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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
神々の章

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相棒

 そこは、ありふれた一般的な住宅街の一角だった。


 このところ大分気が早くなってきている太陽が色を濃くし、足元に伸びる影は既に細く長い。


 黄昏時、というにはまだ少し早いか。


 乾いた風が前髪を掠い、乱れたそれをぐしゃりと掻き上げる。


 ――しかし、自分はなぜこんなところにいるのだろうか。


 たまたま出会って意気投合したトラックの運ちゃんに街中まで連れてきてもらったあと、うるさい相棒の言うままふらふらと歩いていたら辿り着いたのが、この閑散とした公園である。


 古びた遊具の多くが撤去されてしまったのか、黄色い鉄柵で囲まれたスペースの中にあるのは、安全性を重視された面白くもなさそうなものばかり。


 子どもなんぞ転んで育つ生き物なのだから、そんなキリキリ考えずにもっと楽しめそうなもので遊ばせてやればいいものを。


 そんなことを思いながら公園のそばを通り過ぎようとしたとき、おい、と相棒が声をかけてきた。


『あー? あの子どもが何。ってか、人前で話しかけんなっつったじゃん、恥ずかしい』


 ぼそぼそと答えを返したが、それくらいのことでこの相棒が黙ってくれたら苦労はない。


 まったく、はじめて会ったときには、まさかコイツがこんなに鬱陶しいヤツだとは思わなかった。


 とにかく、喋る喋る喋る。


 男のお喋りなど梅干しの種より価値のないものだと思うのに、黴の生えたような昔語りにはじまって、「なんだそりゃ、テキトーに話盛ってんじゃねーぞオラ」というような胡散臭い自慢話までひたすら自分語りをしていたかと思うと、今度は意味不明の美意識について熱く語り出す。


 そりゃあ、誰だってブサメンよりイケメンの方が目に楽しいに決まっているが、「不細工な男に生きる価値などないッ!」と言いきってしまうのはいかがなものか。


(人間中身ですよ。イケメンって結構ナルシストなヤローが多いし、ナルシストな男ほど気色悪いイキモノは、そうそういないと思いますよ。ナルシストが高じて、新宿二丁目の世界にまで行ってしまうヒトも多いとか聞きますよ)


 ちなみにヤツにとって、すべての女性は美しいものであるらしい。


 だが、「不潔な女性は、女性とは呼ばんッ!」とも言っていたから、一応の線引きはしているのだろう。


 相棒の言葉に促され、改めて目を向けた先。


 ぽつんとひとりベンチに腰かけていたのは、十歳くらいに見える小さな女の子だった。


 つるっと丸いフォルムのおかっぱ頭が可愛らしい。


 ――その、直後。


 この相棒とツルむようになってから、断然よく『見える』ようになった目に映ったものに、鋭く息を呑む。


(な……)


 寸前までは確かに何もなかったそこに――子どもの背後にぴったりと覆い被さるように現れた、巨大な影。


 それは、まるで獣のように見えた。


 輪郭がやや曖昧だが、それはその巨体から立ち上る禍々しいまでに濃い瘴気のせいだ。


 いっそ実体化していないのが不思議なほどの、気配の重さ。


 そんなものにあれだけ接近されれば、たとえ普通の人間であっても寒気や悪寒を感じるものだ。


 なのに子どもは顔を上げると、背後の影を見上げてにこりと笑う。


(まさか、見えて? いや、そういう問題じゃ……!)


 なぜ、笑える。あんなものに。


 あの獣の放つ瘴気に混じっているのは、まだ生々しく真新しい「死」のにおいだ。


 苦痛にまみれて死んだ人間の、凄まじい負の感情。


 その残滓がいくつもまとわりついているあの獣は、間違いなく複数の人間を殺している。それも、そう遠くない過去に。


 獣を嬉しげに見上げる子どもの姿に、ぞっとする。その笑顔が幼く無垢であるだけに一層、おぞましさに鳥肌が立った。


『……まさか、アレがいるとわかっててここに連れてきたのか!?』


 小声で詰問すると、相棒はしらっとした様子で当然だろうと鼻で笑う。


 ……一度でいいから、その首をきゅっと絞めてやりたい。やろうと思ってもできないが。


 こちらの都合などお構いなしに、「私は美しいモノが好きなのだッ! よって、醜いモノはすべて私がこの世から滅却してくれるッ!」というのがアイデンティティのこの相棒は、なぜ「ほどほど」とか「中庸」とかいう素敵な言葉をこの年まで覚えることができなかったのだろうか。


 本当に人間というモノは、生きている長さで価値が高まるわけじゃないんだな、その辺りは古くなるほど価値が高まる梅干しの方がわかりやすいな、としみじみ思う。


(なんだ?)


 そこに、住宅街の中に網の目のように張り巡らされた道路を走るには、ちょっとスピードの出しすぎじゃないだろうかと思うような車のエンジン音が近づいてきた。


 一瞬迷ったものの、あのスピードで引っかけられたらシャレにならない。


 仕方なく、あんまりお近づきになりたくない気配満載の公園の入り口に移動したのと同時に、盛大なブレーキ音を立ててスポーツカータイプの車が目の前に停まる。


(おおお!?)


 そうして真っ先に開いた助手席から降りてきた人物の美麗さに、思わず拍手をしてしまいたくなった自分は悪くないと思う――と考えてしまった自分の思考回路が、「美しさこそ正義ッ!」と拳を掲げる相棒の影響を受けまくっていることに気づいて、思わず「よよよ」とその場に泣き崩れたくなった。


 何も知らなかった頃の自分を返して欲しい、切実に。


(うー……。でもマジで美人だなー、あの眼鏡はやっぱり紫外線防止なのかなー。アルビノのひとって目が弱いとかいうし、キレイだけど大変そうだなー)


 それから車の中からほかにも三人、野郎ばかりが次々に出てきた。


 だが、眼鏡美人があまりにも超絶美人なものだから、はっきり言ってその他大勢。


 よく見てみれば全員それなりにイケメンのような気もするが、あんまり規格外な美人が近くにいると、そんなものは見事に霞んでしまうものらしい。


 それにしても、今日は随分と美人に縁がある日である。


 こんなぶっ飛んだレベルの美人を、一日にふたりも拝めるとは。


 まさかとは思うが、相棒の「美しいモノを愛でたいオーラ」が彼らを引き寄せているのだとしたら、少し評価を上げてやってもいいかもしれない。


(あのお嬢さまも、可愛かったなぁ……。いかにも深窓のご令嬢ってカンジで、落ち着いてて、親切で……。あぁッ、この眼鏡美人さんと並べて、じっくり観賞してみたいッ!)


 そんなことを考えているのが伝わったわけでもあるまいが、眼鏡美人がついとこちらを見た。


 白く美しい顔に、ひどく楽しげな微笑が浮かぶのを見た瞬間、背筋がぞわりと粟立つ。


「――これはまた、珍しい方がいらっしゃるものだ」


 ヤバい、マズい、と頭の奥で警鐘が鳴る。


 こういう笑顔が胡散臭い人物には、お近づきにならない方が間違いなく身のためだと思う。


 なのに、そのあまりに麗しい笑顔から目を離すことができない。


 相棒のテンションが、超絶美人を目にして上がりまくりなのが鬱陶しい。少し黙れ。


「あなた方も、あの獣を追っていらしたのですか?」


 ここはノーと言った方が、絶対に正解だ。


 しかし、どんな些細な嘘も見逃さないような淡紅色の瞳に逆らえず、つい小さくうなずいてしまう。


「そうですか。――あなた方にあの獣を始末していただけるのでしたら、我々はおとなしくすっこんでおりますが、どうなさいますか」

「……いいえ」


 相棒がぎゃあぎゃあと喚いているのを、きっぱりと無視する。


 美人の前でカッコつけたいのはわかるが、折角向こうから使えそうな人材がごろごろ飛び込んできてくれたのだから、ここは共同戦線を張るのが世の常識というものだ。


 一度気がついてしまった以上、あの黒い獣を放っておくことなどできはしない。


 だからといって、あんなナマナマしいモノにひとりで突っ込むのは、いくらなんでも遠慮したい。


「ご協力を、お願いできますか」


 今自分の手に在るのはこの相棒だけとはいえ、自分自身の心に恥じるようなことだけはしないと決めた。


 勇気と無謀は別のもの。


 倒すべきものと相対したときに、些細なプライドなど邪魔になるだけなのだから。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ――あぁ本当に、美人の笑顔というのは恐ろしい。


 それがどんな胡散くさいモノであっても、逆らえない。


 相棒などは望み通りの(美人の前でいいカッコできそうな)展開にテンションが上がりすぎて、このまま昇天してしまいそうな勢いだ。


 ……いっそ本当に、一度逝ってしまえばいいのに。


(はぁ……)


 仕方がない。


 なんにせよ、やるべきことは変わらないのだ。


 せいぜいあの黒い獣に、八つ当たりさせてもらおうじゃないか。

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