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 零時前。部屋の明かりを消して、接続機器を持ってベッドにもぐりこむ。

 これでもし部屋を覗かれても布団の中なら寝ていると見えるはず。

 メタトロンを枕の裏に隠し、接続機器を装着して目を閉じる。布団が温まる前に布団とベッドがなくなって、見えない力で背中を押されて立たされたような感覚。意識はあるけどまだ指一本動かせない。ふわっと暖かい空気に包まれた。瞼越しでも外が明るくなって、頬に風を感じる。顔の筋肉がピクリと動き、ゆっくり目を開けた。

 どこまでも広がる青空に浮かぶ草原。そこに銀の鎧の剣闘士と黒装束の忍者がいた。モーフィアスと猫だ。二人に近づく。

「外は大事になってきているな」

「大丈夫?」

「うん。二人も無事でよかった」

「後は不破だけか」

 モーフィアスは彼がここに来ると思っている。答えるのに一呼吸、必要だった。

「光春は来ないよ」

「都合が悪いのか?」

 言葉に詰まる。あの話を信じてくれるかどうか不安だった。

「まさか、攫われたのか?」

 ある意味ではそうだ。使徒に連れて行かれた。

「うた?」

「光春は〈仮想の住人〉らしいの」

 いきなり切り出したから、二人とも少しのあいだ黙った。

「どういうことだ?」

「話を聞いたの。使徒のマルスさんから」

「マルス?」

「使徒の連絡係。記号回収の指示をくれる人」

「指示はユダからじゃないのか?」

「ユダは大事な話のときくらいしか会わないんだ」

「ほう」

 一瞬、会話が途切れた。

「えっと、それでどうして光春が〈仮想の住人〉なのかってことだけど、まず最初に〈反逆の園〉で会う為に皆に送った接続機器だけど、あれには使った人の位置情報を送信する機能があるらしいの」

 モーフィアスがあからさまに顔をしかめたので、自分が何を言ったのか気づいた。

 〈反逆の園〉専用の接続機器には使用者の位置情報を自動送信するという噂があった。それが真実だと言ったんだ。マルスさんが話した時は私も嫌だと感じたけど、どうせ家は使徒に知られているし、それに光春のこともあったから追及しなかった。

「私も知らなかったの。さっき初めて聞かされたから」

 二人とも黙っている。怒られるかもしれない。怒って当然のことだ。

「あの接続機器にそういう評判があるのは知っていたが、事実だとはな。戻って色々とやることができたが、ひとまずそれは後でいい。で?」

 猫を見る。微かに頷いたので話を続けた。

「うん、それで、まず光春の住所番号とその位置情報が違うって言われたの。彼に送った接続機器も集積センターに不明物品として預けられているって」

「話を止めて悪いが、うたが送った本人なのに、使徒が不明物品の状態を知っているのか?」

「名義は私だけど、送ったのは使徒の誰かだから」

「あぁ、そうなのか」

 私は皆の住所番号を聞いて、それをマルスさんに教えただけだ。後はマルスさんが〈友人キャンペーン〉の処理をして皆に送るからと。名義は〈うた〉になることもその時に聞いた。

 一つ思い出した。確か光春だけは接続機器がうまく届かなかったんだ。

 まず光春に荷物の受け取りを承認するように伝えろと使徒から連絡が来た。セルで送られてくる荷物は受け取りの承認をしないと届かない。その受け取りを光春が拒否していると。けど光春に聞いても拒否も何もしていないと言うから、なにか手違いか、住所番号のエラーかもしれない。通知すら届いてないようだったから、何度か住所番号を聞き直して、光春の方からもセンターに問い合わせてもらって、それでようやく届いたみたいだった。

「うた?」

 呼びかけられて、二人が私の言葉を待っていることに気づいた。

「あ、ごめん。それでどうして不明物品になったのかもわからないらしいんだ。調査してくれてる。そして位置情報のほうなんだけど、こっちは南アメリカのペルナンブーコってところから発信されているらしいの」

「あいつは東京に住んでいると言わなかったか?」

「でも位置情報は違うみたい。しかもその場所がオーヴァの施設の中で、そこには人がいないらしいの」

 モーフィアスはそこで唸って考えこんだ。私も今の説明では言葉が足りない気がした。でもどう話したらいいんだろう。

「ペルナンブーコのオーヴァの無人施設から、不破の位置情報が送られているのか?」

 モーフィアスはわかってくれた。

「うん。それで使徒がその施設を調べて、仮想世界の座標を見つけたの。その仮想世界の中で光春は生活を送っているって」

「ちょっとまってくれ」

 モーフィアスは短く笑った。

「使徒がオーヴァの施設に侵入して調べた? そこで見つかった仮想世界の中で不破が生活している? それであいつが〈仮想の住人〉だって?」

「マルスさんはそう言ってる」

「ならあいつは別の仮想世界を移動していることになる。そんなことはできないぞ」

「マルスさんは光春がオーヴァと関わりのある人間だからって。それから、その転移を実現した人かもって」

「オーヴァに、転移ね。不破本人は何と言っているんだ?」

「わからない。光春に聞いたけど、彼、記憶喪失っていうか、過去が思い出せないみたいで」

「記憶喪失? 不破光春のことだぞ」

「光春のことだよ。彼が記憶喪失みたいなの」

「またいきなり……どうしてそんなことになったんだ?」

「わからない。マルスさんが光春に過去のことを聞いたら黙り込んで、それで自分の過去がわからないって。どこかの風景を思い出したみたいだけど、それ以上は思い出せないみたいで」

「演技じゃないのか?」

「演技?」

「もし本当に転移が可能なら、それを教えたくはないだろうからな」

 あれが演技かどうか、わからない。フードをかぶっていたし、私が知っている光春とは姿も声も違う。

「だからあいつをここに呼ばないのか?」

「彼の記憶を取り戻そうということになって、マルスさんが別の部屋に連れて行ったの。それから二人と連絡が取れなくなって」

「記憶を取り戻す?」

「そう言ってた。転移の技術が必要だって」

「どこに連れて行ったんだ?」

「反逆の園の中の別の部屋。でも私は入れなかった」

「今から行っても無駄か」

「多分。呼び出しがあった時だけしかあの部屋には行けないみたいだから」

 モーフィアスはため息をついて考えこむ。私が言いたいことは話した。何か伝え忘れたことはないかな。

「使徒は転移の技術を何に使うんだ?」

「オーヴァの中央仮想に侵入するって言ったよ。そのために転移の技術が必要だって」

「中央仮想に侵入? 犯罪だぞ」

 犯罪……

「でも私達に侵入まではさせないって言ってた」

「どうだかな。不破の仮想世界はどこだ? 座標は?」

 聞かれて、肝心なことを教えてもらっていないことに気づいた。

「聞いてない」

「じゃ手が出せないな。記号回収はどうなるんだ?」

「もう意味がないって」

 再び沈黙。モーフィアスは考え込み、猫も目をつぶっている。

 どうして光春の世界の座標を聞かなかったんだろう。あの時はマルスさんの話にただ驚いているだけだった。

「今の話、信じようが信じまいが、どうにもできないぞ」

 モーフィアスがそう言うのも仕方ないように思えた。

「光春が〈仮想の住人〉ということも?」

「それもなんとも言えない。あいつと直接話せればいいが」

 モーフィアスはメニューを呼び出して光春がこの世界にいるかどうか調べたけど、無駄だった。首を振る。

「これからのことについて使徒は何か言っていたか?」

「また連絡するって。それと、光春の世界に行ってもらうことになるかもって」

「ふむ」

 猫と目が合う。一言もしゃべらない。何の意見もないのかな。

「ならその連絡が来るまで、できることはないな。記号の回収も、もう続けないだろ?」

 マルスさんから意味がないと言われてしまった。続ける理由はない。でも口から出た言葉は違った。

「やめた方がいいのかな?」

「当たり前じゃない」

 そこでようやく猫が喋った。怒ったような声に少し怯えた。

「俺達じゃなくても、他にも使徒の手伝いをする奴らがいるんだろう? そいつらがやってくれるさ」

 他の回収班のことだ。その彼らを助けるべきかどうか聞こうとして、やめた。「一人でやればいい」と突き放される想像をして怖くなった。

 そもそも本当に助ける意思があれば、聞かなくてもやればいいんだ。人に聞いて決めるなんて、単なるポーズだ。そこで私自身も彼らを助ける意思がないことがわかった。彼らは進んで危険に足を突っ込んでいる。瑛子とは違う。だから助けなくてもいい。

「もう夜も遅い。また明日、集まろう。使徒から連絡が来るかもしれないだろう?」

 結局何も解決しないまま。でも仕方ない。私がちゃんとマルスさんに聞かないのが悪いんだ。

「ほら、うた」

 猫に促されて、それでもなかなか動けなくて、でも結局何も言えないまま現実へ戻った。

 

 目を開ける。真っ暗な天井。布団もベッドもちゃんとある。私の部屋だ。

 すぐに後悔した。何も言わずにあんな別れ方、気まずいだけなのに。二人に呆れられたかな。

 もやもやが胸に渦巻いている。結局二人に話しても何もわからないまま。だけどあんな話、二人だって答えようがないんだ。

 モーフィアスが言うように連絡を待つしかないのかな。

 しばらくは落ち着かなかった。布団の中でこれからどうすればいいのか考える。

 私の問題は二つだ。瑛子と光春のこと。

 瑛子のことは、ニュースを見てオーヴァ施設の捜索を気にしておけばいい。もう記号集めに意味はないと言われてしまった。光春は、マルスさんから連絡を待つしかない。座標を聞かなかったから彼の世界には行けない。でもあの時、マルスさんに聞けば教えてくれたのかな。

 

 ブーンという振動で目が覚めた。いつの間にか眠っていた。枕の裏でメタトロンが振動している。探って取り出す。マルスさんからメールだ。

「夜分にごめんなさい。話があるわ。〈最後の晩餐〉にきて」

 今から? 時間は午前一時前で、〈赤の雫〉から戻ってきてほんの少ししか寝てないことがわかった。

 行く決心はすぐについた。夜遅いから、眠いから明日にしてほしいなんて言えない。それに眠気もさめてしまった。

 机の上にある〈反逆の園〉の接続機器を持ってベッドに入る。モーフィアスと猫の二人を呼ぼうかと迷ったけど、こんな時間に声はかけられない。

 今日はこれで何度目だろう。でも日付が変わっているから一回目か。そんなことを考えながら仮想世界を設定して装着する。

「こんな時間にごめんなさい。でも一刻を争う事態なの」

〈最後の晩餐〉の狭い部屋にはマルスさん一人だけだった。光春の姿はない。

「不破光春、まず彼のことからね。結局、彼が何者なのかはわからなかったわ。彼の過去、引き出せた記憶はここ二ヵ月あまりの出来事だけだった」

 二ヵ月前。私と知り合った頃ぐらい?

「彼の記憶喪失が設定されたものか、それとも時間の経過、仮想体験の中で発生したものか、それすらも特定できなかったわ。彼の話す古い風景の正体もわからないままよ」

 結局、光春のことは何もわからないということ?

「彼が何者なのかわからない。でも重要なのは、転移を実現していること。そこであなたにお願いがあるの」

 次の言葉が予想できた。

「不破光春の世界に行ってもらいたいの」

「瑛子は?」

 光春のことも大事だけど、瑛子のことも大事だった。それを無視されたくない。

「その行方不明者の為にも、よ。オーヴァ施設の捜索は進んでいるけれど、行方不明者に繋がる情報は見つかっていない。あっちだって中央仮想にあたるしかないと思うわ。そのためには転移技術が必要。それを実現している不破光春が何者か、突き止める必要があるのよ」

 マルスさんたちでやればいいと思った。どうして私にやらせるんだろう? 私が光春と知り合いだから?

「頼れるのはあなたしかいないの。私はまだ彼の世界に入れない。いつ制限が解かれるのかわからないの」

「他の人は?」

「他人にこの件は頼めないわ。彼のことを知っているあなただけなの」

「私だって彼の事はそんなに知りません。それに私よりモーフィアスのほうが」

「彼を知っている人は何人いるの?」

 共通の仲間はモーフィアスだ。それに猫。でもそれぐらいだ。

「二人にも話を聞く必要があるわね。いずれにしても彼の世界に行くことは避けられないわ。協力してくれる?」

 また一方的にマルスさんのペースだ。でも、そもそも私に拒否権があるの?

 違う。私に協力を断る理由がないんだ。瑛子を助けるために使徒に協力する。それに反対はしない。でもどうして迷っているんだろう。何が不安なんだろう。

 彼の世界に行くことが怖い? 光春の世界に行くことが?

 そうだ。それだ。だって私は彼の事はほとんど知らない。なのにいきなり彼の現実世界に行って、彼が何者か調べろと言う。そんなこと、怖いに決まってる。

「私一人は、いやです」

「わかったわ。二人を呼んでくれる?」

 光春の世界に行くという不安と動揺。また二人を勝手に巻き込んでしまったという後悔が胸に溢れる。そのせいで、二人を〈最後の晩餐〉に呼ぶのに時間が掛かった。


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