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Antidote─リップ・ジャッキー─

作者: しげ

「──はいはい!!今朝取れたての野菜!」


「ねぇアンタさっきから何見てるのぉ?」


「てめぇ人にぶつかっておいて挨拶も無しか!?」





耳に入って来る喧騒をまるで音楽のように聞き流しながら、少年は席にだらしなく座り煙草の煙を吐く。

テーブルの上には手を着けたポテトとジンジャエールが置いてある。



ここはジエマの街のマーリニヤ地区──その更に市場通りのバーガーショップだった。

そこに座りただ暇をもて余す少年──デウェルは、なんだか訳のわからないうちにこの地区への半ば強制的な移住生活を余儀なくされて早一週間が過ぎようとしていた。




デウェルが暮らすマーリニヤ地区の「何でも屋」──それもデウェルにはほぼ機能していない様に見えていたが、「店」の人間は慌ただしい様子だった。

「店」の名前は『解毒』を意味する「Antidote」。


何でも屋の名前が「解毒」なんて可笑しな話だとも思ったが、いちいちそんな事を指摘することすら馬鹿げているとも感じていた。




この一週間、デウェルをこんな所まで連れて来た男と言えば、日中はどこかへフラフラと出掛け、夜と朝の食事だけは律儀に「店」の人間ととっているようだった。まあその男──アルギントが日中何をしているかなんてどうでもいい。あの親父、昨日の夜戻った時には女物の香水の匂いをプンプンさせていた。──まぁ、かくいう自分もそういう事は無いとは言えない人生だったので、あの男がどういう性生活を送っているかは大体の予想がつく。



その間「店」の人間はデウェルに働くようにと何度か言って来たが、わざわざ面倒な仕事をして雀の涙程度の金しか手に入らない────要は効率の悪い仕事をわざわざする気にもならなかったので応じずにいた。店の奴等もそれ以上は追及しなかった。



「店」の人間とデウェルは言うが、彼等はデウェルを「家族」と呼ぶ。

デウェルも一応その事実は甘んじて受け入れる事にした。

ここに来て最初の一日で、周りのツテが無いことがこの地区でどれ程のハンデになるかはよくわかった。

デウェルなりに「上手く」やるつもりだった。



「あんた!フーリエさん家の子だろ!?」


そう言われ顔を上げると、店の女主人が笑顔で話しかけてきていた。


「……そうだけど?」


肯定するのも苦々しい気分だった。だが女主人の気のいい笑顔には何となく逆らえなかった。


「この前シャルちゃんとスカードちゃんが家の中片付けてくれて助かったのよ!これ、持ってってあげて!」


そう言って大きな紙袋を三つほど渡された。中にはどうしたら二人分でこの量になるんだというほどのハンバーガーが入っていた。


「あ、あぁ、どう、も……」


女主人はにこやかにしているがデウェルは肉の匂いに内心今すぐ袋を投げ捨てて吐き出したい気分だ。


「あんたも食べな!そんなヒョロヒョロじゃ、何でも屋なんて出来ないよ!」


そう言って背中をあり得ない力で叩かれる。──主人の手がデウェルの背に当たるが早いか、突如向かい合わせの店の窓ガラスが砕け散る。


デウェルは突如の出来事に目を見開く。

なんだ、向かいの店、確か食い物屋だよな?何で窓ガラス砕け散ってんだ。なんか良く見てみれば血飛沫らしきものも飛んでいる。


「めんど……」


そう呟き足早にバーガーショップを去ろうとすると、割れた窓ガラスが銃弾で更に砕ける。デウェルが全力で気配を消して逃げようとすると店から響く男の声に近隣の店の窓ガラスすら皹が入る。


「ちょっと待ってそこの可愛過ぎる少年────!!!!」


デウェルは店の親父がおかしくなって叫んだものと思い振り向かない。


「行かないで!!可愛過ぎる少年!!キミだよキミ!!そこの雲を切り取った様な髪のバーガーキングダムの紙袋三つ持った可愛過ぎる少年──!!!!」



騒ぎを聞きつけた人間達がどよめきを持ちながらデウェルに視線を送る。デウェルは周りを見渡すが、自分の知る範囲には、バーガーキングダムの紙袋を三つ抱えた少年も、雲を切り取った様な髪の少年も、自分しか居ない。


割れた窓ガラスの向こうから、軍の旧式マシンガンを持った大男が現れる。男はむしろ自分の拳で戦った方が良いのではというほどの体躯で、口元に小綺麗に蓄えられた髭、黒い髪をオールバックにしていた。



「な……んだよ、お前……」



デウェルは困惑する。今、自分は武器を持っていない。男の手にはマシンガン、店の物と思われるエプロンには血飛沫。男の背にある店からはみ出している「元人間」。



暫く男はデウェルを見つめる。

デウェルは殺される、そう思った。ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。いくら何でも丸腰でマシンガンを所持しているマッチョ相手に勝てる訳がない。

すると突然男は自分が着ていたエプロンを脱ぎ、デウェルへ差し出す。


「!?」


いきなり蜂の巣にされるものと思っていたデウェルは目を丸くする。


「……店の」


「……はっ?」


「……店の修繕手伝ってちょうだあい可愛過ぎる少年~♡」


「…!?」






この地区は頭がどうかした人間の掃き溜めなのだろうか。いや、それを言ってしまえば本末転倒も良いところなのだが。


デウェルは何も言わずにエプロンを受け取り、裾の血飛沫は見ないように紐を締める。



「あ~ん♡嬉しい!手伝ってくれるのね。じゃあ先ずは死体を片付けて貰っちゃおうかな♡」



デウェルは「店の修繕」に「死体の処理」が含まれる事もあるのか…世界は俺の知らない事で満ちている…と思った。多少哲学っぽく考えなければやっていられない状況だった。

あぁ、そう言えばこのオッサン、心は女なのか…

夥しい血飛沫と近隣の割れた窓ガラスの掃除に比べたら些末事だったので、デウェルは自分でも吃驚するほど何の感動も無く人生初の、所謂オネエとの対面を終わらせた。



デウェル達が「店の修繕」を終わらせたのは夜もとっぷり暮れた頃だった。

──店の窓ガラスが無くて少々薄ら寒い事にはなっていたが、とりあえず「綺麗」と呼べる状態にはなったので、主人が店の釜でパンを焼いていた。小麦の焼ける匂いが食欲をそそる。


「はぁ~い♡お・ま・た・せ♡『リップ・ジャッキー』特製シナモンブレッドよ~♡」


「あ、ど、どーも…」


デウェルはこの一週間で、得体の知れない親父には逆らわない方がいいと学んでいた。昼日中から何も食べずにいた空腹もあり黙って男の作るパンを食べる。


「──うま…」


デウェルは食べ物に関して感想を言うのは何時以来だろうかと思った。あっという間に一つ目を平らげ、二つ目に手を出す。


「うふふ、嬉しいわぁ。アタシ、少年みたいな食べっぷりだぁい好き♡」


それを聞いてもデウェルの手は止まらなかった。それほどにこの店のパンは美味い。


「ねぇ少年?アタシ、少年の名前知らな~い。教えて?」


「デウェル」


「あらヤダ可愛い~♡ねぇちょっとアタシとイイコトしない?」


「しねーよ」


最早会話が成立している事が奇跡的だった。


「ねぇそんな連れなくするんじゃ無いわよ~ぅ♡ホラホラ♡」


そう言って男がぐいぐい近寄って来る。デウェルはパンの美味さに忘れていた。そうだ、確かに世の中には男を愛でる男なんて珍しくない。それこそ奴隷時代なんて、その為に買われる少年が腐る程居たのだ。


綺麗にしたばかりの店の床に押し倒されかけて漸くデウェルに食以外の理性が湧く。


「うわぁぁっ!てめっ…おい、やめ…!」


そう言ってギリギリ唇が届かない距離で男の顔を食い止める。


その騒動に一人の男が近寄って来た。男は瓶ビールを口に運びながら、二人の様子を見てこう言った。


「──…何やってんだァ?デウェル、ジャッキーせんせ。」


その声に二人は一時休戦して声の元を見る。


─そこには短い銀髪に褐色の肌、この寒いのにやたら薄着の逞しい身体つきの男が居た。


デウェルは二人の顔を見てこう言った。


「……知り合い?」







するとデウェルを抑え付けていた男がぱあっと笑顔になりこう言った。


「あら?あらあら?シャルちゃあん♡やだこの可愛過ぎる少年とお友達?」


シャルちゃん──もとい、シャルフリヒターはにかりと笑う。どうやら軽く酔っている様だった。


「おージャッキーせんせ。そいつぁちっと前から家の家族だぜ?」


「──ジャッキー…先生?」


デウェルはシャルフリヒターがパン屋の親父をそう呼ぶ事を疑問に思う。するとシャルフリヒターは瓶ビールを煽りながらご機嫌に答える。


「パン屋『リップ・ジャッキー』に居る『せんせー』だからジャッキーせんせ♪オレのせんせー♪」


「本名は"キース=マーヴェナー"なんだけどねぇ?それだとイマイチスマートじゃないじゃない?デウェルちゃんもジャッキーって呼んで?」


デウェルは名前にスマートさを求めるセンスが全く理解出来なかったし、当然の如くちゃん付けで呼ばれる事にも不服はあったが、取り敢えずもう襲われる事は無さそうだと起き上がる。シャルフリヒターはけらけら笑い続ける。


「デウェルが帰って来ねーからってオレとスカードで探してたんだよ。ヴァフは夜仕事だし、ジャッジなんか飯待てねえってもう寝たし。おやっさん帰って来る前に飯作ってくれやデウェル~。」


「──なんで毎回俺が作るんだよ。お前が作れよゴリラ。」


「あらヤダん。シャルちゃんがゴリラだったらアタシ何なの?シャルちゃん超スマートじゃないいいじゃな~い♡」


デウェルはこの親父の会話に入り込むスキルに唖然とする。客の女も話好きなものだと思って居たが、この話術は何か違う。

シャルフリヒターはデウェルの肩を思いっきり拳で殴る。デウェルは黙ってシャルフリヒターの足の小指目掛けて踵を振り落とす。

そうして暫く無言の攻防が続いたが、切りがないからとどちらからともなく止めていた。


シャルフリヒターは居直し先生と仰ぐジャッキーの店の棚から勝手に酒を出して飲み始めた。ジャッキーも気にしていないようだった。デウェルはすっかり冷めたパンを食べる。冷めても変わらず美味かった。


「──んお?リップ・ジャッキーで何でバーガーキングダム?」


シャルフリヒターがデウェルの傍らの紙袋に気付き問う。デウェルは相変わらず食べる手を止めずに答える。


「ああ…店のおばさんがおめえらにって。…片付けの礼だろ。今日の飯、それでいいだろ。」


「マァッジ?!イエイ肉!」


そう言って既にボトル二本を空にしたシャルフリヒターが冷めたハンバーガーに飛び付く。


「デウェルちゃんはいいの?アタシが言うのも何だけど、アナタもっと栄養摂らなきゃ駄目よ?」


そう言って心配そうにデウェルを覗き込むジャッキーだったが、デウェルは特に何も感じず返事をする。


「肉なんて食わなくても死にゃしねえ。俺は菜食主義者なの。」


それでも無理矢理にでも食べさせようとするなら殴りつけてやろうと思ったが、シャルフリヒターはあっそーと言ってハンバーガーを貪り、ジャッキーはお肉に合うお酒あったかしらと棚を眺める。


──デウェルはその反応に肩透かしを食らったような顔をした。客の女も誰も、デウェルが頑なに肉を口にしない理由を聞きたがったが、こいつらは追及してこない。シャルフリヒターはそれに気付きこう言う。


「──別に言いたくねぇ理由が有って肉食わねえなら聞かねえよ。…そういうルール…ルール?」


「合ってるわよシャルちゃん!」


段々酔いが回り呂律が回らなくなってきたシャルフリヒターを補足するようにジャッキーが合いの手を入れる。


デウェルはその点に於いては気が楽になる。すると突然シャルフリヒターが立ち上がり


「時に」


「は?」


「デウェルってジャッキーせんせどー思うー?」


「……はぁ?!」


遂に酔いつぶれたシャルフリヒターのカモにされた気配を感じ後退る。するとまた絶妙に逃げられない合いの手が入る。


「あっそれ気ーにーなーるー。デウェルちゃん、アタシアリ?ナシ?いやん、ナシにしても味見していい?」


思わず席を立とうとするデウェルを、これはまた絶妙にシャルフリヒターがデウェルの脇から腕を回し抑え付ける。


デウェルはヒッと悲鳴をあげ、全身全霊の力を以て振りほどこうとしたが、どう考えてもシャルフリヒターに軍配が上がる。


「まーまーまー。ジャッキーせんせのキス、ヤベエよ?良すぎて腰抜けっぞ?もしかしたら癖になっちゃうかも~♪」


「なって堪るか!!──……って、お、おい、何、そ、それ以上近付くな!来んな……来ん……!ゔゔわぁぁあああああああああ○◆△!!!!!」



余りの光景に酔いが醒めたシャルフリヒターだったが、今手を離したら、多分二人がかりでボコボコにされると思ったので、以前何かで見た、異国の死者への供養をする。



────合掌────……



叫び声を聞いて駆け付けたスカードヴィエが『リップ・ジャッキー』に辿り着くと、割れた窓ガラスが纏められた店の片隅に、雲を通り越して灰の様になったデウェルと、その様子を飲み直しながら眺めるシャルフリヒターと、何故か何時もより艶めかしい顔のジャッキーが居た。


「──デウェル……?な、何かあったの?」


そう尋ねるスカードヴィエに、シャルフリヒターは目を合わせない様に答える。


「──……何でもねぇよ……ちょっと、ホラ、アレだ……ジャッキーせんせの甘くてしょっぱい人生講座が終了しただけだ……」


「事後──……?」


「事後──……。」


スカードヴィエは何かを察して必死にフォローしようとした。


「──あっ!でも、デウェル、今貴方、テクニック的に良くなったハズよ?…ねぇ?」


そう話を振られ、ジャッキーは音の出そうなウインクをする。デウェルはその言葉を聞いて形振り構わず叫ぶ。


「──良い訳……あるかぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」






その日、デウェルの名前はマーリニヤ地区全域に知られるものとなった。





──nextend──






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