ライオンと天使?
久し振りに、随分よく眠った気がする。
目が覚めて、このところずっと覚えていた頭痛も倦怠感も残っていないことに少し驚く。
四畳半ほどの小さな部屋が、優衣の自室だ。二階の一番奥、四角い窓がぽつんとある。恐らく、はじめは物置として予定されていたのだろう。
この部屋にあるのは、簡素な勉強机と椅子、本棚に洋服箪笥。それに、安物のパイプベッド。必要最低限のものが置かれているだけの殺風景な空間だが、十数年も過ごしていれば、それなりに落ち着ける場所になっている。
のそのそと起きだして、熱いシャワーを浴びる。体にずっとまとわりついていた重い何かの名残が、湯と一緒に流れ落ちて消えていくようで気持ちがいい。それにやっぱり髪が短いと洗うのも随分楽だ。以前に比べるとシャンプーの量が半分以下で済むし、乾かす時間も同様だ。
細身のジーンズとプリント柄のキャミソール、それに春色の綿ニットのロングカーディガンを羽織る。ずっと閉めきっていたリビングの窓を開け、空気を入れ換える。朝の少しひんやりとした空気が、心地良い。
このところ雨もなかったことだし、庭の水やりでもしようかと思っていると、存在すら忘れかけていた電話が電子音で「乙女の祈り」を奏でた。昨日翔が別れ際に、電話をするからちゃんと出ろよと言っていたことを思い出し、受話器を取る。少しほっとしたような声が聞こえてきた。
『よう。起きてたみたいだな。――何してた?』
気遣う色をした低い声は、機械越しでも耳に心地良く響く。こんな声をしていただろうかと不思議に感じるくらい、確かに耳慣れた声のはずなのに、まるで違って聞こえるのはどうしてだろう。
特に何も、と答えると、小さく笑う気配があった。今から迎えにいくから、出てこいと言う。用があるなら今言えばいいのにと首を傾げながら、玄関を出る。
門柱に背中を預けた翔は、色の抜けたジーンズに派手な柄のTシャツ、それにハイカラーのごつい雰囲気のジャケットを着ていた。
「何か、用?」
こちらに顔を向けるなり、そのまま優衣の顔を凝視していた瞳が、ふっと瞬く。
「……翔?」
「あ……いや。大分、顔色良くなったなと思って」
そんなことを、わざわざ確認しにきたのだろうか。きょとんとして見上げると、彼は大きく息を吐いた。
「どっか、行かねえか?」
「え?」
「休みも、あと少ししかねえし。おまえの好きなとこ、どこでもいいから」
唐突な誘いに、驚いた。翔が小さく苦笑を浮かべて、いやか、と尋ねてくる。
「いやじゃないけど……。好きなとこって言われても、思いつかない」
ふるふると首を振って答える。翔が考える顔をして、腕組みする。
「動物園、水族館、遊園地。どこがいい?」
「……動物園?」
特に考えることもなく答えると、翔は嬉しげに笑った。
最近流行の行動展示を取り入れた動物園では、びっくりするような外見や性質を持つ生き物が、たくさん飼育されていた。愛くるしい小動物と触れ合える場所では、手を消毒して子どものプレーリードッグを抱くこともできて、その柔らかな手触りに驚かされる。
雪豹の見事な尾に見惚れ、微動だにしない梟を置物なんじゃないかと疑い、ライオンが思っていたよりも貧相に見えることにがっかりした。
「仮にも一応百獣の王が、あれはないと思う」
そうだな、と応える声にも苦笑が滲んでいる。
なぜなら岩場をイメージしたらしい飼育場の中、昼寝中の飼い猫でもこんな姿はしないのではないかと訝りたくなる格好で、雄のライオンがでろんと寝そべっているのだ。いくら人間に飼われて野性が不要となったとはいえ、岩場から頭をずり落とすようにして大口を開け、腹を丸出しにしていびきを掻いているのは獣としていかがなものか。
おまけに夢でも見ているのか、くいくいと大きな前脚で宙を掻いている。
「そういや最近、雄ライオンでも鬣のないのがいるらしいぞ」
「暑いから?」
「じゃねえの」
優衣は、思わず眉を寄せた。
「鬣のない雄ライオンて、なんかハゲたおカマさんみたい」
ぼそっとつぶやくと、翔が片手で口元を押さえながら顔を背けた。折角連れてきてもらったのに、気の利いた感想のひとつも言えなくて申し訳ない。
暦の上では平日でも、今は春休みのまっただ中だ。園内には、そこそこ人が入っている。小さな子どもの姿も多くあって、高い声を上げて走り回っている彼らの手には、子ども向けに入り口で配られていた風船が握られている。
ちょっと羨ましいなと思って見ていると、優衣のすぐそばを駆けていこうとした子どもが、ひゃっと奇妙な声を上げて見事に転んだ。その手から離れた風船の糸を、咄嗟に掴む。
「いってー……。あぁっ、おれのふーせんっ」
かなりの勢いで転んだように見えたが、子どもというのは存外丈夫なものらしい。すかさずがばっと起き上がるなり、きょろきょろと辺りを見回した子どもと目が合った。
「……どうぞ」
小学校の低学年くらいだろうか。こんな小さな子どもを間近に見るのも、自分が子どもだった頃以来だ。可愛らしい顔立ちは少年とも少女ともつかないものだったが、野球のユニフォームを摸したTシャツと半ズボン、それにその一人称から察するに、多分男の子なのだろう。
そういえば小さな頃の翔も、少年ものの服を着ていてもしょっちゅう女の子と間違えられるような、非常に愛くるしい子どもだった。あんなに小さくて可愛らしかったイキモノが、一体何がどうなればこんな大きな図体に育つのだろう。不思議だ。
目の前に風船を差し出しても、膝立ちの状態で固まった子どもは、大きな目をまん丸に見開いたまま動こうとしない。やはりどこか痛めたのか、と眉を寄せたところで、子どもの口がぱくぱくと動きだす。
「て……ててってって」
「手?」
手を擦り剥いてしまったのだろうか。ざっと周囲を見回してみたが、どうやら彼の保護者は近くにいないようだ。救護室に連れて行けば、消毒くらいはしてもらえるだろう、と思ったのだが――
「て……天使?」
――これは、どうしたものだろうか。どうやら手ではなく、頭の方が大変気の毒なことになったらしい。おかしな幻覚でも見えているのか、子どもは瞳をきらきらさせながら勢いよく立ち上がった。怖い。
「うわー、うわー! 天使もどーぶつえんに遊びにくるのか? すっげー! あっ、おれのふーせん! ありがとな!」
喜色満面になった子どもが、風船の糸を持っていく。指にかかっていた軽い力が消えた。
「……あの。頭、大丈夫?」
恐る恐る問いかけると、ぱあっと子どもの顔が明るくなる。
「へーき! おれ、じょーぶだし!」
いや、そういう問題ではないと思う。
弱り果てて翔を見上げると、相変わらず顔の下半分を片手で覆ってしつこく笑っている。むっとして睨みつけると、ちょっと待て、というようにもう一方の手を上げる。
「いやー……。残念だけどな、坊主。この姉ちゃんは天使じゃねえぞ」
笑い混じりの翔の言葉に、子どもがええぇー、と声を裏返す。
「だって、目が青いじゃんか」
それで天使か。どれだけ短絡的な思考なんだろうか。
「ホントに天使じゃないのか?」
はあ、と間の抜けた声を漏らした優衣を、子どもが訝しげな目で見上げてくる。そしていきなり風船を持っていない方の手を伸ばし、えいやと優衣の胸を掴んだ。
「おま……っ」
翔が何か言うより先に、優衣の拳と子どもの頭の間で鈍い音が生じる。
いってー! と頭を抱えた子どもが涙目になっているが、知ったことか。
「無礼者」
冷ややかに言うと、恨みがましげに睨みつけてくる。
「何もここまで、ゲンコの角をめり込ませなくてもいーじゃんか!」
「やかましい。痴漢の分際で、殴られて文句を言う権利があると思ってんの?」
子どもの顔が、真っ赤になった。
「や……っやっぱ、天使なんかじゃねー! ブースブスブス! ドブス!」
「チビ」
我ながら大人げないとは思ったが、男の子が言われてショックを受ける言葉といったらこの辺りだろう。その読みは、どうやら当たりだったようだ。目に見えて顔を引きつらせた子どもの頭に、大きな手が乗る。その手の持ち主――翔が、腕の力だけで子どもを持ち上げた。
「い……っいて、いてーって!」
「おーい、坊主。今、なんつった?」
いっそ楽しげな翔の声に、子どもがぴたりと暴れるのをやめる。
「いくらどチビでも、男が女に言っていい言葉じゃなかった気がすんだけどなぁ」
「う……」
翔の手の下にぶら下がったままの子どもがしゅんとした顔になり、消え入りそうな声でごめんなさい、と言う。ぱっと翔の手が開く。子どもは驚いた声を上げたが、どうにかバランスを取って着地する。
「……にーちゃん、力持ちだな?」
上目遣いに見上げた子どもに、翔はふふんと笑った。
「おまえがチビだからだろ」
「なんだよ、おれだってすぐデカくなんだからな!」
再び顔を赤くした子どもが喚いたところに、ラン、と呼ぶ女性の声が聞こえた。いっけね、と子どもが飛び上がったところを見ると、それがこの子の名前らしい。
「じゃーなっ」
くるりと踵を返した子どもが、あっという間に人々の間を駆け去っていく。その小さな後ろ姿も、ふよふよとその上を漂う風船も見えなくなった頃、優衣はふと首を傾げた。
「ランって、女の子の名前じゃない?」
「……いや、坊主だろ、ありゃ」
「まぁ、どっちでも良さそうな顔してたけど」
それにしても、子どもというのはあんなにも突拍子のない生き物だっただろうか。目の色がおかしいくらいで、天使はないだろう。
時計を見れば、ちょうど昼時だ。移動販売車のファストフードで、ホットドッグや動物の顔を摸したフライドポテトなどを買い込む。
園内のあちこちに設置されているベンチは、家族連れやカップルで満席だった。少し離れたところに広がる芝生に腰を降ろして、それらを広げる。
ライオンと熊のポテトを比べてみても、やはり鬣がなかったらライオンかどうかはわからないなと思っていると、くくっと翔が肩を揺らした。
「何?」
「いや……。おまえ、ガキ相手でも容赦ねぇなと思って」
なんのことだと目顔で問い返す。ジンジャーエールを一口啜った翔は、笑い含みの声で続けた。
「いつだったかな。おまえ、電車の中で痴漢ヤローをげしげしに蹴り潰して、そのまま外に蹴り出してただろ?」
「……だって、変態のひととか、手で触りたくないし」
そう言うと、一拍置いてそりゃそうだと吹き出す。別に笑うようなことではないと思うのだが――翔はさっきから何がおかしいのか、随分よく笑っている。
優衣は、ふと首を傾げた。彼は、こんなに笑うような少年だったろうか。覚えているのはいつもきつくしかめた仏頂面だから、なんだか奇妙な感じがする。
紙コップの氷をからりと回しながら、翔は苦笑を深めた。
「さっきのガキじゃねえけど、黙ってりゃ天使レベルのか弱げーな美少女にしか見えねぇのにな。口は悪いし性格キツいし、ライオンにまでダメ出しするし」
「……あんた、わたしの顔が好きなの?」
胡乱な目を向けると、いいや、とあっさり否定する。
「オレがおまえに惚れ直したのって、痴漢を問答無用で蹴り飛ばしてるのを見たときだから」
「やっぱり、物好き」
もしかしたら、翔は本当に変態なのかもしれない。昨日あれだけ八つ当たりめいた罵詈雑言をぶつけたというのに、嬉しそうに惚れただなんだと言い続けているとは――ひょっとして、被虐趣味があったりするのだろうか。ちょっと怖い。
「つうか、自分が美少女だっつう自覚はあんだな?」
からかう口調に、軽く眉を寄せる。
「街を歩いてて、しょっちゅうナンパだのスカウトだのに遭遇すれば、いやでもわかる」
「……マジかい」
翔の顔が、わずかに強張った。
「見た目だけで一生食べていけたら、誰も苦労しないってのに。ああいうスカウトにくっついてく子って、何考えてるんだろう」
溜息混じりに言うと、翔が興味なさげに応じる。
「何も考えてねえんじゃねえの」
「自分のことなのに?」
優衣は今まで、自分のことしか考えたことがない。
「自分のことだから、見えねえってこともあんだろ」
「……ふうん」
なんだかよくわからないけれど、妙に納得してしまった。
自分のことだからこそ、見えないものがある。
確かに、そういうこともあるのだろう。
ふと翔の視線を感じて顔を上げると、じっとこちらを見ている瞳と視線がぶつかった。
「何?」
「や、おまえの目、青っつうより紫だよなと思って。……ガキの頃は、黒かったよな?」
「うん。お陰で教師連中にまでカラーコンタクトじゃないのかって疑われて、面倒くさかった」
「……あ」
ふとこぼれ落ちたような声に、顔を上げる。
「何?」
「いや、なんでもね」
しまった、という顔して小さく息を吐いた翔に首を傾げると、気まずそうに目を逸らす。
「――休み前に、教えたろ。中学の同窓会。あれ、きれいさっぱり忘れてた」
そう言われれば、そんなこともあったような。どうせ行く気もなかったから、ちらりと知らせのメールを見ただけだったけれど――確か、件の同窓会とやらが行われるのは、昨日の日付だったはずだ。
「まあ、済んだことは仕方ねえか」
あっさりと言って、ホットドッグにかぶりつく。
「行きたかったの?」
「いや、別に。けど一応、顔出すって言っちまってたからな。ちょっと悪いことした感が」
そういうものか。今まで約束というものをしたことがないからよくわからないけれど、それを破るというのはやっぱり褒められたことではないのだろう。
そんなことを考えていると、翔がわずかに眉を寄せてこちらを見た。
「……おまえさ。ひょっとして、中学んときのクラスメイト連中のこととか、あんま覚えてねえだろ」
「うん」
「即答かい」
呆れたように言われても、困ってしまう。
「だって、ほとんど話したこともないし」
「あー……。それもそうか」
翔は納得した様子でうなずいて、ホットドッグの残りをあっという間に食べてしまう。優衣の倍は食べ物を買っていたはずなのに、食べ終えるのは翔の方が早いくらいで、なのに決してがっついているようには見えないのが不思議だった。
新芽の出かかっている落葉樹が、頭上に枝を張り出している。木漏れ日というには遮られていない真っ直ぐな陽射しが、少し眩しい。
――動物園の獣たちは、少し自分に似ている。飢えることも凍えることもない安穏とした生活を約束されて、けれど自分の力ではどこにも行けない。あの怠惰にしか見えないライオンだって、本来ならば生きるためにその牙と爪を使っていたのだろう。けれど、檻の中で生まれ、死んでいくあの獣は、今野生に放されても、きっと自ら獲物を捕らえることもできない。
自分も同じだ。親に捨てられ、なのにその親の庇護がなければ何もできない。どこにも行けない。少なくとも、あと数年は。
「どうした?」
自分の思考に潜っていた優衣は、訝しげな翔の声にふっと瞬く。
「や……早く大人になりたいなぁと思って」
「んだそりゃ」
「だって、未成年ってつくづく不便なんだもん。親の承諾がなきゃバイトもできないし、どこにも行けない」
背中の後ろに手をついて、空を仰ぐ。
月が、白い。
「――どっか、行きたいのか?」
「さあ」
どこかに、行きたいのか。
いつかは、どこかへ行けるのか。
――どこでもいい。
あのひとたちがいないところなら、どこでもいい。
ここではない、どこか。
ふと、視界が翳る。どこか怒ったように見える強い瞳と視線が絡んで、そのまま唇が重なった。触れて、離れる。
「……相手の許可なくキスをするのは、どうかと思います」
キスはご挨拶という生まれ育ちをしているわけでもあるまいに、人前でこんなことをするなんて恥ずかしくないんだろうか。翔は、やっぱり怒っているような低い声でぼそりと言う。
「忘れねえだろ」
「は?」
「こうしとけば、おまえ、オレのこと忘れねえだろ?」
あまりにも意味不明すぎてきょとんとしていると、硬い指先が頬に触れる。
「キスしていいか?」
許可を取れ、と言った言質を取られた形になり、ためらったのはここが公共の場だからだ。翔がしたいというなら、別に減るものでもないし、それくらいは構わないと思う。
だがしかし、優衣はごく普通の恥の文化を知る日本人なのである。他人様に眉をひそめられるようなことは、極力したくない。
「……人前でべたべたするのとか、ちょっと苦手な感じなのですけど」
じっと見つめてくる瞳を受け止めきれず、逸らした視線を彷徨わせる。翔は嬉しげに小さく笑った。
「じゃあ、人前じゃなければいいんだな?」
――言質を取られるどころか、特大サイズの墓穴を掘った。
そう気がついたのは、そろそろ帰るかと腰を上げた翔につられて帰路につき、自宅の門柱の陰に引き込まれたときのこと。
「んん……っ」
一方の腕がしっかりと腰に絡みつき、身動きできないようにされた上で、深く唇を奪い取られる。もう三度目だし、別に逃げたりしないのに、頭の後ろを支える手指が髪に絡んで少し痛い。
キスというのが、愛情表現のひとつだということくらいは知っている。だから、酔狂にも自分のことを好きだという翔がキスをしたがるのは一応理解できる。こちらが少し息苦しいのを我慢すればいいだけだし、大した問題はない。
とはいえ、唇を触れ合わせる行為の、一体何が楽しいというのだろうか。昨日はじめてされたときには歯がぶつかって痛かったし、そんなに執着することもないだろうにと不思議に思う。
――そんなことを悠長に考えていられたのは、最初のうちだけだった。
ぎこちなく触れ合うだけだった唇が、柔らかく擦り合わされる。それから軽く吸ったり、熱を持ったそこを舐めたりされるうちに、頭の芯がぼんやりしてきた。なんでもよくできる翔は、どうやらこんなことまで上達が早いらしい。
無意識に翔のシャツの胸元を掴んでいた指から、力が抜ける。そうしてずり落ちそうになるたび縋りつく、ということを何度も繰り返す。
「好きだ……優衣。……滅茶苦茶可愛い」
ちゅ、という濡れた音の合間に、熱に浮かされたような声で何度も甘く囁かれる。
頬が、熱い。背筋がぞくぞくして、今手を離されたらきっと立っていられない。なのに少しも不安じゃないのは、翔の縋るような手の強さが、まるで逃がさないと言っているみたいだから。
(無理……)
こんなに強くて、受け止められないような気持ちが「好き」という感情なのか。
自分の中に、こんな嵐のようなものが生まれるなんて想像もできない。
翻弄されて、押し潰されて、滅茶苦茶になる。
「……愛してる」
言葉が、怖いくらいに自分の中に入ってくる。
抱き締める腕が、どうしてこんなに心地よい。
「おまえにとっては……いきなりかもしんねえけど。ずっと、好きで……自分でもわけわかんねえけど、ほんとに、おまえしか欲しくなくて」
低く、耳元で囁く声に――
「だから……早く、オレのもんになって」
――眩暈が、した。