加護が付きました
「ユーナ?!」
目を開けるのとほぼ同時にロアンが声とともに扉から入ってきた。
優奈は天界に連れていかれる前と同じ様にベットの上に横たわっていた。
ロアンを迎えるためにリーリアは体を起こす。
窓からはわずかに光が差し込んできており、もうまもなく朝を迎えることを告げていた。
「ユーナ、今何か・・・」
ロアンはきょろきょろと室内を見渡し確認しながら優奈に近づいてきた。
優奈の所まで来ると、膝をつき優奈を覗きこんでくる。
「何も、なかったか?」
「あ、の・・・」
優奈は先ほどの事は言った方がいいのか、それとも言わない方がいいのか悩む。
口を開き、考えあぐねいていたところでロアンが先に言葉を発する。
「いや、俺の気のせいだったか。悪い、起こしたな。もう少し寝ているといい」
ロアンはそう言って優奈の頭を軽く撫でると部屋を出て行った。
残された優奈は閉じられた扉を何となく申し訳ない気持ちで見る。
(・・・言えなかった。なんか悪いよね、お世話になってるのに隠し事してるなんて・・・)
優奈は罪悪感を少し感じ、もう一度寝る気にはなれなくて立ち上がる。
といってもやることなど何もない。
部屋に立ち尽くしていても仕方ないので、そろそろっと扉を開けてみる。
人様の家をうろつくのはよろしくないので、続きの間にロアンがいないかを確認する。
(そういえば・・・ロアンは何処で寝たんだろう?)
ベットがもう一つの部屋にもあるのならいいのだが、そうでなければロアンのベットを優奈が奪ってしまったことになるだろう。
続きの間に顔をのぞかせるとロアンがいた。
「ユーナ?」
顔をのぞかせた優奈に気付いたロアンはソファから立ち上がって優奈に近づいて来た。
「どうした? 眠れないのか?」
ロアンは優奈に視線を合わせるように体をかがめる。
優奈はロアンの質問に頷く。
「・・・あの、さっき・・・」
「うん?」
ロアンは優奈の言葉を聞き逃さないように耳をすませてくれている。
優奈はきちんと話そう、と決心して口を開く。
「さっき、わ・・・」
だが優奈の決心は叶わず、優奈の声に被せるようにして大きな声と共にバンッと扉が大きな音を立てた。
「ねぇ! ロアン!」
ロアンは勢いよく飛び込んできた声と乱雑に開けられた扉の音に眉をしかめながら振り返った。
「ハルト・・・朝っぱらから何だ」
どうやら声の主はハルトだったようだ。
「ちょっと、それどころじゃないんだって・・・」
ロアンの不機嫌極まりない声にも怯まず、そう玄関口で騒ぐハルトにロアンは仕方ない、とばかりに体をおこしてそちらに向かった。
優奈はどうしたものか、と思いつつ、そのままその場で待つことにした。
ロアンに阻まれてハルトの姿は見えないが、声の様子からとても興奮しているようだ。
対してロアンは不機嫌丸出しだ。
「何だよ、これで下らない事だったら怒るからな」
「下らなくないから! ていうか神官様が慶事の予兆を告げに来たのにその反応はないんじゃない?」
ハルトはロアンの不機嫌をものともせずに言い返す。
「自分で神官サマとか言うな。で、何だって?」
「慶事だよ、いいことあります、ありましたよっていうアレ!」
「んなもんあてになるか」
バッサリだ。
ロアンはまるで興味ないとでも言わんばかりにハルトの言葉を切って捨てた。
さすがのハルトもこの言葉にはテンションを下げた。
「・・・君って信仰心まったくないよね・・・」
「おぉ、悪いか?」
ロアンはやれやれと言わんばかりに玄関から離れ中へと戻ってくると、そのまま優奈に近づいてきた。
優奈はハルトはいいのか? と思いながらロアンを見上げる。
「ユーナ、おいで」
そう言ってロアンは優奈の手を取った。
手をひかれるままに部屋の中へ進み入り隅寄せられているソファに座らされた。
「おい、ハルト。お前上がってくのか? 帰るのか?」
ロアンは玄関に立ち尽くしたままのハルトに声をかけた。
見るとハルトは入口に立ったままこちらを愕然といった表情で見ていた。
返事もなくただ立ち尽くすハルトにロアンは流石に不信感を抱き、再びハルトに近寄っていく。
「おい、ハルト?」
ロアンがもう一度声をかける。
優奈も心配になりその様子を見守る。
と、固まっていたハルトがいきなり動き出し、優奈に走り寄ってきた。
優奈はいきなり寄ってきたハルトに驚き身を引く。
(な、何?!)
そのまま掴みかかられるのかと思いきや、ハルトは優奈の前まで来るとバッと膝をついた。
やや引き気味な優奈に気を取られることもなく、ハルトは優奈に頭を垂れた。
(な、何? 本当に何?! 何してるんですか?!)
優奈は軽いパニックのままハルトを見つめる。
「神々の加護を受けし乙女、今一度人の世に現れてくださったことを感謝いたします」
うっとりとした声でハルトは優奈に向かってそう告げた。
(・・・なに、その乙女って、もしかして・・・私の事?!)
「おい、ハルト?」
ロアンがいつの間にか近寄ってきており、ハルトの肩を掴む。
ハルトはそれに対して顔だけで振り返る。
「・・・ロアン、僕は今日という日を迎えれた幸せで胸がいっぱいだよ・・・」
恍惚とした声から想像するに、ハルトは表情もそれに沿ったものなのだろう。若干、いや結構ロアンが引いている。
「・・・そ、そうか」
「この出会いは君のおかげだ。まさか神々と対話ができる乙女に出会えるなんて・・・」
(・・・神々?)
優奈は会話を聞きながら首をひねる。
「あぁ、ユーナ! 君は聖女だったんだね!」
優奈が首をひねっていると、いつの間にかハルトが再びこちらを見ていた。それはもうキラキラした瞳で・・・。
優奈はうっと思わず引く。
(何、聖女って・・・)
「おい、ハルト落ち着け。意味が分からん。取りあえず、どけ」
優奈がハルトの勢いに引いているとロアンが間に割り込んできてくれた。
優奈は割り込んできてくれたロアンの背にホッ胸をなでおろす。
「ちょ、ちょっとロアン! 横暴だよ!」
「横暴も何もあるか。ユーナが怯えてる。・・・ちゃんと説明しろ」
ロアンの言葉にハルトは少しばかり落ち着きを取り戻したようだ。
「・・・ごめん。ユーナちゃん。怯えさせるつもりはなかったんだよ・・・ごめんね」
ハルトは立ち上がるとやや申し訳なさそうに眉尻を下げた。
ロアンはその様子を見て、はぁ~っとため息をついた。
「とりあえず座れ」
ロアンはそう言い置くとキッチンに入って行った。
ハルトは大人しく言われた通りテーブルセットの椅子の一つに腰掛けた。
しばらくするとロアンがカップを二つ持って戻ってきた。
一つをハルトの前に、もう一つを優奈に渡すと再びキッチンへ行き自分の分と思われるカップを持って戻ってきた。
カップの中身は紅茶の様だった。
口に含めば紅茶の様な風味が口に広がった。
飲みなれたそれに優奈はホッと息をつく。
「それで? どういうことだ?」
紅茶を飲み一息ついたところでロアンがそう切り出した。
優奈も気になったので、というか自分の事なので気になって当たり前なのだが、ハルトに注目する。
ハルトは少し真面目な顔をして、けれども失敗したのかすぐに笑み崩れた。
「夜明け前に、聖なる気配を感じたんだ。それも今まで感じたことのないくらい強いものを・・・。で、あわてて外に出てみれば、まだ夜明け前だというのに彩雲の煌めく様が見えたんだ。
その真下にあったのがロアン、君の家。
で、あわてて君に知らせに来たついでに、この家の様子も見に来たんだ。
そしたら・・・彼女ユーナから強い聖なる気配が感じられたんだ。まず間違いなく彼女に天界が加護をつけたと思う」
優奈はそう言われ、なるほど、と納得すると共に疑問が浮かぶ。
(天界ね・・・神々とか言うからわからなかった。・・・でも神様には会ってないよ?)
「・・・あの時の気配はそれか・・・」
ロアンが何か思い当たることがあったのか一人つぶやきを漏らす。
あの時、とは恐らく優奈の扉を開けて入ってきたあの時のことだろう。
「ロアン心当たりあるの? 神々に会った?」
ハルトはロアンに食らいつくように聞くが、ロアンは無言で首を振る。
それにがっくりと肩を落とし、次いで優奈を見る。
「ユーナは・・・?」
そう聞かれ優奈は少し困った顔になる。
(天空人には会ったけど・・・神様は会ってないんだよね)
ということで優奈も首を振った。
それを見てハルトはさらに肩を落とした。
しょんぼりとしたハルトは少年っぽさも相まって本当に可哀想に見え、優奈は申し訳ない気持ちになってきた。
「ま、そんなもんだ。お前朝の勤めとかあるんだろ? とりあえず一回神殿戻れ。お前がここでしんみりするとユーナまでしんみりする」
ロアンはハルトの様子に気遣うことなく、家から追い立てるようなことを口にした。
それに対して優奈は、ちょっとそれはないんじゃないのか、と思ったが意外にもハルトはあっさりとそれを受け入れた。
「そうだね。少し務めをして、心を落ち着けてくる・・・。朝から邪魔してごめんね。ユーナも、ごめんね。また夕食の時にでも」
そう言ってハルトは来た時のテンションの高さも何処へやら、ズーンと重たい空気を背負って去って行った。