踊る地方護衛連隊会議
踊る。
は実は「会議は踊る」
http://youtu.be/r8N7OXCDsh4
のノスタルジックなイメージで付けましたが
こっちの内容はひたすら、暴れまくっちゃいましたね…。
けど書いてる底辺には、白黒映画のノスタルジックなイメージが強い。
「踊る大捜査線」
のタイトル見た時も
あ、「会議は踊る」の引用だ♪
ってちょっと嬉しかったので、拝借しました。
「会議は踊る」の有名な曲で「ただ一度だけの…」
青池保子さんも大佐に口ずさませ
最近では「風立ちぬ」でも出たみたい。
私が聞いたのは男性の歌で、上のリンクのようには軽く無くて
すごく情感たっぷり歌い上げてました。
大好きな曲です♪
†‖:登場人物紹介:‖†
ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。
グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。
王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。
ギデオン・・・19歳。小刻みに波打つ金の長髪。青緑の瞳。
ソルジェニーのいとこ。王家の血を継ぎ、身分が高い。
近衛准将。見かけは美女のような容貌だが、
抜きん出て、強い。筋金入りの、武人。
シャッセル・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。
大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。
無口、高潔な人柄で、剣の腕前もさる事ながら
誠実さで、ギデオンの信望を得ている。
レンフィール・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。
大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。
“狐"の異名を取る、天才剣士。
でも性格は、我が儘で目立ちたがり屋。
アドルフェス・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。
大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。
体格が良く、押し出し満点。
大貴族だけあって、プライドが高く、傲慢。
だが剛腕をふるう腕の立つ剣士で、
戦場では信頼されている。
ローゼ・・・近衛連隊、隊長の一人。アデンに指令を受け
ギデオンに直接手を下す機会を狙う、暗殺者。
ギデオンより、年上の熟練の、刺客。
ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。
少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし
孤独な日々を送っている。
アイリス・・・ファントレイユの叔父で、『神聖神殿隊』付き連隊の、長。
大貴族で、軍の実力者。反ドッセルスキ派の最右翼。
参謀、マントレンと、反ドッセルスキ同志で秘かに
交友があり、情報交換を、している。
ヤンフェス・・・19歳。ファントレイユ、ギデオンの友達。
近衛では珍しい、農民出身だが、弓の達人で
その腕前の素晴らしさから、各隊から引き合いに
出される程。気のいい男で、みんなに好かれている。
フェリシテ・・・ヤンフェスらの後輩。短剣の名手でヤンフェス同様
とても重宝されている。
主に、戦場ではヤンフェスと行動する事が多い。
それから間もなくだった。
ギデオンの姿が、野営地から伺えたのは。
勝利の証のような素晴らしく豪奢な金髪を目に、兵達の心が皆浮き立つように騒ぐのをマントレンは感じた。
ギデオンは野営地で兵達がすっかりテントを畳み、出立の準備が出来て中央に集まっている様を見つける。
そして兵達が、もう少し近づいたら歓声を上げようとしている様子に気づく。
振り返ると、アドルフェスとレンフィール。
そしてシャッセルの後ろに、今だ不満げに俯くファントレイユを見つける。
ギデオンは手綱を取ると馬の足を一旦止め、ゆっくりと後ろに馬の首を向けて進み、ファントレイユの横に付く。
それに気づいた皆も、馬の足を止める。
ギデオンはファントレイユの横に並ぶと、彼に微笑みを向けた。
がファントレイユはギデオンに並んで進もうとはせず、手綱を引いて馬の足を止める。
ギデオンの顔が途端、曇った。
アドルフェスが眉を寄せ、レンフィールがため息を付いて口を開こうとしたが、シャッセルが先に言葉を放つ。
「…ギデオンの、好意を受けろ。ファントレイユ。
それくらい、彼の為にしたっていいだろう?」
シャッセルにそう言われ、アドルフェスに睨まれ、レンフィールに迄、そうしろ。と肩をすくめられ、ファントレイユは仕方成しに自分に不似合いだと思っている英雄の隣に並んで帰還する栄誉を受けた。
後方に居たヤンフェスとフェリシテがそれを見て微笑み合い、ソルジェニーに二人揃って振り向き、促す。
ソルジェニーは気づいて、馬を進めてファントレイユの横に付ける。
ファントレイユは英雄と王子に挟まれ、困惑したように左右の二人を交互に見つめ、馬を下げようとしたが、ギデオンは首を横に振る。
ファントレイユはギデオンの様子を目に、小声で呟く。
「…私は、王子の護衛なんですよ?」
「なら並んでも問題あるまい?」
王子もファントレイユに、全開の微笑みを送る。
ファントレイユはため息を漏らし、手綱を繰った。
ギデオンは、本当にファントレイユは手柄に欲が無いな。と感心した。
もしレンフィールだったりしたら、ソルジェニーを押しのける勢いで大手を振り、得意満面で凱旋したに違いないのに。
今やギデオンが来るのを歓声で迎えようと待ち構える兵達の前へ、ファントレイユは英雄と並んで姿を現す。
「ギデオン!」
一人が叫ぶと、後は一斉だった。
騎士達の口々にギデオンの名を叫ぶ声が、野営地を駆け抜ける。
彼らの命を尊び続けた金髪の軍神の無事な姿を、彼らは熱狂的な歓声で迎えたのだった。
轟くようなその歓声に、ソルジェニーは本当に胸が熱くなった。
ギデオンの隣でファントレイユは、兵達が心の底からの安堵感に包まれ、ギデオンを迎えるそのたくさんの笑顔に、親しみを浮かべ見つめてる。
その横顔を見た時、ソルジェニーはファントレイユが、自分の栄光なんかよりも多くの兵同様ギデオンの無事を心から願い、真心でその身を案じ、いつもの余裕なんか忘れて必死でギデオンの命を救ったんだと感じ、その覚悟とやり遂げた素晴らしさに、涙が零れそうになった。
そして…多数の兵達の間に顔を覗かせるマントレンさえもが、あの時あれ程平静だったにも関わらず、歓声に手を上げ応えるギデオンの、素晴らしく輝かしい姿を見つめ感じ入る表情を見せてる。
『無事を、信じるしか無い』
そう言ったマントレンのその深い青い瞳は、再びギデオンの姿をその目に映し…感激で潤んでいたからだった。
つい、ソルジェニー迄もが彼と共に感極った。
歓声は止まる事無く、ギデオンは取り囲む兵らのまん中で馬を止め、その姿をもう一度見られて嬉しいと心から喜ぶ皆の顔を見回し、感激で瞳を少し潤ませ、微笑んでみせた。
途端もう一度歓声が沸き起こり、一斉に彼の名を兵達が叫び始めた。
「ギデオン!」
「ギデオン!!」
「ギデオン!!!」
ソルジェニーはファントレイユを見た。
ファントレイユはギデオンを見つめていた。
ギデオンは兵達の歓声を受け、彼らを包むように見守っていた。
その輝ける金の髪は英雄としての彼を更に眩しい程、輝かせていた。
ギデオンが一声叫ぶ。
「…戦は終わった!都に戻るぞ!」
兵達はその声に、怒号に近い歓声を上げ、持っていた物を一斉に空に放り投げた。
アイリスはローゼを連れ、『神聖神殿隊』付き連隊官舎の前庭に入った時、その建物の前に居る金髪の美丈夫の姿を見つけた。
既に昼はとうに過ぎ、内庭の木々は風にそよいで、気持ちの良い天気だった。
アイリスは部下達に頷くと、彼らは察したようにローゼを乗せた馬を引き、別棟へと向かって行く。
ローゼが後ろ手に縛られ馬に背を揺らしながら、アイリスに振り向き叫ぶ。
「解ってるんだろうな?ギデオンが、命の保証をしている!」
アイリスは金髪の年若い刺客の歪んだ表情を見つめ、ためらったが微笑んだ。
「…ギデオンの保証は、尊重しよう」
ローゼが途端ひどい緊張を解き、ほっと息を吐きだした。
アイリスは肩をすくめたが、玄関で腕組みして待つ金髪の美男の近く迄栗毛の馬を進め、微笑みを浮かべる男の前で、馬から相変わらずゆったりとした優雅な動作で降り、その男を見つめ言った。
「…ギュンター。
首尾は上々のようだ」
跳ねた金の長髪を胸に流し、ギュンターが腕組みしたままさも愉快そうに、微笑んだ。
「…ギデオン暗殺の知らせに飛び上がり、ダーフス大公が動き、ディアヴォロス迄動いたぞ!」
アイリスは濃い栗毛を揺らし、その濃紺の目を輝かせる。
「…つまり、ドッセルスキの周囲は丸裸か?」
「ダーフス大公がドッセルスキを見捨てた上、ディアヴォロスが脅しをかけりゃもう、ドッセルスキに付く馬鹿はいない。
…ギデオン暗殺が、モノを言った。
世事から遠ざかっていた軍神ディアヴォロスでさえかんかんで、直ぐ様ドッセルスキ側に付く男達に刺客のような使者を差し向けたと、シェイルが言っていた」
「……では準備は整ったな?」
だが、ギュンターはまた嬉しそうに、笑う。
「ドッセルスキを捕らえるんだな?」
が、アイリスはそれを見て一瞬、表情を固めた。
「…ギュンター、君まさか…」
ギュンターは笑ったまま告げる。
「おや?君も立ち会いたかったか?
ドッセルスキの逮捕に」
アイリスはとっくに先を超されて俯いてため息を一つ吐くと、帽子の頭に手をかけ、それを滑り降ろしささやく。
「…当たり前だろう?
どれだけ楽しみにしていた事か…。
だが、まあいい。
どうせ立ち会ったって、罵り倒されるのがオチだしな」
ギュンターはますます笑う。
「…それは俺が全部聞いてやった。
裁判の席じゃさすがにお前を罵れはしないさ!」
アイリスは少し笑うと、ギュンターの組んだ腕の横を、パン!と叩き、肩を抱いて促した。
ギュンターは腕組んだまま、まだ愉快そうな笑顔でアイリスと共に促されるまま官舎に入った。
「アイリス…」
重い配色の室内の窓から陽の差し込む廊下で、レイファスは二人が進み来るのに気づき、振り向く。
その小柄で艶やかな明るい栗毛に覆われた華やかな美貌は、面差しがアイリスに良く似ていた。
ギュンターがアイリスに振り向くと、アイリスは
「ファントレイユと同い年のもう一人の甥、レイファスだ」
と説明する。
「…ああ」
ギュンターは叔父と甥でありながら二人が付き合ってた噂を、知っているようだったがあえて口には出さなかった。
アイリスはその華やかな美貌の、小柄な甥に微笑みかける。
「…ローゼは口を、割った」
レイファスはほっ、と一息吐いて俯くと、横顔を彼らに晒す。
とても、可憐だとギュンターは思った。
がレイファスは理性的な表情を崩さず囁く。
「…ではファントレイユは無事、ギデオンを護ったんですね?」
アイリスは察して、彼がそれを口にする前に、優しく囁く。
「ファントレイユは、無事だ」
レイファスは少し眉を寄せると、掠れた声で言葉を返す。
「テテュスに早く使いを。
彼はそれは心配している。
ギデオンの危機の時、ファントレイユは常軌を逸して無茶をすると。
……それは、とても」
アイリスはその心配に微笑む。
「部下の一人がもう『光の塔』に向かっている」
レイファスはアイリスの用意の良さを、忘れていた事に少し頬を染め、頷く。
そのまま背を向けてその場を立ち去りそうなレイファスに、アイリスは躊躇いながらも言葉を投げた。
「ファントレイユに
『ローゼを味見した事を一生笑い者にしてやる』
と伝えてくれ。
と頼まれたんだが…」
小声で言ったつもりだった。
が、レイファスは振り向いた。
途端さっきの心配げな表情が一変し、きつい瞳をして眉間に皺を寄せる。
ギュンターがその変わり様を凝視すると、可憐な美青年は憮然と言葉を返す。
「…つまりは私に、喧嘩を売るってことですか?」
アイリスは苦笑しながら優しく言葉を綴る。
「買いたくはないだろうが、彼はそのつもりらしい。
ひどく怒っていた。
勿論、ギデオンを殺そうとしたローゼにだが」
レイファスは一瞬腑に落ちない表情をしたが、アイリスの少しすまなそうな表情に、ああ、そういう事か。と少し笑う。
「…つまり貴方を差し置いて、ギデオンの暗殺を請け負う卑怯者と遊んだ事を、怒ってたんですね?」
ギュンターが見つめているとアイリスは少し首を傾け、それでもとても優しい声音でささやく。
「…私は、構わないと言ったんだがね」
レイファスはアイリスの、その素晴らしい優雅な男らしさを瞳に映し、一瞬俯いてタメ息を吐くと、告げる。
「…貴方の事は良く、解っている。
だがファントレイユは私が貴方を袖にしたと思っている」
「…だが、振ったろう?」
そう言って、アイリスはレイファスを微笑で包む。
ギュンターはそれを聞いて一瞬目を丸くしたが、表情を崩さなかった。
レイファスは俯いたままだった。
「……でも貴方は傷ついたりはしない筈だ。
私の方から頼んだ事だし、期間が終了したと思えば、それで」
アイリスは少し、寂しげな表情を見せる。
「…君は少し自分の魅力を過小評価している。
君みたいに愛らしい相手に、恋人のように微笑まれたりまとわりつかれたりしたら、大抵の男はそれは嬉しいものだ。
ローゼもとても、がっかりして見えた」
レイファスは顔を上げる。
その顔はとても冷静で、美貌が際立って見えたものの、きつくすら見えた。
「…あの男は私と貴方の昔の仲を知っていたから、私が彼に傾いた時、それは大物の貴方に勝てたと思い込んでいた。
でもその思惑が裏切られたからきっと、その事で落胆したんですよ」
だがアイリスはそれを聞いてもやっぱり、意見を変える様子無く微笑みを消さなかった。
ギュンターは、振ったのは確かにレイファスの方かも知れないが、痛手はレイファスの方が大きいように思えて、その理性的な表情を崩さぬまだ年若い彼を、感心したように見つめる。
アイリスよりもうんと若いのに、振った相手を気遣い、何でもない表情を作るレイファスを。
ギュンターの目から見てもアイリスは確かにレイファスに応えてはいるものの、恋しい相手としてでは無く、大切な身内を労り慈しむような態度を醸し出しているように見えたから。
ファントレイユ、そしてレイファス。
彼らに見合った気の使い方と対応を、アイリスはしていた。
ファントレイユには騎士としての彼をとても尊重し、レイファスにはその身はとても大切な存在だと知らせるように。
レイファスはだが、ギュンターの気持ちを察したかのように視線を一瞬ギュンターに向け少し微笑むと、そのまま背を向けて立ち去って行った。
ギュンターは腕組んだまま、顔をアイリスに寄せて小声でささやく。
「…君の噂の相手だろう?
彼の母親は君の下の妹なんだろう?
…その妹を敵に回しても彼を奪い取ったそうだが、随分な事情がありそうだな」
アイリスは困ったように眉を寄せる。
「…迂闊な事は言えない。
彼の、名誉に関わる事なのでね。
私が悪者でいいさ」
短くそう言うとギュンターを見た。
が、その紫の瞳は得心したような色を見せ、アイリスの、眉が更に寄る。
「………知っているのか?
真相を?」
ギュンターは肩をすくめる。
「別の噂が真実だとたった今、解った所だ」
「……別の、噂が出回っていたのか?」
アイリスが秘かに、そして心配げに尋ねるので、ギュンターは他人に弱味等見せた事の無いアイリスのその表情に呆れる。
「…余程彼の名誉を護りたいようだが、安心しろ。
君を悪者にしたい奴らが、君の名を挙げる噂の方はデマだと、言い張ってたからな」
そしてアイリスを見つめながら続ける。
「…お望み道理、世間で君は、妹からその息子を奪い取った悪徳略奪者だ」
アイリスは、ほっとしたように吐息を吐く。
がギュンターはそれを見届けない内に小声で言った。
「…つまりは君の領地内で、幼い彼が犯されたりしたから、君が責任を取ったんだろう?」
アイリスはそれを口にするギュンターを、少し睨む。
が、ギュンターは無視し平気でささやく。
「…彼は責任を取られても嬉しくなかろう。
魅力を過小評価してるのは、君自身もだ。
君に恋人のように扱ってもらっても、気持ちがそれじゃな。
…しかも、彼の方から振ったんだろう?」
ギュンターがいかにもレイファスに同情するように首を横に振り、歩を先に進めるのでアイリスはその背に、声を顰めて言葉を投げかけた。
「…彼が、気の毒のような口ぶりだな」
ギュンターは振り向くと、ぶっきら棒に告げる。
「…惚れた相手にははっきりそう言い、惚れてない相手にはそのまま言え。
恨まれても相手を、本当に傷つける事にはならない」
アイリスは俯いたまま吐息を吐き出すと
「…レイファスは幼かった。
大人で自分を大事にしてくれる相手と、恋愛ごっこをしていたに過ぎない」
ギュンターが呆れて思い切り、肩をすくめる。
「…その相手がこれ程魅力的な男なら、その初恋は永遠だろうな。
彼はあれでどうやら君の甥だけあって姿の割には肝が座っているようだが、その初恋を忘れさせるような相手に出会うのは至難の技だろうよ!」
アイリスはますます項垂れ、ため息を付く。
「…つまり私はレイファスにとっても、悪者だって事なんだな?」
ギュンターは思い切り、頷いた。
その、一度も人前で見せた事の無いしょげ返ったアイリスに、つい吹き出しながら言う。
「…君の弱味らしいな」
アイリスが、気を悪くする様子無く素直に認める。
「ご覧の通りだ。
私は息子のテテュスにとってもとっくに悪者なんだ。
世間を敵にし自分の名誉を地に落として迄もレイファスを護ったが、テテュスに迄思い切り恨まれた。
後で気づいて全く迂闊だったが、テテュスはレイファスがとても好きらしくてね………。
彼は私を父親じゃなく、まるで恋敵のように睨む」
ギュンターは呆けてその、一度も人前で見せた事の無い弱々しい表情のアイリスを凝視した。
アイリスは最愛の妻を病で亡くして以来、その愛息子テテュスが彼の唯一の弱点だと言われ続けて来た。
がテテュスはギデオンに次ぐ剣豪で頭の回転も早く、アイリスの敵達にとって彼はアイリス同様、それは手強い相手だった。
つまりアイリスには弱点が無いと、誰もが思っていた。
その最愛の息子に、恨まれて憎まれるだなんて。
ギュンターは吐息を短く吐くと、つぶやく。
「…それは………とても気の毒な状況だな。
俺は君に同情は一切無用だと思っていたが、この件に関しては心から同情する」
アイリスは顔を上げ、少し微笑んだ。
「…君のような男に同情されるのは有り難い。
言葉だけや上滑りの同情じゃ、ないからな」
ギュンターが、頷きながら素っ気なく告げる。
「…俺は滅多に、同情はしないからな」
アイリスはそう言う彼を、じっと見た。
「………つまりそんなに私が、気の毒に見えると言う事か?」
ギュンターは少し言葉を溜めてつぶやく。
「その通りだ」
アイリスは今度こそ肩を落として深い、ため息を吐く。
それを見て今度はギュンターが、アイリスの腕の横をパン!と叩いた。
まるで一度もしょげた事のない男を、力付ける様にして。
アイリスは感謝するように微笑みを浮かべたが、俯く顔を、上げる事は出来なかった。
髪の色も瞳も、そして長身の体格すらアイリスにそっくりな彼の息子、テテュスはアイリスからの使者を『光の塔』と呼ばれる『光の王』を迎える居城の広間で、出迎えた。
ファントレイユの無事を告げられ随分と安堵し、ほっとため息をついた所にその使者はささやく。
「…近衛の毒は解毒すると、かのお方はおっしゃっていらっしゃいました。
もう君の心配事は、無くなると」
テテュスはアイリスが、史上最悪の右将軍をとうとう追い払う算段を付けたのを知った。
「…ではギデオンへの祝いの品を、吟味しなくては」
上司の息子は微笑むだろうと、使者は思ったが、彼は寂しげに俯いた。
使者に見つめられて、テテュスは顔を上げる。
上司に、良く似てはいたがその息子は、上司アイリスよりもうんと優しげで真っ直ぐな気性に見えた。
アイリスはチャーミングな人なつっこい笑顔と、無敵な程の強さで人を引きつけたが、この息子はその誠実で大らかな性格で人に好かれ続けている様子に見えた。
「…ギデオンが、戦場でもう無茶をしないという保証はどこにもないし、ファントレイユはギデオンの危機を、見過ごしたりはしない筈だ」
「……准将が本来の役職に、着いたとしてもですか?」
テテュスは、頷く。
使者は言葉を失ったが、テテュスは微笑んだ。
「気遣いに感謝すると。アイリスにそう、伝えてくれないか?」
年下の青年に優しげに見つめられ、使者は微かに頭を揺らして、返答に代えた。
が、テテュスがその広間から出ようとした時、もう一人の使者が彼の足を止める。
彼はその男に耳打ちされて、つい声に出して尋ねた。
「…レイファスが来いと?
『神聖神殿隊』付き連隊官舎迄?」
その男を、テテュスはじっと、見た。
時が時だけに、自分に何かあればアイリスは動けない。
敵の誘い出しの罠か?とも思ったが、その使者は確かに見覚えのある顔だった。
男は自分を疑惑の瞳で伺うテテュスに、そっと付け足す。
「ファントレイユに喧嘩をふっかけられそうだから、相談に乗って欲しいと」
テテュスの眉が、ますます寄った。
確かにレイファスの呼び出しのようだったが、その内容が別の危険信号を彼に与えたからだった。
が、行かなければ次顔を合わせた時、一見上品に聞こえはするものの、多分冷徹な言葉の罵倒を受けるだろう。
「…出向くと。そう伝えてくれ」
使者は頷き、テテュスは溜息を吐いた。
ファントレイユとレイファスの間に挟まれ、一番性格が穏やかな彼は、いつも仲裁役だ。
今度はどんなネタで二人がいさかう事に成ったのか、テテュスは考えたくも無い。
と首を横に振った。
アイリスとギュンターが、『神聖神殿隊』付き連隊官舎の司令室に入ると、そこには数人の男達がたむろっていた。
一番長身の男がこちらに振り向く。
「…オーガスタス」
アイリスが声かけると、栗毛で見事な体格の、いつもはそれは開けっぴろげで親しみやすい雰囲気の男はげっそりした顔を、向けた。
「会議の後だったんだ。骨は折れてないが」
アイリスはオーガスタスが『思った程は大変では無かった』と言いたかったのか。
それとも本当に、骨を折りそうな事態を回避したのか。を伺った。
隣にたたずむ濃い栗毛と明るい栗毛が交互に混ざる独特な髪の色をした端正な騎士、ローランデが補足する。
「…腕で、降ってきた拳を受け止めた」
アイリスはタメ息混じりに
『やっぱり、そっちか』
と頷いた。
オーガスタスはアイリスとギュンターを見、ぶっきら棒に呻く。
「……あの南領地[ノンアクタル]の糞野郎を言いくるめて、大公に恩を売った甲斐があったらしいな」
オーガスタスが顎をしゃくると、ダーフス大公爵への使者を務めた金に近い軽やかな栗毛のローフィスと、黒髪の男らしい立派な体格のディングレーが、アイリスに顔を向ける。
ローフィスはやつれきった親友オーガスタスを、それは気の毒そうに見た。
王族の血を引くディングレーも同様、腕組んで沈黙していた。
今回の立て役者の憔悴ぶりに、かける言葉も無い様だった。
二人は会議後直ちにオーガスタスの使者としてダーフス大公と会い、ドッセルスキを見捨てる約束を取り付け、その号令下でドッセルスキに組みする男達に、脅しをかけて回ったのだ。
彼らの元にはとっくにかつての左将軍、軍神ディアヴォロスから脅しが入っていたので、連中はあっさり兜を脱いだ。
そして根回しが済み、ギュンターは二人から首尾は整ったと聞くやいなや、ドッセルスキをさっさと逮捕、拘留して、近衛の補佐官舎に拉致した。
ディングレーがオーガスタスを見、つぶやく。
「…どう考えても、役回りはあいつが一番大変だった」
ローフィスも、心から頷く。
「…だが大乱闘に成りかねない地方護衛連隊会議なんて、あいつにしか抑えられない」
ギュンターも心から同意して頷く。
「アタマに来ても冷静さを無くさない忍耐力が、人並み外れて必要だからな」
アイリスも続く。
「野蛮人達との通訳も必要ないし」
オーガスタスが、とうとうがっくり首を垂れた。
「……誰でもいいから不適合と言ってくれ!」
皆が隣のローランデを見る。
その澄んだ青い瞳の端正な騎士は、見つめられてそっと告げる。
「…剣を抜くならいつでも役に立てるが、いかに剣を使わないかだったし…」
際立って美貌が目立つ、銀髪のシェイルがエメラルドの大きな瞳を向け、腕組んだ。
「会議は荒れまくったんだろう?
南の、アーシュラスはドッセルスキをそれは、お気に入りだったから」
この中で一番大柄筈のオーガスタスは、そう見えない程背を屈め、暫く手を机に乗せて体を支えるようにし、俯いたまま呻く。
「…ドッセルスキからの山程の賄賂をもう近衛が送らないと聞いて、噴火した」
ギュンターが素っ気なく言った。
「そりゃ、そうだろう。
で?それを命じたダーフス大公の屋敷に剣を抜いて怒鳴り込まないと、どうやって約束させたんだ?」
オーガスタスは顔を、上げられなかった。
アーシュラスはアースルーリンドでは珍しい、黒い肌をしていた。
彼はそれを誇りに思っている様子で、確かにその黒い肌に金の髪は、素晴らしく映えて彼を数倍格好いい美男に見せていた。
南領地ノンアクタルの代々の大公は決まっていつも、大公が抱える数多くの妻が産んだ息子達の中から、一番剛胆で頭が良く、押し出しがきいて迫力あり、姿も美しい息子を後釜に据える。
他の領主達が同郷の領主達を競争相手にするのとは違い、南領地ノンアクタルでは次期大公子息の敵は、同様のそれは多くの大公子息達だった。
後を継げれば王様。しかし出来なければその他大勢の、役立たずの王子でしか無いからだ。
故にいつも子息らは次期大公候補を隙あらば葬ろう。と策謀を練る者ばかりでその母親達も必死で我が息子を、大公の座に押し上げようと企む。
…つまりそんな厳しい環境の中、大公を継ぐ男がそのまま南領地ノンアクタル地方護衛連隊長だったりするから、その押し出しと強引さは半端じゃないのである。
彼は激怒した。
「定例報告を取りやめるとは、どういう事だ?!」
北領地[シェンダー・ラーデン]の中央護衛連隊長でローランデの息子、マリーエルが、腕組みしたまま言い放つ。
「近衛から直で、南領地ノンアクタルだけに定例報告がある事自体が間違っていると、どうして気づかないんだ!」
アーシュラスはその不遜な声に振り向く。
明るい栗毛の中に濃い栗毛の混じるメッシュの髪を長くその背に流し、濃い青紫色の瞳の小顔の美青年の、見目こそは女顔だが中味はそれは恐ろしい人喰い野獣に匹敵する男の発言を耳に、その声を発した主を、思い切り睨む。
今にも剣を抜きそうで、マリーエルの補佐、彼の異母弟テレッセンも、西領地[シャノスゲイン]のウェラハス、そして東領地ギルムダーゼンのダーディアンの両隊長らも、行方を慎重に見守る。
両隊長はその通り、おかしいと言ったってどうせアーシュラスが聞きやしない事を知っていた。
東領地ギルムダーゼンの、金髪の連隊長ダーディアンが怒鳴る。
「出したくないと言ってるだろう?」
アーシュラスは怒鳴り返した。
「今まで出していたものを無くすのは、許さん!」
そしてどいつに話を付けに行こうか、迷った。
当然、定例報告で賄賂を送っていたドッセルスキだが、ドッセルスキに圧力をかけた奴が当然、居る筈だった。
すぐに、近衛に一番大きな発言権を持つダーフスだと思い当たる。
アーシュラスはにやりと笑うと、オーガスタスに告げた。
「で、その取りやめ命令を出した男は俺の報復が怖くないと、そう言ったんだな?」
どう聞いても、脅しだった。
オーガスタスは頭を抱えたかったが、とぼけ通した。
「報復は頂けない。近衛と南領地ノンアクタルの全面戦争になるぞ」
だがアーシュラスは折れなかった。
「ほう。ダーフスは近衛を動かす力迄あったか?
出動命令は、将軍の決定権だ」
ドッセルスキが南領地ノンアクタルの遠征にせっせと出向き、アーシュラスといつも宴会三昧で仲良しなのを、そこに居る全員が知っていたので、ドッセルスキを差し置いて出動は出来ない。
と、アーシュラスが突きつけてきたなと解り、皆がオーガスタスの出方を息を飲んで見守る。
オーガスタスが、うんざりした内心を押し隠し、はっきりとした声で告げる。
「こちらから騎士を出す。
決闘で決めよう」
アーシュラスが瞬間、立ち上がった。
そしてつかつかと、激しく靴音を鳴らしてオーガスタスに詰め寄る。
そんな肌の浅黒い、体の大層でかい人の皮被った猛獣に、携えた剣の柄に手を掛けながら眼光鋭く詰め寄られたりしたら大抵の相手がびびるものだが、さすがに体格ではその色黒の野獣にも負けない、大柄なオーガスタスは顔色も変えなかった。
アーシュラスは自分とほぼ同じ位の長身のオーガスタスに、唾がかかる程顔を近づけ怒鳴る。
「意見を、通せと言ってるんじゃないぞ!
あたり前にあった事を、止めるなと言ってるんだ!」
だがオーガスタスはとぼけ通す。
「同じ事だ。決着は決闘で付けよう」
瞬間、アーシュラスの拳がオーガスタスの頬に入り、オーガスタスは咄嗟に腕を曲げてその拳を、ぎりぎりで防ぐ。
腕に阻まれ、アーシュラスは今度はオーガスタスの腹に入れようとしたが、オーガスタスは一歩引いて、怒鳴った。
「…決闘が、余程怖いらしいな!」
アーシュラスの、動きは止まり、凄まじい顔でオーガスタスを睨み付ける。
「…決闘は当然だ!
それじゃ足りないと言ってる!」
そこに居た全員が、やれやれと首を横に振った。
「…欲張りだな!」
オーガスタスが吠えると、アーシュラスははばかる事無く怒鳴り返す。
「ドッセルスキは金の他に、見目の良い肌白の女も寄越したぞ!!!」
そこに居た全員が、本来秘密裏に取引される賄賂の内容をきっぱり明かす、その常識外れに言葉を無くす。
オーガスタスは心から、その尻拭いにうんざりした。
アーシュラスは、尚も怒鳴る。
「金は決闘で、決めてやる。
…だが女はそれではすまさんぞ!」
アーシュラスの引く気の丸で無い、激しい様子に、仕方無くオーガスタスが聞く。
「どう、すまない?」
「今後一切引くからには、相当の相手をもらおう」
オーガスタスはつい、アーシュラスの言い切りに問うた。
「…相当の相手って、誰が決めてるのか?」
アーシュラスは一瞬考えるように首を傾けて揺らすと、本音を漏らす。
「…ギデオン」
室内から一斉に、ため息が漏れた。
オーガスタスはつい、全身に疲労を感じた。
…確かにドッセルスキが消えればギデオンは次期右将軍。
アーシュラスは右将軍に賄賂を送り続けて欲しいから、ギデオンを寝室で可愛がって差し出せと、説得する気なのかもしれない。
が、オーガスタスは素っ気無く言った。
「あれは女じゃない」
だがアーシュラスは直ぐに言葉を返す。
「肌白であれば、男でも別にいい」
オーガスタスはにべも無く言い放つ。
「肌白の男は他にも居る」
アーシュラスはその素っ気ない却下に、仕方無さそうに顎に手をかけ、考え、そしてゆっくり周囲を見回した。
色白で細面の端正で大人しげなテレッセンに目が止まると、その隣の兄、マリーエルの目が、凄まじい光を発して睨み据えた。
アーシュラスはさっと視線をそらし、その横の父親を見た。
そんな大きな野獣の息子が居るとは思えない程若々しく、端正で色白で艶がある。
「…あれなら、どうだ」
オーガスタスはそれがローランデだと解り、彼の恋人ギュンターが、欠席する事になった天の巡り合わせに心から感謝した。
もしギュンターがそれを聞いたらとっくにかんかんになって剣を抜き、アーシュラスに襲いかかって大乱闘に発展していたろう。
が、やはりその息子も黙って無かった。
マリーエルは眼光鋭くアーシュラスを睨み、そして叫ぶ。
「肌白の決闘の方は俺が、受けてやる!
俺が勝てばお前の意見を引っ込めろ!」
「お前が負けたら、父を差し出すか?」
アーシュラスが言った途端、マリーエルがかんかんになって立ち上がり様、剣を抜く。
テレッセンとローランデが両側から慌ててマリーエルを抱き留めるが、そうそう引き留めては置けないくらい彼は腹を立てているようだった。
アーシュラスも今にも剣を抜きそうで、オーガスタスは慌てて怒鳴る。
「…この場で剣を抜いた奴は誰だろうと投獄するぞ!」
だがアーシュラスは笑い、怒鳴り返す。
「俺を拘束出来たら、言うんだな!」
オーガスタスは唸った。耐えようとしたが、その前に拳が出た。
それはアーシュラスの腹を、掠める。
アーシュラスはよけ様、にやりと笑った。
「やる気か?」
オーガスタスは睨み据え、吠える。
「決闘だと言ったろう!
そっちから二人出せ!
金と、肌白の件で二人だ!」
西領地[シャノスゲイン]の連隊長ウェラハスが、ほの白い髪を流麗に胸に流し、そのくっきりと青く聡明な瞳を瞬かせ、素晴らしい容姿の端正な顔を少し歪め、うんざりしたように首を横に、振った。
「どう聞いても、軍の議事進行じゃない」
東領地ギルムダーゼンの連隊長、金髪で緑の瞳の伊達男ダーディアンが、当たり前だという顔を向ける。
「盗賊だってもう少し、穏やかな話し合い方をする」
だが『光の王』の血を受け継ぐウェラハスは、顔を上げると叫んだ。
「肌白の、決闘相手は私がする」
アーシュラスがその声の主に振り向き様、目を剥く。
「お前、人間じゃないだろう!
まっとうな決闘ができるのか?」
だがこの時ウェラハスは視線を、ギュンター代理の腕組んで呆れた会議を心からうんざりして見守る、黒髪の王族ディングレーに送った。
彼は気づき、視線を向ける。
そのディングレーから聞かされ事情が良く解っているウェラハスは、彼自身もドッセルスキを廃し、ギデオンを擁するべきだと日頃思っていたので、その計画に立ちはだかる南領地ノンアクタルの肌黒の野獣を真っ直ぐ見据え、言い放つ。
「決闘相手が私では、勝てないらしいな。
では私の勝ちだ。
肌白は諦めろ」
この見事な理性的な駆け引きに、アーシュラスはキレた。
「馬鹿を言え!」
ウェラハスは静かに即答する。
「なら決闘で私が手を使わず君を気絶させても、文句を言うな」
「人外の力を使うのは卑怯だ!
議長!ちゃんとフェアに戦えと命じろ!」
オーガスタスは力が、抜けていくのを感じた。
東領地ギルムダーゼン連隊長ダーディアンは、鼻で笑う。
「卑怯?フェア?お前の決闘に、そんなもんがあったのか?」
ウェラハスも言葉を放つ。
「例え私が人外の能力を使おうが、君も卑怯な手を使えばそれで、フェアになる」
皆が思わず呆れ返るような返答を、静かに顔色も変えずウェラハスは言い切った。
その高潔な騎士の言葉に、普段ならびっくりして目を見開いたであろうディングレーも、ウェラハスがアーシュラスと同じ位置に自分を落としめて迄も、アーシュラスを止めようと態度で示してくれてほっとした。
勿論、平静時こんな不条理をウェラハスは誇りにかけても許したりはしなかっただろうが、何と言っても相手は、自分は人間だと思い込んでいる野獣だ。
ダーディアンですらウェラハスの覚悟に、これは裏に何かあると踏んで、黙り込んだ。
アーシュラスは腹に据えかねたがとうとう、怒鳴る。
「気絶させられると知って決闘する馬鹿が、どこに居る!」
ウェラハスは取りすまして剣を言葉に代えてその野獣に止めを刺す。
「では私の勝ちだ。
ギデオンもローランデも諦めろ。
どうしても欲しいなら、直接本人に交渉しろ。
だがどちらも並じゃない使い手だ。
君が一言でも思惑を口にした途端、彼らは誇りにかけて間違いなく君に決闘を挑むだろう。
寝室で楽しむ前に、その決闘で医者も葬儀も必要としないんなら交渉してみればいい」
アーシュラスは、一度引くと舐められる事を熟知していた。
が、相手は滅多な事ではしゃしゃり出て来ない、(人外の能力者の上『神聖騎士』なんぞを名乗り、欲より名誉だの誇りだのを使命とする、融通の全く利かない至上の堅物)西領地[シャノスゲイン]地方護連隊長だ。
しかも、奴は日頃騎士の見本として尊敬と崇拝を受ける、その人格を思い切り疑われるような普段決して言いそうにない言葉迄使い、立ちはだかっている。
…つまり今回は、余程の事だと言う訳だ。
連中の思惑にふと思い当たってアーシュラスは知恵を働かせ、上手く立ち回る必要があるとは感じたものの、誇りは引く事を許さなかった。
全員が、ふーふー唸りながら引くに引けず、行くに行けないアーシュラスを見守る。
が、とうとう声を落とす。
「機会を見つけて本人と交渉しよう」
ウェラハスはその黒い野獣に、微笑んで頷いたが直ぐ、マリーエルとローランデに視線を投げて、南領地ノンアクタル及びその連隊長の、側には決して近寄るなと警告の視線を投げた。
マリーエルはアーシュラスに、死にそうな程向かっ腹立てたがその視線を受け止め、微かに頷いた。
「踊ったなんて、もんじゃない」
男らしい黒髪のディングレーが言うと、相変わらずライオンの様なオーガスタスは、跳ねてくねる鬣のような赤っぽい栗毛を揺らし、その一つ年下の黒髪の王族を見つめ、心からの言葉を呟く。
「あの場に居たのがギュンターで無くお前だった事を、神に感謝したよ」
皆が一斉にギュンターを見る。
アイリスがギュンターにそっと聞く。
「否定、しないんだな?」
ギュンターが金髪を揺らしその男らしい美貌に憮然とした表情を浮かべ、腕組みし唸った。
「どうして否定する。
マリーエルに、良くやったと誉めてやる!」
ローランデはその貴公子然とした端正な出で立ちで、それは大きな、ため息を付いた。
「彼を抑えるのは、それは大変だった。
解ってるのか?剣を抜いたらお終いだ。
そのまま乱闘にもつれ込んで、ただの斬り合いで終わるんだぞ?
後に残るのは話し合いの決着で無く、怪我人の山とアーシュラスの報復だけだ。
その上ダーフス公との取引はご破算で、全てがぶち壊しになっていた!」
皆が、ローランデの言葉に頷きまくった。
だがギュンターは尚も唸る。
「…いいだろう。
神の采配だと思ってろ。
だがあの地黒の野獣が二度とローランデに近づく事が無いよう、思い知らせないとな!」
皆が、今度はローランデを見た。
濃い栗毛に明るい色の栗毛が交互に混ざる、独特の色の髪を品良く背に垂らした彼はその髪を振り、その澄んだ青い瞳を真っ直ぐ金髪の美丈夫に向けると、静かだが断固として言い放つ。
「彼は直接本人に、交渉すると言った。
つまりそれを言って来た時、剣を抜くのは君で無く、私だ」
だがギュンターが、途端噴火する。
「俺のこの腹立ちはどうすればいいんだ!
あいつにきっちり、人の領域に無断で踏み込めばどういう事になるか、教えてやらなきゃ気がすまないぞ!」
だがローランデは恋人に、本気できっぱり言い切った。
「公衆の面前で誇りを傷つけられて一番怒ってるのは、この私だ!
君の役目は私がどれだけ腹を立ててるか、決闘に立ち会って見届ける役目だ!
…文句が、あるか?」
皆が本気でローランデが剣を振るうとどれ程のものか良く、知っていたので、黙り込んだ。
ギュンターは真っ直ぐ見つめて来る愛しい恋人の青い瞳に、思い切り怯むと、それでも不満げな吐息を一つ吐き、だが仕方無さげにそっと言った。
「…………いいだろう」
が、金に近い明るい栗毛を揺らし、空色の瞳のローフィスが心から気の毒そうに、オーガスタスに耳打ちした。
「…次の地方護衛連隊会議が、思いやられるな………。
アーシュラスを目前に、ギュンターとマリーエルの我慢大会だ」
オーガスタスは考えたくも無いと言う様子で、その鳶色の瞳を周囲に巡らせ、怒鳴った。
「…だれか、他の適任者はいないのか?!俺を地獄から救い出してくれる使者は?!」
それは顔の広いアイリスが、言葉もなく心から気の毒そうに、そんなオーガスタスの腕をぽん。と叩いた。
オーガスタスは途端、怒鳴る。
「他の思いやりは無いのか?!」
アイリスは艶やかな焦げ茶の髪に囲まれた、その優雅で甘い顔立ちの上に気の毒げな表情を浮かべ、心から残念そうに告げる。
「君の期待する思いやりは、私は持ち合わせていないんだ」
だがオーガスタスは喰い下がった。
「お前が持ってなくて、誰が持ってる!
正直に言え!
お前は山程逸材を、抱え込んでるだろう?」
皆が、何とかしてやれ。と期待を込めてアイリスを見る。
が、アイリスは率直に言った。
「…君を超える器の主なんて、誰一人思い当たらない」
ギュンターがその鮮やかな金の髪を振ってアイリスに振り向き、つぶやく。
「なら一回くらいは代理議長を、君が引き受けてやれ」
ディングレーが続く。
「…そうだな。代理出来そうな奴は君しか居ない」
ローフィスも同意する。
「いい考えだ。
東領地ギルムダーゼンの野獣共もそれはお前が大嫌いだし。
南領地ノンアクタルも同様だろう?
あいつらに睨みがきくのは、お前くらいだ」
アイリスは、ため息を付いた。
「では次の一回は、代理をしよう」
ライオンのようなオーガスタスは途端、そう言ったアイリスに抱きついた。