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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
鳥籠の章

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メフィストフェレスの囁き

「し……っ死ぬかと、思ったあぁ……っ」


 へなへなと地面にへたり込みながらそんなことを言ったのは、ずっと一行の先頭を走っていた俊哉と和彦だ。


 術者が現れては俊哉が問答無用でぶっ飛ばし、トラップの気配を察するのに長けた和彦が、さまざまな法具を駆使してそれらを無効化しながら先陣を切り開いた。


 そうやってどうにかここまで、誰ひとり欠けずに脱出成功したというのに――


 ふるふると拳を震わせたふたりは、くわっと同時に目を剥いた。


「おおおおおおおまえらなぁ!?」

「一歩間違ったら、おれたち、モロに巻き添え喰らってたじゃないかあぁーっ!!」


 結界から飛び出るなり、疲労困憊で倒れ込みかけていたふたりがそこにいたにもかかわらず、直後に出てきた竜と翔は、こちらになんの断りもなしに特大の術式をぶちかましてくれやがったのだ。


 結界からの距離が、後から出てきたふたりの方が遠かったのは、この中で彼らがやたらとデカいからであって、断じて俊哉と和彦が短足なわけではない。ないったらない。


 ――息もぴったりの正当な抗議にも関わらず、竜は再びむっつりだんまりの無口野郎に戻ってしまった。


 翔はといえば、敵地を抜けたならもはや大地に預けている必要はないとばかりに、ぐったりと意識を失ったままの優衣を素早く、かつ慎重に奪い返している。


「トシ……。強く生きような……」

「さ、寂しくなんかないやい……っ」


 魂の叫びを見事にスルーされたふたりは、ぽんと互いの肩を叩く。


 そんな中、当主に向けて式神を飛ばしていた大地が振り返り、不思議そうに首を傾げた。


「おまえら、何を遊んでる? さっさと本陣に戻るぞ」

「……うわぁー! おまえらなんか、大嫌いだー!」

「ええっ!? カズ、そんなこと言うなよ! おれはカズもみんなも大好きだぞ!」


 橘俊哉。気は優しくて力持ち、を地でいく少年である。


 その少々もっさりした風貌と相俟って、「くまさんみたいでカワイー」と同年代の少女たちの間では密かに人気があったりする。


 義務教育を終えた少年が口にするには、清水の舞台からトリプルアクセルで飛び降りるくらいに勇気が要りそうな台詞をまったくの真顔で言い切られて、和彦はがくりと肩を落とした。


「うん……。トシ。おまえは、そのままでいてくれな?」

「うん?」


 そんなことをやっている間にも、薄情な三人はとっとと先に行っている。


 優衣を抱えた翔の左右に大地と竜が護衛するように並んでいて、残されたふたりは慌ててその後を追う。


 大地は以前からの知り合いだったらしいが、ほかの面々が実際に優衣と翔に会うのは、はじめてのことだ。


 今まで何度か、皓の姉である彼女の姿を見に行ったことはある。


 そのときは、「あ、やっぱり皓って美少女ヅラだったんだな」という感想を抱いただけだった。


 ただ、同じ顔ような顔をしていても、やはり性格は随分違うように感じた。


 同年代の少年らしくぎゃあぎゃあと騒ぎ合ったことも数えきれないほどにある皓とはまるで違う、物静かでおとなしそうな少女だと。


 そう言うと、皓やこのところずっと本家にいる李家の伯凰は、なんだか微妙な顔をしていたけれど、あのときの彼らの表情の意味が今ならわかる。


 ……というか、あの美少女ヅラで、変態だのナルシストだの、顔が変わるくらいボコれだのという言葉は、あんまり言って欲しくなかった。


 少年たちのピュアでナイーブなココロは、ちょっぴり傷ついていた。


「……神谷さん」


 大分本陣から離れたところから脱出したため、目的地まではしばらく歩かなければならない。


 そんな中、静かに口を開いた大地に、翔は視線だけでなんだと返す。


「これから、家がひとつ、消えます」


 さらりと告げられた言葉の重さに、思わず目を瞠る。


「佐倉家の当主は、孫娘に手を出した愚か者を断じて許さない。まして彼らは、多くのひとびとを災禍に巻き込みかねないとわかっていながら、五百蔵家に襲撃をかけた。だから、今夜これから、小笠原という家は破滅する。そこに属するひとびとも」


 だからなんだ、と無言で見返すと、大地は感情を抑えた声で低く言う。


「望むと望まざるとに関わらず、佐倉家の娘であるというのは、そういうことです。……きれいごとでは、彼女は守れない」


 大地の琥珀色の瞳が、いまだ眠り続ける優衣の青ざめた顔を映す。


 彼女もまた、何も知らない。


 自分が、どれだけ多くの人々に守られているのかさえ。


 そんなふうに、守られなければならない己を知らないことは、正しいのか。……知らせないことは、正しいのか。


「皓の側近としてではなく、オレ個人の意見として聞いてください。あいつは、優衣さまの望みを叶えるためなら、なんだってするやつだから。……優衣さまがこれまで通りの生活を望まれたからこそ、佐倉家の方々は必要最低限の知識だけお伝えして、危険については何も知らせずにお守りすることを選んだ。その結果が、今回のこれだ。我々は、決して万能じゃない。守られるつもりのない相手を守るなんて、どうしたって限界がある。――あなた方は、こちらにくるべきです」


「大地」


 無口な竜が咎めるような声を出したが、それに驚く者はいなかった。


 大地はそのまま、ずっと考えていたことのように続ける。


「オレは高野家の人間です。幼い頃から、佐倉家の方々を守るために育てられました。分家の者はみんなそうです。……そんな不思議そうな顔を、しないでください。恩や忠義というのも、もちろんあるでしょう。ですけどそれこそ、そんなきれいごとだけの話なんかじゃないんです」


 静かに。ゆっくりと。


「それが一番、生き残ることのできる方法だと、みんな知っているんですよ。佐倉家は、分家に何かあれば必ず、救いの手を差し伸べる。その信頼を一度も裏切ったことがないから、佐倉家はオレたちの首座として認められているんです」


 もちろん、力及ばず結果が伴わないことも数えきれないほどあった。


 それでも歴代の当主たちは誰ひとりとして、全力を尽くさずに手をこまねいていることだけはしなかった。


 ともに笑い、泣き、怒り、ときには憎しみさえ分け合って。


 そうやって、生き延びてきた。


「正直に言うなら、今日までオレは、優衣さまのことを皓の姉だとしか思っていませんでしたよ。オレの主は皓だ。皓が、姉の優衣さまを慕う気持ちは理解できる。だから、皓が大切に思っているなら、術を使えない優衣さまに何かあったら皓が悲しむだろうから。そんな義務感でここに来ました。……けど」


 ふっと、大地の瞳が強くなる。


「優衣さまは、皓に真っ先に楓殿の魂魄を救えとおっしゃった。そして、その願いを託した皓に『祝福』を与えられた。オレはもう、皓が命じなくても優衣さまをお守りするでしょう。――そして、優衣さまにはほかの誰でもなく、あなたが必要だ。神谷さん」


 だから、と大地はにこりと笑みを浮かべてみせた。


「ちょっと、すべてを捨ててみませんか? 優衣さまを、お守りするために」


「……どこのメフィストフェレスだよ」


 憮然としてぼやくと、言葉巧みな少年は一層楽しげに笑みを深める。


「行き先は、地獄とは決まっていませんが。何しろあなたには、幸運の女神がついているんですから」


「幸運の女神なんていらねえよ。オレが欲しいのは、寂しがりで泣き虫の、ただの優衣だ」


 さらりとそんなことを言った翔に、束の間沈黙が落ちる。


「神谷さん……。あんたこそ、どこのイタリア人ですか。よくそんなこっぱずかしいことをつるっと言いますね?」


 その辺は一応自覚していなくもないので、あまりツッコまないでほしい。


 優衣を口説くためには、それくらいで恥ずかしいだなんだと言っていられないのだ。


「オレは百パーセント混じりけなしの、純正日本人だ。てめえの方が、よっぽどそんなツラしてんじゃねえか」


「オレは謹厳実直なドイツ系です!」


「ああ、道理でいろいろ理屈くさいと。……いいんだよ、理屈なんかどうだって」


 はあ、と息を吐いた翔は、降るような星空を見上げた。


 きれいだ。


 優衣が何者かに奪われたとわかってからずっと、すべてが灰色に染まっていた世界が、今はこんなにもきれいに見える。


 ――こんな力を持って生まれた自分に気づいたときから、いつか「そうじゃない」家族や友人たちと、離れるときが来るかもしれないことはわかっていた。


 自分の力が、それを持たない人々から見れば、忌避される類いのものだなんて知っている。


 それでも、どうしても。


 今この腕の中で眠る存在だけは、手放すことなんかできない。


「そっち側に行くかどうか。選ぶのは、優衣だ」


 そのためには、すべてを知らなければならない。


 遠ざけられていた現実を。


 今回の件で、優衣を攫うために幾人もの人間が傷つけられたことの、その意味を。


 優衣自身にはなんの咎もなく、また彼女を愛する周囲もそう言うことだろう。


 けれど、そうでない者たちにとってはどうなのか。


 優衣を望む人々がいる一方で、優衣さえいなければと思う者たちがいないと言えるのか。


「オレは、優衣のそばにいる。……それだけだ」


 ――いずれにせよ、自分自身からだけは、決して逃れることはできないのだ。

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