ギデオンの決意
シャッセルがローゼに子息の居所を吐かせ、ローゼを拉致したまま広間に取って戻ろうとした時、眉間を寄せて怒っている風のファントレイユが、広間を出て来るのを目にする。
「…皆はまだ中か?」
声を掛けたがファントレイユは答えず、通り過ぎて行く。
シャッセルはその反応が理解出来なくて、思い切り肩をすくめた。
中を覗くとレンフィールと目が合い、彼を呼ぶ。
レンフィールが呼ばれ、シャッセルの元へ向かう。
ギデオンは、ヤンフェスに振り向いて問うた。
「…事前に、知っていたのか?マントレンの差し金か?」
ヤンフェスは頷く。
「…彼からの伝言だ。
ローゼに何としても口を割らせろと。
首謀者はアデンだ。…だがここからが肝心だ。
…真の首謀者は勿論、君の叔父だ」
ギデオンは口は閉じていたが、目を見開いた。
が、事の次第をギデオンに飲み込ませた上で、抑えた力強い声色でヤンフェスは続ける。
「テテュスを、覚えているか?
教練時代一緒だったそうだが、その後近衛で無く『光の塔』付き警護隊に移った、ファントレイユのいとこだと聞いた」
「…ああ。良く覚えている。
ゆったりと大らかで、それは腕の立つ剣士だ」
「…彼の父親アイリスは軍での実力者だそうだが、彼に使者を送ってアデンを揺さぶる方法を探って貰っている。
…アイリスの指示が出る迄は、アデンに姿を消して貰っては困るそうだ」
アドルフェスが、ヤンフェスの言葉に目を見開いた。
ヤンフェスはだが更に言葉を続ける。
「…ここらで君に、腹を括ってもらいたい。
マントレンとアイリスは君の叔父の、失脚を企んでいる」
その言葉に、ギデオンが一瞬目を閉じた。
そして開いたが、その少し潤んだ碧緑の瞳があんまり綺麗で、ヤンフェスですら一瞬見惚れた。
が、必死に踏み止まって、言葉を続ける。
「…君の、同意が欲しいそうだ。
勿論右将軍の後釜には、君に就いてもらいたい」
ギデオンはその宝石のような碧緑の瞳をヤンフェスに向けたまま、囁く。
「…マントレンが私に『腹を括れ』とそう、言ったのか?」
「………そうだ。奴らはとうとう、君の暗殺を目論見始めた。
君の叔父は身分の低い者を役職から一掃しようと企んでいるにも関わらず、君は王子の警護に、ファントレイユを押したりする」
その言葉を聞き、ギデオンはため息が出そうになったが、そっと訊ねる。
「……だからファントレイユは責任を感じているのか?私に………?」
が、ヤンフェスは肩をすくめた。
「…さあね。ともかくあっちの言い分は、これ以上君のやり方を、貫いて貰っては困ると言う事だ。
…だが我々の方も………」
ヤンフェスの言葉にギデオンが問い返す。
「我々の方…?」
「…これから連中が企む君の暗殺計画に、いちいち付き合って行く気は全く無い…。
これを機に、一気に決着をつけときたいそうだ。
我々は何としても、君を失うつもりは、断じて無い」
ヤンフェスの言葉に、アドルフェスは軽く顔を下げ、レンフィールもシャッセルも、戸口から振り向いた。
そしてヤンフェスは最後の言葉を、強い口調で言い諭す。
「…この事を、肝に命じて貰えるか…?」
ギデオンは一瞬泣きそうに眉を寄せ、そう告げるヤンフェスを見つめる。
が、冷静な声でこう返した。
「…解った」
そして再び口を開く。
「………それが君達の望みなら、勿論同意する。
ファントレイユにもそう伝えてくれ」
が、ヤンフェスはまた肩をすくめ、ギデオンの顔を伺うようにそっとつぶやく。
「…生き方は変えられないが、とりあえず命を大切にする道を選んだと、君から彼に言ってやったらどうだ?」
ギデオンは少し俯くが、顔を揺らしてヤンフェスを見つめた。
「…そう言って、怒りを解くかな…?」
怖いもの無しのギデオンが、ファントレイユの怒りに少し怯えている風なので、ヤンフェスは思わず目を見開いて取り乱しそうになったが、努めて冷静さを装い、言葉を返す。
「………怒りの解ける保証は無いが、機嫌は直るんじゃないのか?」
ギデオンは一つ、頷く。
「…そうだな。
で?これからどうすればいい?」
「…アイリスからの返事の使者が来る迄ここに、身を隠して欲しいと…。
遅くとも陽が中天に、昇るくらい迄は。
その間にローゼの口を割らせて置けと言う事だ」
ギデオンは周囲を、見回した。
「……死体だらけだが、五月蠅くは無さそうだ」
「…そう長い事じゃない。だがファントレイユは帰さないと」
ギデオンは頷く。
「……護衛だからな……。
ではファントレイユに、同意した。と、マントレンに伝言してくれるように頼めばいいのか?」
ヤンフェスは頷く。
「…後、これを持たせてやってくれ…!
生クリームは持ち運びに最悪だから、りんごのパイだが…」
ギデオンはその包みを受け取ると暫く、手に持ったまま無言でそれを、見つめていた。
ギデオンの腑に落ちない様子に、ヤンフェスは言葉を足す。
「…王子の好物なんだが、りんごのパイも好きそうだった」
ギデオンが、ようやく事の次第が解って頷いた。
ギデオンが、部屋を出て行く。
レンフィールはシャッセルが吐かせたカデッツ公子息の居所だと言う広間の大箪笥に手を掛けたまま、暫く彼らの話を聞いていた。
が、アドルフェスがレンフィールの横に来て、耳元で
「…大体、ファントレイユなんぞを王子の護衛になんかするからこんな事態になる…!」
とぼやいたが、レンフィールに
「…ならドッセルスキに、ギデオンらが反逆を企んでいると注進に行くか?」
と笑って言われ、彼を思い切り睨んだ。
レンフィールが何げに箪笥の扉を開けると、6才くらいの、身なりのいい子供がいきなりレンフィールの腰に抱きつき、わんわん声を上げて泣き始めた。
「………………鼻水を、付けるんじゃない!」
気取ったレンフィールが厳しく言ったが、子供は聞く様子無く、彼の腰にしがみついて顔をこすりつける。
レンフィールは救いを求めるようにアドルフェスを見たが、彼は素知らぬ顔をして顔を背け、その場をそっと離れてレンフィールを見捨てた。
レンフィールは仕方無しに声を上げた。
「ヤンフェス!君にうって付けの、仕事があるんだが………」
ギデオンが岩の裂け目の向こうでようやく、煌々と照る月の光の中にファントレイユの姿を見つけた。
ファントレイユは馬の首を労るように抱き、なぜていた。
そして馬に語る目を向け、ブルー・グレーの瞳を輝かせてその美貌の、うっとりするような微笑を馬に見せていた。
「……馬まで籠絡しそうだな…」
ファントレイユが、その声の主に振り返る。
そして岩塀を潜るギデオンの、豪奢で明るい金髪に目を止め、そっとつぶやく。
「………………馬を口説いてるつもりは、無い…」
ギデオンはすかさず言った。
「…そんな事は解ってる。
いつもの君のようでほっとしている所だが、私の姿を見たらまた、怒るか?」
素晴らしく人目を引く豪奢な金髪と月の明かりに浮かぶように煌めく碧緑の瞳の、ギデオンのその素晴らしく存在感ある姿を見つめて、ファントレイユは独り言のようにつぶやく。
「………怒った所で、嵐は止まないのと同じだ…。
諦めている」
ギデオンの、眉が悲しげに寄った。
「…………感謝も、聞く気は無いのか…?」
少し、声を落として訊ねるが、ファントレイユは肩をすくめただけだった。
「…用が、あるんだろう?」
ギデオンの、手に持った包みを目にし、そう告げる。
ギデオンは気づいて包みを持ち上げる。
「…ソルジェニーの、好物だそうだ」
ファントレイユの、眉が思い切り寄った。
「…まさか、生クリームじゃ無いよな?」
「りんごのパイだそうだ」
ファントレイユはそれを聞き、頷く。
包みを手渡すが、その理由を、言う迄も無い様子だった。
ファントレイユはその包みを鞍の横の革袋にしまい入れ、さっさと馬に跨ったからだ。
ギデオンが馬上の彼を見上げ、告げる。
「……マントレンに伝えてくれ。了承した…と」
その時ようやく、ファントレイユは鮮やかに笑った。
「…確実だ!直君の、虎の紋章入り金の肩当て姿が、見られるな!」
虎の肩当て…。
ギデオンはそれが右将軍の印だと、思い返した。
そしてふ、と顔を上げる。
「…君はそんな事を考えて、駆けつけて来てくれたのか?」
ファントレイユは馬上で、それは心外そうに眉を寄せた。
「…駆けつけている間にそんな余裕が、ある訳無いだろう…。
事が終わった今だから、笑って想像出来る」
ギデオンは一つ、頷いた。
ファントレイユがもう、馬の首を来た道へと向けるので、その背に言葉を投げる。
「…ソルジェニーに、よろしく伝えてくれ…!」
ファントレイユはその、グレーの輝きを持つ淡い栗色のたっぷりの髪を肩の上で揺らして振り返ると、それは素晴らしい笑みを、ギデオンに向けた。
「…それが最高の楽しみだ!」
それを聞いて、ギデオンは心の中で彼に兜を脱いだ。
彼は護衛として、ソルジェニーの心配を打ち砕いて彼の心まで、護ってみせたのだ。
「…ならソルジェニーに言ってやれ。
君の護衛は最高の男だと!」
ファントレイユは馬を進めかけ、慌ててそのギデオンの言葉に手綱を引く。
馬は進みかけていきなり制され、戸惑ってその首を振り、悪戯に歩を踏んだ。
ファントレイユがその最上の誉め言葉を聞き、ギデオンを驚きの混じった表情で、揺れる馬上から喰い入るように見つめる。
ギデオンはファントレイユに直も、言った。
「…正確に、彼に伝えてくれ」
その顔は、感謝を受けない代わりに誉れを受けてくれと言わんばかりで、ファントレイユは一瞬それは怯むような表情を見せたが、自分を見つめ続けるギデオンに軽く、了承したと頷く。
その時ようやくギデオンの、真剣な表情が崩れて素晴らしい微笑へと、変わった。
ファントレイユは心の中で“猛獣”と呼んでいた彼の、極上の微笑みに一瞬見とれたが、直ぐに手綱を取って、駆け出した。
ギデオンが屋敷に戻ると、ヤンフェスがそれは上手に、子供の機嫌を取って笑顔に変えていた。
側に縛られたローゼが転がり、死体はどこかに片づけられていた。
ヤンフェスと子供の周りに、取り囲んで様子を伺い見るアドルフェスとレンフィール、そしてシャッセルが居た。
「…上手いもんだな」
レンフィールがそうつぶやくと、ヤンフェスが呆れて顔を上げる。
「…子供をあやした事すら、無いのか?」
レンフィールの眉が寄る。
「…私は一人っ子だ!」
アドルフェスがぼそり。と呻く。
「…兄は、居る」
シャッセルも囁く。
「…私も一人っ子だな…」
ヤンフェスがギデオンが戻るのを目にし、そっと尋ねる。
「…機嫌が直ったようだったか?」
ギデオンが笑顔で肩を、すくめる。
「…そう…思うが…」
アドルフェスが猛然と異を唱えた。
「…あんな奴の機嫌を取る必要が、あるんですか?!貴方が…?」
が、シャッセルが異論を唱える。
「…あんな奴かもしれないが、もし居なかったら我々はギデオンとこうして話をしていなかった」
レンフィールが俯き、アドルフェスは悔しそうにそれを言ったシャッセルを、睨んだ。
ギデオンは一瞬、素直にファントレイユを認めるシャッセルを静かに、見つめた。
彼自身も、シャッセルの言う通りだと熟知していたからだ。
ヤンフェスは、さて…!と腰を上げる。
「ここに居る筈の無い人間には戻って貰わないと…。
だがここも人手が要るだろうし、目立たない奴に残って欲しいんだが…」
と三人を、見る。
アドルフェスは長身と男前な面構えと頑強な体格。
そしてその傲慢な態度で目立っていたし、シャッセルは無口だがその素晴らしい容貌で人目を引いた。
レンフィールは女性を思わせる綺麗な容姿と、その威張った我が儘な態度と、横柄な口の利きようで。
目立たない男は誰一人居なくて、ついヤンフェスは俯く。
レンフィールが言った。
「ローゼは私が受け持つ。
目立たないお前は帰らなくていいんだろう?ヤンフェス。
子供は当然、お前の担当だ。
アドルフェス、シャッセル」
二人が呼ばれて、彼らより小柄なレンフィールを見る。
「…アデンから目を離すな…!
奴を雲隠れ出来ないよう、見張ってくれ」
シャッセルは頷いたが、アドルフェスはぶうぶう言った。
「…何でお前が俺に命令を出すんだ…!」
それを聞いてレンフィールが気弱に言い返す。
「『お願いだ…!』と、つけ足せば気がすむのか?」
「…冗談だろう?そんな気色の悪い事が聞けるか!」
アドルフェスの怒鳴り声にレンフィールは肩をすくめると
「どっちみち、怒るんじゃないか…!」
とぶうたれて皆の失笑を、買った。
野営地に戻り、ファントレイユが馬を繋いでいると、暗がりの中人の気配がして振り向く。
…アデンだった。
「……そこで、何をしている?」
ファントレイユは、聞きたいのはこっちの方だ。と思ったが、直ぐにアデンが事の成果を知りたくて影で隠れている配下の者達に任せず、自らそこでローゼを待っていたのだと思い当たり、とぼけた。
「…何………って、お使いですよ」
「…とぼけるな!
お前は王子の護衛の筈だろう…!」
「…だから。王子のお使いです…。
どうしても甘い物が食べたいとおっしゃられて…」
「…夜中だぞ?!」
「ですから…甘い物が食べられないと、お眠りになれないそうで…。
急な出立でしたからね。
用意が出来ていなかったようなんです。
私も困りましたが、ようやく調達出来て、こうしてお届けしようと…」
アデンはその人を喰ったような美貌の騎士の、手に持つ包みを見、とぼけた言い分を聞いたが、伺うように暗がりでその顔を見つめ続けた。
だがファントレイユはしゃあしゃあと続けた。
「…王子のテントは隊の別の腕の立つ者に、見張らせていますし…」
「…なぜその男が調達に行かない…!」
その時アドルフェスとシャッセルが満月の月明かりを背に馬を走らせて来、遠目で言葉を交わす二人の姿を、篝火の薄暗い光の中、見つけた。
シャッセルが馬を止めてアドルフェスに合図すると、アドルフェスも頷いて馬を止める。
「…この辺りに繋いで置こう。
駒音でアデンに気づかれる」
シャッセルが馬を降りる。
アドルフェスは少し野営場所迄距離があるのに視線をくべると、一つ、ため息を付いたが静かに馬を、降りた。
「……無論彼より私の方が地理に詳しく、調達場所を知っているからですよ。
お早く届けしないと、王子の眠るお時間が無くなる」
ファントレイユはアデンを、責めるように見つめる。
アデンは頷くと言った。
「…早く、お届けしてお眠り頂け!」
ファントレイユは肩をすくめたかったが、殊勝に一礼し、その場を去った。
「(…アデンの方はローゼ達が戻る現場を見咎められたくなくて、さっさと私を追い払いたいようだな)」
ファントレイユは心の中でつぶやくが、そのまま足早に、王子のテントに戻った。
戸口の布をさっと払うと、ソルジェニーの見慣れた大きな青い瞳が、安堵の輝きと共に向けられた。
胸に飛び込んで来るかと思ったが、王子は感極まり、震えながらそっ、と一歩、踏み出す。
後ろにフェリシテとマントレンがテーブルに付き、カードのゲームに付き合っていた様子で、二人してカードを手にしたまま見つめてた。
「…どこも…お怪我はありませんか?」
王子に震える声でそう尋ねられ、ファントレイユは小柄な彼に少し屈んで、笑顔を作る。
途端、ソルジェニーの青い瞳が、濡れて輝く。
「…ギデオンは、無事ですね?!」
あんまり大きな王子の声にほぼ三人同時に人差し指を口に当て、しっ!と制した。
王子が思わず口に手を当てるが、ファントレイユを喰い入るように見つめる。
ファントレイユは輝くような微笑を称えてソルジェニーを見つめ返し、そして言った。
「…ぴんぴんしていますよ…」
ソルジェニーの晴れやかで安堵に包まれた顔を、ファントレイユはそれは満足そうに、微笑んで見守る。
王子はフェリシテとマントレンにそっと振り向くと、心から嬉しそうに顔を輝かせ、二人に大きく頷く。
二人はそれに応えるように、満面の笑みを返した。
ファントレイユはその様子に肩をすくめると、王子に屈む。
「すっかり仲良くなったようですね?」
ソルジェニーは嬉しそうに、頷いて見せた。
マントレンが待ちかねた様にファントレイユに声かける。
「…おみやげを、頂こうか…。
夜中に起きているとお腹が空くから…!」
マントレンの言葉にファントレイユは包みを、上げる。
「…君の読み通り、アデンは見張っていたよ」
マントレンは満足げに頷いた。
「君の身の潔白を証明した後、我々の胃袋も満足させてくれる。
なかなか役立つ、パイだ」
一同はその言葉に心からの同調を寄せて、にっこりと微笑んだ。
「……………………」
転がされていたローゼが椅子に座らされ、レンフィールに睨まれる。
が、ローゼはレンフィールを恐れる様子は微塵も見せなかった。
だてに異名を、取る男じゃない。
肝は、座りきっているようだった。
レンフィールは自分より年上で経験豊富なローゼの隙を伺うが、結局口でどんな脅しを言おうが堪えないのが解って、剣を抜いてみた。
だがローゼは直ぐに言った。
「…殺すんなら殺せ…。
切り刻むんなら、好きにしろ。
失血死も悪くない」
レンフィールは脳裏に、剣を振り下ろした自分の姿を思い浮かべたが、その空想の中のローゼは事切れていた。
手加減してみれば大丈夫だろう…。
そうは思った物の、もし証人が酷い手傷を負っていたら、拷問して口を割らせた。
と思われ、証言の信憑性に関わる。
レンフィールは結局一言も発せぬまま、肝の座りまくった男の前に、降参した。
考えてみればギデオンの命を狙う男だ。
並の神経の持ち主じゃない。
レンフィールは一つため息を付くが、やっぱり剣で一刺ししようかと躊躇いながらも、結局その場を後にした。
ギデオンが姿を現し、その後ろに、付き従うレンフィールの姿が見える。
ローゼは彼の金の長い髪に囲まれた、素晴らしく綺麗な容姿に目を向けて言った。
「…その綺麗な顔を死に神に引き渡せなくて、残念だ」
瞬間、ギデオンが拳を握り込む。
が、ローゼはギデオンの反応を知り、更に続ける。
「…全く、いつ見ても綺麗な男だ。
君にもう少し隙があったら、縛り上げて犯してやりたいくらいだ。
その顔が、男に可愛がられて喘ぐ様が見られないのは、本当に残念だ…!」
レンフィールはその挑発に思い切り眉を寄せ、そっと、ギデオンを伺い見た。
顔にはそれ程出ていないが、握った拳が表に現せない怒りで、それは激しく震ってた。
レンフィールにも、解っていた。
ローゼがギデオンを怒らせて、自分を殴り殺してみろ。と誘っているのが。
今、自分の口を割らせる為に殺せないこちらの弱味を、存分に突くやり方だった。
「…顎を割るかあばらを折るのが君のやり方だろう…?
ああ、そうだったな!
顎なんか割られたら、それこそしゃべれなくなる…!
それで、我慢してくれているのか?
君は『綺麗だ』と言われるのが大嫌いだと、確か隊長就任の時、誰かが親切に教えてくれたよ。
君の前では決して言うな、顎かあばらを折られるぞと。
それで?折角こらえてくれているんだ。
私にしゃべらせたいんだろう?」
ローゼがその整った顔立ちのそれは根性の悪そうな表情で、ギデオンを見つめる。
二十歳をとっくに超えた彼にとっては、十代の小僧なんてどれ程の相手だと言う侮りが、見て取れた。
ギデオンはさすがに顔には出さなかったが、拳は侮辱された怒りで、握り込まれたままだった。
ローゼはその様子をたっぷり見ると、言葉を続ける。
「どうした?何が聞きたい?
まさか君の部下が禁を破って駆けつけて来るとは思わなかったが、君の背に、それは動けなくなる位の重傷を負わせた後、君の血が流れ出して君が死ぬ迄、部下達と共に君を犯してやろうと目論んでいた事か…?」
ギデオンが、その豪奢な金の髪を散らし叫ぶ。
「…夢の中で楽しんでろ!現実が、解っているのか?
お前は私の背にすら、届かなかったろう?」
だがローゼは笑った。
「…ギデオン。君の唇は感情が高ぶると赤くなるんだな。
熟れた果実のように美味しそうだ」
「…!!!」
がっっっ!!!
ギデオンがとうとう、拳を振った。
縛られているローゼの腹に思い切り入れ、その瞬間ローゼは短く呻いて気絶した。
レンフィールが困ったようにギデオンを見、その男の垂れた頭を、髪を掴んで引き上げ、気を失っているのを確認してギデオンを、見た。
「…意識が無くては、口は割らせられない…」
心底弱ったレンフィールの声に、ギデオンが怒鳴った。
「…そんな事は私だって、知っている!!!
だが顎は割ってないし、移動出来るようにちゃんとあばらも外した!
これ以上、どう手加減出来るか教えてくれ!!!」
レンフィールは俯いたが、つぶやいた。
「…よくやった………。
君に、しては」
ギデオンがようやく、そうだろう。と思い切り大きく、頷いた。