ、本気でそう思ってるのか?」
ギデオンは顔を上げてむきになる。
「…身分を気にする相手なら致し方無いが、男としてどちらの腕に抱かれたいかと彼女達に、聞く迄も無く君だろう?」
「………………」
ファントレイユがあんまり真顔でじっと、ギデオンを見つめてくるのでギデオンはつい言葉を続ける。
「君くらい近衛の似合わない男はいないと、宮廷で護衛の任に押したが、君に宮廷は似合い過ぎるようだな…。
そこら中の知り合いに聞いて回ったが、どのご婦人ももうとっくに君の名を知っていて、知らぬ者はいない程の有名人になっている」
ファントレイユは苦笑した。
「…それは……随分と宮廷の紳士達は、自分を磨く事をさぼっていらっしゃるようだ……。
まあ大抵は身分で釣れるから、努力なんか必要無いんだろうな」
「…なんだか耳が、痛いんだが」
ギデオンが俯いて言うと、ファントレイユは呆れ顔で言った。
「…だって君は少しも、ご婦人の気を引きたいとか注目されたいとか、思って無いんだろう?」
「……まあ、そうだな」
「じゃあそれは、当然の結果なんじゃないのか?」
ギデオンは顔を上げるとむきになって言った。
「…なら君はどうなんだ!
注目を集めたいと、思っているようには見えないが」
ファントレイユは呆けたような顔をしたが、腕を組んで言い放つ。
「…そうか?ちゃんと女性と、遊びたいと思ってるぞ?」
ギデオンは困惑に眉を、寄せた。
「……遊びたいと思うと集まるものなのか?」
ファントレイユは頷く。
「君が、本心からそう思えばな。
一度試してみるといい」
「……………」
言われてギデオンが、眉根を寄せ真剣な表情で、考え込むように沈黙した。
その間があまりに長かったので、ファントレイユはついギデオンの耳元に、そっと顔を寄せてささやく。
「…無理ならお勧めしない」
ギデオンは途端、ほっとしたように顔を上げ
「どう考えても私には無理そうだ。
そういう天分が、無い」
その笑顔が、ソルジェニーと同じで妙に可愛くて、ファントレイユは内心気を許しそうな自分を慌てて抑えた。
王子と違いギデオンは、扱いを誤ると殴られて顔の形が、変わってしまう…。
ギデオンはファントレイユに
『ゆっくり休め』
と言って武人の彼に戻り、肩を揺らしてその場を去った。
その、ファントレイユも普段良く知るいかにも猛獣のギデオンの姿に、どれ程ファントレイユが安堵してるかを、ギデオンは知らないだろう…。
ファントレイユはやっぱり、夕べ目にしたソルジェニーに向ける、優しい愛情溢れたギデオンの姿が脳裏に浮かぶ度
『あれは幻影だ』
と呪文を唱えるように呟き続け、自制し続けていたのだから。
「…ギデオン!」
ソルジェニーが、それはとても嬉しそうに彼を出迎えた。
ギデオンは運ばれて来る彼の夕食を見、召使いにもう一人分用意してくれと告げた。
途端、王子の顔が明るく輝く。
いつも一人でぽつんと食事を取っていたら、食欲が無くても無理はないのだろう。
用意されたテーブルに付くと、ソルジェニーもフォークを持ち上げた。その食欲ある様子に、ギデオンは心からほっと安堵した。
「…ファントレイユを、早く帰したそうだな」
王子はつい、聞きたい事を次々に思い出し始める。
彼が質問をしても答えてくれる、ギデオンは唯一の相手だ。
勿論、ファントレイユが護衛に付く前迄の話だったが。
「…ファントレイユは夕べそれは見事な剣捌きだったし、ギデオンだって真剣にさせたら怖いって言っているのに、彼は全然そんな事は無いし、ギデオンはもう特別に自分なんかより強いって言っていたけど……」
ギデオンは少し、俯いた。
「……自分の能力も無いのに誇張して私に売り込む輩はたくさん居るが、あの男は何を考えているんだかいつも、自分の評価を下げて相手に伝える。
…いかにも自分はでしゃばりじゃなく、控え目なんだというのを見せつける輩とも違って、ある意味本当に、自分は大した事が無いと思い込んでいる節もある」
ソルジェニーはついフォークを止めて、ギデオンを見つめた。
「…ギデオンが護衛に押すくらいだから、ちゃんと実力があるんでしょう?」
「…そうだ。
ああ見えて誰よりも頭の回転が早く、相手が何を思い欲しているのかを直ぐに察知する。
剣の腕も同様だ。
あんな外見で、ああ見えて誰よりも肝が座っている……。
口を開くと途端に、しんどい事も大変な事も……およそ優雅じゃ無い事は全部嫌いだ。みたいな情けない事を平気で口にする癖にな。
だが、いざと言う時にはどれ程不利でも決して逃げないし、危険に飛び込む度胸もある」
そして宝石のような碧緑の瞳で、ソルジェニーを見つめた。
「…あの男の、護衛としての態度は私が保証する。
信頼に足る、人物だ」
そしてソルジェニーが見つめているのを受け、少し俯く。
「……まあ、宮廷であいつの容姿はそりゃ浮ついて見えるし、周囲に騒ぎを撒き散らしてはいるがな。
当の本人はどこ吹く風で、始末に負えないが…!」
ソルジェニーはそんなギデオンを見つめ、問うた。
「…じゃあファントレイユは、ギデオンが全然自覚が無いって言っていたけど彼もそうなんだね?」
ギデオンは頷く。がふと、気に止めた。
「……私の自覚が無いって、そう言ったのか?あの男が?」
ギデオンの眉が寄ったが、ソルジェニーは素直に頷いた。
「……ギデオンは自分と違って、他に代えのきかない大事な人なのに、その自覚が全然無いって……。
夕べだって……。
ファントレイユは実はもの凄く、ギデオンがちっとも来なくて心配していた……。
その後怒っていたけど」
ギデオンは笑って首を横に、振る。
「…心配は無駄だったと?」
ソルジェニーは、そう…!と笑い返す。
「…だがそれは間違ってるぞ、ソルジェニー。
覚えて置きなさい。
替えのきく人間なんて誰一人、居やしない。
一人一人が誰かにとって、本当に一番大切な相手なんだ。
だから誰かは必要じゃないから命を落としたっていいなんて理屈は、絶対に間違っている。
身分がどうとか皆は騒ぐが、そういう事なんかじゃ絶対に、無い。
身分等関係無く誰の命も等しく、大切なんだ」
ソルジェニーはそう言う、ギデオンを見つめ続けた。
だから……。
だからファントレイユはギデオンを、とても大事だと言ったんだ。
他の大貴族達はみんな、自分の為に下級貴族が命を落とすのは当然だ。と、思っているから………。
ソルジェニーはそんなギデオンに、そっと囁く。
「ファントレイユはこうも言っていた。
ギデオンは間違った事に猛烈に抗議するから、ギデオンがいなくなったりしたら軍で不正がまかり通って、それは居辛い場所に成るって………」
ギデオンは大きなため息を、吐く。
「……そうか……。
いつも軽口しか叩かない、あの男の本音はそれか………。
だからあの男の軽口を、真に受けてはいけないんだ。
あれでちゃんと物事の判断力もあるし、人間性も全うで潔い…。
だが解らないのは……」
「のは…?」
「………どうしてあの男は、ちゃんとした人間だと他人に思われるのを、あんなに嫌がるのかだな。
マトモな口をきこうとしない。
ちゃらちゃらした色男だとか、やさ男だと相手に思われても全く平気な癖にな!」
ソルジェニーはそのギデオンの言い様に、思わずぽかんと口を開けた。
「ギデオンは…そんな風に思われたら、やっぱり凄く嫌?」
ギデオンの眉が思い切り寄る。
「…当然だろう?
男として立派だと、人に思われたいに決まっている!」
「…だから例えば『綺麗』とかって言われたりしたら、相手を殴るの?」
ギデオンは困惑をその表情に浮かべたが、口を開く。
「…だってソルジェニー。
『綺麗』と言われて喜ぶ男がいるか?
そういう形容詞は一般的に女性に使うものだろう?」
ソルジェニーは、そうだねと、頷いた。
「…だろう?
男相手にそんな事言われたりしたらどう頑張ったって侮辱されたとしか、思えない。
侮辱されたら普通は腹を立てるものだ。
まともな神経があるんなら」
ソルジェニーは、なる程。と頷いた。
そしてギデオンから見たら、ファントレイユって
『まともな神経の持ち主じゃない』
と思っているのも解った。
が、やっぱり美女のようなギデオンの容姿はそれはどうしたって綺麗だったから、つい素直に『綺麗』だと感想を述べそうになって、でもギデオンに侮辱を与えたと勘違いされたく無くて、それは必死で言葉を控える部下達を、思った。
「…ギデオンは薔薇を綺麗だと思う?」
テーブルに活けられたピンクの薔薇に視線を落として、ソルジェニーが訊ねると、ギデオンは頷く。
「…ああ。綺麗だな」
「…じゃあそんな風に、ギデオンの事を言ったりしたら侮辱に、なる?」
ギデオンの眉が思い切り、寄る。
「…ソルジェニー。そういう問題じゃない。
他人の瞳に私の容姿がどう映ろうと勝手だが、私は他人に『綺麗だ』と言われるのは死んでも嫌なだけだ」
ソルジェニーは思い切り、食べた物を喉に詰まらせそうになったが、やっとなんとか、頷いてみせた。
ギデオンもソルジェニーが頷きを見て、納得したか。と了承の頷きを返した。
その翌日、ソルジェニーは宮中をファントレイユと歩き、恒例の光景を眺めていた。
…つまり、ご婦人達が彼が通る度に自分の用も、話している相手もさて置いてはファントレイユを見ようと駆けつけて来て、彼の姿にうっとりと見惚れる、それは壮観な光景だ。
ファントレイユは相変わらず、それは優雅な様子で視線に対して微笑を、返していた。
自室に戻るとファントレイユにありがとう。と礼を言う王子に、ファントレイユは軽く頭を下げて下がろうとし、王子の少し俯き加減の視線に気づいた。
そして王子が言い淀むような様子を見せたので、ファントレイユは直ぐに部屋を出ずに、彼の横で言葉を待った。
だが王子のそれを口に出来ない様子にファントレイユはつい、少女のような姿の王子に優しく屈むと、告げる。
「…まだ私に、言いたい事がおありなんでしょう?」
ソルジェニーはそっと顔を上げ、躊躇いながら口を開く。
「…あの…鴨のパイ包みをとてもお好きだと、この間おっしゃっていらしたでしょう?
今夜はそれなんです。
それでもし、ご用が無ければ……。
あの、もう一人分のご用意はすぐ出来ますから…。
でもあの、ご用があるんなら……」
「ご一緒させて頂きます」
ファントレイユにそう言われ、王子の表情が、目に見える程輝いた。
大人ですら、一人きりで食事を取らない為に誰か相手を探すものだから、こんな年若い少年なら尚更だ。
真っ白なテーブルクロスには金糸の刺繍が入り、ピンクの小花模様の華やかな飾りのついた白い皿には湯気の立つご馳走が並べられていた。
すっかり夕食の、用意が出来た所でギデオンが顔を出す。
彼の姿に王子の表情はそれは輝いたが、ギデオンはテーブルの前に座すファントレイユが、フォークを取り上げる様子を目に止め、告げる。
「…今日は一人じゃないようだ。私は出直すとしよう」
瞬間、背を向けるギデオンに、王子が俯く。
ファントレイユは、王子のそれはがっかりした様子に目を止めると、ギデオンに聞こえるように声を上げた。
「…王子は本当に、おいとこ殿のお姿が見えると嬉しそうなんですね…」
ギデオンが、ファントレイユの言葉に気づいて歩を止め、振り向く。
ファントレイユがソルジェニーの、俯きそれはがっかりした表情に視線をくべてギデオンに目線を送り、促した。
ギデオンは美貌のその男の、流し目のような合図に微かに頷き、途端に声を張り上げる。
「…ああ…忘れていた!
今日は自室に食事の用意が、無いんだった…」
ファントレイユが俯くソルジェニーにそっと屈んで、頷く。
王子は直ぐに顔を上げ、叫んだ。
「…ギデオン!直ぐに用意出来るけれど……」
ギデオンはにっこり笑うと、返答した。
「…なら、ここで頂こう」
王子の表情が、一瞬でぱっと明るく輝いた。
ギデオンはソルジェニーの横に掛けると、ファントレイユにチラリと素早く視線をくれて礼に代える。
ファントレイユはギデオンの素早い一瞥を受け取ると、軽く頷きその礼を受けた。
王子が、それははしゃいで食の進む様子に、ギデオンは幾度も微笑みを送る。
そうしていると、ギデオンの元来の美しさが光り輝き、ファントレイユはもう少しで軍での彼の猛獣ぶりを忘れかけ、それは大層自重した。
「…言っていたでしょう?ギデオン。
どうしてファントレイユは全うに評価されるのを嫌がるのかって…」
ファントレイユがソルジェニーのその言葉にふと、視線を上げてギデオンを見つめる。
「王子。
全うな評価を嫌がる人間なんて、いやしませんよ」
ファントレイユが言うと、ギデオンが口を開く。
「…私が、君は腕が立つと誉めても、君は受け容れないじゃないか」
ファントレイユは気づいて顔を上げる。
「…そりゃ、確かに君にそう言われるのは嬉しいが、君の腕は群を抜いているだろう?
だって」
ギデオンはその美貌の男に、素直に質問した。
「じゃあお前は自分は何番目位の位置に居ると思ってる?」
ファントレイユは途端に肩をすくめる。
「…そうだな、アドルフェスもレフィールも、シャッセルもそれは大した剣士だし…。
実際君のすぐ下なんかはいなくて、そのだいぶ下に、数人が五十歩百歩なんじゃないのか?」
「…なる程。じゃ、その五十歩百歩の中に君は、いるんだな?」
ファントレイユはまた、肩をすくめる。
「…どうかな。
君の取り巻き達は手を抜かないが、私は自分が頑張る必要の無い時には手抜きだからな…」
この“手抜き”という言葉に、ソルジェニーは思い切り呆れた。
ギデオンは理解出来た。と、笑う。
「…つまり、自分の腕を周囲に見せつけたいレンフィールなどが頑張ると、彼と手柄を争う事無く君は引っ込んで、レンフィールに任せる訳だ」
ファントレイユはそれのどこが悪いのか解らない。とすまし顔をする。
「…別に彼一人で用が足りるなら、それでいいだろう?
私がでしゃばる必要も無い。
彼は人前で自分の強さを見せつけるのが大好きなんだし、私は体力を温存出来た分、ご婦人と優雅に楽しめる。
お互いに取って、いい事だろう?」
それを聞いて、王子は『なる程』と納得したが、ギデオンは思い切り呆れた。
「…君は手柄より、ご婦人との時間を選ぶのか?」
呆れられてファントレイユは、ギデオンを見つめ返し言い諭す様に告げる。
「ギデオン。人の価値観はそれぞれだ。
私は侮られて侮辱されない限り、ムキになって手柄を立てようとは思わない。
戦になればいつ命が無くなるか知れないから、その間自分の楽しみに時間を取るのは、当たり前だろう?」
「…………………」
「君だって余暇は、自分の楽しみに使うんじゃないのか?
それで、君には理解されないとは思うが、君の思う楽しみと私のそれが違うだけで、余暇を楽しみに使うのは私も君と同じ事だ。
…ただ、まあ私の使い方は確かに普通の範囲よりちょっと超えてるとは思うが、しごく一般的な男の使い方だとは思っている。
…君よりは随分とね」
ギデオンは途端に、ため息を付いた。
「…お前も人の事が言えるか…!
何が、ちょっとだ!
あれは全然ちょっとじゃないぞ!
あんなにご婦人の視線を自分に集めて置いてちょっとだなんて感覚は絶対に、おかしい!」
ギデオンのこの発言に、王子も同感だとファントレイユを見守ったが、ファントレイユは困惑したように首を、揺らす。
「…だって……。
君の取り巻きもそれは大人しいから君は知らないだろうが、この前騒ぎを起こしたスターグだってそりゃ、遊んでいるぞ?
あの程度の見目の良さと近衛連隊の名で、あれだけ女性が釣れるんだから、隊長の私がもう少し多く釣れても、無理無いだろう?
君がその気になったりしたら、それこそもっと、釣れるんじゃないのか?」
ソルジェニーが思わずギデオンを見つめ、王子の視線を感じてギデオンは、解った。と頷く。
「…もう、いい!」
ファントレイユが首を傾げて異論を唱える。
「いいのか?」
「…お前も、自覚が無いという事だ!
あれ程ご婦人の視線と関心を集める男は、宮中で私は、初めて目にした」
ファントレイユはギデオンのその本音につい、肩をすくめる。
「…解った。それは、心に留め置くとしよう…」
ギデオンは顔を下げると
「そうしてくれ…」
とつぶやき、スープ皿に視線を戻したが、顔を上げた。
「…私も自覚が、無いようだな…。
私が知らぬ場所で何やら君に、心配をかけている様子だが……」
ファントレイユはスプーンから口へスープを運びながら、その言葉と真っ直ぐ見つめて来るギデオンの碧緑の瞳を受けて手が、止まった。
「……………。
そんな心配は、だが君はうっとおしいと、思ってやしないか?」
ファントレイユが、それは慎重にその言葉を口に、した。
ギデオンは途端に不満げに、眉を寄せる。
「……確かに、うっとおしいとは思うが…」
「…だろう?」
「…だが君が私を心配する理由も解る。
…つまり今の近衛には、問題があるという事だ。
父が死んで叔父が右将軍を、継いでから………」
ファントレイユは顔を上げると、ギデオンを見る。
ギデオンはその視線に気づき、ファントレイユのブルー・グレーの瞳を真正面から受け止めた。
「…君は知っているかどうかは解らないが、叔父が右将軍になる前は不正がまかり通ったりは、しなかった」
ファントレイユは視線を落とした。
「…それは、聞いてる」
「…何とか出来るならしたいが…」
ファントレイユもつぶやく。
「……そうだな……」
ソルジェニーは二人の様子に気遣わしげに、そっと口を挟む。
「何とか、出来そう…?」
幼い彼に心配げに見つめられ、ギデオンは笑う。
「…きっと、何とかするさ!」
王子も笑い、だがファントレイユは俯いた。
「君は本当にそう思っているのか?」
言われて、ギデオンはソルジェニーの不安げな様子に視線を向け、ファントレイユをたしなめようとした。
が、ファントレイユは聞く気が無いようにむすっとした様子で、食事を口に運ぶ。
ソルジェニーはそんなファントレイユの様子に、不安げに問い正した。
「…望みが、無さそう……?」
ファントレイユは王子の言葉に気づくと顔を上げ、その美貌に微笑を浮かべ、ささやいた。
「…いいえ…。
貴方の護衛どころか隊長にすら成れない身分の私が、今こうしているんですからね…。
多分何とかなる日がきっと、来ますよ…!」
ギデオンが何か言いたげに俯いたが、唇を噛んだ。
が、思い直すように口を開く。
「…以前の近衛なら、当然の昇級だ。
君にはちゃんとその、実力がある」
だがファントレイユは顔を上げて軽やかにギデオンに、笑った。
「…でも今は以前とは違う。
いくら頑張った所で君が居なければ私は、一兵卒としていつ前線に送られるか解らない身の上だったからな…!」
ギデオンは不満げに唸った。
「…君には大貴族の後ろ盾がいるじゃないか…!」
ファントレイユが視線を落とす。
「…だが、友が身分が低いというだけで前線に送られるんなら自分一人だけ、後ろ盾があるからと安全地帯にいられないだろう…?
前線で友と死を分かつ方が、余程心安らかだというものだ……」
ギデオンが彼のその言葉に俯き、王子は逆にそう言う、血生臭い事なんかよりいかにも優雅な宮廷が似合い、命のやりとり等およそ不似合いなその人の覚悟を聞いて、切なげに眉を、寄せた。
が、ファントレイユは言葉を続ける。
「…大体それは君だって同様じゃないか。
君の身分ならいつも後ろでのほほんとしていられる筈なのに、好んで志願しては前線の危険地帯に真っ先に、体を張って出向く癖に………!」
この言葉にギデオンが顔を上げてファントレイユを見つめ、ソルジェニーはギデオンを、驚きに目を見開き、見入る。
だがギデオンはファントレイユの言葉には答えずに訊ねた。
「………私の事はさて置いて、君はそれが理由であそこ迄ご婦人に、愛想を振る舞ってるんじゃあるまいな?思い残す事が無いように」
ファントレイユはその問いに、肩をすくめる。
「…あれは条件反射だ。
軍でむさい男達に
『お前、何様だ』
と言わんばかりに突き飛ばされたり、いつ殴りかかられるか解らない緊迫した状況の中にいたりすると、あんなに華やかで煌びやかなご婦人達に微笑みかけられたりしたらつい、それは愛想が良くなっても仕方ないだろう…?」
ギデオンはこの返答に、スプーンを皿の底に当てて鳴らし、惚けて口を開いた。
「……条件反射だったのか……」
ファントレイユはも呆けるギデオンをそっと伺い、尋ねる。
「…それが、知りたかったのか?」
ギデオンがぼそりとつぶやく。
「…まあな」
そして顔を揺らして口を開く。
「…お前ときたらやらせれば何でも見事にこなす癖に、軽口しか叩かない。
そういう男だと馬鹿にしようとすればちゃんと、心ある様子を見せる。
…もし、いつ死んでもいいようにご婦人の視線を集めているんなら、随分悲愴感があるものだが……そうでも無いようだし」
ファントレイユがこの言葉にとうとう目を剥いた。
ソルジェニーが目にした、ギデオンを心配していた時に見せた、それは真剣なブルー・グレーの眼差しだった。
「…悲愴感がある筈なのは、君の方だろう…?
どれだけ誰も行きたがらない危険な場所へ、まるで自殺願望でもあるかのように志願し続けてたと思ってる…!
…私同様、君が居なければそれは悲惨な目に合う筈だった男達が山程いて、彼らは全部君の命を惜しんでいると言うのに、当の本人と来たら…!
君を心から慕ってる奴らが、君が志願し、危険に身を晒す度に泣きそうに表情を歪めても、気づきもしない!
あんな、ごつくてむさい男達がみんなだ!」
ギデオンはそれを聞いて、それは大人しく俯くとスプーンをゆっくり置き、タメ息を、付いた。
「…やっぱり、出来れば早急に何とかすべきかな…」
と、ファントレイユのその言葉に不安に震えるソルジェニーを、見やった。
ソルジェニーは少し震えながらもギデオンを労るように見上げると、掠れた声でつぶやく。
「…出来るんなら、そうした方がいい……!
ギデオン。私も貴方がいなくなるのは、絶対に嫌だ……!」
可愛いソルジェニーに潤んだ青い瞳で見つめられ、ギデオンはもう一つ、それは深いため息を付いた。
がファントレイユの、それはすっきりとた顔をして食事を続ける様子を目にし、思わず尋ねる。
「……君は何だか晴れやかだな……」
ファントレイユはとびきり優雅な微笑をギデオンに送って言った。
「この先あんな、ごつくて少しも可愛げの無い男達の、泣きそうな悲しげな顔を目にしなくて済むかと思うと、思わず食も進むさ…!」
ギデオンはその言葉に思い切り肩を、すくめて見せた。