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 今、四人が狭い部屋の中にいる。マルスさんに私、モーフィアス、猫。全員が灰色のローブにフードを目深に被り、マルスさんだけがフードを下ろして顔を見せている。金髪のストレート。パッチリした青い目。高い鼻筋。白い肌。北欧系の整った顔立ちで美人だ。でもこれは〈反逆の園〉に用意された顔で、本当の顔じゃない。

 みんな黙っている。たった今、マルスさんが事態の説明と、不破光春の正体を探ってほしいと告げたところだ。

「その前に、位置情報や施設の不法侵入について何の釈明もなしか?」

 モーフィアスが問い詰める。使徒のやったことは犯罪だと言ってる。

「相応の処置をとってくれても構わないわ」

 相応の処置とは何だろう。けれど二人の話に疑問は挟めなかった。

「お前らはいくらでも逃げられるだろうが」

「わかっているなら、言わないで。この件が終わればあなた達の個人情報は私が破棄するわ。今、注目すべきは彼が何者かということ。それにクリエイターなら、転移技術がどれほど重要なものか理解できるはずよ」

「オーヴァは転移技術を持っているはずだ。今回の捜索で見つけ出すだろうよ」

「見つからなかったら? これまで何度、オーヴァに捜査が入ったと思っているの? そうした技術は一部たりとも出てはいないのよ」

「だから不破に執着するのか? あいつが知っていると? 知らかったらどうする? 記憶喪失なんだろう? お前の言う〈不破の世界〉でも転移技術が見つからなかったら?」

 まくしたてる。マルスさんは答えない。

「それにオーヴァの中央仮想にも侵入するそうだな。そこに行方不明者の情報がなかったらどうする?」

「それはその時よ」

 マルスさんは平然と言い、モーフィアスを黙らせた。

「あなたの言う通り、転移技術も行方不明者の情報も、何も確証はないわ。私の話だけでは信じられないでしょう。けれど不破光春が転移を実現していることは間違いない。これを逃せば、もう機会はないかもしれない。警察の捜索で行方不明者たちが見つかるならそれでいい。けれどそれが叶わないから、こうして行動しているのよ」

 まだ捜査中なのに、それが叶わないという。マルスさんは警察を信用していないのか。

「あなた達だって、不破光春の正体を知りたいでしょう?」

 光春の正体。作られた〈仮想の住人〉か、オーヴァの関係者か。

 私の中では、まだそのどちらとも結びついていない。あの光春が。

「うたは、協力するつもりなのか?」

 モーフィスアが私に聞く。

「光春の世界に行くの、私一人じゃ、怖いんだ」

「だから俺達を呼んだのか」

 頷く。モーフィアスは溜息を吐いた。

「あいつと話をさせろ」

「協力してくれるなら」

「何?」

 声にはっきりと怒りを込めるモーフィアス。

「いまあなた達が話をしても彼を不安にさせるだけ。彼には何としても自分の正体を突き止めてもらわなければならないのよ」

「追い込むつもりか」

「彼の世界でなら、いくらでも話をしても構わないわ。私もその場にはいない」

「お前はこないのか?」

「行けないのよ。彼の世界で接触を試みたけれど、拒否された。それ以来、制限が掛けられてしまった」

「だから俺達に頼むわけか」 

 マルスさんは猫のほうを向く。

「猫さんはどう?」

 猫は少し間を置いて、口を開いた。

「うたがいくなら、私もついていく。その世界に危険はないの?」

「大丈夫」

「猫、どうしてそこまでするの?」

 たまらず口を出した。猫がこちらを見る。

「私だって、この事件に無関心ではないわ。それにうたは行くつもりでしょう?」

 二人が拒否すれば、私も行かないつもりだったのか。わからない。

 猫は私の返事を待たなかった。

「なら私も同行する」

「これで決まりかしら?」

 マルスさんはモーフィアスを見る。

「ひとまずは、いいだろう。だがどうやってあいつの世界に行くんだ?」

「座標を教えるわ」

「いつ行くの? 今から?」

「不都合があるの?」

 今は真夜中だ。それに転移技術の手がかりを見つけ出すのにどのくらい時間がかかるのかわからない。

「今から行く必要があるのか?」

「彼の世界で何が起きているかわからない。状況が変わらないうちに行ってほしいのよ」

「なんだそれは」

「彼はまだこの世界にいるのよ。それが不可解だわ。普通なら、肉体の欲求なり外的刺激でとっくに〈彼の現実世界〉に戻っているはず。仮想世界に拘束力がないのは知っているでしょう?」

「あぁ。だがあいつの生活の場が仮想世界なら、肉体の刺激は関係がないんじゃないか?」

「催眠療法を用いて、彼の記憶を調べた。彼は外的刺激、肉体欲求によって彼の現実世界に戻ったことがある。家族に起こされて、あるいは排泄欲求によっても目覚めたこともある」

 それを聞いて、お腹の中に鉛が落ちていくような重苦しさを感じた。催眠療法。それで光春の記憶を聞き出したなんて。衝撃で非難の言葉は出なかった。ただ怖くなった。使徒という組織が。

「彼がこちらに来たのは午後六時前。彼の生活サイクルではすぐに夕食で、家族が起こしにくるはず。けどそれがない」

「ふむ」

「異変を察知されたのかもしれないわ。だからこれ以上後手に回る前に、こちらから接触したいのよ」

「もう六時間も経っているわね」

 猫が言う。

「だから、よ」

 二人はもう反論はしなかった。私は怖くて何も言えないままだった。

「彼の世界に行く前に、彼に説明するわ。あなた達も来て」

「あいつは今、どういう状況だ?」

「眠っているわ」

 仮想世界での眠り。どうなるんだろう? 経験がないからわからない。

 マルスさんが扉を開けた。促されて二人が白い靄に入っていく。私だけが躊躇して立ちすくむ。

 マルスさんが私を見る。逃げたくなった。けれど二人を置いて逃げるなんて、無理だ。

 恐怖を悟られないように、歯を食いしばって靄に入った。

 そこは現代的な細長い部屋だった。明るく、片面には横一文字にガラスが走っている。ガラスの先も部屋になっているみたいだけど、暗くて見えない。

「ここは?」

 明かりが灯った。

 ガラスの向こうの部屋に、椅子に座らされている男が見えた。同じ灰色のローブ。フードは下ろされている。ブラウンでぼさぼさの髪。口周りにしっかり生えた髭。国はわからないけれど、鼻の高さと顎のラインはアジア系ではない。

 心臓が高鳴る。まさか、彼が光春?

「まるっきり取調室だな」

 モーフィアスはガラスに片手をついて、食い入るように見る。男の手首や足首は椅子に拘束されていて、腕にはチューブが伸びている。椅子の脇にある移動式の小さい机。その上にある白くて四角い機器にチューブは繋がっていた。

 その光景が、私をさらに怖がらせた。胸元でローブを握り締める。

「あいつら、薬まで」

「く、薬?」

「自白剤、睡眠薬、なんでもだ。催眠療法と言ったが、信じられんな。無理やり引き出したのかもしれん」

「わかるの?」

 猫が聞く。

「こういう場所ではなんでもありだろう。例えクリエイターでも、プレイヤーの記憶を直接見ることはできないから、肉体を操作して引き出すしかない」

 説明を聞き、異常だと感じた。そんな怖いことを光春にしたのか。

「こんなことは大抵、すぐに発覚する。忘れるよう催眠をかけたって、現実世界では催眠効果は現れない。ただ仮想世界で催眠をされたことは記憶しているから、通報されて終わりだ」

 モーフィアスが話している間に、どこからか現れたマルスさんが男に近づき、機器を操作する。

 僅かにのけぞり、顔を歪め、男が目を開けた。


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