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 翌朝、学校へ向かう支度を済ませてリビングに降りると食卓には既に母と妹、そして父の姿があった。キッチンから自分の朝食を持ってテーブルにつく。

「昨日は遅かったの?」

 正面に座る父に向かって口を開く。一瞬だけこちらを見て「あぁ」と短く答え、再び壁にかかったテレビモニタへと視線を戻した。父とは言葉を交わしても、いつも一言二言で終わってしまう。

「そういえばさー、ラティはいつになったら直るの?」

 妹が父に尋ねる。ラティとは人型警備ドローン〈ガラテア〉の通称だ。全長は150cm程度と小柄。白を基調とした流線型の体をしていて、昆虫のような大きな目で喜怒哀楽を表現する。

 電話番や訪問客の受付、敷地内の巡回、監視などが主な役割だが、要求すれば簡単な日常会話もでき、踊ったりもする。普及している家庭用のドローンの中にはこうした玩具のような機能がついているものが多い。

 実際、半分はおもちゃのようなものだった。そもそも本当に家庭の安全、防犯を考えるのならば、視認できるタイプのものなど使わない。

 家のラティーは今、稼働していない。もともと初期不良とやらで調子が悪かったのだが、今度は足の関節部がおかしくなって立つことすらままなくなった。そこで機械技師である父が自分で修理すると言いだしてそのままだった。

「新しい奴を買ったら?」

 テレビでは丁度、浮遊型監視ドローンの宣伝が流れていた。

「大して壊れていないのに、わざわざ買いなおす必要もないだろう。それに明日までには直しておく」

 宣伝が明け、ニュース番組が再開する。

「四月二十四日に起きた行方不明ですが、調査本部は未だに事件解決の糸口すら掴めていない模様です」

 画面に現れた女性アナウンサーは五日前に起きた行方不明事件のことを語っていた。すぐに場面が切り替わり、インタビューに応じる近隣住民の姿が映し出される。

「あんた達も気をつけなさいよ。途中まで友達と帰ったりできるでしょ」

「セルを使っちゃだめなの?」

「それが一番安全かもしれないな」

 家族の会話には加わらず、テレビを凝視する。

 五日前に起きた行方不明事件。それは商業系の高校に通う女学生が夜の間に自宅から忽然と姿を消したというものだった。

 今の時代、それだけでも十分に奇妙な内容だが、問題は同じような行方不明事件がここ一、二ヵ月の間に数件起きていることだ。そしてどれもまだ解決してない。世間はこの行方不明事件の話題でもちきりだった。

 場面がスタジオに戻り、司会者がコメンテーターを交えて様々な事件の可能性を論議している。

 眺めつつ黙々と朝食を口に運ぶ。そのうち父は仕事に、妹は学校に、母は洗濯にと皆食卓から離れて行った。

「ご馳走様」

 食べ終えて一息つき、部屋に寄らずそのまま家を出た。

 外は晴れていたが日差しはそれほどきつくなかった。見上げると青空にはいくつものおぼろ雲が浮かび、その内の一つが丁度太陽に差しかかって陽光を遮っている。

 顔を正面に戻すと家を囲む青々しい生垣が目に入った。もう四月も終わり。微風が青葉を微かに揺らした。

 家の前を横切る歩道に出ると巨大なパイプが歩道の中心を走っていた。幅が七メートルはあるだろうか。表面は透明で、分断された向かいの民家と生垣が透けて見える。

 体の向きを左に変え歩き始める。右手にあるパイプは道に沿って伸びており、その中を赤や緑、黄色、灰色の球体が音もなく滑らかに通り抜けていった。

 このパイプは都市の血管にあたるバゾル。そして中を移動しているのはセルだ。人の身体と同じようにバゾルは都市全体に張り巡らされており、中を走るセルは生活に必要な物資や郵便物を運搬、また人が直接乗り込んで目的地まで移動することもできる。

 セルの移動は安全かつ高速で、操作は中の操作盤で目的地を設定するだけだ。都市、特に居住区では自動車の代わりにこのバゾルとセルが重要な交通インフラの一つとして整備されている。

 乗用のセルは内部に人が二人はゆうに収まるほどのスペースがあり、中心には座席が設置されている。大抵の人は外膜を設定して外を見ないようにするが、設定しなければセルは一種のローラーコースターとなり、バゾル内の高速で移動するさまを体験できる。完全な防音と防振機構のおかげで乗り心地は悪くはなく、さらに高齢者、身重の女性、急病人の搬送など乗客に応じた型が存在し、分け隔てなく利用できるよう設計されていた。

 そのセルが次々と流れていく方向に歩を進める。バゾルと家々に挟まれた歩道には街路樹と街頭が点々と並んでいた。

 やがて自分と同じような学生や出勤する人の姿が散見し始める。その足取りは誰一人として時間にせかされている様子はない。

 日本の首都と呼ばれていた場所も静かで暮らしやすい場所になっていた。アパートメントやマンションなどの高層ビルが乱立し、多くの人がその間を縫うようにして生活を送っていたのはもう過去の話で、地域ごとに住む人口の制限が設けられてからはそれらの建築物は姿を消し、効率化と天災のリスクを考慮した防御型の都市へと造りかえられたのだ。

 居住区、商業区、行政区、工業区、運動区など、都市の中は各機能で完全に区分けされている。

 今歩いている居住区では二十メートル以上の高層ビルの建設は許されておらず、商業区の空に突き出た高層ビル群がここからでも異様に際立って見えた。夕暮れになるとそこに色と光が加わり、お祭りのような騒がしさになる。それも毎日だ。

 バゾルに沿って歩き続けること数分、緩やかな曲線で縁取られた長方形の建築物が視界に現れる。通いなれたモノレールのステーションだ。付近には蝸牛の殻のような形状をしたセルのステーションもあり、次々と人がセルから降車してはモノレールのステーションに吸い込まれていく。

 セルでの移動は確かに高速だが、欠点は利用者が多いとその循環が滞ってしまうことだ。現に商業区など人が賑わう場所ではそれが顕著に現れ、休日はもちろん平日の朝や夕方も混雑気味になる。こうしてモノレールで目的地まで移動したほうがある程度時間の予測もできて確実だった。

 改札を抜けホームに上がると白い車体がすでに身を横たえていた。なるべく人の少ない車両を探して乗り込む。座席に深く身を預けると同時に発車のアナウンスが流れ、ゆっくりと車体がホームを抜け出す。

 窓の外を流れる居住区の景色。均等に割り当てられた各家庭の敷地とその間を走るバゾル。その中で家々のデザインが強く個性を主張し合っている。三角屋根のものや全体が四角形で白く清潔感のあるもの、球形のもの、さらには動物や飛行機の一部のような奇抜なものもあり目を惹いた。

 ところどころに敷地を大きく取られた集合住居が見える。それでも高さは五階建てくらいで、それ以上の高さのものは居住区には存在しない。

 高さの制限は頻発する地震に対して。そしてバゾルは交通事故防止、人と物資の効率的な運搬を目的に設計されている。

 人をあらゆる危険から守る為、過度にリスクを排除され効率化を求めて造られた居住区。快適で住みやすいかもしれないが、それが人口制限の一端にもなっているという。

 外を眺めつつ今朝の行方不明事件の報道を思い返した。近年ではああいった事件自体が珍しい。

 人類は黄金時代というものを迎えているらしい。アーサー・C・クラークの「幼年期の終わりに」に描かれているような幸福な時代を。

 しかしその言葉には人の豊かさと、それを与える支配者への皮肉が込められている。

 地球上のだれもが一定の教育を受け、衣食住に困らない時代。たとえ両親がいなくとも立派に成人できるだけの福祉が整い、働かなくとも生命の安全が保証されている社会。人類がそれらを迎えてもうどれくらいだろう。

 長く人類を苛んできた宗教紛争、いや宗教は現実世界よりも仮想世界の中で各々の信仰の炎を燃やしている。心のよりどころ、皆が理想とする聖地で。宗教間の対立や論争はあるものの、武力による衝突はもうなくなっていた。

 犯罪や怨恨による殺人などの非行は消え去ることはなかったが、頻繁に起こったりもしない。

 人類全体に初めて訪れた平穏。それを壊す者は現れず、人は自らの欲望の赴くままに今を謳歌している。

 ただクラークの物語と違うのは、黄金時代への導き手が異星からの最高君主ではなく、掌に収まる小さな情報端末とその開発管理を行う一企業だということだ。

 窓の外の景色が突然現れた高層ビルによって遮られる。モノレールは居住区を抜けて商業区に滑り込んだ。立ち並ぶ建築物の壁面には色や形を次々と変化させるホログラムの広告が浮かび、窓の外を流れていく。AR(拡張現実)グラスを装着すればより詳細な店舗情報やイベントを取得してくれるだろう。今では持っていない人を探すのが難しいくらい普及している。

 視線を窓から外し、脇の収納スペースから小型のテーブルを引き出して懐から銀に輝く薄い板状のそれを置いた。

 ARグラスと同じく、都市に暮らす人にとって決して手放すことができないもの。それがこの情報端末メタトロンだ。滑らかな表面に触れると半透明のホログラムモニタが瞬時に目の前に展開する。いくつもの項目が並び、その中の一つメディカルチェックを指で選択した。モニタに数字が表示され、健康であるという結果が出力される。

 これがメタトロンの代表的な機能の一つ。自分の身体の中にはナノマシンと呼ばれる高度医療分子が巡っており、身体に異常があればそれをつぶさに知らせてくれる。その発見率は完璧の一言であり、手軽な健康診断のおかげで人は病魔という天敵に対し十分な準備をして臨むことができるようになっていた。

 ナノマシンの使用用途は発見と診断だけでなく治療そのものにも活用されている。罹患した場合はまず病院で手術の日程、期間を決め、あとは当日ナノマシンが患部の治療を行う。当人は完了するまでの間安静にしていればいいだけだ。

 万能のように思えるナノマシンだが対応できないこともある。外科的治療を必要とする外傷や整形、出産、心の病などには効果が望めない。都市にそれらの科を取り扱う病院が多いのはその為だ。

 けれど今では再生医療、そして整形外科の技術も向上して傷痕はほとんど元通りに完治する。老化だって薬である程度まで抑えられるし、補助器具も高くない。さらに仮想を用いての精神治療など他にもさまざまなアプローチから病気の解明がなされていた。

 メタトロンにはもう一つ、地球上のどこでもアクセス可能という通信ネットワークがある。それは海の中や山の頂にいても、文字通りどこにいても可能で何の制限も受けない。これにより緊急時の通信機としてもメタトロンは優秀だった。登山や雪山のレジャーでの遭難件数が増加したのは、いつでも救助の連絡が取れると慢心した人達が多くなったからだった。

 昨日自分が体験した仮想世界。あちらへ行くための制御を行っているのもこのメタトロンだ。仮想世界の座標をメタトロンで設定し、接続機器を頭に装着することで脳に散らばるナノマシンが意識をその座標へと転送する。詳しい仕組みはわからないが大まかに言うとそういう動きをしているらしい。

 この仮想世界もさまざまな形で利用されている。精神治療や職業訓練、〈赤の雫〉のような娯楽、そして仮想商店街などがその主な例だ。

 もともと仮想世界はナノマシンの標準機能だったが、法整備が進み適正や年齢などでオプション(追加機能)となったようだ。自分も今年ようやく年齢と適正を通過してその資格を得られたのだ。そして最初に選び、今も入れあげている仮想世界が〈赤の雫〉だった。

 重量僅か二百グラムのメタトロンに搭載されているこれらの技術は、今では日常生活の中に溶け込み当たり前のように使われている。だがメタトロンが最初に登場したのは二十一世紀の初頭で、その分野の研究はようやく手が付けられていたところだった。実用化するのにも膨大な時間と研究、資金が必要な段階なのに、それがいきなり完成された形で現れたのだ。当時の技術者、研究者の驚愕は相当なものだといわれている。

 当然、その技術の出生、性能、社会への影響を危険視する人もいた。だが人々の多くは身体を苛む病を追い払いたかった。たとえナノマシンがどんな仕組みで動いているかわからなくても。そしてひとたび性能が実証されると、後はもう簡単に傾向した。

 ナノマシンによる健康管理と治療。独自の広域な通信ネットワーク。そして仮想世界。

 多くの人はこの一足飛びの技術を求め、そしてメタトロンを開発、管理する企業オーヴァも望みに答えるように世界各地でメタトロンの配布を行った。

 最初からこれだけの機能を搭載したものが無償だった。まるで砂糖に群がる蟻のようにメタトロンに殺到する人々。

 だが国や各種の国際機関、そして企業は何の前触れもなく突然現れたその技術、そしてオーヴァに対して取り締まりと反発を始めた。

 たとえナノマシンの性能、効果が確かであっても、国の認可も受けずに医療行為、そして商品の販売を行えばそれは犯罪行為。ましてやその段階でナノマシンに関しての薬事、医療法はなく、独自の通信規格も国から認可されていない。

 求める者にはメタトロン、ナノマシンを与え、救う。

 オーヴァは無法の救世主であり、そして犯罪組織だった。

 ネットでオーヴァの情報が瞬く間に広がるのと同時に、各国は即座にメタトロンの使用、受け入れ拒否を宣言。それに賛同する他の国々、さらに多くの医療系企業と電気通信会社、オーヴァを危険視する人達が抗議、批判を開始する。

 だがこれらの決起にはオーヴァ側も落ち度があった。それは徹底した秘密主義とメタトロンの普及方法だ。オーヴァは当初、正規の手順を踏まずゲリラ的にメタトロンの配布を行っていた。それゆえに一部の人が手元に集め、高額で売買するという事態も起きていたのだ。

「ナノマシンは生物兵器だ」「生体情報を本人の同意なく収集、管理しているのか」「臨床、研究データを公開しろ」など、さまざまな抗議がオーヴァに殺到する。中にはその秘密主義と高度な技術に「宇宙人の手先なのではないか」という荒唐無稽な主張すら声高に叫ぶ者もいた。

 一部の人々はこの宇宙人説を有力視していた。というのもオーヴァのナノテクノロジーは今でもその独自性、機密性が保たれているらしく、ナノマシン市場はオーヴァがほぼ独占している状態にある。当時のマスコミはそれを面白おかしく引き立てた。メタトロンには地球外の技術が使われていると。

 そうしてオーヴァの徹底した秘密主義は人々の間に不審の波を呼び、抗議、批判の声は大きくなっていく。

 それに対してオーヴァは一番効果的な解答を実行した。

 使用、受け入れに反対する人々及び国に限定してメタトロン、ナノマシンの停止を行ったのだ。抗議の声を上げていた人達の中には隠れて使用していた者もいたので、困るのは当人だった。

 停止を宣言された国では既に所持していた人、国の認可を待ち望んでいた人達が反発を起こし、決定を下した各国の代表は結果的に自分たちの首を絞めることになった。

 その頃になるとようやくオーヴァもメタトロンの技術の一部を公表し、高度だがそれでも人の手によるものだということを主張。宇宙人説は否定され、今後は国や各企業との技術協力をしていくと発表。そうして多くの国がメタトロンを認めたとき、オーヴァの目標であろうとされている世界平和への歩みが始まったのだ。

 それからオーヴァは全世界でメタトロンの配布、使用を進める。さらにエネルギーや都市再建など、各事業へ進出。オーヴァ参入によって飛躍的に向上する各種産業、特に機械工学は目覚しく、商業用ロボットの実用化と食料生産プラントの完成を契機に全世界の食料供給の安全ラインが確保された。

 各国の首都や生活に適さない土地は天災によるリスクを考慮した防御型の都市へと作り変えられ、人はオーヴァの庇護の下、より安全で快適な生活を送れるようになる。

 オーヴァが人々の支持を集めるようになったのはメタトロンだけが要因ではなかった。環境問題、クリーンエネルギーの開発、紛争仲裁などあらゆることに対して平和的、人道的に解決しようとする姿勢、支援が受け入れられたからだった。

 それらはまさに地球に来訪した最高君主のような振る舞い。

 自分も「幼年期の終わり」は既読している。だからネットでまとめられたオーヴァの歴史を読み、その手法、秘密主義が最高君主と共通していることを知った。

 しかし当然、作中での自由連盟〈フリーダム・リーグ〉に属する人達もこの世界に存在した。オーヴァの傲慢な振る舞い、技術、ナノマシンを拒否する人達が。彼らはオーヴァの技術の一切を拒否する国や地域を作り上げる。

 まず声を上げたのはアテネだった。オーヴァ反対派の本拠地もそこに据えられ、それによりオーヴァの技術を認めない国、地域の記号としてアテネという言葉が使われるようになる。

 彼らの主張の根底にあるのは「ナノマシンを認めない」という一点。人の行動、思想が監視され、尊厳が蹂躙されると。端的に言えば人の操作。全人類が体内にナノマシンを入れ、そしてその技術を独占するオーヴァが世界を支配するという危惧を。

 人々の中には思いのほかその考えを抱いる人が多く、アテネを選択する人もそれなりにいた。

 ちなみに日本はアテネではない。オーヴァの企業活動も認められ、メタトロンにナノマシン、仮想世界も使用が認められている。だがオーヴァを認めたからといって国内の都市すべてが防御型に再建されたわけではない。京都や大阪といった観光都市は再建の対象にならずその趣を残されている。一部の地方都市も。それらをアテネだという人もいるが。

 こうして世界はしばらくの間、オーヴァ庇護の防御型都市とアテネと記号のついた国、地域に二分されたが、軋轢や差別は時間と共に薄れ、今はメタトロン所持者でもアテネの訪問、滞在が可能となっている。

 それにアテネの方が働き口も多く、経済活動も活発だった。商業の機械化は都市ほど進んでおらず、病院に関しては倍以上存在している。多くが古くからある街並みを残した観光名所として賑わっており、アテネを首都に据えるべきだという人もいる。都市から溢れた人口の受け皿にもなっているが、それだけに人の諍いは多く、事件や事故の大半がアテネで発生している。

 けれどそれはあくまでアテネでの話であり、今自分が生活を送っている日本はいたって平和で、大きな事件や事故は滅多に起きない。だから今朝の報道にあったような行方不明事件は不可解なのだ。

 窓の外のビル郡が突如として途切れ、局地的な緑が存在する学生区に入った。 校庭と学び舎。商業区から離れるほど学年も上がり、専門性の高い学校が並ぶ。

 疑問を頭の隅に追いやった。結局、こういった問題は自分が考えを巡らせたところでどうなるものでもない。

 テーブルに置いたメタトロンに手を伸ばすと、本体からメールの着信を示す光が漏れた。モニタを小型化し届いたメールを開く。差出人は昨日赤の雫で一緒だった魔女うたからだった。

「おはよー。よかったら今日も一緒に遊ばない? いつもの時間に」

 その内容に承諾の返事を返す。恐らく自分に気を許してくれたからだろう。この頃は毎朝、彼女からこうした誘いのメールが届くようになっていた。

 モノレールが巨大なドーム型のホームに入り、ゆっくりと停車する。窓の外でぱらぱらと人が降りるのを見てから最後に下車した。改札を抜けると巨大な動く床に足を乗せ、自分が通う学校まで運ばれる。

 今日も〈赤の雫〉に行く。昨夜、体験した鬼との戦いの情景を頭に浮かべ、その高揚、快感、恐怖、苦痛を思い出して動悸が少し早くなった。


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