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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
祓魔の章

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告解

「――坊」


 落ち着いた、柔らかな声だった。


「悪いんやけど。遙、家まで送ったってくれるか」


 ぎこちなく振り返った大地の瞳が、ひどく混乱している。

 遙に胸ぐらを締め上げられたままのライは、困った顔で小さく笑った。


「そないな顔せんでええて。――これからは、おまえらが遙ぁ守ってくれるんやろ?」

「お、まえ……?」


 大地の掠れた声に、ライは笑った。


「なんやったっけ? ……ああ、ほうか。これが年貢の納め時ーゆうやつやな」

(何――言って)


 そんな、平気な顔で。

 笑いながら。

 ライは残された右手で遙の手を掴み、やんわりと引き剥がした。


「ごめんなあ、遙。こない終わり方なんぞ気分悪いやろうけど。……堪忍な」

「ラ……イ?」


 手首を掴むその手は、少しひんやりとしている。

 それでも確かに、触れて――体温が、混じり合う、のに。


「ワイな。……ほんまにようさん、人間、殺してきたんや」

「……は?」

「気がついたら、殺してた。自分はそういうもんなんやて、思うてた。きれいな人間ばっか、ぐちゃぐちゃに汚して、殺してきた。――ほやから、いつ誰に殺されても文句は言えへんねや」


 嘘だ、と。

 そんなことは嘘だろうと怒鳴りつけてやりたいのに。

 ライの、金色の瞳が。


「ありがとうな」


 笑う。


「最後に、おまえに会えて、よかった。――もうちょい一緒におったかったけど……ここまでや」


 笑って。

 そんな、泣きそうな顔をしているくせに、笑って。

 指が、離れる。


「さいなら。遙」


 体温が、遠ざかる。

 視線が、解ける。

 そして。


「……っアホかああああああっ!!」

「ごふうっ」


 ぶっちりと自分がキレたことさえわからないほど、さまざまな感情が一気に臨界点を突破した遙は、ほとんど無意識にヤクザキックをライの背中にぶちこんでいた。

 景気よく蹴り飛ばされ、べっしゃりと地面に張りついたライの襟首を、再びむんずと掴んで引き上げる。

 ライが狼狽しきった顔でこちらを見た。


「は、遙……?」

「――いいか、ライ。その耳の穴かっぽじってよーく聞け」

「……ハイ」


 遙の据わりきった声に、ライがこくこくとうなずく。


「てめえを殺したいと思っていいのは、てめえが殺した人間の遺族だけだ。……人殺しなんてもんにはなぁ。勝手に死んで、楽になる権利なんてねぇんだよ」

「ほ……ほやな?」


 間抜けな答えに、ただでさえ熱くなっていた頭がますます沸騰する。


「ほやな、じゃねえ! そんなに死にてえんだったらなぁ! 今すぐてめえが殺した人間の遺族んとこ行って、『お願いします、殺してください』って土下座してこい馬鹿野郎!」

「そ、そんなん無理やて!」

「あぁん!?」


 完全にブチ切れモードの遙に、ライが情けなく眉を下げる。


「やって、ワイが殺したんて、みんな家族と縁切っとるようなモンばっかやったし……」

「……あ?」

「たまーに家族がおるやつもおったけど、最後に殺したんも、ええと……。よう覚えとらんけどたぶん、百五十年以上前のことやろうから、みんなもうとっくに死んどるやろうし……」


 弱りきった情けない顔でぼそぼそと言われて、遙の頭も少し冷えた。


「ほやから……遙。――ワイ、どないしたらええ……?」


 ライはまるで、迷子のような顔をして見上げてくる。


「……それはもう、どうしようもない部類の話なんじゃねえかと」


 少なくともこの日本では、殺人事件に時効はない。

 だが、ご遺族もすでにみなさんご冥福遊ばされているとなると、時効を援用しても誰も文句は言わないのではないだろうか。

 もしユーレイになる根性があるなら、とっくに殺された本人が復讐に現れていただろうし、そうでないとなると本当にどうしようもない。

 というより、むしろどうでもいい話になってしまっているのかもしれない。


 大体、こんな耳と尻尾をへにょりと下げた捨て犬のような物体が、本当に人殺しなどという大それた真似をできるものだろうか。

 いくら自己申告をされたといっても、遙には到底信じられない。


(え?)


 不意にじゃき、と鈍い金属音が響いて、はっと目を上げる。赤い髪の青年が、いつの間にかすぐ近くまで来ていた。

 だが、その銃口が向けられているのは、ライではない。


「――なんの真似デス」


 片手で黒い銃身を掴み、ぴたりと自分の額に向けさせている大地を、青年が不快げな顔で睨みつける。


「お聞きしたいことが、あります。……なぜ、この『ライ』が、あなた方の追ってきた上級悪魔だとわかったのです?」


 静かに口を開く大地の青ざめた額には、じわりと汗が滲んでいた。

 一瞬、銃口を自分に向けさせている恐怖からかと思ったが、その瞳の強さとのアンバランスさに先日見た彼の姿が重なり、心臓が冷える。


(あんないっぺんガチで死にかけた奴が、一日二日で復活できるわけねぇだろうが!)


 どうしてそんな無茶を、と歯がみした遙の前で、青年が淡々と続ける。


「ワタシも、ソレがこうして実体化するまでは、半信半疑だったのデスが。これほどまでの高密度で構成された異形が、上級悪魔以外に存在スルとでも?」

「……確証もなく、保護すべき一般人の目の前でこのようなことをするのが、『ダンテ』の流儀ですか」


 押し殺した大地の声に、青年はまったく頓着する様子もなく応じた。


「仕方がないのデス。ほかに、確かめる方法などないのですカラ。上級悪魔は、自由自在に姿を変えるといいマスが、これほどの圧力を持つ以上、間違いようがありまセン。――しかしまさか、ハルカ・ミナシロに取り憑くことで、気配を完全に消していたとは」


 冷たい緑の瞳が、すいとこちらを向く。


「どきなサイ。それはこの世に存在してはならナイもの。人に災厄しかもたらさないものデス。いくら耳に心地よいことを言ったとしても、それはすべて人間を惑わすための偽りにすぎまセン。アナタとの契約で弱体化している今のうちに、破壊してしまわなければ」

「弱体化……?」


 思わずつぶやくと、青年が不思議そうに目を瞠る。


「アナタが『インヴェルノ』に、戦闘形態への移行を禁じているのデショウ? でなければ先ほどのワタシの攻撃で、ソレが反撃をしてこないわけがナイ」

「……は?」

「上級悪魔ほど、『自己保存』に貪欲な異形はおりまセン。彼らは自分への攻撃を認識した瞬間、本能的に自己防衛のため戦闘形態に移行しマス。――アナタが『インヴェルノ』とどんな契約をシタのか、あとでぜひ聞かせていただきタイ。今まで、そのようなことに成功した契約者はおりませんカラ」


 こいつは――何を、言っているのか。

 契約なんて、ライとそんなものをした覚えなんてない。

 それまで黙っていたライが、はじめて青年の言葉に反応した。


「……おまえ。遙に手ぇ出す言うんか?」

「話を聞くだけだ。ワタシがおまえの契約者に、危害は加えることはナイ」


 挑発するような口調だったが、ライはすぐに相手への興味をなくしたようだ。遙に向けてにこりと笑う。


「安心しー。遙の前で、人間は殺さん」

「……なんで」


 当然のように、ライは言った。


「やっておまえ、人間が好きやろ?」


 その言葉に、くっと息を呑む。


「ワイは、おまえ以外の人間なんぞどうでもええ。けどおまえ、人間が生きとるのが好きやろ。ほやから、誰かの役に立てるよに、一所懸命勉強しとるんやろ?」


(……どうして)


 どうして、当たり前のような顔をして、コイツはそんなことを言うんだろう。

 いつもいつも、脳天気な顔をして、ひとの邪魔ばかりして、いつだって鬱陶しくへらへらと笑っていたくせに。

 そんなに親しくなったつもりなんてない。出会ってからの時間だってまだまだ短い。

 なのになんで――コイツはこんなに、自分のことを理解しているんだろう。


「耳を貸してはいけまセン。ハルカ・ミナシロ。悪魔は人の心に入り込む術を熟知していマス。本人さえ気づかないほどの、心の奥底に眠る欲望を覗いて暴き、人が望む形で示し、徐々に歪め、最後には破滅へと導くのデス」


(欲望……?)


 そんなもの、あるに決まっている。欲のない人間なんているわけがない。

 けれど、それは――


「……おい、赤毛の兄ちゃん」

「アレックスと呼んでくだサイ」

「悪いな。おれは気にくわないヤローの名前は、覚えねえタチなんだ」


 喧嘩腰の言葉に、緑の瞳がわずかに細まる。その瞳を真っ直ぐに見据える。


「おまえ。なんで、ライを殺そうとする?」

「それが我らの務めデス」


 わかりきったことを告げる口調に、苛立つ。


「んなことは聞いてねえ。……ライが、おまえに殺されるようなことを、なんかしたのかって聞いてんだ」

「それは、悪魔デス。言ったはずデス、災厄をもたらすものだト。わかりませんカ? それは、存在していてはならナイもの。我らが破壊すべきものなのデス」


 は、と思わず笑いが零れた。


「――ねぇのか。……ど阿呆が」


 今日だけでもう何度目になるのか。

 いつの間にか離していたライの襟首を、再びぎりぎりと掴んで締め上げる。


「アホだアホだとは思っていたが……。こんな、てめえとはなんの関係もねぇ思考停止野郎に、殺されてやるつもりだったのか」

「は……遙?」

「それで全部、終わりにするつもりだったのか。――そんな、顔して?」


 ライの瞳に、困惑が滲む。

 見ていると吸い込まれそうで、けれどどこかでそれを完全に拒絶している、きれいな瞳。

 はじめて見たときには、太陽みたいだなと思った。

 その瞳の奥に潜む昏い諦念に……ようやく、気づく。


「……ふざけんな」


 声が、震えた。本当に、自分でもわけがわからないほど腹が立った。頭が煮える。

 こんなふうに、自分の目の前で、勝手に全部を終わらせようとしているライに。

 なんの権利もないくせに、ライを『破壊』するという赤毛の青年に。


 だって、ライは、生きている。

 生きて、いるのに。

 その目が、生きたいと言っているのに。


「死ぬな」


 許さない。

 そんなことは。


「生きろ」


 ライが瞬く。

 ひどく、驚いたような顔をして。


「生きて、苦しめ」


 自分の名前の形にライの唇が動いたけれど、その声は切れ切れの吐息に滲んで消えた。

 黄金の瞳が、苦しげに歪む。

 まるで、赦しを請うような――縋るような眼差しに、心のどこかが鈍く軋んだ。


(そんな顔、してんじゃねえ……!)


 怒鳴りつけようとしたとき、ライの震える唇が、開いた。


「……いつまで?」


 低く、掠れた声だった。

 睨みつける。真っ直ぐに。視線が、ぶつかる。

 何が正しいのか、間違っているのかなんて知らない。

 誰かを許すだとか許さないだとか、そんなことを語れるほど、自分は大層な人間じゃない。


(――ただ、おれは)


 ライが死ぬところなど、見たくない。

 だから。


「おれが、死ぬまで」


 重すぎる罪を背負いながらでも、悔やんで苦しみながらでも。

 それをひとりで抱えるのが辛いと言うなら、自分が生きている間くらいつきあってやる。

 助けられた借りを、そのままにしていくな。きっちり返させろ、気色悪い。


(……生きているのが、いいんだ)


 この、突然目の前に現れた、アホでどうしようもなくて鬱陶しい、『悪魔』とやらが。

 どうしても。

 生きていて欲しいと思ってしまう。消えて欲しくないと願ってしまう。

 自分が望むのはそれだけだ。

『悪魔』だなんてふざけたものだというなら、それくらい叶えてみせろ。


「……遙」


 ライが、ぽつりとつぶやく。


「なんだ」

「ワイ……おまえんこと、守っても、ええ?」


 妙に平坦な声に、遙は苛立って眉を寄せる。


「勝手にしろ」

「……おまえが、死ぬまで?」

「勝手にしろっつっただろうが」


 何度も同じことを言わせるな、と睨みつける。

 ライが震えた吐息を零す。

 瞬きすらせずに遙を見つめていたライの瞳から、なんの前触れもなく突然滑り落ちてきたもの。

 それが頬から顎を伝って落ち、ぼたぼたと遙の手を濡らした。


 ――涙。


「……なんやぁ、これ」

「アホか。いい年をして、何泣いてやがる」


 自己申告が確かなら、ライは少なくとも二百年は生きているはずではないのか。

 なのにこの精神年齢の低さはどういうことだ。まったくもって、時間というものを無駄にしまくっていたとしか思えない。

 心底不思議そうに瞬きしたライは、まるでそれがはじめて聞いた言葉であるかのように、「泣く?」とつぶやいた。


「ワイ……泣いとんの?」

「目玉からそうやって無駄に水分を垂れ流すことを、普通は泣くと言うと思うんだが」


 あきれ返って言ってやると、一層不思議そうに首を傾げる。


「やってワイ、そないなふうにできとらんし。……けどまぁ、なんやようわからんけど、おまえの気ぃが変わらんうちにとっとと済まそか」

「あ?」

「安心しー。このナリのまんまやったらいややろうし、ちょお『変わる』さかい」


 なんのこっちゃ、と瞬いた遙は、あんぐりと目を瞠った。


(……はい?)


 目の前にいるのは、黄金の女神。

 地面まで流れ落ちる長い髪は、まるで太陽の光をそのまま縒り合わせたように眩く輝く。

 白く小さな顔は、どんな名工も造り上げることなど叶わないと思わせるほどの精巧さと繊細さで、完璧な美しさを体現している。

 人外の美というものがあるなら、まさにこれがそうだろう。

 豪奢な黄金の流れをまとっただけの白い体さえ、血の通った極上の芸術品のようで、ただ美しいとしか思わない。


 そうして、黄金の瞳をわずかに伏せた女神がそっと顔を寄せてきても、遙は魅入られたかのように動くことができなかった。

 頬に、細く柔らかな指先が触れる。

 そして。


(う、わ)


 唇が、重なった。

 あまりに柔らかな接触に眩暈を覚えたとき、ちり、とかすかな痛みを感じる。

 噛みつかれた、と理解したのは、じんわりと血の味が口の中に広がってからのこと。

 傷を癒すようにそっと唇を舐められ、はじめての感触に思わずぐっと目を閉じる。


「――遙。ワイの名前はおまえのもんや。おまえが死ぬまで、ワイも生きる。何があっても、必ずそばにおって守ったる」


 そうしておそるおそる目を開けたとき、やはり目の前にいたのはライだった。


「え……?」


 白昼夢でも見たのだろうか、と思ったけれど、口の中にはまだ血の味が残っている。


「えぇえええと?」

「えーて。やっておまえ、男色の気ぇないやろ?」

「はい?」


 混乱した遙に、ライはけろりと続けた。


「ほやから、男のワイに口吸われんのいややろなー思うて、女のカッコしたったん」


 遙は固まった。ぎこちなく首を傾げて、どうにか口を開く。


「……はい?」

「おまえの血ぃももろたし、これでバッチリ契約成立や! おまえの言うことやったらなんでも叶えたるからな!」


 何やらライは、満面の笑みを浮かべているが――


(お……っおれの、ファーストキス……っ)


 遙は決して、そんなものに乙女ちっくな夢を持っていたわけではない。

 だが、接触時はどうあれ、今現在どこからどう見ても百パーセント男性体のライに奪われたのかと思うと、さすがに少し落ち込ませていただきたかった。


「……つうか、腕戻ってるし!?」


 いつの間に、と目を剥いた遙に、ライはあっさりとうなずく。


「やって、両腕ないと不便やし」

「自力でひっつけられるんかい!」

「あ、今どこの蜥蜴やー思うたやろ」


 楽しげに笑うライに、遙はすかさずびしっとツッコんだ。


「アホか! 蜥蜴は尻尾は再生しても、腕はもげたらそのままだ! それを言うならウーパールーパー! アレはどこの組織がもげても再生するっ! 大体、蜥蜴の尻尾は別にひっつくわけじゃねえ!」


 ライは目を丸くした。


「ほ、ほうなんか……。ウーパールーパーって、すごいんやな……って、ウーパールーパーってなんやー?」

「メキシコサラマンダーのことだっ! ただ今再生医療分野で絶賛活躍中の実験動物! そんなことも知らんのか、この若作り!」

「若作りー言われても、ワイ、これが基本形やし……」


 ズレまくったことを喚いていた遙の耳に、ぽつりと掠れた声が届く。


「あり得ナイ……」


 振り返ると、こちらを凝視している赤毛の青年――アレックスが、口元を細かくわななかせていた。


「上級悪魔が……自ら人間と『隷属』の契約を交わすなんテ」

「は?」


 なんだそれは。

 思いきりクエスチョンマークを浮かべていると、アレックスの銃から手を離した大地が、そのままだらりと落ちた銃を見ながら口を開く。


「――遙さん」

「あ、ああ?」

「どんな異形であれ、契約者の血を受けて最初に口にした言葉は、その異形を絶対的に縛ります。そして、先ほどのライのように――ほぼ無条件に契約者に従うと約することを、特に『隷属』というんです」

「……隷属?」


 繰り返した遙の隣で、ライが偉そうにふんぞり返った。


「ええやんかー、遙が勝手にせぇ言うたんやから! なんや文句あるんかいっ!」


 いや、そういう問題ではないと思う。


(隷属て。なんですかその危険な響き)


 自分には、こんな愉快なモノを奴隷にするようなシュミはない。

 思わず半目になった遙だったが、つい出来心で、ライの目の前に手のひらを上にして差し出してしまった。


「ライ」

「なんやー?」

「お手」

「わん」


 たし、と軽く握ったライの拳が、遙の手のひらに載る。


(――犬がいる。ばかでかい金色の犬が、ここにいますよ)


 ライが不思議そうに首を傾げる。


「遙ー? これ、なんぞ楽しいか?」


 全然、楽しくない。むしろなかったことにしたい。

 再び固まった遙に、大地がおそるおそる声をかけてきた。


「……あ、あの、遙さん? すいません、説明が足りなかったみたいで! 無条件というのはつまり、ライがあなたに自分の名を与えたということでですね? 遙さんが名前を呼んでから命じたことには、それが契約に反したものでない限り、ライは絶対的に従うということで」

「……ほほう」

「だからその、えぇと……『あなたが死ぬまで、そばで守る』ですよね、ライが言ったのは――って、うおい!? おまえ、『ライ』って本当におまえの名前だったのか!?」


 声をひっくり返した大地に、ライがのほほんと応じる。


「ほやでー?」

「な、なんちゅーシンプルな……っ」


 それきり大地は絶句し、アレックスなど緑の目玉が転がり落ちそうな顔をしている。

 たかが名前ひとつのことで、どうして彼らがそれほど驚くのか、遙にはさっぱりわからない。


「つうか、ライ? おまえその名前、自称だとか言ってなかったか?」

「ほやけど。遙が本当の名前やー言うてくれたし。遙が呼ぶんがワイの名前やし、もうええねん」


 ライは嬉しそうに笑って言った。……なんだか、背筋がむず痒い。

 だが、次の瞬間――


「……自称おおおおおーっっ!?」


 今度は、つい先ほどまで険悪そのものの雰囲気だった大地とアレックスが、見事な息の合いようで絶叫した。元気だ。


「なんやぁ? こいつらホンマは、仲ええんとちゃう?」


 ライはすっかりいつも通りに、へらへらと楽しげに笑っている。

 遙も同じことを思ったが、彼らもコイツにだけは言われたくなかったのではないだろうか。

 はっと我に返ったような顔を互いに見合わせるなり、気まずそうに視線を逸らしたふたりは、まるで世界が崩壊したかのように青ざめた顔を強張らせている。


(なんだか、大好きなグラビアアイドルの年齢詐称が発覚したときの健介みたいだな)


 その様子が若干気にならなかったわけではないが、遙は少々喉が渇いたので、自販機に飲み物を買いにいくことにした。


「大地くん。赤毛のにーちゃん。なんだか気の毒だから奢ってやろう。ふたりとも、ミネラルウォーターでいいか?」


 ふたりはこっくりとうなずく。


「……ハイ」

「おお、また息ぴったしやな!」


 そのとき、大地とアレックスは同時に心の中で、「こういうのを、似たもの主従というんだろうか」と思っていた。

 だが、当の遙は方向性と角度こそ違えど、自分がライと同じくはた迷惑なほどマイペースなイキモノであることに、いまだに気づいてはいなかったのだった。

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