アレックス
ようやく見つけた、と思った。
人間にはあり得ぬ、眩いばかりの黄金の髪。人間にはあり得ぬ、目を奪われるような美貌。
理屈ではない本能の部分で、確信していた。
これが、これこそが、自分が破壊するべきものなのだと。
ぞくぞくと歓喜に背筋が震えて、自分が大声で笑いださないのが不思議なほどだった。
こんなふうに心が激しくざわめいてさえ、微動だにしない銃を持つ手を他人事のように誇らしく思う。
ようやく、両親を殺したのと同じ上級悪魔と呼ぶべきものをこの手で破壊することができるのだと思えば、息苦しいほどの重い熱が腹の底から込み上げる。
中級以下の悪魔など、いくら潰したところで意味がなかった。祓魔師が簡単に支配下に置けるようなものなど、いくら破壊したところで虚しさを覚えるだけ。
ずっと、あの日からずっと身の裡で燻っていた殺意を、憎しみを、ようやく解放できるのだと思った。
――それなのに。
「……ああ、そうだ。『ライ』が今回の目標だった。……いや、それは大丈夫だ。遙さんがさっき血の契約をして……ああ、詳しいことはあとで報告する。つうか、オレも正直まだ混乱してんだ。おまえは? まだ三条家にいんの? ――そっか。ああ、頼む。……ん、あとでな」
どこか疲れたような声で、先ほど携帯電端末にかかってきた通話を受けていた少年祓魔師が、ため息とともに話を切り上げる。
彼は、頭痛を散らすように額を揉んだ。
飲み物を買うと言ってこの小さな公園を離れた遙とライは、まだ戻っていない。
「……アレックス」
「ハイ」
おそらく自分と同じように、渦巻く疑問のどこから手をつけたらいいのかわからなくなっているのだろう。少年は、何度か迷うようにしたあと、歯切れ悪く口を開いた。
「悪魔が……自ら“名”を書き換えるなんて、オレは今まで聞いたことがありません。『ダンテ』の記録には――」
「ありまセン」
アレックスの即答に、少年はくっと唇を噛む。
当然だ。悪魔の“名”を書き換えることができるのは、世に祓魔師だけ。
ならば、その能力を持つ悪魔を一体なんと呼べばいい。
祓魔の能力を持つ悪魔など、笑い話にもなりはしない。
「ワタシは……」
なぜ、そのとき自分がそんなことを言ってしまったのか、あとになってもよくわからなかった。
やはり、少なからず混乱していたのかもしれない。
「ワタシの両親は、十二年前――上級悪魔『エスターテ』掃討戦に参加して、死にましタ」
琥珀色の瞳が、驚きを示してわずかに瞠られる。
その驚きはすぐに伏せた睫毛に隠されて、彼が知っているのだとわかった。
あれが、どれだけ愚かな命令によって実行された戦いだったのか。
もちろん、彼はすべてを知っているわけではないのだろう。
アレックスとて、今まで『ダンテ』の中で少しずつ集めた情報を組み立て、およそ真実に近い部分まで把握しているとは思う。
だが、当時何があったのかを本当に知っている者はみな、死んでしまった。
ひとつだけ、確かなこと。
実際に両親やその仲間たち、なんの罪もない人々の命を奪ったのは、確かに『エスターテ』だった。……けれど、彼らをそんな死地に追いやったのは紛れもなく、上級悪魔を破壊するのではなく、服従せしめよという、あまりにも無謀な命令を出した者たちだ。
くっと、おかしくもないのに喉が鳴る。
「『神など、この世のどこにもいはしない』。――祓魔師が修練をはじめる際に、真っ先に師から教わることデスが。ワタシは、両親が死んだときに、そのことを知りましタ」
カトリックの総本山たるヴァチカン。彼らが擁する世界最高峰の祓魔師集団、『ダンテ』。
これほどに利害関係のみで繋がっている組織も、ほかにないだろう。
祓魔師は――祓魔師となることを選んだ者は、みな知っている。
悪魔が、人間の欲望から生まれたものであることを。
神が、悪魔の襲撃から人間を救うことなどないということを。
だからこそ悪魔が人間を食らい続け、だからこそ――自分たちが、悪魔と戦わなければならないのだということを。
自分たちのような悲しみや憎しみを持つ者を、これ以上増やしたくはないから。
……神を信じて、神に祈りを捧げて、人々が得られるものというのも、確かにあるのだろう。
それは例えば、心の平穏。コミュニティの調和。そして、秩序。
けれど『神の名のもとに』という大義の元で、今までどれだけの人間が命を奪われてきたことか。
楽だから。
自らを正義だと信じて、責任は『神』にすべて転嫁して、ほかの価値観があることになど気づかず、自らの正義以外のすべてを否定することは、とても楽なことだから。
人を幸福にするために生まれたはずの神が、どうしてこんなにも多くの不幸を生み出してしまうのか。なぜ人は、それでもなお、神を求めて続けてしまうのか。
神などいないと、本当にいやというほど思い知らされてしまった自分たちは、一体何に縋って生きればいいのだろう。
「ワタシは……無条件に憎める相手が、欲しかった。ヴァチカンは、我らのスポンサー。祓魔師として一人前になった頃には、せいぜい自分の力を高値で売りつけるくらいのことしかできないのだト、すでに理解していましたカラ」
――楽、だから。
何も考えずに、余計なしがらみも何もなく、ただ憎むことができる相手がいるのはとても楽なことだった。
だからこそヴァチカンは『ダンテ』に対し、上級悪魔を最優先抹消対象とすべしとの指示を出したのかもしれない。
彼らへの反感を、すべて『悪魔』という明確な『敵』に向けさせるために。
それでも、悪魔と戦わない道を選ぶなんて、できるはずもなかった。……どうしても。
「ダイチ」
「……はい」
「アナタは、大切な人間を、悪魔に殺されたことがありますカ」
それは、答えのわかりきっている問いだった。
この真っ直ぐな目をした少年は、『ライ』が悪魔だとわかってなお、庇った。
『ダンテ』の祓魔師ならば、誰ひとりとしてそんなことはできないだろう。
自分たちの中に、家族を、仲間を、愛する者を悪魔に奪われたことがないものなどいないのだから。
案の定、短く否と応じたきり言葉を詰まらせた少年に、アレックスはゆるりと視線を向けた。
「ライは、破壊すべきデス」
くっと、少年の視線が険しくなる。
「少なくとも、我らは――いえ、ワタシはそう判断しマス。悪魔と呼ばれるものが、あのように自らの意思で人間と馴れ合うことがあるのだと知れれば、祓魔師の中には迷うものも出るでショウ。……祓魔師が悪魔を前に迷うのは、死ぬということデス。そのようなことになる前に、破壊しておくべきダ」
今自分が、ライを憎んでいるのかは、わからない。
それでもただひとつだけ、確かなことがある。
ライの存在は、許されない。
人間を愛おしむ悪魔。
そんなものが存在するなど、絶対に知られてはならないのだから。
束の間目を伏せた少年は、真っ直ぐな眼差しでアレックスを見上げ、口を開いた。
「――悪魔は、泣きません」
そんなことは、わかっている。
悪魔に本来、そんな機能は必要ない。
「あなた方も、言ったはずだ。ライは、悪魔ではないと。自らの意思で、人間を助ける悪魔などいない、と」
少年の声に、迷いがないわけではなかった。
何かを確かめるように、ゆっくりと一言一言区切るようにして言葉を紡いでいく。
「……確かに、ライの存在を公にするわけには、いきません。今はどうあれ、悪魔と呼ばれていたものが――人間を想って泣くことができるだなんて、人々に知られてはならないでしょう」
けど、と幼さの残る顔が、苦しげに歪む。
「オレは……ライを、殺したく、ない」
壊したくない、ではなく。
殺したくない、と声を震わせた少年は、ぐっと奥歯を噛んだ。
「ライは――あなた方が『インヴェルノ』と呼んだ上級悪魔は、遙さんとの契約で、二度と人間に害を為す存在ではなくなっていた。……それでは、いけませんか」
(ああ――そうか)
彼はすでに、ライと言葉を交わしてしまっている。
まだ柔らかな幼い心は、そんな相手を『殺す』など耐えられないのだろう。
アレックスは揺らぐ琥珀に視線を当てた。
「ワタシと、戦いますカ」
少年が、短く息を呑んだ。
「ライ一体と、多くの祓魔師の命を、天秤に掛けますカ」
「……アレックス」
「なんデス」
「それは、あなたが背負うべきものでは、ないのではありませんか」
少年の言葉の意味を取り損ねる。
見返した先で、その瞳には迷いも、不安すら滲んでいる。
なのにどうしてか、彼の言葉を聞き流すことができなかった。
「わかっているのでは、ありませんか。――あなたひとりでは、今のライには勝てない。ライの存在を広めたくないと言うなら、『ダンテ』のお仲間を呼ぶつもりもないのでしょう。もしその気があるなら、とっくにそうしていたはずだ」
少年の声に、不意に鋭く咎めるような色が混じる。
「――死ぬつもり、ですか」
睨みつけてくる瞳を、アレックスはただ受け止めた。
「『ダンテ』の禁術に、祓魔師自身の力をオーバーロードさせて、対象とともに自爆するものがあると聞きます。……確かにそれを使えば、あなたの望みは叶うのかもしれない。ですが――」
「ワタシは、そのために生きてきまシタ」
そのためだけに、ずっとひとりで生きてきた。今更、わかりきった説教など聞きたくもない。
「……アホですか」
呻くようにつぶやいた少年の右手が、ぐっと握り締められる。
その額にびっしりと汗が滲んでいるのを見て、彼はひどい傷を負っていたはずではなかったかと思い至る。
それを指摘する前に、少年の怒りにぎらついた瞳が真っ直ぐにこちらを射貫いた。
「オレの母親は……妹を産んだせいで、死んだ」
(……え?)
思わず目を瞠ったアレックスに、少年は吐き捨てるように続けた。
「元々、体の弱いひとだった。妹を産むことを諦めれば、もっと長く生きられるだろうと医者に言われていた。――それでも母親は、頑として産むと言い張った。授かった子どもの笑顔を、一目でも見られれば満足だ、と。母親を喪った父やオレが、どう思うかなんて考えもせずにな」
一瞬、少年の瞳に過ぎったのは、紛れもなく――
「母親が死んだとき、オレは妹を憎んだ」
自分がずっと抱いてきたのと、同じ感情。
「こいつさえ産まなければ、そんなことさえしなければ、母親は死なずにすんだのにと、殺してやりたいくらいに憎んだ」
大切な存在を奪った存在に対する、憎悪。
けど、と少年は目を伏せた。
「……笑うんだよ」
低く、掠れた声で。
「妹が、オレを見て、笑うんだ。……大嫌いなのに、憎んでるのに。こっちの気持ちなんてお構いなしに、嬉しそうに、笑うから」
憎めなくなった、と。
「憎んでるのって、キツいんだよ。――憎んでいる間は、そんなことはわからなかったけど。憎むのをやめて……ようやく、わかった」
「ワタシ、は……」
「ライは、あんたの両親を殺した悪魔じゃない」
無意識に言いかけた何かを、少年が鋭く切り捨てる。
「ほかの祓魔師の命だって、あんたが命を捨てる理由になんか、ならない。自殺の理由に、他人を利用するな。あんたのは、生きてるのがキツいから、憎んでんのがキツいから、そこから逃げたがってるだけだ。……逃げるんだったら、もっとマシな逃げ方をしろ、馬鹿野郎」
――自分が愚かなことなど、誰に言われずともとうに知っている。
アレックスはまじまじと、睨みつけてくる少年の顔を見た。
「肋骨を二カ所骨折でしたカ。そんな怪我で、痛み止めも施さずにひとに説教をしているアナタも、相当な愚か者だと思いますガ」
「うっせーよっ」
ぎゃあと喚いた少年がポケットから符を取り出し、早口に呪を紡ぐ。
どうやら痛みは遮断できたらしく、顔色が少しよくなった。
その様子を横目に見ながら、アレックスはずっと手にしたままだった武器をホルターに戻した。
「そうデスね。今、ライを破壊しようとしても、アナタに邪魔をされてしまいそうダ」
少年が、むっと眉を寄せる。
「ダイチ」
「……なんだよ」
「ワタシにとって、憎む相手がいるのは、楽なことなのデス。――そうしていれば、余計なことを考えずに済みますカラ」
訝しげな顔をする少年には、きっとわからない。誰かを、何かを憎んでいることは、自分自身を憎むことよりもずっと楽なのだ、なんてことは。
……そんなことは、どこまでも真っ直ぐに生きてきたのだろう彼が知らなくてもいいことだから、言わないけれど。
十二年前に、両親が『エスターテ』掃討戦に参加した理由。
それは当時、ほかに類を見ないほど強力な“治癒”という異能を顕現させていたアレックスを、無謀な作戦に投入させないためだったのだろうと思う。
その異能は、アレックスが母方の血から受け継いだものだった。
かつては魔女狩りの対象とされたともいう異能は、多少の傷ならば軽く手で触れるだけで跡形もなく消してしまう。
命に関わるような重傷でさえ、意識を集中してそのように願えば叶ってしまう。
だが、周囲から“聖女”と呼ばれていた母よりも遙かに強くその力を持って生まれたとはいえ、子どもの不安定な力など、ほんの少しの恐怖や怯えといった感情を覚えればあっという間に使いものにならなくなる。
そんなことすら知らないヴァチカンの誰かが、強力な“治癒”の異能を持っているというだけで、七つの子どもを上級悪魔との戦闘に投入するよう要請してきたのだと――辛うじて処分を免れていた記録に見つけた。
……置いていかないで欲しかった。
帰ることができないとわかっていたのなら、いっそ、一緒に連れて行って欲しかった。
そうすれば、両親が自分のせいで死んでしまったことを知って、これほど自分を憎むこともなかっただろうに。
「……アレックス」
「ハイ」
「あんたさ。『ダンテ』、辞めたら?」
「……ハイ?」
振り返った先で、琥珀の瞳がひどく不機嫌そうに細められていた。
「あんた、いろいろ歪みすぎ。……つうか、十二年前の関係者が、なんでヴァチカンのために働いてんだよ。意味わかんねえ」
「ヴァチカンの創った『ダンテ』以上に、悪魔の情報が集まる組織があるとデモ?」
「それだけか?」
意味がわからず首を捻ると、少年は一層不機嫌そうに声を低める。
「あんたが『ダンテ』にいるのって、ヴァチカンの情報だけが理由なのか?」
「ほかに、何があるというのデス?」
問い返すと、少年がわざとらしくため息をついた。
「……あんた、友達、いねーだろ」
「トモダチ?」
「ウナミーコっ」
単語の意味がわからなかったわけではないのだが、なぜ少年はそんな据わった目をしているのだろうか。
「トモダチがいなくても、今までに困ったことはありませんガ」
ともに戦う相手など、常に変わる。
むしろ、悪魔との戦いの中でいつ喪われるかわからない相手になど、下手に情など持たない方がよほどに楽だ。
少年は、アレックスの答えの何が気に入らなかったのか、その瞳にますます剣呑な光を浮かべた。
「そうだな、あんたにマトモなトモダチのひとりでもいりゃあ、そこまで芸術的に歪みまくっているわけがねーもんな」
「なんだか、ものすごく失礼なことを言われている気がするのですガ」
「客観的かつ冷静に正しく現実を指摘しているだけだ、気にするな」
違った。失礼というより、とっても偉そうである。
「そりゃああんたがどんだけ歪んで人生を棒に振ろうが、オレの知ったことじゃねーんだが。うちのモットーは、『何があってもしぶとく生き残ること』なんだ。とゆーわけで、自殺願望丸出しでふらふらしているあんたを見ていると、ひじょーにムカつく」
「……ムカつく?」
今度は本当に単語の意味がわからなかったのだが、それはあっさりと流されてしまった。
覚えておけよ、と少年が睨みつけてくる。
「オレは、ライを殺さないし、殺させない」
「そうですカ」
「それに。――あんたにも、死んで欲しくない」
アレックスは首を傾げた。
「なぜ?」
「……オレは今、もの・すご・く! こっ恥ずかしいセリフを言った上に、完全スルーよりもダメージのでかい、真顔で理由を訊かれるという羞恥プレイの中に叩き込まれて悶絶したいとこなんだが、とりあえず最後まで言っておくぞ」
早口すぎてよく聞き取れないなと思っていると、ふいと目を逸らした少年は、一度ため息をついてからゆっくりと口を開く。
「理由なんて、ねぇよ。オレは、知った顔が死ぬのは、いやだ。それだけだ」
それだけ。
たったそれだけの理由で、この少年は他人の命を惜しむのか。
だから、と琥珀の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「あんたさ。『ダンテ』辞めて、うちに来ないか」
「……は?」
いきなり何を、と目を丸くしたアレックスに、少年は考えるようにしながら続けた。
「うちで使ってる祓魔の法って、ドイツから輸入したモンなんだけど、なんか効率悪い気ぃすんだよな。対悪魔武器の製造法なんかも込みで、いろいろと教えてくれると助かる」
「何を、言って……。ワタシは」
「あんたの仇の悪魔は、もういない」
ひどく、静かな声だった。
まるで子どもに言い聞かせるような口調で、ゆっくりと告げられる。
「あんたが殺さなきゃならない悪魔は、もういない。――ただ、ヴァチカンや『ダンテ』以外にも、あんたを必要とする場所があるってことだけは、知っててくれ。オレたちは、いつでも歓迎する」
「……ハイ」
不思議な少年だと思う。
ひどく幼く純粋なままなのかと思えば、まるで十も年上のような顔をして、アレックスが聞いたことのない言葉ばかりを口にする。
楽しげに「よし」とうなずいた少年は、ふと不思議そうな顔をして見上げてきた。
「そういやあんたら、今回日本に来たメンツ全員、日本語マスターしてんだって?」
「エエ。我らだけではなく、『ダンテ』に所属している者はすべてですが。それが何カ?」
少年の目が丸くなる。
「は? なんでまた?」
「ヴァチカンからの要請デス」
へ、と間の抜けた声を零した少年に、アレックスの方が困惑する。
「アナタの主家であるサクラ家に、当代『ダンテ』の“聖女”となるべき少女が生まれタと、そのため、彼女をつつがなく迎えることができるよう、『ダンテ』の祓魔師は日本語を学んでおくヨウにと通達があったのは、随分前の話なのですガ」
少年の顔が、ひく、と引きつる。一体どうしたというのだろうか。
「ワタシは写真でしか見ていませんガ、とても可愛らしい方ですネ。アナタは、彼女とお会いしたことはありますカ?」
「あ……あはは……。ええまぁ、そりゃあありますけどね……」
ぶつぶつとヴァチカンこえぇ、コウには黙っておこうそうしよう、などとつぶやきながら、少年はなんだか虚ろな目をしてあらぬ方を見つめる。
不思議に思いつつ、アレックスはずっと気になっていた疑問を口にした。
「ダイチ。ワタシも、ひとつ訊きたいことがあったのですガ」
「あ……ああ?」
「あのハルカ・ミナシロの上に浮いている、甲殻類とヒトが合体したような不気味なモノは、なんなのですカ?」
先ほど遠目にあの不可解な物体を見つけ、もしや上級悪魔の手掛かりではと、口うるさいオブザーバーの黒崎日向がほかの祓魔師と話している隙にここまでやってきたのだ。
それにしても、見れば見るほど本当に謎である。
日本人の美意識というのは、千年という歳月の中で随分愉快な形に変わってしまったのだなと思っていると、少年がため息混じりに言う。
「……アレックス」
「ハイ?」
「……あんた絶対、ライと気が合うと思う」
(失礼な)
自分にはあんなふうに脳天気かつ嬉しそうに、他人に隷属するシュミなどない。




