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宮中

†‖:登場人物紹介:‖†


ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。


        グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。


        王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。


ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。


        少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし、


        孤独な日々を送っている。




 ファントレイユと並んで外出すると、途端に人目が集まってくる。

やっぱりファントレイユに見惚れるのは自分だけじゃないんだと、ソルジェニーはそっと隣を歩く彼を見上げた。


たっぷりのグレーがかった栗毛が、肩の上で波打つように揺れる。

面長の、けれどもとても綺麗な形の頬と顎をしていて鼻筋が通っているし、何より顔立ちが綺麗だと言う他に彼にはどこか輝きを集めたような雰囲気があって、どう考えても近衛よりこの宮中に居るのにふさわしい、文句の付け所の無い優雅な姿だった。


目前の、豪華で壮麗な建物を抜けて広い中庭に出る辺りで、ご婦人の一団に出くわす。

色とりどりの衣装を着こなし、身分ある方ばかりでそれは華やかだったが、ファントレイユと並んで進むと彼女らの、呆けたように見惚れる視線が一斉にファントレイユに注がれた。


ソルジェニーは彼女らの視線を追いかけて隣のファントレイユを見上げたが、彼は見つめられるのに慣れている様子で、7人程居る女性達の視線を一身に浴びて、それは優雅ににこやかに彼女達を見つめ返し、通り過ぎ様それはうっとりするような微笑を返す。


彼女達の頬が染まりファントレイユのそのあまりの優雅な男らしい美貌に、通り過ぎたその後ろから一斉に感嘆のタメ息が漏れる。

ソルジェニーは初めての事でつい、再びファントレイユの様子を伺ったが、彼にとっては日常で何でもない事で、当然で当たり前でどうって事無いようだった…。



 見つめ続けているとファントレイユの視線が前に、注がれる。

黒髪の、それは美しいご婦人がじっと彼を、見つめてた。

隣に居るのは大臣の一人で、その黒髪のご婦人は彼の妻だと紹介された事を、ソルジェニーは思い出す。

『随分お若い奥方をお迎えになった』

確か侍従達がそう、噂していた。


大臣はソルジェニーを見つけると、少し頭を軽く下げて礼を取り、その後、その場を離れる。


…いつもの事だが彼らは大抵、ソルジェニーに捕まったり、長く話したり、質問をされる事を怖がっているようで、用が無ければ直ぐにその場を、立ち去るのが習慣だった。

仲違いしている訳でも無い相手にそんな態度を取られる事に、ソルジェニーはそれは気落ちしていたが、ファントレイユは大臣が場所を外した事は嬉しいようだった。


…ご婦人は夫について行かず、その場に残ったからだ。


彼女はファントレイユに微笑みかけ、当然とばかりにその手を、差し出す。

途端ファントレイユはそれは優雅に微笑み返すと、その差し出された手をそっと取り、軽く膝を折ってその真っ白な手の甲に、軽く口づけた。


あんまり素晴らしい仕草で、ソルジェニーはご婦人にはこうやって礼を取るのか…。

と、まるでお手本を見ているように、ファントレイユの流れるような動作に見とれた。


「…王子の、護衛のお方だと夫にお聞きしていますわ。

…近衛連隊にいらっしゃるとか…」

「…今日が初仕事ですが」

ファントレイユは神妙にそっと、俯く。


「…でも護衛をなさるならこれからも度々、お目にかかれますわね?」

「…王子が私を召して下されば。いつでも」

ファントレイユが美貌のその面を上げて、婦人に微笑み返す。


だが彼女の夫の大臣は、女性なら大抵色めき立つその色男と話している妻が気に入らないらしく、しきりに彼女に

『早くこちらに来い!』と、少し離れた場所から頭を振りまくって、合図を送ってる。


「…夫君がお呼びのようだ」

ファントレイユがチラリとそちらに視線を向けて囁く。

「…そのようね」

彼女も素っ気なく言い、ソルジェニーに振り向くと途端、にっこりと微笑んだ。

「…また、お会い出来ると良いのですけれど」

そして、そっ、と視線をファントレイユに残しながらもその場を立ち去った。

ファントレイユがその視線を受け止め、身分の高いご婦人に礼を取るように軽く頭を下げる。


その二人の様子を見れば世事に疎いソルジェニーですら、その言葉は勿論自分に向けられたのでは無いと、解った。

彼女は、ファントレイユを護衛に連れた自分に、再び出会いたいのだとソルジェニーに告げたのだ。


あんな美人で豊満な、それは綺麗な顔と胸をした女性にあんなに好かれて、ファントレイユがさぞ心を動かされたのでは無いかと様子を伺ったが、彼は全然そんな素振りを見せず、自分を見つめているソルジェニーに、先に進むよう視線を送って促す。


ソルジェニーはファントレイユの横に並んで歩を進めたが、その素晴らしい美貌の護衛はその後毎度、ご婦人に出会う度にこんな光景を、繰り返し続けた。



 城の中を歩いただけなのに、ソルジェニーは人の視線を浴び続けて随分と、疲労を感じた。

今まで一度も、無かった事だった。

人々は大抵ソルジェニーを怖いもののように避け続け、出会うと殆どの者が礼を取るふりをして頭を下げ、王子に話しかけられまいと目線を下げたまま、逃げるようにその場を立ち去って行ったから。


王子の疲れた様子にファントレイユは気づくと

「そこのベンチに、掛けましょうか?」

と屈んで耳元に囁く。

ソルジェニーはその気遣いにそっと頷いた。


ベンチに掛けるとその側に、視線を遮らないよう控え目に立つファントレイユを、ソルジェニーは見上げ、不思議そうに尋ねる。

「…どうして貴方は、掛けないんです?」


空いている隣の空間を目で差すと、ファントレイユは真顔で囁く。

「…護衛は普通、ご一緒に掛けたりは致しません。

何かあった時に行動出来なければ、護衛の意味が無いでしょう?」


ソルジェニーはファントレイユがあんまり人々の注目を浴びるので、彼が護衛だと言う事をすっかり忘れている自分に気づいて、ああ。と頷いた。

「…でもここはまだ城の中ですから、出来れば隣に座って話し相手になって下さると、嬉しいんですが…」


ファントレイユは城の中だからこそ、職務を果たしている姿を人に見せたいようだったが、ソルジェニーの、とても話し相手の欲しい、物寂しそうな風情に目を止めて呟く。


「ここからでもちゃんとお声は聞こえますし、話し相手は務められますよ?」

ソルジェニーが見上げるとその美貌の騎士はそれは優しげに微笑んでいて、ソルジェニーを有頂天にした。


「…あの…私は全然軍の仕組みが、解らないんですが、どうして貴方は宮仕えをなさらず近衛にいらっしゃるのです?」

聞かれてファントレイユは暫く黙った。

が、ゆっくり口を開き、囁くように告げる。


「…そうですね。宮仕えが出来る立場には居ましたが…」

そして、自分を伺うソルジェニーを見やると、微笑みを浮かべて言った。

「…そんなに不思議ですか?私が近衛に居る事が」

「だって、ここの誰よりも優雅でいらっしゃるから…。

宮廷作法の教育係が、貴方と比べたりしたら不作法に見えてしまう程です」


ファントレイユは苦笑した。

「それは…。

作法の教育係に、恨まれそうですね」

「…ギデオンのように、戦うのが大好きだからですか?」

とてもそんな風には見えなかったが、取りあえずそう尋ねてみる。

「まさか…!

そんな風に見えますか?私は血を見るのも殴り合いも大嫌いです」


やっぱり…。とソルジェニーは思った。

でもそれならますます、不思議だった。

「それでも、近衛が良かったのですか?」

ファントレイユは肩を、すくめる。

「…もし私が近衛で隊長をしていなかったら、多分もっとたくさんの男にやさ男となめられ、決闘をふっかけられていたでしょうしね」


ソルジェニーは彼にそれは不似合いな、“決闘"という言葉に驚いて、つい訊ねた。

「…決闘を…なさるのですか?」

ファントレイユはいかにも不本意のように、つぶやく。

「勿論、好きでしている訳ではありませんよ。

大抵の男達は自分の惚れたご婦人が、私の気を引こうと色目を使うのが気に入らず、好んで私に突っかかって来るんです」


ソルジェニーはこれまで城の中で彼に見惚れる女性の、その数の多さを考え、そっと尋ねる。

「…じゃあ、ひっきりなしに決闘していなくては成りませんか?」

「…近衛の隊長に、決闘を申し出る相手は限られます」

「…それで…あの…。

やっぱりお怪我を、なさったりしますか?」


ソルジェニーがそれは心配そうな表情を見せたので、出会って間もない幼い王子に心配された事がファントレイユはそれは嬉しい様子で、軽やかに微笑むと返答した。

「近衛の隊長が色恋沙汰の決闘で怪我なんかしたら、首が飛びますよ!

…幸い私は、今だに隊長で、いられます」


ソルジェニーは、少し呆れた。

ファントレイユはそれは遠回しに

“自分は決闘で、怪我なんかする程剣の腕は劣っていない"

と、告げたのだ。


その言い回しもあんまり控えめで、ソルジェニーは彼がなぜ自分の護衛に選ばれたのか、理解出来たような気がした。


確かにファントレイユは人目を…特にご婦人の…引きまくったが、ソルジェニーに対するその態度も言葉遣いも、とても気遣いに溢れていたし、これ程浮ついた視線を送られ続けても職務をきちんと理解して遂行している所も…申し分無かったから。




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