つきあう相手は選びましょう
「――つまり桐原さんは、ゆーれー絡みの事件を担当する刑事さんってことですか?」
目を丸くした晶の問いかけに、桐原は非常に不本意そうな顔をしてうなずいた。
「概ねそんなようなモンだと思ってくれればいい。なんだかんだ言ったところで、天下の公務員だしな。命張ってるわりに給料低くて悲しくなるのは、ほかの警察官と変わりないし、問題ない」
……とりあえず、進路希望の選択肢から、警察官への道だけは除外しておくことにしよう、と晶は思った。
桐原は改めて晶に向き直り、ゆっくりと続ける。
「オレがきみに話を聞きにきたのは、今オレが抱えている事件が少々厄介なものだからだ。――きみは、随分と動物霊に好かれるタチのようだな」
「へ? あ、いや、ここんとこ随分そういうのが見えるなーとは思ってましたけど……」
好かれている、と言われても今ひとつピンとこない。
首を傾げる晶に、桐原は小さく笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「先月から、まだ放送媒体には発表していないが、何者かに人間が食い殺される事件が五件、発生している」
「……え」
「いずれも大型の獣に食い散らかされたような遺体で発見され、だがそのどこからも体液や体毛などの残留物は検出されなかった。オレも現場に行ってはみたが、少なくともそこに人間の悪意や憎悪といった思念は感じなかった。――オレの感覚では、感じ取れなかっただけかもしれないが」
自嘲するように言った桐原の頭を、その隣で足を組んでいた明緒がべしっとしばく。
「だから、もっと知覚訓練をしろっつってんだろうが。こんな気配ダダ洩れの坊主すら見つけられねぇとか、おれは心底呆れたぞ」
「人には向き不向きってモンがあんだよ!」
しばかれた頭を抑えながら、桐原が喚く。
「ほほー、おまえが何に向いているって? 攻撃術式ばっかり覚えまくって、防御系や探査系は面倒くさがってろくに修練すらしなかったらしいじゃねぇか。その挙げ句、攻撃術式の精度調整を失敗して危うく味方ごと自滅しかけたヤツが何に向いているのか、ほれ、言ってみろ」
ふん、と片眉を上げて桐原を叩きのめす明緒の姿は、まさに情け無用の女王さま。
がっくりと肩を落とした桐原のヘコみ具合も気になったが、晶は美人すぎてなんとなく気後れしていた明緒に、恐る恐る声をかけた。
「あの……。明緒さんて……」
「ん? おれか? おれは天才」
にっこりと、眩い笑顔で断言された。
「だからまぁ、好きなことを好きなようにやって生きていけるんだけどな。……たまーにこういうヘタレと縁ができちまうと、いろいろ面倒くさいことになるわけだ。少年も、つきあう相手はちゃんと選べよ?」
明緒にそう言われて、思わず隣の翔を振り返った自分は悪くないと思う。
「……なんだよ」
むっとした顔で見返してくる翔に、晶はしみじみと口を開く。
「いやだっておまえ、カノジョラブすぎて鬱陶しいし。カノジョ以外には、ものっそい薄情だし。いきなりガッコ辞めるとか、何考えてんだかさっぱりわかんねーし」
「そういうことは、思っていても他人様の前で口にするんじゃありません!」
翔の教育的指導に、晶は思わずツッコんだ。
「どこのオカンだ!」
「一度やってみたかっただけだ、気にするな」
「うむ」
こういうノリは、以前と変わっていないようで大変結構である。
翔が、少し疲れたような顔をしてぼやく。
「……おまえはどうして、そうナチュラルに偉そうなんだ。つうか、何のほほんと構えてんだ。桐原さんは、そのぐっちゃぐちゃの殺人事件がおまえの仕業だったんじゃねえかってことを確認しにきたんだぞ?」
「うええ!? なんでおれ!?」
当然ながら叫んだ晶に、翔はまたしても呆れ返ったような顔をする。どっちが偉そうなんだろうか。
「なんでって……。少しはひとの話を聞いとけよ。人間が実体のないどーぶつに食い殺されました、おまえは実体のないどーぶつになんだか妙に好かれてますっつったら、その可能性を考えるのが普通だろ。そういうタチの人間は、無意識にそういうどーぶつたちを実体化させることがあんだよ」
「んなこと知らねーし!」
「あぁ、今知ったな、よかったなー」
ひらひらと手を振りながら、棒読み口調で言う。
晶はそんな翔に、あのなぁ! と怒鳴りつけようとして、はっと気づく。
「……おまえは、なんでそんなこと知ってんだ?」
「遅えよ、バカ。――オレは今、そういう仕事してんの。おまえのケアしにきたって、さっき言っただろうが」
唖然とした晶に、翔は小さく息を吐く。
「上から、おまえの体質がちょっとヤバいレベルに活性化してきてるから、様子見てこいって言われてよ。――まぁ、なんにしても結局は本人が自分で折り合いつけるしかねえ話だし、下手にこっちと関わっても逆に迷惑だろうし。だからとりあず、おまえがテンパってねえか確認してこいってだけの話だったんだけどなぁ……」
晶は、目を丸くした。
「え、ちょ、え……。何おまえ、ひょっとしてユーレー退治とかできちゃう系なのか?」
「つうか、元々そっちの方が得意。今回は、たまたまオレがおまえと知り合いだったから話がこっちに回ってきたけどな」
あっさりと翔はそんなことを言ってくれたが、それはつまり――
「リアル陰陽師!?」
思わず叫ぶと、その場に微妙な沈黙が落ちた。
(あ、あれ……?)
翔を指さしていた晶の指が、へにょりと曲がる。
何か、おかしなことを言っただろうか。
ちょうど今日の授業で源氏物語をやっているときに、古典の教師が安倍晴明は狐の子と呼ばれていたらしいぞ、と百パーセントテストに出ない小ネタを披露してくれて、それがたまたま頭に残っていただけなのだが。
翔と桐原は揃って酢を飲んだような顔をしているし、明緒は吹き出す寸前のように赤くした顔を片手で覆ってふるふる震えている。
「お……陰陽師ときたか……。確かに、ちょっと前に流行ったこともあったな」
「え、陰陽師ってもう古い? 霊能力者とか、霊媒師とか言った方がよかった感じ?」
晶がそう言った途端、明緒は今度こそぶはっと吹き出し、翔と桐原は頭痛でも覚えたかのように額を押さえる。
「一ノ瀬……。おまえはどうしてそう、オレらが『言われて恥ずかしい呼称ベストスリー』をズバンと直球で狙ってくるんだ」
「知らんわ、んなモン」
翔がじっとりと睨んでくる。
「少なくともオレは公務員じゃないから、陰陽師じゃねえ。そういう恥ずかしいことは、桐原さんだけに言うように」
「へ?」
意味不明な翔の言葉に目を丸くしていると、話の矛先を向けられた桐原が盛大に顔をしかめる。
「おい、坊主! てめえ、何ひとに押しつけてんだ!?」
「神谷です。あなたは天下の公務員なんですから、いたいけなコドモに正しい知識を教えてやったらどうですか?」
おまえなぁ、と桐原の目が据わる。
彼が何か言う前に、笑いの発作から戻ってきた明緒が口を挟んだ。
「神谷くん。晶くんはきみの友人なんだから、その辺はきみがきちんと説明しておやんなさい」
「え?」
「説明して、おやんなさい」
にっこり。
……笑顔ひとつで翔に言うことを聞かせられる人間が、彼の愛する恋人以外に存在するとは、晶は今この瞬間まで想像したこともなかった。
世の中には、随分と偉大な人物がいるものである。




