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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
鳥籠の章

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21/85

リーダーはロリコンでした

(……うわぁ)


 花嫁。

 この、おそらく誘拐犯のリーダー格と思しき男は、そう言ったのか。


「まさか、最後にロリコンが出てくるとは……」


 オカマ、ウザ男にとどめはロリコン。トリッキーな連中もここまで揃えばいっそ見事だ。

 男は不快げに顔を歪めた。


「……誰がロリコンだ。おまえはもう十七だろう」


 クローゼットの中をあれだけロリータファッションで揃えておきながら、一体何を言っているのだろうか、このロリコンは。たとえ彼が自分で選んだのではなかったとしても、アレを許容している時点で同じ穴の狢だろう。


「そういうあんたは?」

「二十九だ」


 それは、思っていたよりも若い。無駄な色気と迫力のせいで、てっきり三十代半ばくらいだろうと思っていたのだ。優衣は顔をしかめて口を開いた。


「一回りも違えば立派にロリコンでしょうが。気持ち悪い、近寄るな。大体初対面で花嫁発言とか、どんだけイっちゃってるんですか。成人男性が女子高生に何言ってやがんです、ド変態のロリコン野郎。今すぐわたしを家に帰せば見逃してやるから、さっさと帰せ」


 おまえは、とロリコンが眉をひそめる。


「それでも佐倉家の娘か。よくも私に向かって、そんな下品な口をきけたものだな」

「そっちこそ、アッタマ悪いんじゃないの? ロリコンの変態誘拐犯に向かって、お上品に応じる被害者がいるとでも思ってるわけ? それとも、世の中の人間は全部あんたには敬意を払うべきーって勘違ってる気の毒なヒトだとか? うっわサイアクー。超キモイんですけどー」


 相手のいやがりそうな頭の軽い口調を作り、鳥肌の立った腕をさする仕草をしてやると、ロリコンの頬がかすかに震える。それでも下っ端ふたりのように感情を面に出したりしないのは、さすがと言うべきなのだろうか。

 どうやら、変態にもランクというものはあるらしい。それともトップが変態だと、その下っ端も変態揃いになるものなのだろうか。


(あぁ、なるほど)


 内心で、ぽんと手を叩く。

 これが、類は友を呼ぶというやつか。


「……招き方が、いささか乱暴だったことは詫びよう」

「へー。変態の間では、無理矢理誘拐することを招くっていうんだー。ていうか、詫びるとか言ってるわりに、全然誠意が感じられないしー?」

「仕方がない。そうしなければ、私がおまえにこうして会うことは叶わなかったのだからな。……李家の“歌姫”が、まさか私の世代にこうして生まれていようとは」


 厭味は軽くスルーされてしまった。残念だ。


「三十路間近のおっさんと、現役女子高生を一緒にすんじゃねーわよ。つーか、さっきからなんなの、歌姫歌姫って。そんなモンになった覚えなんざないっての」

「……おまえには、今後ここで暮らしてもらう。食事は届けさせるが、逃げようとは思わぬことだ。術を使えぬおまえにはわからないかもしれんが、この部屋は結界で完璧に隠してある。それに、おまえが私に従わぬと言うなら、おまえの一族の娘は二度と目覚めぬことになる。私の仲間は優秀でな。佐倉に連なる娘の魂魄を捉えることもできるのだよ。娘に魂魄を返すも返さぬも、おまえ次第ということだ」


 優衣は、思わず目を瞠った。


(何このロリコン、ほんとに気持ち悪い)


 ロリータ趣味の上に脅迫までしてくるとは、どこまで救いようのない変態なんだろうか。呆れ返って、絶句する。

 その沈黙をどう受け取ったのか、ロリコンは口元だけで薄く笑った。


「鳥の娘。幸運の女神。――李家の歴史を見れば、歌姫が存在する時期に隆盛を誇っているのは間違いない。今後はその歌、私のために歌うがいい。安心しろ、不自由はさせん。おまえの望むものはなんでも与えよう」


 ……これはひょっとして、飴と鞭のつもりなのだろうか。なんというか、ここまで話していて疲れる相手もはじめてだ。そもそもこちらを見ているようでいて、実はまったく見ていない相手との会話など、最初から成立するはずもなかったということか。不自由させないも何も、ここに閉じ込められている時点で百パーセント不自由だろうが、とツッコミを入れるのもバカバカしい。

 あらぬ方を向いて無視していると、また来ると言い置いてロリコンは出ていった。二度と来るな。


(肩凝った……)


 慣れない話し方をしたせいか、なんだか舌がむずむずする。


(とりあえず、今すぐ殺される感じではない、か)


 誘拐ではなく、拉致だったわけだ。帰すつもりは端からなく、この窓さえない部屋に優衣を閉じ込めて、彼らは一体何がしたいのだろう。

 溜息をつき、ダイニングチェアに腰を下ろす。

 ――状況を、整理してみよう。

 まず、あの「腕」は、どうやら佐倉家に近しいお嬢さんのものらしい。それを使って、佐倉家特製携帯端末の結界を無効化した、というところだろうか。……その辺の詳しいことはよくわからないけれど、多分そんなところだと思う。

 それを操っているのはロン毛のオカマ。お嬢さん、可哀想。

 連中は優衣を“歌姫”と呼んでいて、手に入れると何かいいことがあると思っているらしい。そのため優衣を拉致し、どうやらここで飼うつもりのようだ。まったく、ひとをなんだと思ってるんだろうか。座敷童か。

 だが、あのロリコンは「歌え」と言った。“歌姫”という呼称からしても、どうやら連中が求めるのは歌、であるらしい。ならば、彼らが優衣に暴力を振るおうとしなかったことも納得がいく。なんらかの異能を指して歌と言っているにせよ、暴力を振るった相手を前に、ちゃんとした歌を歌うことのできる人間などいるわけがない。

 それを言うなら、拉致してきた時点でアウトだと思うのだが――長期間犯人と過ごした誘拐事件の被害者というのは、恐怖心から逃れるために、無意識に犯人に好感を持とうとするのだと聞いたことがある。恐怖対象との同一化を図り、精神の安定を保つために。或いは、自分に好意を抱く相手に害意を持つことは難しいということが、犯人にとっても当てはまることを期待して、どうにか生き延びようとする本能によって。


 それが本当かどうかは置いておくにせよ、誘拐犯というだけならともかく、あの変態トリオに好意を抱くなんて、地球が爆発したって絶対に無理だ。

 他人の「腕」を操るなどという、とんでもないことをするくらいだ。こちらに言うことを聞かせたいなら、暗示でも洗脳でもされていておかしくないと思う。だが、そうするつもりなら最初からしているだろう。

 ……となると、やはり連中にとっては、“歌姫”である優衣が「自分から彼らのために歌う」のが必要ということか。

 幸運の女神だなんだと言っていたが、いい年をした男が運頼みか。ますます情けない連中だ。


 頭の中で三人を景気よく蹴り潰していると、コンコン、と控えめなノックの音がした。どうやら変態以外の誰かが来たようだが、ここにいる以上は変態の仲間だ。無視していると、失礼しますという声とともに扉が開く。

 食事を載せたワゴンを押して入ってきたのは、優衣と大して年も違わないように見えるメイドだった。比喩でもなんでもなく、古いハリウッド映画に必ず出てくる襟元と袖口まできっちり詰まったワンピースにエプロン、それにヘッドドレスに編み上げのブーツは、紛うことなきメイドさんだ。

 ただし、そのスカート部分はミニスカートだったが。


(……終わってる)


 変態だ変態だとは思っていたが、まさかミニスカメイドを喜ぶ変態ポイントまであるとは。ちょっと、想像の斜め上を行かれてしまった。なんだか悔しい。


「お食事でござい――」

「いらない」

「……は?」


 ワゴンの上には、どこの三つ星レストランのフルコースだといわんばかりの、豪華な料理が載っている。優衣は、行儀悪く片膝を抱えて薄く笑った。


(さて、と)


 あのロリコンは、望むものはなんでも、と言った。それが本当かどうか、試させてもらおうじゃないか。


「市販の栄養補助食品とインスタント食品、ミネラルウォーター、スポーツドリンクを全種類。電子レンジと、湯沸かしポット。ユニ○ロの下着セットは、十個もあればいいかな。クローゼットの悪趣味な服なんて着られないから、もっとマシなのを用意して。バスルームに洗濯機がないってどういうこと? 最新型の洗濯乾燥機と洗剤と柔軟剤と、あとケータイ。それから、レンタルショップで人気の海外ドラマ完結してるヤツ全部と、プレイヤー買ってきて。あぁもちろん、テレビの配線も全部やってね」


 さぁどうする、と見遣った先で、メイドは顔色ひとつ変えることなく、かしこまりました、と一礼して出ていった。見た目は高校生のような童顔だが、思ったより年上なのかもしれない。

 呆れたことに、我ながらかなり無茶なことを言ったと思うのだが、それから三時間後には、優衣の要求したものはすべて部屋の中に持ち込まれていた。

 部屋の中がメイドさんと執事さんで溢れかえる。どこの怪しい喫茶店だろうか。

 携帯端末まで買ってくるとは、正直思っていなかった。箱を開けてみれば、子ども用の発信先を制限されるタイプのもの。ひとつだけ登録されているナンバーは「小笠原潤一郎」となっている。


「……誰? このカタカナ表記にしたら十五コもマス目を使う、長ったらしい名前の人は」


 模試のとき名前を書くのに、人の倍は時間がかかりそうだ。半ば答えはわかっていたが、近くを通りがかったメイドに携帯端末の液晶画面を向けると「ご主人さまでございます」と、想像通りの答えが返ってくる。


「ご主人って? ここに攫ってこられてから、蹴ったら倒れたガリガリロン毛のナルシストニューハーフと、超ウザくて気持ち悪い中身が中年オヤジのタレ目金髪派手男と、二十九才にもなって女子高生のわたしを嫁とかいう最悪に変態なロリコンにしか会ってないんだけど、その中の誰か?」


 部屋の中にはまだ作業中のひとびとが十人ほどいたが、まるでその存在が消え失せたかのように一切の音がなくなった。

 そんな彼らに、明るく楽しげに笑ってやる。


「まぁ、誰でもいいけどさー。ホント、あなたたちも大変よねー。ご主人さまが変態だと、その犯罪の片棒まで担がなきゃならないとか。やってらんなーいとか思わないわけ? 突然なんの面識もない女子高生を攫ってきて、こんな部屋に閉じ込めてペットにするような救いようのない変態だよ? わたしなら、死んでもご主人さまなんて呼びたくないなー」


 凍りついていた人々が、ぎこちなく作業を再開する。優衣の近くにいたメイドは、無表情を取り繕おうとして微妙に失敗しているような奇妙な顔になり、冷や汗とも脂汗ともつかないものをびっしりと額に浮かべている。

 だがここで相手に同情するほど、優衣は聖人君子の如き美しい心の持ち主ではない。変態の仲間はもしかしたら変態ではないかもしれないけれど、敵の仲間は敵に決まっている。


「大体、世の中に完璧なものなんてあるわけないのにさー。あのロリコン、この部屋は完璧に隠してあるから逃げるなーとか、ガチでアホなの? わたしのおじーちゃん、怒らせたら滅茶苦茶怖いヒトなのに。わたしにこんなことして喧嘩吹っかけるとか、どこまで考えなし? ご主人さまが叩き潰される前に、みんな逃げた方がいいと思うけどー?」


 相手が祖父の名と、その意味を知っていると踏んで、つまらなそうに言ってみる。

 ――必ず、助けにきてくれる。

 そう信じている相手は、本当は違うのだけれど。

 それにしても、この頭の悪そうな喋り方、ちょっと楽しくなってきた。メーカーのロゴ入りストラップを指に引っかけ、くるくると回す。


「まー、わたしは誰かが迎えにきてくれるまで、のんびりだらだらさせてもらうだけだけどー。みんなの顔は覚えたから、おじーちゃんたちが来たら、変態の仲間のひとたちだよーって教えておくねー」


 調子に乗って、軽く八つ当たりをしてみた。

 人間というのは腹を立てていると、ちょっぴり品性が下がるみたいだ。

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