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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
祓魔の章

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式神のフォルムは、術者のシュミ次第です

 その日の朝、大地の目的である不思議な金色の異形、ライがひっついているであろう遙の居場所は、彼の安全確保用の式神を作成した家人たちに聞けばすぐにわかった。

 彼は現在、のんびりと京都の街並みを散策中らしい。

 遙の自宅に突撃することにならず、大地はほっとした。

 手早く支度を整え、そのまま出発しようとしたところで、ふと足を止める。


(痛み止めの符……一応、持っとくか)


 内服薬で傷の痛みを弱めてはいるものの、体の感覚が鈍るのがいやで最低限しか飲んでいない。

 だが万が一、また何者かと戦闘になったときには、集中力を妨げるこの痛みは命取りになる。

 備えあれば憂いなし。

 ジャケットのポケットに数枚の符を突っ込む。


 そして大地は、「ご覧になれば、すぐにわかりますよ!」という自信満々の言葉に、彼らが作り上げた式神がどんな姿をしているのかを聞かず、屋敷を出た――のだが。


(えぇー……。どんだけ凝り性?)


 確かに、一目でそれが件の式神だとわかった。

 束の間、ここは笑うところだろうかと呆ける。


『皆城遙にくっついて回るだけの単純構造、ただし破壊されたら即、京都中の術者に向けて警報を発します』というその式神は、彼のプライバシーを考慮して監視機能すらないらしい。

 だが、遙になんらかの悪意を持って接触をしようと目論む者がいたとしても、この式神を目にしたら、そんな気など即座に失せることだろう。

 ……本当に、気が抜けることこの上ない。


(内部構造をシンプルにした分、外観設定に情熱を注ぎまくったのか? ……いや、単なるシュミだな。うん)


 現在遙の直上数十メートル地点に浮いているその式神は、おそらくこの国の三十代でその名を一度も聞いたことがない者はいないと思われる、某人型ロボットのフォルムを忠実に再現していた。

 しかも、この距離でもそのディテールが見て取れるほどの巨体である。

 昔、どこぞに実物大のコレが現れたというニュースが流れたことがあったが、そこを訪れたロボットファンのみなさんがこの光景を目にしたなら、一体どんな反応をするのだろうか。


「敢えて目立つ式神をどーんと見せつけることで、敵のやる気を削ぐのが目的です!」と、遙の護衛を任された術者たちが実に誇らしげに胸を張っていたことを思い出し、大地は小さくため息をついた。

 たまたま今回チームを組んだのが、揃って三十代半ばの者たちだったのがいけなかったのだろうか。あの世代の人間は、このテのモノに異様な情熱を抱く連中が多くて、少し怖い。

 今後は、日替わりでシリーズをコンプリートする予定だそうだが――楽しんで仕事ができるというのは、結構なことである。


 式神のあまりのインパクトに、思わずまじまじとソレが空中でびしっとポーズを決めている様を見つめてしまう。

 そのとき大地は、さてどうやって声をかけたものかと思っていた相手が先にこちらに気づく可能性を、きれいサッパリ忘れていた。

 突然、素っ頓狂な大声が耳に届く。


「あああーっっ、坊! ようやっと来よったな!? なんやあのけったいなモンは!? 遙に訊いてもアイツには見えへん言うし、どないか説明しよ思てもあないぬぼーと気色悪いモンさいさい見たないし、こん国のバケモンかいな!? なぁしておまえと似たよな術使うやつが、あないなモン遙につけてきよるねんー!」


 ……残念ながら異国生まれのライにとっては、術者の遊び心は単なるいやがらせにしかならなかったようだ。

 こちらの姿を確認するなりすっ飛んできたらしい金色の異形は、掴みかからんばかりの勢いで喚いた。

 だが街中、つまり一般の方々がわんさといる中で彼の相手をした場合、下手をすればお脳の病院に通じる救急車を呼ばれてしまう。

 ライの訴えにはあとで答えることにして、大地は困惑しきりの顔をしている遙におはようございます、と声をかけた。


「先日はどうも。お加減はいかがですか?」

「あ……いや、大丈夫だ。あのときは、うちの居候が大変な迷惑をかけたようで申し訳ない」

「居候?」


 首を傾げると、遙はげんなりと息を吐いた。


「……さっきから、きみの後ろでやかましく騒いでいるソレのことだ」


 この『わけがわからない』のカタマリのようなライを、単なる居候扱いとは――大地は己の感覚が、一般人である遙と大いに隔たっていることに改めて気づいて、地味に落ち込んだ。

 そんな大地の背後で、再びライがぎゃあと喚く。


「遙! ほやからさっきから言うとるやろ!? 虫みたいな触角と顔をしとって、手足は二本ずつやからイキモノみたいにも見えるんやけど、なんや白くてぺかぺかした気味の悪いモンが上におるんやて!」

「……なんだかすいません」


 術者たちには気の毒だが、明日からは外観設定をもっと平和的なものに変更させよう。

 ちなみに大地のオススメは、ふくふくほっぺがキュートな白ナスである。

 その際には、ぜひ妹の瑞樹にも見せてやりたいものだ。

 彼女は小さな頃から、あのシリーズが大好物なのである。


 それから今更ながら遙と自己紹介を交わした大地は、心底いやそうな顔をして上空を睨んでいるライをちらりと見た。


(動物のなれの果て、ねえ?)


『ダンテ』の祓魔師の推測のうち、『神の使いのライオン』説は、断固として聞かなかったことにした大地である。

 見た目だけなら(その口さえ開かなければ)確かにそんなふうに見えないこともないが、こんな落ち着きも威厳も皆無の神の使いはいやだ。主に、自分の気分的に。


 とはいえ――いくら時を重ねたとしても、かつて動物だったものがここまで人間くさくなるものだろうか。

 本当に見れば見るほどわからんな、と思っていると、よほど式神の姿がお気に召さなかったらしい。ライがむっとした顔でこちらを睨んだ。


「ほやから、坊。あれはなんやねんて訊いとるやろ?」

「ちょっと待て。答えてやるから、その前に移動させてくれ。オレはこんな往来で、他人様から痛い目で見られて喜ぶシュミはないんだ」


 あくまでも遙の方を見ながら告げる大地に、遙も黙ってうなずいた。


「なんやねんな、もう」


 ライは何やらぶつぶつ言っているが、ヒトには断じて譲れない一線というものがあるのだ。彼らとともに、小さな公園に移動する。

 遙は公園のあちこちに植えられている紅葉の鮮やかな美しさに目を奪われたのか、しばしそれらを眺めていた。

 だが、やはりこちらの話も気になるらしい。手近なベンチに腰を下ろす。

 大地は周囲に人がいないことを確認すると、改めてライに向き直った。


「――あれはな。あー……お守りみたいなもんだ」

「あないけったいなお守りが、どこにあんねん」


 顔をしかめたライが、実にまっとうなツッコミをする。

 大地は素直に謝罪した。


「すまん、その点については反論のしようもない。明日にはもうちょいまともな形にさせるから、今日一日勘弁してくれないか?」


 ライが一層不機嫌そうな顔になった。そんなに我慢できないほど、あの式神のフォルムが気に入らないのだろうか。

 少し不思議に思っていると、ライは眉間に深く皺を刻んだ。


「そやないわ! こうしてワイがおんのに、なしておまえらぁまで遙にお守りなんぞつけんねんっ」

「あ、そっち?」


 どうやら、ライが本日やけにご機嫌斜めだったのは、自分が遙のそばにあるにもかかわらず、外部の人間が勝手に彼の守りとなるものを寄越したのが気にくわなかったかららしい。

 そのむっつりとした顔は、自分の領域を侵害された番犬のようにも見える。

 どうやらこのやたらと派手な金色の異形は、想像以上にマスター大事であるようだ。


 確かにこれだけの力を持つライがそばにいるなら、佐倉や三条の護衛など遙には必要ないのかもしれない。

 だが、ここまであからさまに「やれるもんならやってみい。京都中の術者を相手にする覚悟、あるんやろうな、ああん?」という主張丸出しの式神がついていれば、まず遙の身が危険に晒されることはないだろう。

 めんどうごとなど、起こらないなら最初から起こらない方がいいに決まっている。

 申し訳ないが、ここはライに妥協してもらうしかあるまい。


「――また、この間みたいなことがあったら困るだろうが。おまえ単独でどうにもならないと思ったら、あれを破壊しろ。すぐにオレの仲間が駆けつける」


 ライが少し考える顔になる。


「……あれを壊さん限り、余計なモンはけぇへんのやな?」

「ああ。そもそもアレは、威嚇用の張り子だしな」


 ようやく納得したのか、ならええわ、とうなずいたライの顔から険が消えた。

 しかし今度は、律儀に手を上げた遙が困ったような顔をして口を開く。


「あー、と。もしかしておれは、何か大地くんに迷惑をかけているんだろうか?」

「いえ、まったく」


 遙の指が、へにょりと曲がった。


「……そこまで即答だと、非常に清々しくはあるが、同時に若干疑念が残ってしまうんだが」

「む。失礼しました。でもご心配なく、オレたちはまっとうな学生さんの生活を邪魔しないことをモットーとしておりますので」


 そこはきっぱりと主張すると、遙は首を捻りながらも納得してくれたようだった。よかった。

 訓練を受けていない異能を持つ人間の力というのは、精神状態に大きく左右されてしまう。

 せめて三条家の道彦が本復し、京都守護の任を恙なく果たすことができるようになるまでは、遙に余計な刺激を与えるわけにはいかない。

 今、彼の異能が損なわれるようなことだけは、断じてあってはならないのだ。


(いや、まぁ……。このヒトなら目の前で何が起きても、三分くらいで復活してくれそうな気もするけど)


 あの狂骨の一件にしても、なんの免疫もない一般人があんなものに遭遇し、ましてその身を狙われたとなれば、数日間は寝込んでもおかしくない。

 なのにこうしてそんなことはまるで忘れたような顔をしているのは、それだけ図太い神経をお持ちなのか、それとも精神衛生上よろしくないことはさっさと忘れる派なのだろうか。

 その辺はよくわからないが、いずれにせよ、遙が見かけよりも随分と剛胆な人物であることは間違いないだろう。実に頼もしい。

 そんなことを考えていた大地に、ライが不思議そうに言葉を向ける。


「そういや坊。おまえ、何しに来てん? まさかあん張り子の説明だけしにきよったわけやないんやろ?」


 大地は、ぱっと振り返った。


「あ。そうだったそうだった。ちょっとおまえに訊きたいことがあったんだよ」

「ワイに?」


 驚いた顔をしたライは、大地が用があるのは遙だとばかり思っていたようだ。

 主持ちの異形としては、当然の反応である。

 たとえ仮初めのものであれ、契約者が存在する以上、その異形にほかの術者が新たな契約を望むことはできないのだから。


「ああ。オレの質問に答えるのが、おまえの契約に抵触するんだったら諦めるけど」


 一体どんな契約内容なのかは知らないが、この拘束力の緩さならばそんなこともないだろうけれど、と思いながらの問いに、ライはあっさりと応じる。


「別に、そないなことないで? なんや、訊きたいことって」


 大地はそうか、と安堵して続けた。


「おまえ、今までに上級悪魔と接触したことってあるか?」


 へ? とライが目を丸くする。


「悪魔は悪魔やろ。上級てなんやー?」


 大地はよろめいた。


(……不覚……っ)


 言われてみればその通り。

 悪魔のランク付けは、人間が勝手にしたものだ。

 異形であるライが、そんな階級の違いなど知るはずもなかったのだった。

 その場にがっくりと膝を落としたくなった大地に、遙が再び挙手して口を開く。


「すまん。なんだかおれは今、とても愉快な単語を聞いたような気がするんだが」

「すいません、忘れてください」

「了解した」


 話が早くて、とっても助かる。遙の素直さに、大地はちょっぴり癒された。

 ライが呆れたような口調で言う。


「なんやー坊。今度はどこぞの悪魔とやり合う気ぃなんか? やったらせめて、その傷キレイに治してからにせんかい。人間の体は壊れやすいんやさかい、大事にせなあかんでー?」


 ライの脳天気な言葉に、大地と遙が声を揃えて「おまえが言うな!」とツッコもうとしたときだった。

 突然、覚えのない構造をした結界が、公園全体を包み込むようにして立ち上がる。

 そして――


(……え?)


 銃声。

 一発の。

 ライの左腕が根元から千切れ飛んで、妙にゆっくりと地面に落ちる。

 ひどく驚いた顔をしたライが、自分の腕があったところにもう一方の手を伸ばす。

 血は、流れない。

 けれど。


「あ……あぁ……っ」


 遙の喉が、震えて。


「――っっ!!」


 声にならない悲鳴が迸った。

 大地は反射的に彼らを庇う位置に踏み込みながら、襲撃者の姿を求めて振り返る。

 突然、なんの警告もなく攻撃を仕かけてきた者は、公園の入り口にひとり静かに佇んでいた。


(なん、で)


 真っ先に目に入ったのは、燃えるような赤い髪。黒いコート。白々と醒めた光を浮かべる緑の瞳。

 その手には、『ダンテ』の祓魔師が好んで使うという、前もって自らの力を凝縮させておいた弾丸を撃ち出すことのできる拳銃型の武器――『逆十字』。

 実際に見るのははじめてだな、と痺れたような頭のどこかで他人事のように思う。


「ライ! ライ、ライ!!」


 泣き出す寸前の子どものような声を上げて取り乱した遙が、次の攻撃に備えてかすかさず実体化していたライに掴みかかる。

 片腕になったライが、ぽんぽんとその背中を叩いて宥めた。


「落ち着き、遙。ワイは人間と違うて頑丈やさかいな。腕の一本や二本千切れたかて、そうそう死なんわ」

「目の前で腕が飛んで、落ち着いていられるような変態がどこにいる!?」

「ほしたら坊は、立派な変態てことやんなー」


 なんだか、失礼なことを言われた。

 遙がはっとした顔でこちらを見る。大地は地味に傷ついた。


「あああ!? スマン、大地くん! 言葉の綾だ!」

「……いえ、いいですけどね……」


 辺りは一応、ものすごく緊迫した空気なのである。

 なのになぜライはこんなに脳天気なままでいられるのやら、さっぱりわからない。

 しかしお陰で、こちらもだいぶ頭が冷えた。

 大地は慎重に相手との距離を測りながら、ゆっくりと口を開く。


「――『ダンテ』の祓魔師とお見受けします。私は佐倉一門の高野大地。そちらのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」


 冷たい緑の瞳が、こちらを向いた。


「アレックス・ダーナヴィ。――そこをどいてくだサイ、サクラの祓魔師」

「なぜ」

「それは、我々の獲物デス」


 息が、詰まった。

 情報と現実が交錯する。

 ライが、悪魔なわけがない。こんな悪魔がいるわけがない。

 なのに――


(なんで……コイツの言葉に、嘘がねえんだよ……?)


 混乱、する。


「上級悪魔『インヴェルノ』。――ワタシはおまえを、破壊スル」


 微動だにしない銃口が、真っ直ぐにライを狙っていた。

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