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 翌日。

 いつも通り学校へ行き、いつも通り自分の席に座って授業の開始を待つ。

 けれど心は不安に波立っていた。原因は今朝のニュースだ。テレビモニタの中でアナウンサーは新たに行方不明者が出たことを報じていた。その被害者が女学生でなければこんなに心乱されることもなかっただろう。

 女学生。たしかうたも学生だったはず。報じられる事件の詳細と依然として彼女から連絡がない状況に、その女学生がうたなのではないかと考え始めている自分がいた。

「今日はどうするんだ?」

 背後から声をかけられて振り返る。

 二見がそこにいた。周りを見ると既に仮想訓練を開始しているクラスメイトの姿がある。既に授業は始まっている。それに気付かず声をかけられるまで自分はぼうっとしていたのだ。慌てて仮想訓練を希望し、接続機器を渡されて頭に装着する。

 今日から訓練ランクを上げるというのに、これではいい結果はだせない。だが二見の手前、不安を拭えぬまま仮想訓練に臨んだ。

 当然、結果はよくなかった。体験する新しい状況に戸惑い、うまく立ち回れない。二見もそれを見抜き、慌てず冷静に状況を把握、対処するようにと助言してくれた。

 午前の訓練を終えて食堂へ移動し、朝もしたようにメタトロンのモニタを展開してネットワークに接続、ニュースサイトを閲覧する。どのサイトも今朝発表された行方不明事件の記事を取り上げていた。

 行方不明者の名前は北園瑛子。年齢は十八歳。音楽学校に通う学生。

 音楽学校。だから〈赤の雫〉での彼女の名前は「うた」なのか。こじつけに近い推測が頭をよぎる。

 記事を読み進める。被害者は一昨日の午後、下校して友人と別れそのまま家に戻らず行方不明に。夜になっても連絡もつかないことを心配した母親が警察に相談。家出の可能性は低く、ここ最近起きている行方不明事件と関連があるかもしれないと警察はその行方を捜索中。

 いなくなった時間がわからないのがもどかしい。確か一昨日はうた、そして猫と一緒に〈赤の雫〉の中にいた。時間は午後四時から午後六時前までの約二時間。もし北園瑛子が行方不明になった時間が午後四時より前であれば、北園瑛子はうたではない。何かしらの事件に巻き込まれて行方不明になったのならば、仮想世界にいられるような状況ではない。そしていなくなった時間が午後六時より後であれば、それから今日まで連絡が取れないうたを北園瑛子だとする理由の一つとして考えることができる。

 いくつかのニュースサイトに目を通したが、結局時間はわからなかった。だがこれまでに起きた行方不明事件の概要が纏められていて、その詳細を知ることができた。

 ここ一、二か月の間に日本で起きている行方不明事件は全部で六件。発生した地域、被害者の年齢、職業、状況などに関連性は見いだせず、ただどの被害者もアテネではなく防御型都市、オーヴァの恩恵にあずかって生活をしている人々であることと、失踪や事件に巻き込まれるような理由が見当たらないということが共通していた。

 家族や交友関係での諍いはなく、家出、失踪の可能性は低い。事実、警察は既に事件としてこれらの捜査を開始している。だがすべての行方不明が繋がっているとすれば組織的な犯行になるはず。だがそれらしい痕跡も見つかっていないという。

 人が忽然と姿を消す。

 異様な事件であり、まだ失踪なのか誘拐なのかもわかっていないことに対して警察への批判と、被害者がどこかで結託し事件を演じているのではないかというような憶測が事件の周りに溢れていた。

 今の若者はしたたかで、悪ふざけやパフォーマンスがどんな影響を及ぼすか考えて実行する。一連の事件がパフォーマンスだとしても影響は大きく、そして何より目的が見えない。被害者の周囲の人間も被害者がそういったことをする人物ではないと証言している。

 まだ不可解なことがある。それは警察機関やマスメディアの対応だ。

 被害者の情報公開が早すぎるのだ。一番新しい被害者の北園瑛子に至っては通報からたった一日足らずで公開されている。

 だがこれにはオーヴァと精査機関に圧力をかける狙いがあるという。ナノマシンが収集する生体情報。それには位置情報なども当然含まれる。相手がどんな状態なのか。生きているのかそれとも死んでいるのか。その情報を警察が要求するためだと。

 オーヴァは一部の生体情報、新種変種のウィルスや未知の病気以外の情報開示を絶対に譲らなかった。今もってなおだ。それは政府や警察機関が力を持たないようにするためらしいが。

 現状、オーヴァだけがその生体情報を独占しているが、人々はオーヴァを信頼している。生体情報の開示は長く争われてきた問題であり、オーヴァがそれを守り続けてきたからこそ得られた信頼だった。

 例え違法な薬物、依存物質を摂取しても、それは本人の自由。メタトロンのモニタに表示されてもその情報が外部、警察や医療機関に報告されることはない。

 ただ生体情報が人を守る有益な情報であることは事実。妥協案として精査機関が設置された。

 警察が要求する情報が本当に捜査に必要な情報なのか否か。私的利用、人権侵害に当たるか否か。その精査を通過しなければ情報は得られない。仮に通過してもオーヴァ側が要求を跳ねつける場合もあるらしい。今回の事件もオーヴァは警察の要求を無視しているようだ。緊急性があるにもかかわらず。

 何故情報を提供しないのか。次の可能性が推測されていた。

 一つ。これが事件ではないという可能性。何かしらの思惑、オーヴァへの敵対行為、妨害活動、パフォーマンスなどである場合だ。オーヴァはそうした脅威にいつも晒されている。だから迂闊に応じないのかもしれないと。

 二つ。オーヴァ側も情報が掴めていない可能性。つまりナノマシンからの情報が得られない場合だ。考えられないことではない。防御型都市に暮す人全員がナノマシンを常用しているわけではないから。

 最後に、オーヴァが事件に関与していて情報を秘匿している可能性だ。

 一番有力なものから順に記載されたこれら。だが三つめの可能性は無視してもいい。ネットに流れているような皮肉だ。なんでもオーヴァの陰謀だと決めつける類のものでしかない。何かしらの事件にはいつもついて回っている。

 それにこのどれでもない可能性もあるのだ。

 結局、行方不明事件を調べるだけで昼の時間は終わった。わかったことも多いが、何より知りたかったことはわからずじまいだ。

 うたと北園瑛子。両者の関係を結ぶもの。あるいは否定するもの。その判断材料が。

 ただいたずらに事件への不安、恐怖が自分の中に堆積していった。


「そんなに難しいか?」

 午後の訓練を終えて接続機器を返却すると二見が聞いてきた。午前よりはましだが、それでも結果は芳しくはない。

「そうですね」

 不安を打ち明けることもできず、肯定するしかなかった。

 学校を後にし、帰りのモノレールの中でメタトロンを取り出してモニタを展開する。

 〈赤の雫〉のアイコンを選択するとモニタに一覧が表示された。うた、モーフィアス、桜花。戦友の契りを結んだ三人の名前が一覧に登録されている。

 結局、自分ひとりでこの問題を考えてもどうにもならない。うたのことで何か知っていそうなのは猫だが、彼女とは戦友の契りを結んでいないので連絡の取りようがない。桜花はうたと面識すらないだろう。そうなると頼りになるのは一人だ。

 モーフィアスの名前を選択した。自分の中にある不安。それを話してもいいと思えるのが彼だ。彼もうたとは交流があり、何か知っているかもしれない。

 名前に触れるとモニタはメール作成画面へと即座に切り替わった。


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