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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
祓魔の章

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壊れた愛情

 大地の言葉にわかった、と応じたライがマスターをひょいと肩に担ぎ上げると、何やら盛大なわめき声が発生した。


 離せ下ろせという命令を、奇妙な金色の異形は清々しいほどすっぱりと無視している。


 遙の命令にライが従わないのは、その命令がマスターの安全を害すると判断したからなのだろう。


 しかしそのマスターであるはずの遙は、ライのやることなすことにいちいち驚いているように見える。


 一体どういう関係なんだか、と内心首を傾げていると、ライがこちらに視線を寄越した。


「フィールドはこのまんまにしといたる。……そん人形片したら、ワイの名前呼び。そんで解けるようにしとくさかい」

「あぁ……助かる」


 日向が先ほどから何かもの言いたげにしているが、稀少な能力者とはいえ、遙は一般の学生だ。これ以上、こんなところに置いてはおけない。


 ぐっと膝に力を入れると、どうにか体重を支えてはくれたものの、途端に鋭く走った痛みに息が詰まった。――これは少し、立ち上がるのはキツそうだ。

 できるだけ静かに床に膝を落とし、脇腹に手を当てる。


(あー……アバラ、二本はイってんな……。まぁ、肺に刺さってるわけじゃねぇし。――けど、アルファは……使ったら、また意識飛ぶかもだな……)


 どうやら大地はライにここまで『跳ばされた』際、かなり乱暴に放り出されたようだ。

 ほかの骨は一応無事のようだが、体中をあちこち盛大に打ちつけたらしく、ずきずきとした痛みが次第に酷くなっていく。

 ……本当に、ひとを勝手に運ぶなら運ぶで、アフターケアもきっちりしろと言ってやりたい。


 浅く走る呼吸を、整える。

 思考を濁らせる苦痛を、強いて意識から追い出す。


 ――ライと遙がこの場から去ったら、今度こそどうにかしてあの狂骨を潰す。

 あれは造られた瞬間から腐り落ちるまでの時間を、ただ術者に使役されるだけの人形だ。

 そして狂骨はその名のままに、ただそこに存在するだけで周囲に凄まじいまでの瘴気を狂ったように撒き散らし、触れるすべてを穢していく。

 あんなものを、断じてここから逃がすわけにはいかない。


(遙さんも、しばらくは……無理させらんねぇだろうし……)


 遙がいつ頃からその異能に目覚めていたかはわからない。

 だが少なくともこの春からこっち、彼は常に自分自身の力によって清められた中にいたはずだ。

 なのに突然こんな強烈すぎる瘴気にアテられたなら、かなりのダメージを受けたことだろう。


 今のところはなんだかやたらと平気そうに見えるが、こういうものは緊張が解けた途端に一気にくるものだ。

 この結界内も、今は遙がいるお陰でそれほど耐えがたい瘴気ではないが、彼がここから去った瞬間にどうなるかは……あまり、考えたくない。


 ふぅ、と大分落ち着いた呼吸を取り戻した大地は、すぐそばで膝をついている日向に視線を向けた。


「黒崎さんも……行ってください。ここは、オレひとりで、いい」

「お断りします」


 即答だった。


「あの狂骨を破壊するだけなら、あなたひとりでも十分なのかもしれません。ですが、その後瘴気のるつぼとなったこの場をどうするつもりですか」

「……どうにか、します」


 方法が、ないわけではない。ないなら最初から、日向の都合など考えずに問答無用で協力させている。

 そう思っていると、日向の瞳がすぅ、と細まった。


「では、言い方を変えましょうか。――てめえみたいなガキひとり置いて、おれだけとっととケツ捲れると思ってんのか! ひとをバカにすんのもいい加減にしろ!!」


(……おおう?)


 さすがに、驚いた。

 今回の件では、さぞかしいろいろと溜め込んでいるだろうなぁとは思っていたが、それをこういう形で発露させるヒトだったとは、少々予想外だ。


 目を丸くした大地に、日向は一度小さく息を吐くと、改めて静かに口を開いた。


「私はこれでも、京都守護職直系です。それなりの備えもしてあります。――ライが消えたら、すぐにあの狂骨を潰してください。その瘴気が広がる前に、私が必ず封じます」

「……はぁ」


 大地が若干間の抜けた声で応じたときだった。


 うふふ、と笑った女が胸元からメダル型のペンダントを引っ張り出し――ぱちん、という音とともに開いたそこから、白いかけらがばらばらと落ちて床に散らばる。


(あれは)


 ――骨か。

 認識した瞬間、大地は叫んだ。


「ライ! 遙さんと黒崎さんを連れて、今すぐここを出ろ! ――アルファ!」

「な……っ」


 驚愕した日向の胴を、大地の影から飛びだした黒狼の翼が弾き飛ばした。

 ライが危なげなくその体を受け止める。


(何体、出しやがるつもりだ!?)


「死ぬんやないで、坊」

「当たり、前だ……!」


 こんなところで死ぬ命なんて、死ぬことを許されている命なんて、自分にはない。


 ぼこぼこと、タチの悪い冗談のように次々と床から起き上がってくる――狂骨。


(く……っ)


 遙が結界内から去ったせいか、それとも単純に大量の狂骨から発せられたものが一気に満ちたのか、濃すぎる瘴気にただでさえ痛んでいる体が悲鳴を上げる。

 それでも。


「――今、楽にしてやる、なんて……言わねぇよ。……おまえらは、ただの人形だ」


 女が、何か言っている。


 うるさい。

 ……愛しているから、なんだって?

 ふざけるな。

 死んだ相手の尊厳を土足で踏みにじり、自分のエゴのままに利用することの、何が愛だ。


 おまえのやっていることは。


「ただの……自己陶酔、だろ――バカが」


 喪った恋人を、いまだに愛している自分に酔っているだけの……ただそれだけの。


 印を組む。

 術式を練り上げ、対象を特定。

 ――二十三体。


「……てめえみたいなナルシストに、いちいちつきあってるヒマなんて、オレにはねぇんだよ! ――『〈砕破〉』!!」


 びちゃり、と。

 水風船の壊れるような音が、いくつも弾ける。


(……あぁ)


 そうだった。

 血の色は、黒だ。

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