敵。……ではない
「勇者召喚? 今、活動中の魔王城は結構離れてるよなー。うちは近所だけど魔王活動は停止中だし、けんか売られなきゃいいなー」
ウッドチェアで体を伸ばしながら黒ずくめの青年がぼやく。
「ほんとうに」
テーブルに食事をセッティングしながら同じく黒ずくめの女が同意を示す。
話題はエルリアーナによる勇者召喚。
異世界人など普通に迷い込んでくるのにわざわざ召喚した国家への嘲笑も込めての話題。
広くも狭くもないその部屋はブラウンを基調にしたログハウス風の部屋。一枚板のテーブル、不揃いなウッドチェア床には暖色のカーペット。大きく開放的な窓からは広々と青い空が見える。
本人達の色彩以外は非常に明るく開放的な部屋だ。
青年は差し出された菓子を咥えながら天井を仰ぐ。
天井にはところどころガラスをはめ込まれたこった飾り彫りが施されている。
「んー」
差し出されたグラスを受け取り、もてあそぶ。
「エルリアーナがちゃんと教育してくれれば問題ないんだけどなー。しょうがない。様子見に行っとくか」
空になったグラスを女が受け取る。
しょうがないと言いつつ、嬉々として動こうとする青年に女はいとおしげに笑みを浮かべる。
「喧嘩でしたら売られたら買うだけですものね」
涼やかな女の発言に青年は苦笑をこぼす。
「それだけだけどさー。面倒だろー。万が一、俺の庭を荒らされたら俺泣いちゃうし」
「魔王様のお庭を荒らすような者の末は決まっておりますし、そのような状況は起こりえませんわ」
青年は明るく笑うと女の頬に口付ける。
「頼りにしてるぞ。んじゃ、ちょっくらいってくる」
頬に手を添える女の横をすり抜け、青年、魔王は窓から身を躍らせた。
女はほぅっと吐息をこぼすと、窓に向けて一礼、「いってらっしゃいませ。魔王様」三呼吸してから全て空になっている食事を片付け始めた。
この世界には魔王は複数存在した。
しかし、現状魔王として活動していない魔王、活動停止中魔王とか休眠魔王とか呼ばれる者達は周囲から国家認定を受けてたりする。
エルリアーナの近くに居城を持つこの魔王もいわゆる休眠魔王だった。
そして異世界からきた者はあまり『活動していない魔王』というものに理解を示してはくれないという数による認識が魔族にはあった。