6 違えた道
俺の名前は神矢ルト。
大きい病院の医院長の跡取り息子。
俺が小さいころから両親が可愛がってくれていて、何か欲しいものがあればすぐに買ってくれていた。
客観的に見ても俺の顔は良い。それに加えて金持ちの息子となれば選り取り見取りだった。
女も男も。
それでも、手に入らないものがあるのだとつい最近知った。
この前父さんの病院へ入院した癌患者、岡田理沙さん。
一目惚れだった。
俺と彼女の接点は大学。
俺は大学院、彼女は大学に通っていたころ。偶々大学の客員教授に用があって大学へ行ったときに彼女を見かけて、惚れた。
幸いに金はあった。
彼女の身元、近辺、弱みになり得ることを調べ尽くし、さあ彼女と接触しようというときに卒業を迎え、彼女はある会社へ就職してしまった。
正直、絶望した。
本気で惚れた女は彼女だけだった。
だから、どうしても捕まえたかった。
そして、もう一度行った身元の調査で、彼女が異性にも同性にも人気があることを知り、彼女に悪い虫がつかないよう後をつけていた。
好きで好きで堪らない。我慢なんてできないし、今すぐにでも彼女に鎖をつけて足の腱を切って閉じ込めたい。
男の目に映らないように、外へ行かないように。
親父の病院へ入院したことを知った時、心は歓喜に沸いた。
あの病院なら、見舞いに行っても見咎められることはないのだから。
だから、悪い虫がつかないよう後をつけていたのがあだになるとは思わなかった。
見向きもされないとは思わなかった。
相手にされないうちに毎日通っていたのが親父にばれた。
激怒してきた親父は、彼女の負担になるからと医師と看護師に俺を彼女の病室に入れないよう命じたらしく、何度行っても雇われの身の奴らが邪魔してきていた。
いっそのこと、親父を殺そうかとも思った。
そんなことをしていたうちに、彼女は退院してしまった。
退院したその日。
病院から大して遠くない場所に家があると知っていたから、合鍵を作って部屋に入り、盗聴器兼カメラを設置した。
だが、ここでも俺の企みはうまくいかない。
彼女が出掛けた隙につけたから、帰ってくるまで家には誰もいないはずなのに、『ただいま』という声が聞こえた直後全ての盗聴器が壊された。
その間、彼女の姿は一度も映っていない。
嫌な予感がして、もう一回設置してもまた、壊された。
段々不機嫌になっているのを見かねたらしく、同僚が相談に乗ってくれたが、俺の想いを切々と説くと、二度と話し掛けられなくなった。
設置しては壊され、設置しては壊されを繰り返したある日。
平日に休みを取って、彼女の行動を見守ることにした。
そして見た、少年。
俺ですら負けを悟る少年に、始終ニコニコと笑いながら会話している里紗。
何かが、きれた気がした。