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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
神々の章

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捕獲完了

「わ……わかった。つまり、ヒトの間では交尾をするのに年齢制限が掟として定められており、それに反した場合、群れの中から追放されてしまうことになるのだな?」


 その交尾という単語はやめんかい、とツッコみたいところではあったが、かといって外見はあくまでも小学生である『香奈』に他の単語を乱発されるのも遠慮したい。


 とにかく、どうやら人間社会の常識というものを概ね理解したようで、何よりである。


 翔はぺたんと地面に座り込んだままの相手を見下ろすと、その通り、とうなずいた。


「わかったら、ガキはガキらしく――」

「ふむ。そうなると、我の肉体がヒトとして適齢期を迎えるまで、我が友に我以外のメスが近づかぬよう、なんらかの対処をせねばならんな」


 翔は腕組みをしたまま、びしっと固まった。


 あきらは言霊の詠唱抜きで無理矢理呼び出された『如月』が拗ねてしまったらしく、さっさと戻ってしまった相棒と再び脳内会議をしていたのを中断して、ひくっと顔を引きつらせている。


 そんな彼らを尻目に、『香奈』は何やら真面目な顔をしながら、「いかにして晶に余計な虫が付かないようにするべきか」をぶつぶつ検討している。


「まぁ、我が眷属に守らせておれば、そのような心配もないであろうが……。万が一にも、ほかのメスの匂いが付くなど冗談ではないしな。やはり我以外のメスに発情などせぬよう、暗示のひとつでも――」


「……おい。なぜにおまえは、そこまで一ノ瀬に執着する?」


 さすがに、ちょっと怖くなってきた。


『香奈』は至極真面目に考える顔になって、自分の中の答えを探るようにゆっくりと口を開く。


「む? ――ふむ、そうだな。恐らく、『香奈』の魂に残っている最も強烈な感情が、今の我に影響しているのだろう。同胞意識……否、そんな生温いものではないな。苦しみの汚泥の中で喘いでいた『香奈』にとって、我が友はようやく射し込んだ陽光のようなもの。決して失いたくないと固執するのは、至極当然のことであろうよ」


(それ、は……)


 そんなふうに――痛々しいまでの純粋さで向けられる執着には、覚えがあった。切ないほどに。


 言葉を失っていると、あきらの呆れ返った声が割って入った。


「おまえなぁ……。そんなもん、ただの刷り込みみたいなモンだろうが。いずれおまえがその体でヒトとして成長していったら、ほかのヤツにだって目が行くようになるんじゃないのか?」


(……っ)


「ほう。そういうものかの?」


 首を傾げた『香奈』に、あきらはあっさりと応える。


「普通はそうだぞ。大体、初恋は実らないものと相場が決まっているんだ。今はおまえがコイツしか知らないから、コイツをいいオスだと思っているのかもしれんが、世の中の半分はオスなんだ。まだ若いんだから、いろいろと吟味してから選んでも遅くはないだろう」


(……っ!)


「むぅ……なるほど。それも一理あるのう」


『香奈』が考える顔をして首を捻る。


「そうそう。大体、今のおまえは人間の中ではかなり可愛い顔をしているんだ。わざわざコイツをキープしておかなくても、いくらでもいいオスが寄ってくると思うぞ」


(……っ!!)


 あきらの三連コンボを喰らった翔のメンタルが、腐った豆腐のようにべしゃっと崩れ落ちる。


 一方『香奈』は、納得したようにうなずいた。


「……ふむ。確かに我はこれからヒトの娘として生きていくのだし、そういう意味ではおまえは我の先達だ。その助言には、耳を傾けるべきなのだろうな」


「その通りだ。――よかったな、神谷。これでおまえのツレは安泰だぞ、感謝し……おい。何を真っ青ガクブル状態になっているんだ?」


 訝しげに眉を寄せるあきらに、翔はあらぬ方に視線を泳がせながら、すちゃっと右手を上げてみせた。


「いいいいいいやいやいや。ちょっと今すぐ優衣んとこに飛んでいって、愛してるって百回くらい言い聞かせて、ほかの男なんて目に入らないようにいっそどこかに攫っちまいたいと心の底から思っただけだから、別に何も問題ないぞ?」


 あきらと『香奈』が、揃って翔から距離を取る。


「……つくづく、肝の小さい男よのう」

「……目がマジでイってるぞ、おまえ。気色悪い、あっち行け」


 残念ながら、そのとき翔の耳に、そんなありがたい忠告の言葉は入っていなかった。


 ますます不気味な笑いを垂れ流しながら、ゆらりと顔を上げる。


「ふ……ふふふっふっふふふふふふ、オラ一ノ瀬、とっとと起きんかぁ! テメエを家まで送り届けりゃ、とりあえず任務完了! これ以上余計な手間と時間を取らせてみろ、マジでシメんぞ!?」


 これだけ近くで騒ぎまくっているというのに、まるで目覚める気配のない晶の胃袋目掛けて、がすっと蹴りを入れ――ようとした寸前、「にょわああああ!?」と元犬のくせに猫のような悲鳴を上げた『香奈』が、その襟首をくわえて跳び退く。


 直後、翔の踵が地面にめり込み、ぼこっと新たなクレーターが刻まれた。


「チッ」

「チッ、ではないわ! 貴様、我が友を殺す気か!?」

「これくらいの蹴りで死ぬような軟弱野郎を、ツレにした覚えはないッ」

「ど阿呆が! 胴体が真っぷたつになったらヒトは死ぬるわ!」


 突然襟首を後ろからとんでもない勢いで引っ張られ、「ぐえ」となった晶はさすがに目を覚ましたらしい。


 げほごほとひとしきり苦しげにむせると、ひどく覚束ない様子で辺りを見回す。


「あ……あれ? おれ、何やって……」

「うわああああん! お兄ちゃん、ゴメンね、ゴメンね!? カナがびっくりして顔を上げたら、お兄ちゃんのアゴに頭突きしちゃったのっ。痛かった? 痛かった?」


 そんなことを言いながらひしと晶に抱きつく『香奈』は、いつでも劇団○まわりに入れそうだ。


「い……いや、大丈夫……って、え……?」


 無意識になのか、晶が宥めるように『香奈』の背中を撫でたのが、よほど心地よかったのだろうか。


 途端にへにゃあ、と腰砕けになった『香奈』が、すりすりと晶の胸元に小さな頭を擦りつける。


「お兄ちゃあん……もっと撫で撫でしてぇ……」

「う……うん……?」

「はうぅ……」


 ――なぜだろう。


 それは飼い主に撫でられてウットリしている飼い犬の図に近いモノであるはずなのに、ヒトガタのイキモノがやっていると、なんだか微妙にいかがわしい。


 晶に再び蹴りを入れてでもさっさとこの場から撤収しようと思っていたというのに、正直言ってこれ以上近づきたくない。というか、関わりたくない。


 かなり引き気味に半歩下がった翔の隣で、あきらがぼそっとつぶやく。


「コイツ……ロリコンだったのか」

「ひっ」


 思わず目の前の光景から、更に十歩分ほど距離を取る。変態怖い。


 完全にどん引きしていると、それに気づいた晶が振り向いて喚く。


「だっ、誰がロリコンだ!? つーか、神谷てめえ! ガチで引いてんなーっ!!」

「ふにゅう……」

「そんなガキと抱き合ってウットリしているような変態を、ロリコンと呼ばずしてなんと言う」


 あくまでも冷静なあきらの指摘に、翔は力一杯おののいた。


「そ……そうだったのか。だからおまえ、クラスの女子に可愛い可愛いされても無反応だったんだな……っ」

「アホかああああぁー!」


 晶が心と魂を込めて絶叫したが、残念ながら今現在の彼は、どこからどう見ても立派なロリコンである。やっぱり、焼き払っておくべきだろうか。


 半ば本気で思案していると、『香奈』がへにゃあ、と幸せそうに笑いながら口を開く。


「えへへー……。カナ、お兄ちゃんのお嫁さんになるぅ……」


 ……めろめろである。カミサマの威厳はどこに行った。


 先ほどその威厳を完膚なきまでに叩き潰したことをすっきりと棚に上げて、翔は生温かくその様子を眺めた。


 そんな彼らの様子を見て何を思ったのか、あきらが腕組みをして口を開く。


「そうか。今からがんばれば、適齢期にはきっといい女になれるぞ? それまでにはそいつの変態性も、まともに同世代の女に突撃できない青春の過ちとして完治しているかもしれんしな。希望を捨てずに、精進あるのみだ」


「うん! カナ、がんばってイイオンナになるー!」


 いい子のお返事をした『香奈』に、あきらがよし、と重々しくうなずく。


「まずは、レッスンワンだ。自分のことを名前で呼ぶのは、断じていい女のすることではない。頭の弱い、気の毒なへっぽこ女のすることだ。『わたし』、もしくは『あたし』だ。言ってみろ」

「わたしー!」

「ようし、いい子だ」


 ……もしかしたら、あきらには調教師の才能があるのかもしれない。


 がっちりと『香奈』にホールドされたままの晶が、何やら遠い目をしている。


 彼が本当にロリコンであるにせよ、そうでないにせよ――


「……なんだよ」


 視線を感じたのか、のろりとこちらを向いた晶に、よしとうなずく。


「今日からおまえのことは、光源氏と呼んでやろう」


 晶の目から、光が消えた。なぜだ。


「ああッ、お兄ちゃん!? どうしたの!?」

「どうした、源氏の君! 顔が白いぞ!?」


 再びぐらりと傾いだ晶の体を、『香奈』が揺さぶる。


 そんな若干カオスな状況の中、明緒の静かな声が割って入った。


「――失礼。群馬斎木一門次期当主、杉本あきら殿」

「……っ」


 それまで飄々としていたあきらが、瞬時に顔色を変えて振り返る。


 対してあくまでも穏やかにほほえんだ明緒は、ゆっくりとした口調で静かに続けた。


「先ほどこちらに、佐倉家当主名代より連絡がありました。斎木家より、次期当主であるあなたの保護を依頼されたとのこと。既にこの周囲には、我が一門の術者たちが配備されております。このまま、当家までご同行願えますでしょうか?」


(……は?)


 予想外の展開に驚いた翔の目の前で、再び『如月』を呼び出そうとするかのように構えられたあきらの右手が、すぐに力なく下ろされる。


 あきらはふぅ、と自嘲するように溜息をついて、軽く前髪を掻き上げた。


「さすがに、佐倉家に出張ってこられるとは思わなかったかな……」

「それだけ、斎木家のみなさまも必死ということでございましょう」


 どこまでも丁重に言葉を紡ぐ明緒が、恐らく佐倉家の関係者なのだろうということは、名乗ってもいない名を呼ばれた時点でわかっていた。


 だがこの状況は、ひょっとしてもの凄くマズイのではないだろうか。


 だらだらと翔が冷や汗を垂らしていると、淡紅色の瞳がゆっくりとこちらを向く。


「ちょうどいい。迎えの車が来ているから、おまえも一度本家に戻れ。もふもふ坊主は拓人に送らせればいい」


 翔は、ぶんぶんと首を振った。


「っいいいいいえっ! 護衛対象をキッチリ自宅に送り届けるまでが仕事ですからっ!」


「それは立派な心がけだが、そんなズタボロの格好で外を歩き回る気か? 上の方には、おれが言っておく。大体、いくら毒気は消えているとはいっても、結構な深傷であることには間違いないんだ。さっさと治療を受けるためにも、一緒に戻るんだ」


 逃れようのない正論をかましてくる明緒に、桐原もその通りだ、と同調する。


「今のきみは、見ているだけで痛々しいぞ。というか、そんな格好でうろついたら、普通に職質されるだろう。余計な問題を起こすものじゃない。晶くんのことは、オレが責任を持って家まで送るから心配するな」


(そ、それはもう、おっしゃる通りなのでございますがっ!)


 佐倉の本家には、それはもうできることなら今すぐにでも飛んでいきたい。


 しかし、こんな血まみれの格好でそのまま向かうというのは、もの凄くカッコ悪い上に、確実に優衣に泣かれてしまう気がする。


 翔としては、和彦辺りに連絡して晶を家まで送ったあと、仁科家の所有する屋敷で傷の手当と着替えをしてから、という心づもりだったのだ。


 まるですべてを見透かしているような淡紅色の瞳が、にっこりとほほえむ。


「無茶なことをして、こちらの肝を冷やした罰だ。我が家の可愛い可愛いお姫さまを泣かせるのは本意ではないが。多分、おまえにはそれが一番効くだろうからな」


「お……っ、鬼いいいいいぃーっっ!!」


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