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ローゼへの尋問

†‖:登場人物紹介:‖†


ファントレイユ・・・19歳。ブルー・グレーの瞳。


        グレーがかった淡い栗色の髪の、美貌の剣士。


        王子の護衛をおおせつかる。近衛連隊、隊長。


ソルジェニー・・・アースルーリンドの王子。14歳。金髪、青い瞳。


        少女のような容貌の美少年だが、身近な肉親を全て無くし


        孤独な日々を送っている。


ギデオン・・・19歳。小刻みに波打つ金の長髪。青緑の瞳。


        ソルジェニーのいとこ。王家の血を継ぎ、身分が高い。


        近衛准将。見かけは美女のような容貌だが、


        抜きん出て、強い。筋金入りの、武人。 


ヤンフェス・・・19歳。ファントレイユ、ギデオンの友達。


       近衛では珍しい、農民出身だが、弓の達人で


       その腕前の素晴らしさから、各隊から引き合いに

       

       出される程。気のいい男で、みんなに好かれている。


フェリシテ・・・ヤンフェスらの後輩。短剣の名手でヤンフェス同様


       とても重宝されている。


       主に、戦場ではヤンフェスと行動する事が多い。


アイリス・・・ファントレイユの叔父で、『神聖神殿隊』付き連隊の、長。


      大貴族で、軍の実力者。反ドッセルスキ派の最右翼。


      参謀、マントレンと、反ドッセルスキ同志で秘かに


      交友があり、情報交換を、している。


シャッセル・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。


       大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。

   

       無口、高潔な人柄で、剣の腕前もさる事ながら


       誠実さで、ギデオンの信望を得ている。  


レンフィール・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。


        大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。


        “狐"の異名を取る、天才剣士。

      

        でも性格は、我が儘で目立ちたがり屋。


アドルフェス・・・19歳。近衛連隊、隊長の一人。


        大貴族出身で身分が高く、ギデオンの崇拝者。


        体格が良く、押し出し満点。


        大貴族だけあって、プライドが高く、傲慢。


        だが剛腕をふるう腕の立つ剣士で、


        戦場では信頼されている。

 



 ファントレイユはむすっとした不機嫌な表情のまま、その扉に向かう。


ギデオンがそっと彼の後を続くのを見て、アドルフェスとレンフィール、そしてシャッセルもが、肩をすくめながらその後に続いた。


縛られたローゼが、椅子にかけている一室に入る。

ファントレイユが姿を現すと、その薄い金の真っ直ぐな長い髪を背に垂らした美丈夫の刺客は、彼に振り向いてそのグレーの瞳を、向ける。


そしてファントレイユを見つけると、顔を輝かせた。

どうやら彼の暗殺を止めたその人物ではあるが、尋問に関してはギデオンやレンフィールよりも更にチョロイと思っている様子は明白で、ファントレイユを舐めきっているローゼの態度が、ギデオン始め取り巻き三人達にもはっきりと解って、ギデオンはため息を吐き出し、腕組みして横を、向いた。


確かに綺麗な容姿のギデオンも細面のレンフィールも、一見女性的に見えはするが、その性格は口を割らせるだなんてまどろっこしいマネなんかよりも、よっぽど腕にモノを言わせる方が楽なタイプだったし、その押し出しと迫力は、ファントレイユのいかにも優雅なやさ男風よりも余程、相手に睨みが効いた。


…しかし、ファントレイユは怒っている。

皆はどうなる事か予想のつかないまま、その場の成り行きを見守った。


ローゼの態度と周囲の心配を余所に、ファントレイユは彼の前に立つと、にやにや笑いを浮かべるローゼに、ぶっきら棒にぼそりと告げる。

「…アデンはとっくに、洗いざらい吐いたぞ」

だがローゼは、案の定鼻で笑った。


「…それがどうした?

あいつが何を言おうが俺は俺だ…!」

そしてファントレイユの、淡いグレーに見える優しい栗色の髪と、大人しく俯く細面の煌めくような美貌を見つめ、つぶやく。

「…お前にしてやられるとはな…。

あの時取り逃がしたんで、お前に舐められたりしたんだ。

さっさと犯ってやるんだった…!

解っているのか?

人が来なけりゃ、お前は俺の物になっていた」


後ろから聞いていた全員が、ローゼがファントレイユを舐めきっている理由を知って、目を見開く。

が、ファントレイユは少しも冷静さを欠いた様子も見せず、掠れた声で言い返す。「………人が来ようと来まいと、どのみちお前の物にはなってない」


ローゼは縛られたまま軽く、肩をすくめて見せた。

が、それこそ威嚇するように、ファントレイユに鋭い一瞥をくべて続ける。

「…余程俺に何かしゃべらせたいようだな?

だが確固たる証拠なんて何一つ、無いんだろう?

お前達の証言を、誰が相手にする?

暗殺されたなんてギデオンの気のせいだし、我々は濡れ衣を着せられ、脅されて証言したのだと。

そう言えばそれで通るんだぞ?」


ドッセルスキの権力を宛にしてるな。と周囲には解った。

アデンなんかよりも余程場数を踏み、自分の失地回復するのに頭の回転も早く、したたかだった。


経験から来る余裕でローゼは、ファントレイユの、髪を垂らして俯き、一つため息を付くそれは綺麗な姿を、舐め回すようにわざといやらしく見、脅すようにつぶやく。


…どうやら彼の中ではもうとっくにファントレイユに勝っていて、後はただ相手を思い切り言葉で嬲り、態度で威圧をかけ、戦意を無くさせるだけのようだった。

「…相変わらず色っぽい男だ…!

さんざん可愛がって俺の下で泣かせてやってれば、俺の剣にそれは怯んで、今頃はギデオンを確実に仕留められたのに………!」


まともな神経の持ち主ならそんな目付きで見られ、こんな事を人前で言われたりしたら自尊心を傷つけられ、腹を立てるか悔しげに唇を噛んで俯くところだった。

が、これにはファントレイユは笑い、口を開こうとしたがその前に、後ろから凄い形相のアドルフェスが黒髪を揺らし藍色の瞳を剥いて、激しい勢いで靴を鳴らして進み出て来、思わずファントレイユはその勢いにぎょっとして、口を閉じた。


アドルフェスは進むなり、ローゼの頬を立派な体格のそのごつい手で、思い切り張った。

…ばんっ!

それはローゼの頬に、真っ赤な手の跡が残る位激しかった。


尋問を受けているにも関わらずに舐めきった態度のローゼに、思い切り憤慨するアドルフェスを、ファントレイユは思い切りびっくりし、目を見開き見つめる。

口の端から血を滴らせ、だがローゼは懲りなかった。

尚も自分を阻んだファントレイユを、徹底的に打ちのめそうと更なる威圧をかけ、言葉の攻撃を続ける。


「…生きていれば機会はある。

この礼は必ずするぞ…ファントレイユ!

俺を敵に回した事を、絶対後悔させてやる…!

だがお前を、ただで殺すと思うな…!

仕留める前にお前が止めろと懇願する迄、犯り殺してやる…!」


だが今度もファントレイユが返答しようと口を開けた隙に、尚もへらず口を叩くローゼに思い切り腹を立てたギデオンが、その金髪を揺らし決然と、進み出た。

レンフィールの眉が瞬間、寄る。

「…ギデオン!」

ギデオンはレンフィールの声を耳にはしたものの、足を止めぬまま忌々しげに

「解っている!」

と一声叫び、拳で間髪入れず、ローゼの胸を殴った。

どんっ…!

ローゼは一瞬、胸が詰まって息が止まる。

薄い色の金髪を顔に垂らし呻いて眉をきつく寄せ、だが今度は気を、失わなかった。


ファントレイユは驚きに目をまん丸にしたまま淡い色の栗毛を揺らすと、右脇に鬼のような形相で立つ黒髪長身のアドルフェスと、左にぎらりと鋭い眼光で睨め付け並び立つ金の髪のギデオンを左右交互に伺い見ると、つい独り言のように、ぼそっとつぶやく。

「…君達がそんなに私の貞操を気遣ってくれるなんて、もの凄く意外だ」


シャッセルは後ろで腕組みしたまま、一つため息を付くと、そうだろうなと頷いた。

…よりによって女性と遊びまくっている、ファントレイユの貞操だ。


アドルフェスがそのとぼけたファントレイユの言い用に、さっと振り向き怒鳴る。

「…こんな男にんな侮辱を受けて、よく平気だな!

ギデオンを殺そうとした男だぞ…!

お前が防がなければ、ギデオンはこんな奴に………!」


その後は言葉にするのも悔しいと言うように、アドルフェスは拳を震わせた。

ファントレイユはその意見を聞いたが、表情を変えず肩をすくめ、ローゼに向き直った。

そしてぼそりとつぶやく。


「…余程この手の顔がお好みのようだが、私をどうこうしたいと思うのは、レイファスにもう二度と相手にしないと、それはきっぱり言われたからか?」


ローゼの、しなやかで長身の体が、縛られたままびくんと大きく揺れる。

その名がファントレイユの口から出てくるとは信じられず、目を見開いてとてもゆっくり顔を上げ、自分に注がれるファントレイユの瞳を見つめ、その顔を一瞬にして青冷めさせた。


「…レイ…ファス……?」

ファントレイユは相変わらず冷静さを崩さぬまま、だがブルー・グレーの瞳を輝かせて喰い入るようにローゼの、その反応を見つめた。


ローゼの脳裏には、ファントレイユが『外交向け』と秘かに呼んでいる、鮮やかな肩迄の栗色巻き毛と宝石のようにくっきりと際立つ青紫の瞳の、大人しく可憐な美青年のレイファスの姿が浮かんでいるようだった。


ファントレイユは内心『こいつも本性が、解ってないな』と踏んで言葉を続ける。

「…いつの間にレイファスと付き合ってた?

私を口説き損ねた、後か、前か?」


ギデオンとアドルフェスが、二人同時に、彼らの中央で腕組みそう告げるファントレイユの顔を、両脇からそっと伺った。

ローゼが唇を噛んで俯くので、ファントレイユは尚も低い声で言い放つ。


「…私は犯すつもりだったのに、レイファスにはたぶらかされているのか?

最高に、間抜けな話だな?!」


アドルフェスがそれを聞いて、ファントレイユの怒りは腹の底に一時収められ、表から見えないように隠しただけでまだ列記として存在している事を知り、後ろのレンフィールを眉を寄せ、そっと覗き見た。

女顔のレンフィールも、長身のアドルフェスからの視線を受けるが俯くと、余所を向いて見せた。


アドルフェスのため息が漏れ、レンフィールとギデオンはそろそろ無敵のファントレイユの反撃が始まったと知って、口を噤み床を見た。


白っぽい金髪を背に流した端整なたたずまいのシャッセル迄もが、つい、下を見る。

可憐な恋人レイファスの名で思い切り動揺を見せたローゼが、その隙を、ファントレイユに容赦なく叩かれるのが、目に見えたからだった。


「……伝言を、聞きたいか?」

ローゼがファントレイユの言葉に、思わず顔を上げる。

どうやら自分から離れようとする恋人を取り戻したいと、心からローゼが願っている様子が伺えて、ファントレイユは思い切り眉間を寄せた。

「…お前、まさかレイファスにマジになってないよな?

…お前は遊んでるつもりでも、遊ばれているのはお前の方なんだぞ?

レイファスに手玉に取られてるとも気づかず、よくも私を犯すだなんて大口叩くもんだな!」


ローゼがファントレイユを激しく睨むが、その後唇を、きつく噛んで金の真っ直ぐの髪を滑らせ、俯いた。

ファントレイユが笑う。

「…どうした?俺を犯したいんだろう?

なら相手になってやってもいいが、レイファスに捨てられたと言う事は、あっちの方は全然大した事は無いと言われたのも同然だと、覚えておけ!」


この言葉に、皆が一斉に顔を、下げる。

アドルフェスはそんな厳しい評価を下されたローゼに、つい同情心を、抱きかけて必死でこらえた。

男としてそれを言われるのは、致命的な打撃だ。


が、レンフィールも、ギデオンもアドルフェスと同感で、それは気まずそうに目を、伏せたままだった。


シャッセルはローゼの卑劣な脅しに思い切り対抗するようなファントレイユのやり用に、ついため息を漏らした。


「…伝言を伝えてやる…!」

ファントレイユが言うと、ローゼがまた反射的に顔を、上げる。

その必死な表情に、ファントレイユは思い切り肩をすくめた。

「…ギデオンの命を狙った刺客にしては、随分と可愛いらしいもんだな…。

伝言はこうだ。

『君は、期待外れだった。

言葉でさんざん期待を煽る口説き方はなかなかだが、実力を伴わない大口は、ただのほら吹きだ。

もし私の言う事を聞く気があるんなら、改めた方がいい。

私とはもう次は完全に無いと思ってくれ。

君の顔を二度と見たくないと思う程度に、失望したのでね』」


ローゼの顔が思い切り青冷め、そして見ている者に解る程、ぶるぶると全身を震わせ、がっくりと肩を落とし、憔悴しきった。


ファントレイユを除く全員が、男としてそんな伝言を突きつけられたローゼの心境が痛い程解って、つい同様、俯き加減に首を垂れた。


が、ファントレイユは首をすくめると手加減する様子は全く見せずに口を開き、ギデオンとレンフィールは思わず、経験豊富な年長者だと二人を見下していた今のローゼの、哀れに打ちひしがれた様子に、気の毒げな視線を向ける程だった。


「…お前、どの辺りでそんなに自分に自信を持っていたんだ?

確かに私を喰い損ねたのは人が来たからだが、君が私を組み敷けたのは格闘技で勝ったんであって、決してテクで上を行ったんじゃない。

しかも完全な不意打ちだ。

まさかレイファスの前でそんな卑怯なやり方で私に勝った事を自慢げに話し、それを誘い文句に使ったりはしなかったろうな?

…そこ迄馬鹿じゃないんだろう?」


ローゼがそれを聞いてがっくり首を垂れ、だいたいにその方面に鈍いギデオンですら、ローゼがレイファスにそれを使って興味を引き、誘ったんだと解った程だった。


だがファントレイユは真顔でつぶやき、傷口に更に塩を塗りたくった。

「お前、本当にそこ迄馬鹿だったのか…?

どうりで私程度の腕前でお前の剣なんか尽く止められる筈だ。

私なんか、軽くあしらえると思ってたんだろう?

剣の腕はとうてい格下だと。

だがどうやらお前はあっちの方同様、剣の腕でもさぞかし使えるよう見せておいて、実は全然大した事なんか無いじゃないか!」


…そう言われたローゼは見るも無惨に、青冷めきって首を垂れた。

が、ファントレイユは気づく風も無く続ける。

「大体ギデオン相手に真っ向から殺そうとしたって、お前程度に出来る訳なんて無い。

彼は私なんかより数段優れた使い手だ。

私程度が止められる剣の腕くらいで、ギデオンの暗殺を請け負う事が、どれだけ無謀か気づかぬ位馬鹿なんだから…レイファスに振られても仕方無いとも言えるよな?」


聞いているアドルフェスやレンフィール、ギデオン達の方が、そのひどい侮蔑の言葉の羅列に俯き加減だった。


 彼らは思った。

惚れていたレイファスからの伝言で、十分ひどい打撃と最悪な屈辱を受けていると言うのにファントレイユは容赦無しだ。

…怒っている彼に、迂闊に1言えばその10倍は返ってくる、見本のようだった。


…だがファントレイユは皆の想像を遙かに超えた。


「…そこ迄馬鹿なんだから、口を割らなくても仕方無いだろう。

まあせいぜい墓場まで秘密を胸に閉まって置け。

口を割らない以上、レイファスが振らなくったってどのみち彼には二度と会えない。

何しろ、お前の狙った相手は猛獣だし、彼の取り巻きはやはり血に飢えた狼共だ。

お前が口を割らなければ最大のチャンスとばかり、お前の命を断つ時をヨダレ垂らして待ってる。

私を犯してる間なんか、あるなんて甘い考えもいいとこだ!

殺していいと許可が出る迄も無く、狼共はお前を殺す隙を狙うに決まっているし、口を割らず命乞いもしないとなれば『俺を殺していい』と自分で言ったも同然だ!」


項垂れきっていたローゼの、顔から色味が完全に消える。

微かに彼が体を震わせ始めているにもかかわらず、ファントレイユはお構いなしに言葉を続けた。

「お前が一人の時、誰かが剣を携えてたった一人で現れたら、最後の祈りでも唱えるんだな。

それで天国の門が開くとは思えないし、レイファスの同情を買えるとも思えないが、少なくともお前の自己満足くらいの役割は果たすだろう…!

墓場まで秘密を持って行った、忠義者なんだとせいぜい自分を慰めろ。

…だがもう一度聞くが、まさか本当にさっさと先にぺらぺらしゃべったアデンに義を立て、墓場迄秘密を持って行こうと思っているんじゃ、ないよな?

そこ迄最低のど阿呆にギデオンが殺されかけただなんて、さすがの私だって思いたくも無い!」


ファントレイユが真顔で彼に訊ねるが、ローゼは項垂れたまま体を微かに震わせ続けて返す言葉を必死で、探った。

ファントレイユの言葉の裏の真意を必死に…それこそ必死に、探りながら。


奴は本気で言ってるのか?

奴らには自分の証言が絶対必要で、殺す事等問題外の筈だ…!

が、ファントレイユの言葉はその心をそのまま現し、容赦も隙も無い。

ローゼはまだ、震え続けた。

レイファスの件で尻尾を掴まれ、既に断罪の決定が下されたように、最早ファントレイユの脳裏には彼を殺す事しか念頭に無いように感じられて狼狽え、必死でどうやって立場をひっくり返すかを、思い巡らした。


が、ふいにレイファスの愛らしい、それは可憐な姿が脳裏に浮かぶと、意志が挫かれ、その姿が手元から消え去って行く事を思っただけで、瞳がうっすらと涙で濡れ、それを知られまいと唇をきつく噛みしめる。


「…おい………!

レイファスに振られてまさか本当に、落ち込んでるんじゃあるまいな?!」


…だから…落ち込んでいるじゃないか…。

と、全員の瞳にローゼの様子がそう物語っていたが、ファントレイユは気にする様子は無かった。

確かに…。

ギデオンは思った。

確かに、『犯してやる…!』だなんて最低卑劣な脅し文句を吐く相手だから、同情する気なんて鼻からなかったものの、ファントレイユのやりようを見ていると、ついローゼの方が可哀想になって、それは困った。


今や、瀕死のように青い顔をしたローゼが、微かにつぶやく。

「…ファスが…言った」

ファントレイユがその声のか細さに、顔を寄せる。

「何を?」

ローゼは俯いたまま微かな声で、何とかその問いに返答する。

「…レイファスが…ギデオンを殺せる男は、大した奴だと」

が、ファントレイユは鼻で笑った。

「…レイファスの大した奴に、成りたかったのか?」

だがローゼは首を背けただけたった。

…それは…その通りだった。

軍の大物アイリスをかつての恋人に持つ彼に確かに…認められたいとは、思った。

だがこの場では…せめてレイファスが暗殺を促したのだと、流れを変えたかった。

がファントレイユは全く、取り合う様子を見せない。

ローゼは完全に手だてを失った。

奴らは自分を殺せない筈だった。が、ファントレイユは今…完全に殺す気でいる。

あの時ギデオンの『殺すな…!』と言うセリフに、一番先に反応したのは、ファントレイユの筈だったのに…。


ローゼにはもう、どこで計算が狂ったのか、どうしたって解らなかった。

レイファスの事で頭を殴られたようなショックを受け、そのせいで全てを見失ったんだろうか…?


項垂れ切るローゼの姿を目に、ファントレイユは

『きっとこいつもその他(多)同様、さぞかしレイファスの可愛い子ぶりっこに騙された馬鹿なんだな』

と思い、その思い切り予想外の展開に目を涙で潤ませてるな。とは思ったが、一つため息を付いて吐き捨てるように言った。

「…せいぜい祈りを唱えて首を洗って置け!」


ギデオンが、背を向けてそれで終わらせそうなファントレイユに、つい慌てて口を挟んだ。

「…ファントレイユ。口を割らせる用でここに来たんじゃなかったのか?」


ファントレイユはギデオンに振り向くと、真顔で彼を、見た。

「…ああ、すっかり忘れていた」


ローゼは顔を、上げようとした。

まだこいつらに自分は、利用価値がある筈だと期待をかけて…。


が、ファントレイユは素っ気なく告げる。

「別に言いたく無ければ言わなくったっていい。

…命乞いもする気も、無いんだろう?どうせ。

それを言う前に、私を『犯してやる』だもんな。

当然そこ迄元気なら、お前を心から抹殺したい奴らもさぞかし喜ぶだろうし」


ローゼは救いを打ち消すその冷たい言葉に、上げかけた顔を再び下げ、俯いて震え出した。

だがファントレイユの言葉は尚も続く。

彼の期待とは、まるで逆方向に。

「……まさか今更、吐くなんて言わないんだろう?

自分の意思を貫き通す、覚悟とか意地とか根性くらいは、お前にだってあるよな?」


ギデオンが、倒れている相手を更に踏みつける勢いのファントレイユに、とうとう俯いたままつぶやく。

「…ファントレイユ」


だがファントレイユはお構いなしだった。

「意気地無しと呼ばれたく無かったら、せいぜい最後迄姿勢を貫いてくれ。

まあそれなりに、立派な覚悟だとは思ってやる。

…だがアデンに忠節を通すなんて、ただの大馬鹿としか思えない。

どう頑張ったって」


そう言って肩をすくめ、にっこりと、それは優雅でにこやかな笑顔でレンフィールに振り返った。

「…ああすまないレンフィール。

私でも、彼の口を割らせるのは無理なようだ」


だがローゼは機会はここしか無い。とばかり、鋭く叫ぶ。

「…命じたのはアデンだ!」

ファントレイユは眉間を寄せ、必死な表情を浮かべるローゼにゆっくり、振り向いた。

「…失望させてくれるな。ローゼ。

君は今何も、言わなかったよな?」

だがローゼはなりふり構わず叫んだ。

「…アデンだ!

私にギデオンを、殺せと命じた!」

ファントレイユは暫く沈黙した後、ギデオンに振り向く。

「…勿論君も、聞いていないよな?

ローゼがほざいているのはどうせこの場だけの事だ。

公の場になれば初め言ったように、脅されて証言したとか何とか言って、前言撤回するに決まってる!」


ローゼの眉が、泣き出しそうに寄った。

ファントレイユは彼の言葉等、握りつぶす気でいる。

「…証言すればいいんだろう?!」

彼の声は悲鳴に近かったが、ファントレイユは腹の底から怒鳴った。

「…しなくて、いい!

この場で誰も聞かなかった事にすれば、私を犯す間も無く君を闇に葬れるチャンスなんだ!」


その本気の言葉に、ローゼがすがるように、かつての自分が余裕で応対していたギデオンとレンフィールを、交互に見た。

レンフィールが、ローゼに必死で訴えるような瞳で見つめられ、ギデオンを、それは悲しげに見た。

その目を受けて、ギデオンは一つ、ため息を付く。

「…公の場で確実に証言すると約束するのなら、聞いた事にしてやる」

ローゼはそれは必死だった。すぐ様返事を返す。

「…約束する!」


ファントレイユはだが尚も、きついブルー・グレーの瞳で射るようにローゼを見つめたままきっぱりと言った。

「…こんな男の約束の、どこが信頼出来る!」


ローゼは叫ぶ。

「絶対だ!」


ファントレイユはそれは不満そうにローゼを見、腕を組み直した。

「…命乞いして迄、私を犯したいのか?

なら言ってやるが、男相手で私はバージンだから、下手くそな奴にされるのは死んでも嫌だ!」

「…ファントレイユ」


普段傲慢なアドルフェスが、珍しく沈んだ声で言った。

「…何だ?」

「俺が保証してやる。

奴にはもうお前をどうこうする、気力は残っていない…」

だがファントレイユは、そう言うアドルフェスにも喰ってかかった。

「…君の保証の、どこが信用出来る!

こいつはレイファスに振られて、ギデオンを殺す職務を遂行出来ずに、命乞い迄して生き延びて、私に一泡吹かしてやろうとか、企んでるに決まってる!

思ったより私が手強かったから、見て見ろ!

あんな哀れな演技迄して同情を引こうだなんて、最悪にタチが悪いったらないじゃないか!

そうなんだろう?ローゼ!

お前が一筋縄ではいかない手練れの刺客だと言う事は、ちゃんと解ってる!

…一介の、職務を誠実に遂行する、真面目な隊長なんかじゃなくてな!」


ローゼはどう言えば彼の耳に届くのか、もう解らなくなったように、絶望で深く、それは深く、二度と顔が上げられない様子で項垂れた。

ギデオンが失望しきったローゼを、気遣うように目で追い、ファントレイユに取りなすようにささやいた。


「…ファントレイユ。君を犯そうとする時、君の言った言葉が脳裏に蘇ったりしたら大抵の男は一泡吹かせる前に、役に立たなくなると思うんだが……」


ギデオンがそっと言うと、ファントレイユがギデオンを見た。

「…そんな繊細じゃ無い君が例えそうなったとしても、この男は君の想像を遙かに超えた、それは図太い神経の持ち主だからな!

どうかは、解らないぞ?」


ファントレイユはきっぱり言い切り、ローゼは更に、自分の命の火が消えていくのを感じて真っ青な顔で項垂れる。

ギデオンは自分の目に映ったローゼの姿が、どう考えてみてもファントレイユの意見よりは正しいと思い、言った。

「………どうだ?ローゼ。

まだ、ファントレイユを敵に回す根性があるか?」


ギデオンに聞かれ、ローゼが顔を振り上げ、悲鳴を上げるように絶叫した。

「…ある訳無いだろう?!

口から毒を吐く生き物だなんて、この外見を見て誰が思うんだ!!!」


皆が、それは納得したように頷きまくる。

が、ファントレイユは心底呆れたようそんなローゼに視線をくれる。

「私の言葉が毒に思えるのか?

…本当にそんな程度の根性で、ギデオンを暗殺をしようとしたのか?」


その顔は真顔で、誰がどう見てもファントレイユは心の底から驚いている様子だった。

ローゼは涙を浮かべ、声を震わせる。

「………人を殺す方が、お前と話すよりよっぽど、楽だ」

ファントレイユはだが、一度敵に回した相手に手加減するような甘い男では無かった。

つい、本音を吐く。

「そりゃ、物陰に隠れて命を狙う位誰にだって出来る。

私だって、やろうと思えば出来るぞ…?」


この言葉に、ぞっと背筋に冷水をかけられたように怯え切ったのはローゼの方だった。

皆がやれやれと首を振り、もう聞くに耐えないという様子で室内を出ようとした時、ローゼがギデオンの背に、必死で命乞いするように叫んだ。

「…ギデオン!

確実に公の場で証言するから、身の安全を保証してくれ…!」

決死の哀願で、まるで命綱にすがるような悲愴な声だった。


ギデオンは恋に悲惨に破れ、ファントレイユの言葉で思い切り切り刻まれてずたぼろで、更に命迄もファントレイユに握り潰されかけている、それは哀れなその男に、一つ、頷いた。

ギデオンの保証は誰よりも信頼出来たから、ローゼは心の底から安堵した。

が、ファントレイユは大いに不満そうだった。

腕組むと、ギデオンの真正面に立ち、言い放つ。

「ギデオン。君は甘すぎる。

君の命を狙ったんだぞ?

そんなに優しくて、どうする?」


“優しい"と言う言葉に皆の足が、途端にその場に凍り付いた。

ギデオンは心の中で

『これは優しいんじゃなく、哀れな相手に対する、最低の情けをかけただけだ』

と反論したかったが、ファントレイユの反撃を想像した途端身が震って、止めた。

それで、出来るだけ差し障りの無い言い様を心がけた。

ファントレイユの言葉の暴力が、自分に矛先を、向けないような。


「…ファントレイユ。

君に言われた事は彼にとっては、全身を切り刻まれたも同然だ。

体の傷には薬が塗れるが、心の傷薬は無い」


ファントレイユの眉が、珍しいギデオンの意見に、思い切り寄った。

「………そんなに、柔な神経はしていないだろう?

私にちょっと言われた位で…!」


ギデオンはため息混じりに、心から告げる。

「…ファントレイユ。

君のちょっとは、他人にはちょっとなんて程度では、とても済まないものなんだ」


ファントレイユは暫く黙っていたが、口を開く。

「君達は彼の口を割らそうとして出来なかったんだろう?

…吐かそうと思っていない私が話して、どうしてあの男はさっさと口を割る?

…ふざけているとしか、思えないだろう?

あまつさえ、最初に人に向けて言った言葉が『犯してやる』だ。

しかも平気で人の命を奪う。

そんな男にまともな神経が通っていると、君は本気で考えているのか?」


ギデオンが、ファントレイユを見つめた。

「…そりゃローゼがさっさと口を割ったのは、彼に神経が列記としてあって、これ以上君を敵に回す根性が、無かったからだろう?」


「…君とレンフィールは敵に回せてか?

……それはどう考えたっておかしいだろう?」


だがギデオンはどうあっても納得いかない様子のファントレイユに、辛抱強く語りかけた。

いつも短気なギデオンのその態度に、レンフィールもシャッセルもが心から感嘆したが、アドルフェスはギデオン迄もがファントレイユの言葉の剱を、本心ではそれは、怖れているなと感じた。


「…ファントレイユ。

私は全然おかしいと思わない。

むしろ良く、耐えた方だと感心したものだ」


だがファントレイユはギデオンのこの返答に、心から驚いた。

「……君が?本当に?」

ギデオンが途端、憤慨する。

「私を一体何だと思ってるんだ?

ちゃんと神経は普通に通っているんだぞ!

誇りだって、一応ちゃんとある…!

第一尋問で

『あっちの方は全然大した事無い』とか

『下手くそ』とか罵倒されたりしたら普通そこで、思い切りヘコまないか?」

…しかもあんな男が真剣に恋心を抱いた相手に

『期待外れで失望した』

という理由で振られたりしたら、男としてもう立つ瀬はどこにも無いじゃないか…!」


ファントレイユはそう言うギデオンをたっぷり見つめたが、思い切り眉を、寄せた。

「………………そういうものか?」

「…そういうものだと、私は今まで思ってきたし、事実それでローゼは降参したじゃないか!」


ファントレイユは思わず、それは項垂れるローゼの姿を、見た。

「…まあ、確かに」


後ろでアドルフェスが、レンフィールに小声で聞いた。

「…ローゼと渡り合った時、ファントレイユは我が目を疑う程の凄腕だったよな…?

奴は自分の腕は、全然大した事が無いように言うが。

俺が見た限り、かなりの腕に見えたんだが…」


アドルフェスのそれは混乱する様子に、レンフィールが同情するようにつぶやいた。

「…安心しろ。アドルフェス。

俺にもちゃんと、大した使い手に見えたから」

だよな。とアドルフェスは頷く。

「…それにあれだけ凄まじい罵倒を浴びせおいて『ちょっと』だとか、ほざいてただろう?あいつ。

ファントレイユの物の価値観は完全に、いかれてる。

あいつに正しい価値観を教えてやる奴は、誰もいないのか…?」


レンフィールが思い切り、本心から頷いた。

「…それについては、全くの同感だ」

シャッセルが途端、それは無理だろう。と深く暗いため息を付き、振り向いたアドルフェスとレンフィールの、救いを無くした。







 その部屋を出た陽の差し込む廊下で、ギデオンがファントレイユの背に、そっと聞いた。

「…尋問の際、ローゼと以前何かあった口ぶりだったが…」

彼の問いに、ファントレイユは動揺も見せる様子無く説明しだした。

「…ああ。ほら、ローゼは都守備隊からアデンに引き抜かれて、近衛の隊長に納まったのはちょうど、半年前だったろう?

…あの男の就任直後に、ちょっと襲われてね」


レンフィールは聞き流そうと思いつい足が止まり、シャッセルは顔を上げてしまい、アドルフェスはその場から立ち去りたかったのに、足が動かず心の中で悪態をついた。


「…襲われたって、だが別に剣で斬りかかられたんじゃないだろう?」

ギデオンの問いに、ファントレイユは肩をすくめた。

「…無論、そっちじゃなくてね。

君の事は良く知ってたんだろうが、私の事は知らなかったみたいだ。

ともかく、中庭でふいをつかれて抱きしめられて唇を奪われた」


ファントレイユが何気なくそう言うと、ギデオンはたっぷり彼の顔を見つめて

「…それは凄く、無謀な行動だな」

とつぶやいた。ファントレイユは肩をすくめて見せ

「君にそういう行動に出るよりはよっぽどマシとも言えるがね。

…まあ、就任直後だったし、一応アデンの肝入りなんだし、私の事が解ってないんだと、やんわりとお教えしようと振り払う時に丁寧に対応していたら、あいつ、さっさと私の鳩尾に一発喰らわしてね。

随分手慣れた様子で、私ときたら一瞬息が止まっちまってつい、立ってられなくなった所をそのまま地べたに寝ころがされて上から、組み敷かれちまって」

「……そこ迄したのか…」

ギデオンが、青くなって俯いた。

道理でファントレイユが、ご意見無用で腹を立てまくっていた理由が飲み込めて。


が、顔を上げると、聞いた。

「…だが君が彼に酷い報復をしたと言う話は聞かなかった…まさか、我慢したのか?」

「…まあ、その時組み敷かれていい気になって口づけてきやがるんで、きっちりこの野郎と殺気を放っていた所に、ヤンフェスが通りかかってね。

ほら、彼ときたら状況を読むのも場を察するのも得意だし、気の利く男だから…。

就任したての隊長に私が組み敷かれて殺気を放ってるのに気づいて直ぐ、私に声を掛けて近寄って来て。

無論彼は、思い切りローゼに煙たがられて睨まれたが…。

ローゼは解ってないだろう?」


ギデオンは同意するように、頷いた。

「…ヤンフェスは君が、彼に酷い反撃するのを防いだんだな?」

ファントレイユは、そうだと頷いた。

「彼はローゼを追い払い、私の側に来て聞いた。

一体何だって就任したの隊長を、殺そうと思ったのかってね。

… 正直あんまり図々しいし、自分はそれはいい男で大抵の相手は自分の魅力に屈服せざるを得ないんだ、と思ってるのがバレバレな位高慢だったし、実際の所、相手の吐き気を誘う程気持ちの悪い下手くそな口づけで、よくそんな思い込みが出来るなと言うくらい最悪だったから、きっちり思い知らせてやりたくて、暫くは我慢してしたい様にさせ、思い切り隙を作らせて三刺し目くらいで殺してやろうと思う程、腹を立ててた。

だがその後のヨシュア隊長暗殺の時、ローゼの仕業じゃないかとささやかれ、やっぱりあの時殺っとくんだったと後悔したものだ」


アドルフェスが、ほっ、とため息を吐いた。

レンフィールも顔を下げたままだった。

シャッセルがつい、つぶやいた。

「ローゼの場合は仕方無いとしても…最近の君は、実力行使の相手には殺気で応えるのか?」


ギデオンが、大いに頷いた。

「私だったら、顎を割る程度で済むぞ」

ファントレイユの眉が、思い切り寄った。

「…普段温厚な私だってキレるさ!

相手を気遣って上品に私がどういう人間かをお教えしようとしたのに、鳩尾ちなんかに喰らわされちゃ!

…やり方があまりに下品だし汚いだろう?!

第一レイファスに同意する訳でも無いが、相手に吐き気をもよおさせるような口づけしか出来ない男が、いかにもテクがあるような顔をするなんて、最悪に図々しいだろう?!」


シャッセルがその毒舌を聞いて、哀しげに眉を寄せる。

「…余所から転属で来て君の事を知らなくて、君に目を付けるような男好きなら、今度からは必ず警告するようにしよう」


アドルフェスも黙して頷き、レンフィールも下を向いたまま、頷いた。

「…確かに、警告は必要だ。

どうせ君の事だ。

誰にも気づかれないよう殺して、死体の処理迄考えてあるんだろう?」


レンフィールのつぶやきに、ファントレイユは思い切り眉を寄せた。

「…人聞きの悪い。

言ったろう?私はギデオンと違ってそれは温厚なんだ。滅多にキレたりはしない。

だがその私がキレる程、ローゼは礼儀知らずだったんだ!

…これだけあいつの事が嫌いだと言うのに、ギデオンに暗殺は企むは、レイファスと付き合ったりするわで最高調に嫌われきっているのに、尋問に訪れた私に、あの大馬鹿が何て言ったか、君達も聞いたろう?

『犯してやる』だ。

どこ迄人を舐めたら気が済むんだと腹綿が煮えくり返るし、思い知らせてやろうという気になるだろう?

…なのにあの根性無しときたら、さっさとぺらぺらしゃべっちまって情けないったら!」


シャッセルが、意見を述べた。

「…でも君は尋問したんだから、相手をしゃべらせたら職務を全うした事になると思うが」

ファントレイユもそう言うシャッセルに振り向く。

「…シャッセル。

君には誰もが一目置いて尊重するから、相手のぞんざいな態度に腹を立て、殺してやりたいと思うような事は起き無いんだろう?」


シャッセルは思い浮かべ、確かに。と微かに頷く。

「…私が短気なら今まで何人殺していたんだという位いる。

でもとても温厚だから、殺してやりたい程腹を立てた相手は、あいつを入れてもたったの二人だ。

…少ないもんだろう?」


その場に居た全員が、数は少なくとも一度怒った時のその、容赦無しの徹底しきったやり方に、全然同意出来ずにため息をつきまくったが、ギデオンが代表して言った。

「…ともかく、君の外見に騙されるなと警告して置こう。

君を本気で怒らせると……。

それこそ権威も名誉も自尊心もズタボロにされて…それはひどい事になるからな」


ファントレイユは異論を唱えようとしたが、他二人同様、シャッセル迄もが

「……ヘタをすれば自信を全て無くし、廃人同様だ………」

と結果を憂いた。


見栄張りのレンフィールも、ついぼそりと囁く。

「人前で平気であれ程有無を言わせず罵倒されたりしたら、社会的地位も他人からの評価も一気に下降して、抹殺されたも同然だしな……」


アドルフェスは口を開きかけて閉じ、そして結局、言った。

「……確かにあいつのやり用は下劣だが………あれは……。

つまり、その……」


ファントレイユは顔を上げて即座に言った。

「…テクなし?下手くそ?」

アドルフェスは耳に入れたくないように顔をしかめる。

「……そういうのは個人の感覚なんじゃないのか?

つまりお前はヘタだと思っても、別の奴に言わせればそれ程酷く無いとか……」


ファントレイユはため息をつく。

「…そう言って、ローゼを慰めるつもりか?

残念ながらあんなんでいいと思える奴は、余程経験が無いかお世辞しか言わない奴だと思うぞ。

その場ではいい顔をしておいて、後で絶対、口をハンケチでそれは丁寧に、幾度も拭っているだろう」


アドルフェスが、自分の事を言われたように、肩を落とした。

「…ともかく君たちは大貴族でいつも媚びへつらわれているから、まっとうな庶民の感覚が解らないんだ。

身分だけで、人の心からの尊敬と正当な評価が得られると思うのは、大間違いだ」


三人が一気に沈み込み、ギデオンが慌ててファントレイユの、肩を抱いて促した。

「…ともかく、アイリスに顔を立てられる。

ローゼを吐かせたんだから、君の手腕と頭の回転は大したものだ…」


ファントレイユは自分の本心とは違う結末に、それは不満そうだったが、三人は遠去かる二人の靴音に、それはほっとして胸を撫で下ろした。






 ソルジェニーはそれは、うきうきしていた。

ギデオンは無事だったし、その丘陵地帯は晴れ渡って、それは気持ちのいい風が吹いていた。


アイリスはソルジェニーが馬をとても上手に操るのを知っていて、かなり飛ばしてくれて、その優雅でゆったりとした騎士と一緒に居るのは、とても安心で楽しかった。


カディツ公の城を訪れたが、公とその兄が息子の帰還をそれは喜び、彼らに礼を言った。

城内はまだ後片づけにごった返し、アイリスはもてなしを丁重に断った。

一同が晴れやかに、要塞に戻る。


中庭で、ギデオンらは帰還者を出迎えた。

アイリスは行きの時と違い、陽の中のシャッセル、アドルフェス、レンフィールの様子が随分暗いのに目を止めたものの、ギデオンに微笑んだ。

ギデオンは直ぐに

「ローゼは公の場で証言すると吐いたので、連行頂いて結構です」

と告げた。


アイリスは頷いたが、ファントレイユがとても不満そうなので彼にそっと屈んで、尋ねる。

「君が、吐かせたんじゃないのか?」

ファントレイユは優しく伺うアイリスの顔を見つめ、告げようとしたその時、ギデオンが口を挟んだ。

「…勿論、彼の手柄だ!

それは素晴らしかった!」


ソルジェニーが何も知らず、ギデオンの誉め言葉に顔を輝かせてファントレイユを見つめる。

ヤンフェスとフェリシテだけは、後ろの三人のそれは暗い様子に

『過酷だったんだな』

と当たりを付け、目を見交わし会った。


「ではローゼの身柄を頂いて、私も一足先に戻るとしよう。

君達は野営地に戻るだろう?

軍を率いて都に戻ったら、真っ先に近衛軍中央補佐官舎迄来てくれ。

後の事は私とギュンターに、任せてくれて結構。

実は(おおやけ)に奴らを叩ける好機をずっと待っていた。

いつもちょっかいかけられて大概、こっちの堪忍袋の尾も切れかけていたのでね」


そう、優雅にその苦労を微塵も見せず微笑むアイリスを、ギデオンは見つめる。

アイリスは次々とドッセルスキ派に付く気弱な貴族達と違い、最後迄平然と敵対し続けてきた男だったから、無理無いと皆は思った。


彼の失脚を目論む諸々の計画や暗殺迄あったろうに、アイリスは尽く退け、反ドッセルスキ派の人間をその傘下に庇い続けてきた。


…確かに、限界だったろう…。

近衛ではギデオンが庇いきれない相手は次々と職を辞し、そうでない相手は暗殺迄されるようになっていたから。


アイリスの合図で、彼の部下達がローゼを引き立てる。

ローゼは通り過ぎ様、そっ、とファントレイユを伺い見たが、彼がきついブルー・グレーの瞳を射るように向けると、慌てて顔を背けた。


アイリスがそれを見て、困ったように眉を寄せてつぶやく。

「…君は私の甥を随分怒らせたようだな…。

実際彼が怒ると私ですら、お手上げなんだ。

出来る事はせいぜい……君の長生きを祈るくらいだ」


ローゼは一瞬にして、真っ青に成った。

その様子はそこに居た全員にはっきり解る程で、ソルジェニー迄がつい、その刺客を凝視した。


何一つ怖いもの等無いと言われる程肝が座りまくり、どんな事にも対処出来ると実力を評価された当代一の人物、アイリスに“お手上げ”と………言わせるのが、どれ程凄まじいか、ローゼは身に染みたようだった。





 アイリスはファントレイユの機嫌を伺うように微笑むが、ファントレイユはアイリスに言った。

「レイファスに、覚悟しろと伝言願えますか?」

アイリスが軽やかに笑う。

「…宣戦布告かい?」

ファントレイユが途端、低く強い声でつぶやく。

「……趣味が悪すぎる!

あんな奴を味見した彼を一生笑い者にしてやる。と、そう言ってやって下さい!」


ヤンフェスもフェリシテもその意味は解らなかったが、馬上で縛られたローゼは勿論、ギデオンの後ろの取り巻き三人までもが首を項垂れたのを、首を傾げ見つめた。


アイリスは苦笑する。

「…伝えておこう……」

アイリスは身軽で優雅な様子で馬に飛び乗ると、ゆったりと手綱を取って、ギデオンに微笑んだ。

「近衛軍中央官庁で、再会致しましょう」


ギデオンが頷くと、アイリスは鮮やかな微笑を残し、帽子に手を掛け、王子に向かって馬上で一礼を取る。

ソルジェニーはその騎士の、優美な礼に、見とれた。


彼はマントを翻すと、部下に馬上で後ろ手に縛られたローゼを引っ立てさせ、軽やかに駆け去っていった。






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