レイファスの真実
ローゼはその、身分高く見目の良い男達が集う園遊会で、一際目立ち男達にちやほやされている美青年を見る。
そっ…と横の男に尋ねる。
「彼の名は…?」
声かけられた美男はローゼをひとしきり見、新参者だな。
と当たりを付けたものの、この園遊会は選ばれた者しか招待されない。
と解っていたので、柔らかい態度で囁く。
「かの軍での大物、アイリス殿の甥で…」
そして屈み、声を顰める。
「かつてのアイリス殿の恋人、レイファス殿です」
ローゼはそれを聞いて、美男に取り巻かれる可憐そのものの、華やかな雰囲気の美青年を見つめた。
小柄で細身。
明るい栗毛は艶やかで、大きなくっきりとした青紫色の瞳と赤い唇が際立ち、何よりその雰囲気がどこか、華やかで気品と嗜みがあり、愛らしくすら見えた。
男は笑い、ローゼにまた声かける。
「…つまりは彼の恋人になれば、あのアイリス殿よりその男ぶりがいいと、認められたも同然で、皆競ってレイファス殿を振り向かせようと必死です」
ローゼは、頷く。
そして軍での大物。
と言われている、長身で美男のアイリスの姿を思い浮かべる。
自分を引き立ててくれた近衛准将、アデンのその上司で右将軍、ドッセルスキと敵対している男。
上手く取り入れば、レイファスの口からその大物アイリスの、弱点だって見出せるかもしれない。
その上…長い睫を伏せるその美青年は、本当に愛らしく華やかで、どこか特別な感じがし、どうしても彼の視界に入り、その瞳に見つめられ微笑みかけられたい。
と思わせるような、独特の雰囲気があって、その存在感は他の美青年らと一線を画していた。
この園遊会に、女性は居ない。
つまり、男の恋人を持ちたいと願う男ばかりで更に招待を受けるのは、身分だけで無く見目も良く、趣味もいい男ばかり。
ローゼもアデン准将の推挙で近衛の隊長に任命されて以来、つてを頼りやっと何とか、この園遊会の招待状を手に入れた。
別に男じゃなきゃいけない理由は無かったが、今迄大勢の女を孕ませ捨てたし、五月蠅く責任取れ。とつきまとう女を一人殺して以来、悪評が立って身分高い女が釣れなくなったせいで、身分高い恋人を持つ事が出世の更なる道だと、解っていたローゼは、子の出来ない男を選ぶ事にした。
それに男は…。
同性に女のように扱われる事を侮蔑だと思ってる男を犯し蹂躙すると、その男は屈辱に打ちひしがれる。
相手を、暴力だけで無く精神的にも打ちのめすのが、ローゼは大好きだった。
が、アデンの不細工な娘は自分との結婚を望んでる。
アデンに隊長にして貰った以上、その娘を粗雑には扱えない。
だからローゼは何としても…男の身分高い恋人を作る必要があった。
上手くレイファスに取り入り、アイリスの弱味を聞き出し、上のアデンを通り越して更にその上、ドッセルスキに注進すれば自分の身は安泰で、アデンの娘との結婚話も消える。
そんな計算で、ローゼはレイファスの取り巻き達に、そっ…と紛れる。
気づいたレイファスに、にっこり。
と笑われた途端、ローゼは今迄一度も無かった事だが、頬が赤くなった。
結局ロクに喋る事も出来ず、レイファスの他の男らと話す姿を眺めたまま時間を終え、近衛宿舎に戻ったが、どうしてだか…やたらレイファスの姿が脳裏に浮かび、消えない。
そう言えば…隊長就任直後、モロタイプのレイファスに面差しが良く似た、やはりアイリスの甥だと言う近衛の隊長、ファントレイユを口説き損ねた事を思い浮かべた。
同じ隊長と言う立場にしては、細身だったし体格も左程大きく無く(近衛の中では)、組み強いて陵辱し、自分の支配下に置こう。
そう思い、人気の無い場所でいきなり襲いかかって、腕に抱き口づけ、強引に殴って組み敷いたが、邪魔が入って頂いてない。
それ以降ファントレイユは王子の警護とかで王宮に出入りし、姿を見かけず更に、とんでも無い女垂らしだと言う噂を聞いて、幻影を壊されがっかりした。
もっと硬派かと思ったのにとんでもない軟派で、女を横に連れ歩かない日が無い程だと聞いて、タマに姿を見かけると、とんでもない男だ。と自然に眉間が寄り。睨んでた。
レイファスはその、モロタイプのファントレイユに確かに、似ていた。
が鼻持ちならない軟派のファントレイユと違い、レイファスは男の恋人を持っていたし、それ以来ちょくちょく出かける舞踏会でも彼はいつも、美男に取り巻かれては居たが、ファントレイユのようなチャラけた様子無く、それは大層、慎み深くて可憐だった。
だからある時、レイファスが一人でテラスに居るのを好機と狙い、話しかけた。
レイファスはここ数日、出かける場で出会う、薄い金髪の背の高い、確かに美男の部類には入るが、根性が汚そうな面構えの、人情味薄そうな男がしょっちゅう、見つめているのに気づく。
その時レイファスは、「右の王家」の金髪の美男と、大公家の血筋の、見目良い若者の二人に、猛アプローチを受けていた。
あんまりジラしてもマズイから、そろそろどちらかと過ごしてもいいかな。
と思いかけた矢先。
そのローゼが、話しかけてきた。
二言三言話すが、ローゼに興味の無かったレイファスは、にこやかに笑いその場を、去ろうと思った。
が、その背に告げられた言葉につい、足が止まる。
「近衛で同じ隊長の…貴方の、多分従兄弟殿に当たるファントレイユ殿と…この間、口づけました」
つい…ローゼに振り向く。
ファントレイユは別に男が、嫌いと言う訳では無かった。
だがどうしてか…ファントレイユが“抱かれても良い”と思う男にまるで相手にされず、結果“抱いても良い”と思う女にしか色よい返事が貰えず、女垂らしの称号を、欲しいままにしている。
それは品良い素晴らしい美男にモテる自分を、羨んでる風も無いが、ファントレイユは自分の認めた男以外は絶対に、寝る気が無いのも知っていたし、一見やさ男風だが嫌な男には容赦無い攻撃で撃退する事も、知っていた。
だからローゼの事を、その撃退された一人だと、思おうとした。
「…ファントレイユ殿は…“貴方の口づけは素晴らしいし、その腕に抱かれたいとも思う。
けれど自分を求める大勢の女性が居るから、付き合えない”
そうおっしゃって、その後の機会を逃しています」
そう言われた時、つい…レイファスはそのローゼを真っ直ぐ、見つめてしまった。
それ以来、ローゼの姿を見るとつい、ファントレイユは本当は嫌いだが、同じ近衛の隊長だから可愛らしく嘘ついて断ったのか。
それとも本当に、その口づけが素晴らしかったのかが、気になって仕方無くなった。
つい、舞踏会でローゼの姿を見かけると、あっちも見つめて来るから、にっこり微笑って愛想ふるってしまう。
ローゼが、嬉しげに頬染めて見せたりするので、レイファスはおや?
と思った。
評判でも刺々しい男で、情も無く乱暴な男たと聞いた。
まあ近衛の隊長で、乱暴じゃ無い男を探す方が難しいから、近衛に似合いだとは言えるだろう。
普段喧嘩をしないファントレイユが、良くやっていけるな。
絶対音を上げる。
と、もう一人の同年の従兄弟で、叔父アイリスの息子テテュスと賭けをしてるが、未だ近衛から他へ移る気配が見られない。
テテュスは会う度毎度
「もう諦めたらどうだ?」
と聞いて来るが
「多分、直だ」
と言い続け、賭けは未だ健在。
絶対テテュスから、大金をふんだくれる日が来ると確信していた。
…つまりローゼのような、気持ちが惹かれる男が居るから、ファントレイユは未だ近衛から動かないんだろうか……。
つい、ローゼが近寄ってきた時
「…でも、一度きりでしょう?
ファントレイユが貴方に唇を許したのは」
とそう、探りを入れてみた。
がローゼは
「…残念ながら、隊長という職務の為なかなかお互い時間が取れず…二度目は腕の中で気絶するようにしなだれかかられましたが…急な隊務で二人で過ごす事は叶わず…………」
そう俯く、殊勝なローゼの、人の噂と違う様子に、レイファスはもう我慢出来なかった。
つまり…それを、確かめたくなって。
だが自分に猛アプローチかけている、身分高い二人の男は直ぐ、やって来てはローゼを押し退ける。
その時も…その場に残るローゼに心残しながら、レイファスは「右の王家」の御曹司と大公家の御曹司の二人の美男に浚われ
「いい加減、どちらを取るかを決めて下さい」
と急く彼らを煙に巻くのに一苦労だった。
だってどちらも決めがたい、いい男だったから。
出来れば二人と上手に…他は振ったと思わせ、こっそり付き合いたくて色々策を練ってる真っ最中で、だからどちらとも、まだ寝ていなかった。
が、それを考える時、決まってローゼが浮かび上がる。
「(あの…ファントレイユが?
本当に…?)」
とうとう、ファントレイユも自分が抱かれてもいい。
と思える男に欲して貰えたのか。
ファントレイユはあれでなかなか抜け目無く、彼が
“抱かれても良い男”
はレイファスですら、趣味がいい。
と思う男ばかり。
レイファスはもう、うずうずし、どうしても…ファントレイユが色よい返事をした男を、確かめたくて仕方無く、身分高い二人の美男をさて置いて、ローゼにこっそり話を付ける事にした。
使者を送り別邸に誘ったのだ。
秘密の隠れ家のようなその別邸なら、今口説かれてる身分高い男らに、知られる事も無い。
レイファスはその密会の晩を、わくわくしながら待った。
レイファスはそこ迄思い返し…腑煮えくりかえるような様子で、黙り込む。
テテュスは心配になって、レイファスを覗き込んだ。
大体、人の情事の話なんて聞きたくなかったから、言った。
「無理して話さなくても…辛いんなら」
が、レイファスはきっ!と顔上げる。
つまり、やって来たローゼと長椅子にかけ、話してる内にそんな雰囲気になり、そのまま抱きしめられて口づけされた。
が、思ってたのとは違う。
で、レイファスはファントレイユの“とても良い”
が別次元に移行したのかと、もっと確かめようと、寝室にローゼを招き入れた。
テテュスはもうそれ以上、聞きたくなかったが、レイファスは続ける。
「ともかく、ガウンを肩から滑らせ、愛撫され始めた頃、奴の最悪さ具合が解り始めた。
抓るわ噛みつくわで、いいどころかどんどん最悪な気分に成った」
「…でもそんな近衛の乱暴者から、その、最後迄せずに逃げられたのか?」
「私を誰だと思ってる?
神聖神殿隊付き連隊だ。
だから、もうこれ以上肌にアザ作られる前に、気づかれないよう眠り粉を振って呪文を唱えた」
テテュスは絶句した。
「…眠りについたら自分の望む通りの夢が見られるという、あれか…?」
レイファスは、大きく頷く。
「きっと、私に挿入してる夢でも、見てたろうな。
私は一息付いて、湯船に浸かり奴の気色悪い体臭を落とし…。
そしてそのまま、ばっくれた。
一応緊急出動がかかったと、手紙を残して」
「…だが…近衛の隊長だろう?
絶対その後も付き合いたいと、言ってくるんじゃ無いのか?」
「幸い近衛は公用地に盗賊が襲い来て出動がかかり、ローゼも出かけたから、帰って来るまでに何か、断る方法を考える」
テテュスは笑った。
「でも最後迄してないんだから、良かったじゃ無いか」
「良く、無い!
ファントレイユの奴、どうしてあんなヘタクソにいい顔してるんだ?
大体、ファントレイユが悪い!
あいつが“気持ちいい”なんてフリしなきゃ、私だって興味を惹かれなかった!」
「ファントレイユだって同じ隊長だから、気遣いもあったんだろう?」
「あの、ヘタな男大嫌いなファントレイユが!
男相手に腕に抱かれ気絶した。
なんて聞いたら、気遣いなんかじゃないと思って当たり前だ!
今度会ったらファントレイユに思い切り、罵り言葉を浴びせてやる!
『ヘタな男にヘタと言えない、根性無し!』
と!!!」
テテュスはもう、とりなせなかった。
怒ってるレイファスに迂闊に楯突くと、自分に矛先が向く。
と解っていたので。
だからファントレイユに同情し、困った溜息を一つ、付いた。