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城下の食事

†‖:登場人物紹介:‖†


ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。


        グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。


        王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。


ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。


        少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし


        孤独な日々を送っている。


ギデオン・・・19歳。小刻みに波打つ金の長髪。青緑の瞳。


        ソルジェニーのいとこ。王家の血を継ぎ、身分が高い。


        近衛准将。見かけは美女のような容貌だが、


        抜きん出て、強い。筋金入りの、武人。 


マントレン・・・19歳。ファントレイユ、ギデオンの友達。


       近衛連隊、隊長。剣の腕はからっきしだが、


       参謀として、ファントレイユやギデオンの窮地を


       度々救い、信望を得ている。


ヤンフェス・・・19歳。ファントレイユ、ギデオンの友達。


       近衛では珍しい、農民出身だが、弓の達人で


       その腕前の素晴らしさから、各隊から引き合いに

       

       出される程。気のいい男で、みんなに好かれている。


スターグ・・・ファントレイユの後輩。マントレンの隊所属。


      下級貴族で、腕が立つ遊び人。


ラウリッツ・・・スターグの友達。二人つるんでいつも


      派手に遊んでいる。        

 その日、ソルジェニーはずっとファントレイユを待ったが、彼はなかなか姿を現さなかった。

軍務で、出頭が遅くなるとは聞いていたが。


午後の日が暮れ始めても彼の姿が無く、ソルジェニーはぽつんと室内で時間を持て余した。

 大抵午前中に色々な行儀見習いだの歴史だのの講義は終わっていたし、昼食後は夕食まで、彼は放って置かれるのが常だった。


以前は一人が気にならなかったが、ファントレイユと出会って以来あんまりたくさんの人との出会いで、一人で居る事がどれ程孤独な事か、ソルジェニーは改めて思い知った。


 召使いが夕食の支度をしていき、ソルジェニーはいつも一人で食べるその食卓に着く気すら無く、ぽつんと椅子にかけたままぼんやり戸口を眺めては、それが開く様子の無いのに、落胆した。


だが、並べられた夕食が冷め切った頃、その戸口はいきなり開いた。

「…失礼。大変遅くなって…」

ファントレイユは息を切らし、自慢のたっぷりのグレーがかった栗毛を乱して、ソルジェニーの前にその姿を突然現した。


が、待ち侘びて顔を上げるソルジェニーのその表情(かお)と、食卓に並ぶ手の付けられていない冷めた夕食を目にし、ファントレイユは一息整えて、いつもの軽やかで自信に満ちた声色で告げる。

「…お食事が、まだのようだ」


がソルジェニーは静かに、俯いた。

「…食欲が無くて」

ファントレイユは肩をすくめ、そしてつかつかと食卓の上の食事の、鳥肉を指で摘んで口に放り込むと、もぐもぐと口を動かして食べ、頷いてソルジェニーに微笑む。

「…とても、美味しいですよ?」


室内が、一気に明るくなるようなその存在感に、あまりに寂しかったソルジェニーは涙が零れそうだった。

ファントレイユにはその様子が解ったようだったが、彼は微笑みを崩さぬまま、もう一摘みして、口に放り込んだ。

「…お食べにならないんですか?」

「お腹がお空きなら、貴方が頂いて下さい」


ソルジェニーのか細い声にファントレイユはチラと王子を見はしたが、さっさと椅子に掛けると、ナイフとフォークを使い始めた。

「では、遠慮無く頂きましょう。

…何せ昼食も頂けなくて、腹ぺこですから」


その、もりもり食べる様子にソルジェニーは目を丸くした。

「…あの…。

お食事もされずにここに、駆けつけて下さったんですか?」

ソルジェニーの、その気遣わしげな様子にファントレイユは肩をすくめ、何でも無いように微笑を浮かべ、告げる。

「…まだ、いい方ですよ。

行軍になればヘタをすれば夕食もお預けなんて、ザラですからね。

それにここに顔を出したお陰で、こんなに豪華な食事にありつけた。

…まさか私が腹ぺこだと知って、わざと残して置いて頂いたんじゃありませんよね?」


悪戯っぽくそう言って笑うファントレイユに、ソルジェニーの心はすっかりうきうきしてしまった。

「…違います」

微笑んでそう告げると、ファントレイユはやはりうっとりするような微笑を返す。

が、フォークから肉を更に口に放り込むと、もぐもぐさせながら尋ねる。

「…では…貴方はまだですか」

「…あんまり、食欲が無いので…」


ファントレイユはグラスから飲み物を取ると、そう言って俯く王子を見つめた。

「…それは…いけませんね。育ち盛りなのに。

お食事はお口に、合いませんか?」

言いながら、だが手は相変わらず、フォークで肉を押さえてナイフで切り分け、そしてまた口に放り込む。


「…あの…。

こんな手の込んだ食事よりたまに、もっと…その…。

素朴な物を食べたくなるんです…」

ファントレイユは、頷いた。

「なる程。確かに豪華な食材を使った、私じゃ滅多に食べられないご馳走ですが、貴方にとっては何を食べたいとか、我が儘は言えないようですね…」

ソルジェニーは力無く、頷いた。


「…お仕事が大変でしたら、来られないと断って頂いても、構いません」

ソルジェニーがそう、落胆したようにつぶやくと、ファントレイユは一つ、タメ息を付いてフォークを、置いた。

「…今度からは遅くなる時は、使いを寄越すとしましょう…。

まさかずっと、待っていらした?」


ソルジェニーはファントレイユにとても優しげにそうささやかれて、慌てて首を横に振る。

「…そんな筈ありません。

これでも私だって、それなりに時間を過ごすやり方がありますから…」

だがそれを聞いたファントレイユは少し、怒ったように眉を寄せた。

「…王子。他人に気を使うのはもっと大人に成ったら嫌でもしなけりゃなりません。

…少なくとも私に気遣いは無用です。

様子で、気づかない呆け者だと、私の事を思っていらっしゃる?」


気を使って怒られるなんてソルジェニーは想定外で、思わずびっくりして顔を上げてファントレイユを、見た。

だがファントレイユは尚も、眉間を寄せたまま告げる。

「…子供は大人に気なんか、使うものじゃありません」


そのむくれたような言い用に、ソルジェニーはつい吹き出した。

がファントレイユは尚も言葉を続ける。

「…ちゃんと自分の本心を、言えないようになってしまいますよ?

素直に自分の、気持ちを言えばいいんです」


ソルジェニーはその言葉に後押しされて、囁く。

「…ずっと待っていて、とても寂しかった」

そう、口にした途端自分があんまり哀れで、ソルジェニーはつい目頭が熱く成った。

ファントレイユは真顔でその様子を見て、ようやくほっとしたように口を開く。


「これで私もちゃんと、謝罪が出来る。

…お待たせして、本当に申し訳ありませんでした。

次回からはちゃんと、貴方が待っていると覚えて置いて、気を配りますから」


ファントレイユが真っ直ぐ王子を見つめて静かにそう告げると、それが申し訳無いような表情をするソルジェニーの様子に目を止め、言い諭す。

「…それが大人の仕事です。子供は我が儘を言うのが仕事。

忘れないようになさい」

そう告げられ、ソルジェニーは潤んだ瞳で、頷いた。


ファントレイユはナプキンで唇を拭うと、急いで言葉を続ける。

「…しかし育ち盛りの子供が夕食を抜くのは、頂けませんね。

城下の、私の知っている店がまだ開いている。

あんまり上品な場所じゃ無いが、致し方無い。

食事は多分、貴方のお口に合う筈です。

女将さんがそれは料理上手なので」


ソルジェニーの目が、まん丸に成った。

「…これから…お出かけして下さるんですか?!」

その様子があんまり嬉しそうだったので、ファントレイユは微笑んだ。

「お召し物を、もっと質素にして頂かないとね。

お城の中とは違いますから。

馬には、お乗りになれるんでしょう?」

「勿論です!」

ソルジェニーはそう叫ぶと飛び上がりそうな勢いで、椅子をがたがた言わせて、着替えの部屋へと駆け込んで行った。


ファントレイユはその様子につい、微笑ましくって笑みをこぼした。



 ソルジェニーがそれは見事な栗毛の馬に跨って、ファントレイユの後を付いて行く。

ファントレイユは目で王子の乗馬の様子を、気づかれない様にこっそり観察していたが、王子の乗馬のそれは自然で乗り慣れた様子に一つ、頷くと拍車を掛けた。


ファントレイユの、自分を置き去りにする早さに、ソルジェニーも思わず必死に後を追う。

追いついて横に並ぶと、ファントレイユはそれは優雅に馬を操りながらソルジェニーに振り向いて微笑みを送り、更に速度を上げてみせた。

ソルジェニーがそれでも付いて来ると、誉めるように微笑み返す。


ソルジェニーはファントレイユの視線を受けると、途端心が弾む自分に気づいた。

彼に見つめられると、自分は何だか特別な人間になったようで、凄く、胸が熱くなった。



 間もなく、ファントレイユは並ぶ家々の軒先から粗末な門を見つけ、潜って中に馬を進め、居並ぶ馬の列に、自分の馬を繋ぐ。

ソルジェニーが習って馬を降りて繋ぐ様子を見、ファントレイユは笑った。

「…そんなに自分で何でも出来るんなら、城の中はさぞかし、もどかしいでしょう?」

「…皆、私に何も、させてはくれません」


ファントレイユはそのソルジェニーのぼやきに、心からの笑顔を見せた。

あんまりその笑顔が屈託無く明るくて、ソルジェニーもつられて満面の笑みを見せる。

ファントレイユの手が、背に回され、押されて促される。

その手の温もりに、ソルジェニーはどきん…!と心が高鳴った。


そんな風に自分に触れてくれる相手が城の中で誰も、居なかったからだったが、それを別にしてもファントレイユのその柔らかい癖にどこか強引な態度は、男らしい美貌も伴って相手をどぎまぎさせるんだ。と、ソルジェニーは思った。


ファントレイユの肩に自分の頭が触れる程で、振り返ったりすると彼の胸元が、それは近くって、そんな風にエスコートされると何だかとても、どきどきしている自分に、ソルジェニーは戸惑った。


が、ファントレイユは何でも無い様に、灯りの漏れた賑やかな戸口から中へと、促す。


質素な剥き出しの木が壁一面を覆い、カウンターも幾つもあるテーブルや椅子も、全て木材なのが一目で解るその広い部屋は、酒の入った男達でそれは賑わっていた。


ファントレイユが姿を現すと、奥のテーブルに掛けていた男が彼の姿を見つけて杯を上げ、合図を送る。

ファントレイユはその男に視線を送り、王子の肩を抱いて彼らのテーブルへと、酔っぱらい達を掻き分けて進んだ。


幾人の、カウンター前で立って飲んでいた男達が、ファントレイユの姿を見つけて声を掛ける。

「…隊長!どうしたんです?

王子の護衛以来こんな店とは、無縁でしょう?」

「…身分の高い美人ばかり相手にして、ここはお見限りかと思いましたよ!」


が、連れているソルジェニーに目を止め、その隊員らしい酔っぱらい達は二人を取り囲んで目を丸くした。

「…貴方にしては、随分………」

「…こんなに幼い少女が好みだったとは…。

…そりゃ、美少女だとは思いますがね。

護衛を始めて、趣味が変わったんですか?」

「……いつもは必ず、どこから見つけてくるのかと思うようなそりゃあ色気のある品良い美人を、とっ代えひっ替え連れ歩く癖に…!」


ファントレイユは五月蠅げに、その酔っぱらい達に眉を寄せると、ソルジェニーに手を伸ばそうとする男達を手で払い退けて言った。

「知り合いの親戚の子供だ!いいから、絡むんじゃない」


咄嗟、ファントレイユの胸に抱き寄せられる格好になって、ソルジェニーの心臓が跳ね上がった。

衣服をそれは優雅に付けていて解らなかったが、触れてみるとファントレイユは引き締まったしなやかで逞しい体付きをしていて、ソルジェニーの心臓が途端、どくん…!と鳴った。


『風の民』ではもっとたくさん逞しい男達が居て、抱き上げられたり肩を抱かれたりしたのに、こんなにどきどきした事何て、一度だって無かった。


ソルジェニーは、成熟した大人の男性ってこんな風なのか。

と改めて思って、頬が熱くなった。


ファントレイユは彼らから護るようにソルジェニーを胸に抱いたまま、ようやく、杯を上げた友の元へ王子を連れて行き、彼らの向かいに腰掛けさせて自分も隣に、座る。


杯を上げた男は明るい栗毛の癖っ毛を肩の上で揺らし、穏やかな茶の瞳の、いかにも平民のような田舎顔で、気さくで気のいい優しげな表情を、浮かべて笑った。

「…今夜は随分、若い連れだな」

ファントレイユは途端、気を悪する。

「ヤンフェス。…君迄そんな事を言うのか?」


だが男は気にした様子無くソルジェニーに微笑みかけると

「食事かい?ここのじゃがいもは、美味いぞ」

ソルジェニーは彼の親しみ易い笑顔に、釣られて笑った。

「それを食べてみたい」

ソルジェニーのその様子にファントレイユも思わず笑みを漏らし、注文伺いに来た男にそれを告げる。


ヤンフェスの横には金に近い真っ直ぐな栗毛を伸ばし、理知的な青い瞳で小顔の、少し青冷めた顔色の利発そうだが弱々しげな体格の、小柄な男が居た。

彼は理性的な言葉遣いで、ソルジェニーの考えを読んだように告げる。

「…ファントレイユは特別だ。

彼に扱われる大抵の相手は、どきどきするらしい」


ファントレイユは気づいたように隣のソルジェニーを振り向き、尋ねる。

「どきどき?」

ソルジェニーは途端、気恥ずかしそうにファントレイユから顔を背け、俯いた。


ファントレイユは言った男を見たが、彼はすまして杯を、口に運ぶ。

ファントレイユの眉が寄る。


が、ヤンフェスと呼ばれた気さくな男が、肩をすくめてみせた。

「…君くらい性的魅力に溢れた男は珍しいと、マントレンは言いたかったんだろう?

第一私が君と同じ事をしても彼女…それとも、彼か?」

ファントレイユに訊ねるが、彼は首を振っただけで答えなかった。

ヤンフェスは何かを察したように、頷くと続ける。

「…ともかく私が君と同じ扱いをしても、きっと相手はどきどきしたりはしない」

ファントレイユが、どうかな、と首を傾ける。

マントレンが、畳みかけるように言う。

「…そりゃ、そうだろ?」


が、ファントレイユはソルジェニーに向き直ると、二人を紹介した。

「…こっちはヤンフェス。

近衛一の、弓の達人だ」

人の良さそうな男は、笑顔で頷いた。

「…そして君にロクでも無い注釈をしたのは、マントレン。

参謀としては誰もが兜を脱ぐ、頭脳派だ」


「…ロクでも無い注釈をした割にはご大層な紹介をしてくれて、感謝すべきか?

…それで…彼…だろう?

何て呼べばいいんだ?」


二人はどうやらファントレイユの連れが王子だと気づいている様子だったが、それを口にする事は無かった。

「…どう呼ばれたい?」

ファントレイユのその美貌はその粗末な酒場の中では更に輝きを増し、浮き立つように見えてソルジェニーは途端どぎまぎしたが、そっと告げた。

「じゃあ…ソランと…。

『風の民』には、そう呼ばれていたので…」

ファントレイユは頷いた。


が、二人は王子のはにかむ様子に目を丸くし、お互い顔を、見交す。

「…何か凄く、免疫が無さそうだが大丈夫かい?」

ヤンフェスが心配げな表情で小声で言うと、マントレンも唸る。

「君を推したのはギデオンだろう?

そりゃ適材とは言え、君相手じゃソランは初過ぎる…」


ファントレイユの眉が、ますます寄った。

「…君達は何が言いたいんだ?」

ソルジェニーはそんな素の彼の様子がすごく新鮮で、つい見入る。


ファントレイユは冷静な態度を崩さぬまま、彼らに言った。

「…別に見合いをしている訳じゃないし、第一マントレンが言ったように“彼”だ」

二人は思い切り納得し兼ねたようだったが、友のその態度に同調するように、素知らぬ顔を作ると話題を切り替えた。

「…で、食事に来たのか?」

ヤンフェスの問いに、ファントレイユは優雅に笑う。

「遅くなったのでね」

ヤンフェスは頷くと

「君が遅刻する原因を作ったその、問題の主達は反省する気も無く、ここに顔を出してるぞ」

マントレンも続ける。

「君に厄介事を押しつけて、いい気なものだ」


ファントレイユは咄嗟、思い出したように二人の友の顔をじっと見た。

「…押しつけたのは君達もじゃないか…。

騒ぎを聞いて、そっと逃げたろう?」


ヤンフェスとマントレンは肩をすくめ合った。

「色事は君の、専門分野だ」

ヤンフェスが素っ気なく言うと、マントレンもくぐもるように告げる。

「正直…決闘騒ぎは、私じゃ手に負えない」


ファントレイユは友達甲斐のない二人に、呆れた。

ソルジェニーがそっとファントレイユに問う。

「…女性の問題で、決闘騒ぎが、あったんですか?」

ファントレイユはその美貌の面を向けて、ささやいた。

「…問題を起こしたのは私じゃないがね…。

マントレンの隊の者で『妹を孕ませて捨てた!』と、その兄が剣を抜いてまっ昼間、近衛の兵舎に怒鳴り込んで来たんだ」


ファントレイユはそのまま告げたが、やっぱりソルジェニーは目を見開いて、ぱちくりさせた。

途端、ファントレイユが額に手を当てる。

「…やっぱり、刺激が強いようだな…」


ファントレイユがぼそり。とつぶやくのでソルジェニーは慌てて訊ねた。

「…それで、どうやって収めたんです?」

「私が責任者だと名乗り出て…。

ご存じの通り、マントレンは逃げたのでね」


ファントレイユに流し目で睨まれて、マントレンは横を向き、目を逸らした。

「…事情を聞くからと、ともかく剣を鞘に納めさせた」

ヤンフェスが机の上で腕組んで、乗り出して聞く。

「…それから?」

ファントレイユは彼を見て、思い切り首を横に振る。

「…それからが、長くってねぇ…。

剣を抜いて来るくらいだからもっと直情的な男かと思ったら、愚痴り初めて…」

「だがどうせ君の事だ。

さっさと話を切り上げたんだろう?」

マントレンが素早く口を挟むが、ファントレイユがそれは弱り切った表情を見せた。

「…そうしようとすると、泣き出す」


それを聞いて二人が、下を向く。

マントレンがタメ息混じりに言った。

「…それは…どうしようも無いな…」

ソルジェニーもそう思った。


ヤンフェスが顔を上げ、尋ねる。

「…それで結局どっちだったんだ?

スターグか?

それとも、ラウリッツか?」

ファントレイユが、頷いて返す。

「…やっと特徴を聞き出して、スターグだと解ったので…。

慌てて彼を捕まえて事情を問い正した。

ところがあいつは、自分がそんなヘマをする訳が無いと言い張る。

…ソラン。じゃがいもが、冷める」

ファントレイユに目線で促され、テーブルに乗る注文した品が届いたのに気づき、ソルジェニーはスプーンを取った。


「…ああ。そのベーコンもとうもろこしも、絶品だ」

マントレンに言われて口に運ぶが、皆それは素材を活かした素朴な味で、ソルジェニーは一気に空腹を思い出した。


その食べっぷりに、ヤンフェスとマントレンは思わず目を見合わせる。

ヤンフェスが呆れたようにぼやく。

「…とてもお腹が、空いていたようだ…」

ファントレイユが、くすくす笑った。

「育ち盛りだものな」


「…それで?」

マントレンが促すので、ファントレイユは言葉を続ける。

「…ともかく、スターグと話していると、熱血の兄貴は待たせた部屋からまた、剣を抜いて喚きながら俳諧するし…スターグは絶対女性が嘘を付いていると言い張るし…」

「…言い張るんじゃなく、嘘を付いてる。あっちが」

ファントレイユの言葉を継いで声がし、テーブル横に立っている男を全員が、振り返って見上げる。


確かに見目の良く、肩幅もがっちりとした黒髪の伊達男だったけれど、尖ったナイフの様な印象の、少なくとも上級貴族なんかじゃなく宮廷に縁無く品も無い、荒んだ感じのする若者に見えた。

「…あんたに世話になって申し訳無いが、この後は俺が話を付ける」

ファントレイユがそのブルー・グレーの瞳を真剣に輝かせて、その男を見据える。

「…両親を亡くして兄一人しか身内の居ない女性だぞ…。

兄貴を斬り殺して天蓋孤独にする気じゃないだろうな…!」


ファントレイユに低い声でそう怒鳴られ、スターグの顔が歪む。

「…ともかく女と話させてくれ…!

それ切り、あんたに世話はかけない」

ファントレイユはその言葉に唸った。

「…兄貴が監禁しているんだ…!

第一貴様を見た途端、あの瞬間沸騰の兄貴は斬りかかって来るぞ…!

どうせお前はかわしたりせず、ばっさり殺る気だろう?」

「…じゃあ君が、女性と話すしか無いだろう?」

マントレンがその緊迫感を収めるような、理性的な声で口を挟むと、ヤンフェスも繋ぐ。

「…君なら大抵の女性は、うっとり見とれて口を割る」


途端ファントレイユはげんなりし、小声で呻く。

「…全然嬉しく無い評価だ」

「…そうだろうな。

秘め事で無くもめ事納めに、その美貌を使うとなれば」

ヤンフェスのその素っ気ない言い様を、ファントレイユは軽く睨むが、それしか手が無いのか、次に大きなタメ息を付いた。

そしてテーブルの横に立つスターグを見上げる。

「…本当に、覚えが無いんだな?」


ファントレイユが聞くと、スターグは頷いた。

だがスターグは美貌の色男に貸しを作るのは、凄く嫌なようだった。

その後ろから肩に腕を回して抱き、スターグの顔を覗き込んで、男が言う。

「スターグ…。

俺が兄貴を抑えて置いてやるから、女と話を付けろ」


…もう一人の問題児、ラウリッツの登場だ。


二人はファントレイユ達より幾らか年下で、近衛の中でも腕も立ち見目も良く、乱暴者でしかも遊び人で有名だった。

ラウリッツはやっぱり品の無い若者だったが、栗毛の巻き毛を長く伸ばし、はしばみ色の瞳をした、それはチャーミングな人好きのする美男だった。


がこれにはマントレンが、猛烈に異を唱える。

「…どう話を付ける!脅す気か?

もし彼女が嘘を付いているんだとしても、脅されて女性が本音を言うか?

…それでますます頑なになったら、お前は彼女に乱暴しないと、誓えるのか?!」

スターグがこれには目を剥いて、反論しようとした。

が、ヤンフェスがその前に、静かな声で口を挟む。

「…勿論、穏やかに話せるんだろう?

スターグ?」


途端スターグは、今の状態ではそれが自分に出来そうに無い事に思い当たり、うなだれる。

ヤンフェスはその様子に肩をすくめ、マントレンも

『そら見ろ!』と首を横に、振った。


ソルジェニーはまたまた、劇とかお話の一節のようなその場の展開に、スプーンを口に運びながらもわくわくしていた。


ファントレイユは彼らのやり取りを見守っていたが、口を開く。

「…私に、借りを作るのは嫌らしいが、仕方無いな?」

ファントレイユに念を押され、スターグはうなだれた。


ラウリッツは隊長達年長者の無言の迫力に、やれやれと肩をすくめると、友の肩を、ぽん!と叩き励ました。


スターグは立ち去ろうとして振り向くと、ぶっきら棒にファントレイユに告げる。

「ここの食事は、奢らせてくれ」

ファントレイユは彼の貸しを少しにしてやろうと、頷く。

「…奢られてやる」

スターグは、頷いた。

背を向けてラウリッツと酔っぱらい達の間に、その姿を消す。

途端、ヤンフェスがソルジェニーに向き直った。

「…りんごのパイも、美味いぞ!」

マントレンも畳みかける。

「チーズのケーキも、凄くいける」

そして二人は、ソルジェニーの返事を待たずに注文を取る為、揃ってウェイターを呼んだ。


ソルジェニーがその二人に呆れてファントレイユの様子を伺うが、彼は事後処理を一気に任された事に、額に手を当てて俯き加減で首を横に振っていた。

が、店の者が注文を取りに来るとすかさず顔を上げ、言い放つ。

「…葡萄酒だ!この店で一番上等のをくれ!」


ソルジェニーはそれを聞いて、思わず自分の言葉を飲み込んだ。

が、俯きながらつぶやく。

「…生クリームたっぷりのケーキは、ありますか?」

ヤンフェスとマントレンはその言葉に思い切り頷くと、直ぐにそれを注文した。


テーブルに運ばれた山盛りのデザートと高級酒を、全員がそれは満足そうに心ゆくまで正味したのは、言う迄も無かった。






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