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鳥の娘 ~見えない明日を、きみと~ ≪改稿版≫  作者: 灯乃
鳥籠の章

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20/85

変態お断り

「はじめまして。ようこそ、“歌姫”」

「黙れ変態」


 底なし沼に呑まれるような感覚の後、気がついたら目の前にいたのがこの男だ。

 多少貧相だが、見てくれは悪くない。筋肉も脂肪も最低限しかついていなさそうな細い体躯に、ユニセックスなデザインのシャツにパンツ。おまけに髪を長く伸ばしているものだから、最初は女性かと思った。

 しかしその声のダミ具合から男とわかり、これが流行のニューハーフというやつか、とほんのちょっぴり感心した。

 周囲を見回せば、シンプルな内装のマンションの一室という感じであるが、窓はない。ついでに、生活感もまるでなかった。誘拐犯のアジトにしては部屋は随分広く清潔で、目の前の男からは香水のにおいまで漂ってきている。ナルシストか。


 誘拐犯が、電波な変態ナルシストのニューハーフ。なんなんだ、その無駄なハイスペックは。ひょっとして、笑いが取りたいのだろうか。悪いが全然面白くない。ひとをあれだけ怖がらせておいて、オチが変態ひとりというのはどうなんだ。拍子抜けすぎて腹が立つ。

 変態が唖然としている間に、自分の状態を確かめる。

 ――五体満足。ちゃんと靴も履いている。しかし、あの不気味な手を振り払おうとしたときに離してしまったのか、鞄もエコバッグもどこかへ行っていた。

 ……鞄の中の財布も心配だが、この暑い時期に豚さんを放置してしまったかと思うと、ますます目の前の変態が憎らしくなる。


「家に帰せ」

「――“歌姫”だな?」

「そんなけったいなものになった覚えはない」


 義務教育時代の強制合唱以来、歌など歌ったこともない。大体、歌姫といえばサラ・ブライトマンだろう。オペラ座の怪人は最高だ。

 そんなことを考えていると、変態は「嘘をつくな」と睨みつけてきた。変態のくせに。


「その目、佐倉の後継に瓜ふたつのその姿。誰が間違えるものか」

「は?」


 腹違いだが、皓と姉弟であることは間違いない。“歌姫”という単語も、どこかで聞いたことがある気はする。けれど、今まで佐倉家でそんなふうに呼ばれたことはない。

 わけがわからん、と内心首を傾げていると、苛立った顔をした変態が詰め寄ってきた。


「……っ!」


 肩を掴もうとした変態に対し、優衣は思いきりその股間を蹴り上げていた。条件反射だ、ザマを見ろ。声もなく悶絶して蹲った変態を冷たく見下ろし、ドアノブに手をかけてみる。意外なことに、あっさり開いた。

 そのまま出ていこうとした優衣の腕に、覚えのある感触が絡みつく。


(うおう)


 がっちりと優衣の腕を掴んでいるのは、先ほどと同じく、女性のもののように見える肘から先の白い腕だった。こんなものに慣れたくなどなかったけれど、ファーストコンタクトのときよりは、やはり衝撃はない。人間の適応力って素晴らしい。


「その腕は……おまえの一族の、娘の腕だ」


 まだ蹲ったままの変態が、呻くような声で言う。


「できるものなら、おまえの力で解放してみるがいい」


 そんなことを言われても、ようやく自分の気配を抑えることができるようになったばかりのシロウト同然の人間に、そんな小難しいことをできるわけがないだろう。相変わらず、ぐいぐいと力強い腕に引きずられ、部屋の中に戻される。

 入れ違いのように、どうにか立ち上がった変態が出ていって、外から鍵をかける音が聞こえた。それと同時に白い腕もふっと消えて、胸を撫で下ろす。一族の娘さんがどうとか言っていたが、今のアレはただの怪奇現象だ。彼女とふたりっきり(?)というのは、やっぱりちょっと遠慮したい。


 静まり返った部屋の中を、改めてぐるりと見回す。

 二十畳ほどもあるワンルーム。四人がけのダイニングテーブルと、キッチンカウンターの前にはスツールが二脚。ソファの前にはばかでかいテレビが置いてあるが、配線もコンセントも繋がっていない。テレビがあるのに見られないのはストレスだろうというイジメだろうか。優衣はテレビっ子じゃないのであまり関係ないが、外の情報が手に入らないのは少し残念だ。

 あちこちにある扉を、開くかどうか片っ端から試していく。広々としたバスルームにトイレ。壁の一面を占めるウォークインクローゼットには、なぜか少女趣味全開の衣服や靴がこれでもかと詰まっている。


 それに比べて、キッチンはあまりにお粗末な充実具合だった。折角の電磁調理機を活用するための鍋も、フライパンもない。冷蔵庫の中がミネラルウォーターと氷だけというのは、どういうことだろうか。確かに人間、水さえあれば一週間は生きられるというが、それを実践するのはさすがに遠慮したいところだ。

 最後のひとつは、寝室につながっていた。その向こうを確認した瞬間、優衣はぱたりと扉を閉めた。

 ――天蓋付きのお姫さまベッドというのは、一体なんのジョークだろう。

 ひどく疲れた気分になって、部屋の隅で膝を抱える。


(なんか……。凄く、まずいことになってる気がする)


 優衣が誘拐されたことに気づいたら、翔は間違いなくキレるだろう。

 それになんだかんだ言って、優衣に対して過保護な佐倉家の人々がどう出るか。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、ということなのか、あの「手」を操っていたのがたとえ変態でも生きた人間であるとわかった以上、最初に感じた闇雲な恐怖はどこかへ消えた。あまりの異常事態に感覚が麻痺しただけのことかもしれないけれど、とにかく今は大して恐ろしいと感じないし、ちゃんと落ち着いている。


 ――「家族」という概念からは少しずれた感覚かもしれないけれど、こんな事態になっても落ち着けるだけの知識をくれたひとたちを思う。

 いつも訓練につきあってくれる皓と伯凰。どうにかこちらに話しかけようと、苦心しているのが丸わかりの貴明。それを尻目に、にこにこと優衣をお茶に誘う翠蘭と凪子。黙って茶を啜っているだけだが、挨拶をすると「うむ」とうなずく明仁。


 ずっと「翔」と「それ以外」で分類されていた優衣の中で、今はみんなそれぞれ別個の存在として認識されている。彼らがくれる、翔とは違って熱くも激しくもない、穏やかな温もりを知った。……多分、翔がそばにいてくれなかったら、それが温もりであることすらわからなかっただろうけれど。

 人見知りをする子どものように翔に手を引かれて、与えられるものを拒絶するのではなく、受け止めてみようと思うことができた。大丈夫だ、と翔が背中を押してくれたから、未知のそれらを怯えずに受け止められた。


 自分でも、歪んでいると思う。感情のすべてが翔に依存していて、こんなのはきっとまともじゃない。けれど、それでも固く心を鎖したままでいるより、少しずつ、そしてたくさんのことを知ることができた。それまでの感情が壊れても、わからなくなっても、新しく生まれる感情というものがあるのだと知った。

 皓の瞳に映る真っ直ぐな思慕や、伯凰の慈しむような柔らかな眼差しに、はじめは少し戸惑った。それから彼らの存在に慣れてくるにつれ、兄弟とはこんなものなのか、と思うと少し照れくさい感じがした。

 不器用な貴明の中には、やはり罪悪感が色濃く残っているようだった。こちらはもうどうでもいいことだと思っていても、そう簡単に忘れられるものではないのだろう。

 翠蘭と凪子は、顔を合わせるたび嬉しそうにとりとめもないことを話してくれる。彼女たちの温かく気を遣わせない空気が、ありがたかった。

 明仁は、物凄く豪快な人物だと思う。何かの報告をしにきた家人に「孫とのひとときを邪魔するでないわー!」と近くにあった見事な青磁のツボをぶん投げたのは面白かった。


 家人も慣れたものなのか、慌てながらもしっかり飛んできたツボを受け止めていた。

 けれど、それが何かを確認した途端、ふうっとよろめきながらも辛うじて踏みとどまり、「投げるのでしたら、せめてほかのものにしてくださいませ!」と悲鳴を上げていた。何かを投げる分には構わないが、あのツボはちょっと投げてはいけないモノだったらしい。


 そんなふうにして、受け入れられているのだな、と感じた。

 ……嬉しいと、思った。

 最初は腫れ物に触るような扱いだったけれど、それでも優しくされるのは嬉しいと感じた。多分、あのひとたちに何かあったら、自分は哀しい。

 だけど。


(翔……)


 ツキン、と胸の奥が痛んだ。

 きっと翔が、誰より心配してくれている。

 大丈夫だと伝えたい。

 だって。


(誘拐犯の変態に同情する気なんて、これっぽっちもないけど。やっぱり、生きてる人間を電気ナマズの刑にしたらやっぱり死んじゃいそうだし、ヒトゴロシはよくないし。でも、あのロン毛がアフロになる程度なら、むしろ見たいかも? いやでも、ぶっちぎれた翔がそんな手加減できるとも思えないし。殺人罪で立件されることはなくても、気分悪そうだし)


 人を呪い殺しても、この国では犯罪にはならない。翔の雷撃は呪いではないけれど、科学的に立証不可能という点では同じことだろう。

 それでも、生きている人間を殺すのはダメだ。死んでしまったひとには、さっさと逝くべき所に逝ってもらいたいものだが。


(あれ……。ひょっとしてこの部屋、「閉じて」る……?)


 優衣の感覚は、翔や皓たちに比べると遙かに鈍い。それでも、今閉じ込められているこの部屋が、なんらかの手段で外界から切り離されているような感じがした。

 そうだとしたら――本当にそうだとしたら、外から優衣を探し出すのはきっととても難しい。

 あの変態も、もう油断することはないだろうし、不意打ちが通用するのは最初だけだ。何より、仮に変態を蹴倒したとしても、またあの「腕」に捕まってしまったらどうしようもない。自力で逃げ出すことはできなさそうなのに、外から助けがくる可能性も低そうだ。

 どうしたものかと思うけれど、誘拐されたときの対処法なんて習っていない。


(そういえば、誘拐犯の顔を見た被害者が助かる確率って、物凄く低いとか聞いたような。……あんまり痛いのは、いやだな)


 うっかり殺されたら、翔に会いに行ってからあの世に送ってもらおう。

 そんなことをつらつらと考えていると、なんの前触れもなく外へ通じる扉が開いた。さすがは変態、女の子がひとりで居る部屋に入る際にはノックをするという常識はないらしい。

 膝を抱えたまま顔を上げて扉の方を見てみると、そこには変態のほかにもうひとりの姿があった。

 変態より少し背が高く、なんとも派手な格好をしている。あちこち跳ねさせた金髪をピンで留め、ピアスやネックレス、指輪に至るまでゴツいシルバーアクセサリーをこれでもかとばかりに装着している。いい年をして、中二病でも患っているのだろうか。

 男はタレ目がちの甘ったるい風貌に、にやにやと締まりのない笑みを浮かべて口を開いた。


「おーおー。思ってたよりずっとカワイイじゃん、歌姫さま? って、そこでシカトしちゃう? ツンデレ? だめだめ、女の子は素直なタイプが一番だぜー? さあ、素直になってオレの胸に飛び込んでおいで!」

(……うざい)


 なんだこの感動的なうざさは。誘拐犯ってのはこんなにうざいものなんだろうか。

 一瞬で「視界に入れるのも不愉快」レベルの悪印象を与えてくれたタレ目が、近づいてくる。

 素早く立ち上がった優衣は、ささっと部屋の対角線上まで遠ざかった。


「うーん、子猫ちゃん? 男ってのは、逃げられると追いかけたくなるイキモノなんだよ?」


 だらだらした前髪を掻き上げながら、ウインクなんぞを送ってくる。

 ――駄目だ、我慢の限界だ。


「そのセンスの悪い顔とファッションと、うざくて気色悪い喋り方をするあなたから遠ざかっていたかっただけです。そんなに頭皮を酷使して、将来ハゲ上がりたがっている神経もまったく理解できませんね。ていうか、子猫ちゃんて。しかもウインクて。ハッ、どこのおっさんですか、それともあなた、物凄い若作りなんですか? ああ、別に興味ないので答えなくていいから、さっさとわたしを家に帰せ、この変態野郎どもが」


 その場に、短くない沈黙が落ちた。

 ひくりと金髪タレ目が口元を引きつらせて、長髪オカマの方をぎぎ、と振り返る。


「……あれー? 今なんか、幻聴が聞こえたんだけど?」


 長髪オカマが苦々しげに溜息をつく。


「……幻聴ではない。残念ながらな」

「う……っウソだあああああっ!」


 なぜ泣く。


「現実を見ろ。報告書には別宅でひとり暮らしとあったが……。確かに、術も使えない上にこんな育ちの悪い娘では、正式に“歌姫”として披露するわけにもいかんか」


(失礼な)

「うるさい、オカマの変態ナルシスト」


 人さらいの変質者なんぞに、たとえ本当のことであったとしても、育ちが悪いなどと言われる筋合いはない。大体、こちらは“歌姫”などではないというのに。

 一拍置いて、ぶはっと吹き出しかけた金髪タレ目を、長髪オカマが射殺しそうな視線で睨みつける。長髪オカマはそのまま金髪タレ目の襟首を掴んで、問答無用に引きずり出していった。頭に血が上っているようだったから、鍵をかけ忘れてくれればいいのにと思ったが、さすがにそう上手くはいかないみたいだ。


 それにしても、これだけ罵詈雑言をぶつけても暴力的な反応がないのは少し意外だった。殴りかかってくるくらいはあるかと思ったのだけど。犯罪者はふたり組が多いというが、変態もあのふたりだけで済むのだろうか。両方とも下っ端くさいから、もしかしたらリーダーっぽいのがいるかもしれないな――などと思ったのがいけなかったのだろうか。


(……ホントにいたし)


 再び、前触れなしに開いた扉。

 そこにいたのは、チャコールグレーのスーツを着た、一見エリートサラリーマンふうの男だった。

 長髪オカマのように中性的な顔立ちをしているわけではないのに、その辺の女性が裸足で逃げ出しそうな色香を振りまく、色白の秀麗な顔立ち。背は高いが翔ほどではなく、しかしまだほのかに少年ぽさの残る翔と違って、かっちりとしたスーツの下の肩は厚い。よく鍛えられた感じは、佐倉家で見る家人のそれとよく似ている。

 爬虫類めいて感情をうかがわせない瞳が、優衣を見る。


「ようこそ。我が花嫁」

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