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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
鳥籠の章

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海へ

 あのときは、本当にびっくりしたわ。


 目が覚めたらいつの間にか病院で、お父さまやお母さま、姉さまや妹たちが泣きじゃくっていて、あなたなんて私の手を握って涙ばかりか鼻水まで盛大に流しているのだもの。


 やだ、そんなに怒らないで。


 それだけ私を心配してくれたってことでしょう?


 でもねぇ、一週間眠りっぱなしっていうのが、あんなに体力が落ちるものとは思わなかったわ。


 ひと月くらいは頭もぼうっとして上手く考えられなかったし。佐倉家の当主さまが今少し眠っておるといい、って頭を撫でてくださったのがとっても気持ちよかった。


 うん。佐倉グループの総帥、って言ったら、いくらほややんのあなたでも驚くわよねえ。


 そう、うちはその五百蔵よ?


 佐倉グループの芸術部門を担当している、五百蔵。


 お父さまったら、あなたが挨拶にきたとき「全然気づいておらんようだったぞ? 面白いから、気がつくまで放っておけ」とか……やだ、そんなに落ち込まないでよ。


 私も、お父さまの七光りって言われるのがいやで、作品をコンクールに出すときには全然違う雅号を使っているのだし。


 うん。それでね。


 昨日、女の子がお見舞いにきてくれたの。


 え? 顔が緩んでるって?


 だって、本当にきれいな子だったのだもの。


 私はあまり家のことは知らないから、その子が名乗ってくれてはじめて、佐倉家の当主さまのお孫さんだってわかったのだけど。


 付き添ってくれていたお母さまなんか、完璧に硬直していたわね。


 うん、あんなお母さま、はじめて見たわ。病院の中だっていうのに、携帯でお父さまを呼び出そうとしたりして。さすがにそれは、慌てて止めたけれど。


 それでね、どうして佐倉のお嬢さまが私のお見舞いに来てくれたのかは、最後までよくわからなかったのだけど……お母さまったら、私が早く目を覚ますようにって病室中に飾っていた私の絵をあれこれお嬢さまに説明しだしちゃって。


 ちょっと恥ずかしかったけど、お嬢さまも興味深そうに見てくださって。


 それでね、あなたと同じことをおっしゃったの。


 ――楓さんには、世界はこんなにもきれいに見えているんですね。

 ――また何かきれいなものを見つけたら、わたしにもこうして見せてくださいますか?


 だから私、思わず言ってしまったのよね。


 だったら今度、お嬢さんを描かせてください、って。


 そうしたら、物凄くびっくりした顔をなさって、それから恥ずかしそうに赤くなられて、もう! なんて可愛らしかったことかしら! つい脳内メモリに永久保存してしまったわ!


 ……でも、モデルになるのは、やっぱり断られてしまったわ。


 なんでもこれから、とてもお忙しくなるのですって。


 それはそうよね、佐倉家のお嬢さまともなれば、家を飛び出したエセお嬢さまの私とは、比べものにならないほどの責任をお持ちのはずだもの。


 だから、そんなお嬢さまがどうして私のお見舞いに来てくださったのかは、わからないのだってば。


 ただ私、お嬢さまがあなたと同じことをおっしゃったからってわけではなくてね。


 本当に、見せて差し上げたいと思ったの。


 世界には、こんなにも優しいものがたくさんあるんだって。


 あのきれいで、どこか哀しそうな瞳をなさったお嬢さまに。


 もう、お会いすることはないかもしれないわ。


 けどね、なんとなくだけど、こう思うの。


 あのお嬢さまは、いつかどこかで必ず、私の描いた絵を見てくださるって。


 あなたは怒らないわよね?


 私はずっと、あなたに見てもらいたくて絵を描いていたけれど、今はあのお嬢さまにも見てもらいたいと思うの。


 私は絵の世界で。お嬢さまはお嬢さまの世界で。


 私の世界にはあなたがいて、お嬢さまの世界にはきっと、お嬢さまを誰より愛してくれるひとがいて。


 そうしてほんの一時でも、私の描いた絵を見てくださることがあれば、それで私たちの世界は繋がったと言えるのだと思うの。


 繋がって、広がって、そうしてみんな笑って生きていくんだわ。


 そう思うのはステキなことじゃないかしら?


 ……ねぇ。今度、海に行きましょう。


 そろそろクラゲの季節だなんて、言われなくてもわかっているわよ、もう。


 海を見たいのじゃなくてね、空を見たいの。


 何にも邪魔されない、一面の空。


 なぜかしらね。


 あのお嬢さまには、そんな空を見せて差し上げたいと思ったの。


 だから、行きましょう。


 優しい空を、見るために。


 海へ。


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