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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
鳥籠の章

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少年たち

 時間にしたら、ほんの一分足らずのことだったろう。その場に居合わせた全員が、光とともに優衣の翼が形を失い、空気に溶けて消えていっても尚、魂を絡め取られたように立ち竦んだまま動けなかった。


「……っ!」


 翼が消え、今度こそ翔の腕の中に落ちてきた優衣は、ぐったりと意識を失っている。

 その瞬間、呪縛が解けた。皓、と震える声で呼んだのは誰だったのか。


「あ……あぁ……」

「皓」


 まだどこか呆然としている皓の名を、低く呼ぶ。時間は、ないのだ。優衣が皓に託した望みだけは、何があってもし損じるわけにはいかないのだから。優衣を攫うために奪われた、五百蔵楓というひとの魂を取り返すために。

 はっと顔を上げた皓に、笑ってやる。大丈夫だと。


「安心しろ。前と同じで、寝てるだけだろ」


 行け、とは言わない。なんとなく、それを自分が言ってはいけない気がした。皓は彼らの指揮官だ。その重みを知らない翔にできるのは、軽く彼の背中を押してやることだけ。


「……はい。姉さんを、お願いします」

「おう。がんばれよ」


 がんばれ、なんて本当は必要ない。ずっと皓は、それ以上に走っていた。

 少しだけ泣き笑いのような表情を閃かせた皓は、一瞬で優衣の前では決して見せない、抜き身の刃の気配をまとう。


「行くぞ、漣。楓殿の気配を追う」

「はい」


 ざっと床を蹴る音とともにふたりの姿が消えると、奇妙な静寂が落ちた。

『祝福』という奇跡の残滓。翔だって、まだ胸が震えている。腕の中の少女が、急にひどく遠い存在になってしまったかのような寂しさ。

 それと同時に、確かに自分の腕の中で安心しきっているという満足感を覚え、苦笑する。――本当に、自分は器が小さい。


「高野?」

「は、はい!」


 ひとつ年下だが、これまでずっと寡黙に皓のサポートをしていた少年が飛び上がるのが、少しおかしい。以前はちょっと変わった、妙に実戦的な動きをする空手仲間としか思っていなかったのに、随分近くて遠い場所にきたものだ。


「どうするんだ? 今の指揮官は、おまえだろ。オレは優衣が確実に守れれば、それでいい」


 一拍置いて、大地もまた自分を取り戻したようだった。


「……つーか、よくつらっとそんなこと言えますね。あなたがいきなり段取り全部ぶっ飛ばして突っ込んでくれたお陰で、オレたち今、敵陣真っ直中に孤立無援なんですけど?」

「はっはっは」


 それは仕方がないだろう。名指しで優衣に呼ばれてしまったのだから。


(――まぁ、多少はテンパってたって自覚はあるけどな)


 ただでさえ、犯人たちを全員まとめて、いかにして生まれてきたことを後悔させるかの脳内シミュレーションを繰り返すことで、どうにか正気を保っていたのだ。

 そこに突然、一条の光のように優衣の呼ぶ声が脳裏に響いた。それからのことは、ほとんど無意識での行動だ。

 とはいえ、まずは本当にここに優衣がいるかを確かめて、と話し合っていた明仁と皓を尻目に極大レベルの一撃を放った上、周囲の悲鳴だの怒声だのを丸ごと無視して突っ込んだのだから、多少のお叱りは甘受しなければなるまい。ちらりと背後を振り返ると、屋敷のどてっ腹には見事に風穴が開いている。今やここの警戒レベルは、マックスまで引き上げられていることだろう。

 後悔はしていないが、すかさず追ってきたらしい彼らを巻き込んでしまったことは、少し申し訳ないと思う。そんなことを言ったら、皓辺りには「何さまのつもりですか」とそれは白い目で見られそうな気もするが。


「まあ、そこは後でいいです」


 翔はむっと眉を寄せた。


「後でか。スルーじゃないのか。折角笑ったんだからごまかされろよ、気の利かないヤツだな」

「……神谷さん。今は状況が状況なので、集中していただけませんかね」

「へいへい」


 我ながら、ちょっとテンションがおかしいことになっているかもしてない。片手を挙げ、へらっと笑って応じる。

 大地は、ナニこのひと、さっきまでと別人だしあの羅刹モードはなんだったんだ、ギャップが凄すぎて気持ち悪いんですけど、などとひとしきりぶつぶつぼやいた。

 それから無言の仲間たちの視線を受けて、こほんと咳払いをする。


「――この際だ、派手にいくぞ。皓と漣が向かった方向と逆方向に敵を引きつけながら、一直線に外へ出る。俊哉と和彦が前衛、神谷さんの後に竜、オレの順だ。最優先事項は優衣さまの安全。離脱後はすぐに本隊へ式を飛ばし、合流を目指す」


 了解、応、と声が返る。


「――高野」

「なんです?」


 こちらを見た大地に、少し迷ってから眠ったままの優衣を託そうとすると、心底驚いたというように大きく目を見開く。

 非常に不本意ではあるが、仕方がない。


「オレは、こういう場合の動き方を知らない。おまえが優衣を連れていってくれ。万が一のときは、おまえの方が対処できるだろ?」


 単純な一対一の勝負なら、多分そう簡単に負けることはないと思う。けれど今は、周りは敵の術者だらけ。しかも迷路のようなこの建物の中を、たった五人で優衣を守りながら突破しなければならない。

 この建物をはじめて見たとき、どこの城だと呆れたものだ。これが個人所有の邸宅だとは、和風洋風の違いこそあれ、佐倉本家にはじめて行ったとき以来の驚きだった。

 ――ここは古くから関東にあり、何度か佐倉と勢力争いを繰り返していたという小笠原家が有する屋敷のひとつだ。当代当主は表でも裏でもかなりの遣り手で、抱えている術者たちも少数精鋭を誇っているらしい。実際、奪われた楓の魂魄と優衣の行方を探そうにも、見事なまでにその痕跡を消されていたのだという。佐倉家の結界を同族の血で破り、更にその魂魄を利用することで、「侵入者」であることを一切感知させなかったのだ。

 目を血走らせた貴明が全身全霊で捜索の術をヤバいレベルで行使して、ついに楓の魂魄、その気配の残滓を突き止めたのは、父親の面目躍如というものか。その結果を闇雲に手掛かりを探して駆け回っていた者たちに伝えるなり、貴明は力尽きて昏倒してしまったらしい。今回の殊勲は、間違いなく彼だろう。

 そうしてやってきた小笠原家の本邸は、見た目は優美なたたずまいでも、一歩中に踏み入れればそこは敵の術者とトラップの巣窟。万が一、自分たちがばらばらにはぐれたときに、優衣をひとりで守りきる可能性が一番高いのは、恐らく大地だ。――今は、まだ。


「……当主から、優衣さまに関することはあなたに従うよう言われているんですが」


 琥珀の瞳を何度か瞬かせた大地が、少し困ったように首を傾げる。


「だったら話は早い。安心しろ。おまえらが背中を心配する必要はねえ」


 そう言うと、なぜか大地と少年たちが、揃って肩を落とした。


「いや……。あなたが規格外ってのは、わかってんですけどね……」


 大地のぼやきに、分銅付きの細い鎖を弄んでいた少年が溜息混じりに言う。


「もうヤだこのひと。素でこれだし。しかも、言うだけのことあるし」

「うーん……。一度は言ってみたい台詞だよねぇ」


 そう腕を組んでうなずくのは、小柄ながらがっしりとした柔道家体型の少年だ。確か、いつも何かしら弄っているのが和彦。のんびりと話すもうひとりが俊哉と呼ばれていた。


「殿は、最も危険。普通、完全に守りきるのは、困難」

(あれ、今の誰だ?)


 こんな声は今まで聞いたことがないぞ、と翔は首を傾げて彼らを見回したのだが――


「……竜が、喋ったぁ!?」

(おい……)


 それは、三人揃って絶叫するようなことなのか。確かに、この自分と同じくらい上背のある少年が口を開くのを見たのは、はじめてだ。ひょっとして、彼のコミュニケーション不全っぷりは、以前の優衣より酷いんじゃないだろうか。


(優衣は話しかけたら、一応返事は返ってきたぞ。無表情だったけど。そのたびココロが出血多量だったけど)

「……早く、行くぞ」


 ぼそりと寡黙な少年が再び口を開くと、大地たちは天変地異の前触れだのなんだのと騒ぎだして、やかましいことこの上ない。翔は非常に微妙な気分になりながら、黙って彼らの頭をどつき回した。

 いくら訓練を受け、実戦経験を積んでいても、こういうところはただのガキだ。

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