襲撃者
・・・暇で仕方が無い。
どの口が言うのか、といえばこの口だ。
移動中の優奈にははっきり言ってやることがない。
休憩ともなれば水を頼まれることもあるが、朝晩の水出しほどの量は必要ないのが現状。つまり、暇なのだ。
移動中の荷車の片隅にポツンと座りながら微かに除く空を見上げる。
こちらの世界にきてから一体どれくらいの日数が経っただろうか。
一人になると、ついつい物思いにふけってしまう。
元の世界を思い出せば暗くなってしまうから、できるだけ考えないようにしているのだが・・・それでも思わずにはいられない。
(あっくん・・・)
心の中で呼びかける声は、きっとあの人には届かないだろう。
「優奈、大丈夫だって。きっと良くなるから」
聞こえた懐かしい声と台詞に、あぁ夢だな、と気づく。
病に侵され始めた当初の頃、あっくんが私によく言って聞かせた台詞だ。
「絶対に治るから」
何の保証もない励ましに憤りを感じた時もあった。
「例えば歩けなくなったとしても、例えば寝たきりになったとしても、俺が面倒見るよ。だけど、そんな未来を想像するんじゃなくて、きっと良くなるって信じようよ」
何かと暗くなる私を叱咤してくれた時もあった。
「ずっと一緒だ」
低すぎず耳に残る愛しい人の声に、懐かしさと、愛しさと、寂しさが溢れ出してくる。
ポロリと涙が頬を伝うにを感じた。
(あぁ、いけない。ここで泣いたら迷惑をかけちゃう・・・)
早くこの夢から目覚めなければ、優奈は涙を止めることができなくなってしまうだろう。
けれども、愛しい夢は覚め難いもので、目覚めなければと思うのに目覚めの気配は中々に訪れない。その間にも次々とまるで走馬灯のように今までの思い出が浮かんでは消えて行く。
ふっと頬に触れる暖かな温もりに、優奈は愛しくも残酷な夢から現実へと引き戻された。
うっすらと目を開ければ、クランの困ったような笑顔が見えた。
「起きた?」
そう聞かれ、優奈は荷車が止まっていることに気がついた。
「あ・・・お仕事ですか?」
目元に残る涙をグイッと拭うと、優奈はクランを見上げた。
クランは優奈の頭をくしゃくしゃっと撫でると、少しだけお願いと言って誰かの水入れを差し出してきた。
「これに入れて、レンに届けてあげて?」
心配してたわよ、そう言われて優奈は寝ながら泣いていたところをレンにも見られたことを知った。
レンに届ける水入れをを手に、少し気まずい思いでレンを探す。
探していた当人はすぐに見つかった。他の護衛達から少し離れたところで一人座り込んでいた。
「レン」
少し離れたところから声を掛けると、レンが顔をあげた。
目が合うとやや気まずそうに目線をそらし、それでもすぐに伺うようにこちらを見上げてきた。
「変なところ見せちゃったね。ごめん」
優奈は口元に笑みを浮かべながらレンに水入れを差し出した。
「・・・っ俺こそ・・・その・・・」
何と言っていいのかわからないのかレンはそこまで言って言葉をつまらせた。
優奈はそんなレンの隣に同じように座り込んだ。
無言の時間がしばし流れる。
「・・・何かあったのか?」
レンの躊躇いがちな問いに優奈は首を小さく横に振った。
「何もないよ。少し、思い出しちゃっただけ・・・」
優奈は出来るだけ明るい声になるように努めながら、軽い口調で答えた。
本当に何でもないのだと、そう自分にも言って聞かせるように。
「・・・っ、ユーナ・・・」
声をつまらせたようなレンの呼びかけに、優奈は自分がうまく表情をつくろえていなかったことに気がついた。
ズザァァァッ!!
レンの手が戸惑いながらも優奈に伸ばされた、その時だった。
砂が大量に滑り落ちたような大音量が周囲に響き渡り、二人はその音に顔をあげた。
「な、なに?」
「魔物だ! ユーナ、クランのところに・・・」
優奈が戸惑いの声と共に周囲を見渡しているのとは正反対に、レンは素早く立ち上がりある一点へと厳しい目を向けていた。
レンの言葉に優奈は驚きを隠せなかったものの、立ち上がり先ほどの荷車へと走り出す。
レンを置いて走り出すなんて薄情かもしれないが、きっと優奈がいた方がレンの為にならないだろう。彼は戦う手段を持っている護衛なのだ。足手まといがいては、戦いの邪魔になってしまうだろう。
それに、魔物の襲撃は今回始めてではない。
その度に非戦闘員は護衛に大人しく守られ、邪魔にならないように奥へと身を潜めてきたのだ。
驚きこそすれ、優奈は自分のするべき行動を忠実に守って走った。
「レン! 俺らだけじゃ手に負えねぇ! 来い!」
「わかった!」
後ろで聞こえたやりとりに、少しの不安を覚える。
ここの護衛達はそれなりに優秀だ。
何度かあった魔物の襲撃も、問題なく潜り抜けてきている。レン一人いなかったとしても、休息をとっているものがいたとしても、残りのもの達で退けてしまえるくらいには優秀で、数も揃っているのだ。
当番の護衛が、自分達だけじゃ手に負えない、そんな状況になったのは今回が初めてではなかろうか。
一抹の不安を覚えながらも優奈は荷車の中へと潜り込んだ。




