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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
神々の章

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斎木綾人

 それらの詳しい話は、現在佐倉家にやってきているという斎木家直系の――つまり先代『如月』の孫息子から直接聞くということになっているらしい。


 優衣はついでに、その斎木綾人という人物に紹介されることになった。


 優衣は佐倉の家に入ってから、折に触れて分家の人々と挨拶を交わしてきたが、外部の術者一門の人間と顔を合わせるのははじめてだ。


 皓は今までに何度か、彼と顔を合わせたことがあるらしい。


 どんな人物なのかと尋ねると、何やら微妙な顔をして首を捻る。


「どんな……うーん、僕もそう親しいわけじゃないから、あまりどうこう言えないんだけど。――カタブツ?」

「カタブツ」


 繰り返した優衣に、皓は言葉を選び選び続ける。


「えぇと、顔を合わせるたびに、おじいさまが綾人さんで遊びたがってうずうずしてる感じ、って言えばわかるかな?」

「あぁ……うん。なんとなく」


 なんといっても明仁は、生真面目な人間で遊ぶのが大好きなのである。


 毎年佐倉本家に家人として派遣されてくる新人たちの多くは、そのときになるまで「主家の当主」である明仁と顔を合わせる機会はほとんどない。周囲の指導者たちからその肩書きと、圧倒的な実力だけを聞き及んでいるのが通常だ。


 つまり、ある意味「雲上人」である明仁に対し、ビビりまくりの緊張しまくり。


 そんな新人たちの起居する棟では、彼らの緊張を和ませるという名目で、毎日のように古参の家人たちによりありとあらゆるトラップを新装開店されている。


「姉さんは絶対! 近づいちゃダメだからね?」と皓に真剣そのものの顔で禁足令を出されているその棟からは、毎朝若い家人たちの悲鳴がひっきりなしに上がっている、らしい。


 それを命じた張本人の明仁は「修行にもなってちょうどよかろう! これぞ一石二鳥と言うやつじゃのー」と悦に入っていた。


 だが、貴明の側近である西園寺が以前、「俺も、今の新人棟には絶対行きたくねーなー……」と遠い目をしていたところから察するに、そこに仕掛けられているトラップは年々レベルアップしている模様。


 そのお陰かどうかは知らないが、佐倉本家の家人たちは、ちょっとやそっとのことでは動じない神経と実力を促成栽培されることになる。


 配属されて一年も経つ頃には、たとえ明仁が〈花火〉を打ち上げようが、その余波で庭池が壊滅的な被害を被ろうが、「まったく、当主のなさることは相変わらず派手なことで」「おーい、まずは錦鯉を隣の池に移してやらないと可哀想だから、そっち先にするぞー」「当主ー、その崩れた庭石だけはご自分で元に戻しておいてくださいよー? 遊ぶだけ遊んでトンズラなんて許しませんからねー」と、すっかり頼もしく成長するのである。


 佐倉の屋敷に戻った優衣は、皓の後についてはじめて入る応接室の襖の前で、教わった通りに一礼をしてから顔を上げた。


 そこには貴明と、恐らく斎木家の直系と思しき青年がいた。


 明仁は先週から京都の方に出向いているため、今こちらでは貴明が当主代理として動いている。


 微笑した貴明に促され、皓とともに用意されていたふかふかの座布団に落ち着く。


 確かに皓の言う通り、カタブツというか、実に生真面目そうな雰囲気の青年が至極なめらかな動作で頭を下げる。


「我が斎木家の依頼を受けていただき、心より感謝いたします。私はこのたび、斎木家次期当主側近筆頭に就任しました、斎木綾人と申します」


 見たところ、伯凰と同じ年頃の――恐らく、二十五、六の青年だ。


 かっちりとした背広姿で、茶色っぽい髪をさっぱりと短く整えている。


 陽に焼けにくい体質なのか、色の薄い肌は西洋の血が混じっているのかと思うような白さだが、不思議と脆弱な感じはなかった。


 こちらを見る感情を押し殺した一重の瞳と、淡々と静かな声音を紡ぐ唇には、わずかな柔らかさも浮かんでいない。


 今彼が置かれている現状を思えば、些細な気の緩みも許されないのだろう。


 皓に続いて名乗った優衣は、なんとなく綾人に対して「気苦労の絶えなさそうなヒトだなぁ」と少々失礼な印象を抱いた。


 だが、明仁と違って真面目なヒトで遊ぶ趣味はない。


 貴明や皓と「仕事」の話を続ける綾人の声には、抑えきれない焦燥が滲んでいる。


 彼の言葉の端々からは、『如月』の指名を受けたのが自分の父親か、せめて自分自身だったならこんな面倒は起きなかっただろうに、という思いが感じられた。


 逃げ出した次期当主という人物も気の毒だが、なんだか彼の方も気の毒になってくる。


 それから交わされた会話からすると、斎木の次期当主を連れ戻した後に彼らがどうするかは、話し合いで結論を出すようだ。


 逃げ出した次期当主にしても、ずっと逃亡生活というのも大変だろうし、一度きちんと話をするのはきっと悪いことではない。


 以前優衣が攫われたときには、貴明が探索の術を使って居場所を探し当ててくれた。


 だが、敵対する術者に攫われたわけでもなく、今年十八になったという斎木家の次期当主(暫定)が頼る者もなく逃げ出したとなると、術を使うよりも「表」のネットワークを使った方が早いのだという。


 この家にいるとうっかり忘れそうになるけれど、この世の中において術者というのは、圧倒的な少数派なのである。


 ホイホイと人前で術を使ったりしたら、あっという間に痛いヒトを見る目で見られてしまう。


 そのため佐倉家には、一般の方々に術を使っているところを目撃されたときには「役者志望なんです! 昨日役をもらったばかりで浮かれてしまいました、お騒がせして申し訳ありません!」「手品師の卵なんです! ほーらハト(型の式神・幻術で可視化バージョン)が出ますよ」などと言ってごまかすべし、というマニュアルまであるのだ。


 血縁も何もなく、私物は追手のかかることを予期していたのかすべて処分されてしまったという対象を捜索するとなると、人海戦術で相手の居場所を特定した後、術者を投入して確保するというのが最も効率的であるようだ。


 その方向で話がまとまり、貴明が最後に確認する。


「――それでは、関東一円を中心に捜索を。発見後は拘束してそちらに身柄のお引き渡しを、ということでよろしいでしょうか」

「はい。よろしくお願いいたします」


 綾人が応じて頭を下げる。


 自分の前にあった資料を、すいと皓の前にずらした貴明は、相手の緊張を和らげるように穏やかに微笑した。


「先代が亡くなられたばかりで一門が不安定な最中に、大変なことになられたものですが――そちらの次期殿は、必ず我らが探し出してみせましょう。どうぞご安心ください」


「……お気遣い、感謝いたします」


「いえ。ほかに何か、ご要望はございますか?」


 綾人が束の間、逡巡するかのように視線を彷徨わせた。


 何度か唇を噛むようにした後、では、と抑えた声で口を開く。


「あの者は――少々粗忽なところがあるため、追手が佐倉の方々であることに気づかず、闇雲に抵抗するかもしれません。そうなった場合、佐倉の方々に手加減していただきたいなどとは決して申しません。ですが、もし……もし可能であるならば、できるだけ傷をつけないよう、配慮していただけますでしょうか」


 苦渋に満ちた言葉に、貴明はわずかに口元を綻ばせたようだった。


「もちろんですよ、綾人殿。ご安心ください。我が一門には、十八の少女に傷をつけることのできる者などおりません」

「……申し訳ありません」


 綾人が再び深々と頭を下げる。


 優衣は貴明の言葉に、少なからず驚きを感じた。


(女の子? なんだ?)


 正直、意外だった。


 神剣の継承者だというから、てっきり話題の人物は男性だとばかり思っていたのだ。


 佐倉家にもさまざまな法具が所蔵されているが、何度か見せてもらったそれらの中でも、刀剣の類いは大抵男性の術者が使用者として選任されている。


 もちろん、女性の使用者がいないわけではない。


 しかし、その手のものは異様に重たいのだ。


 基本的に鉄のカタマリなのだから当然といえば当然だが、ずっしりと重たい刀は細身のものでも、大型のフライパン数個分は確実にあったと思う。あんなものを戦場でぶん回していた昔のお侍さんたちは、一体どんな腕力をしていたのだろうか。


 そんなことを考えながら、優衣は何気なく皓の前で開かれたままのファイルを眺めた。


 綴じられた資料の一番上に添付されていた写真を見て、思わず「……え?」と声を零す。


「姉さん? どうかした?」

「優衣?」

「……?」


 三方から訝しげな視線が向けられる。


 改めて見直してみるが、間違いない。


 恐らく、何かの行事で撮影したスナップ写真なのだろう。


 そこに写し取られているのは、にかっと太陽のような明るい笑顔を浮かべてVサインを決めている、髪の長いきれいな少女。


 少しカメラとの距離が遠いせいか、それとも光の加減かどうかはわからないが、あの印象的だった瞳はごく普通の黒い瞳のように見えるが――


(わーお)


 ――それは確かに先ほど出会ったばかりの、正直者かつうっかりさんな少女であった。

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