別れ
「おい! いたか?!」
「こちらにはおりません!」
「くそっ! 何処へ行った?!」
「まだ敷地内にいるはずだ! 探せ!」
バタバタバタッ、と騒々しい足音と共に人の気配が遠ざかって行くのを感じ、優奈は知らず知らずに詰めていた息をふうっともらした。
ちらりと優奈を庇うように囲む四人を見やれば、彼等はまだ緊張の面持ちのままだった。
「ったく、なんだってんだ? おい、ハルト」
油断なく外の様子を窺いながら一体これはどういう状況だ、とでも言うようにロアンはハルトを振り返った。
思い返す事、十数分前。
天界から帰ってきた五人は神殿の地下にでるなり何人かの兵士に囲まれた。
あからさまな敵対意識と共に刃物を突き付けられた五人は、話し合いの通じる状態でない事を察し、実力行使でもってその場を突破。地上へあがるとそこでも兵士に襲われ、これも実力行使のもと突破し、ハルトの先導によって現状の隠し部屋へと潜む形となった。
「詳しい状況は僕にもわからないよ。ただ、僕らが倒した兵や、神殿をうろついている兵はガイアレンの兵士だね。・・・奴らがこの神殿を我が物顔で歩いてるってことは、神殿がガイアレンに下ったか、制圧されたか・・・どちらにしろいい状況じゃない」
「奴らの目的が何かわかるか?」
「・・・たぶん・・・」
ロアンの問いにハルトは言葉を濁す様に短く切り、優奈に目線をやった。
ハルトの視線が優奈に向けられると同時に、他の三人も優奈に目をやった。
「なるほどな・・・」
「今の王は好色で有名だからなぁ」
「じじいのくせに・・・」
「・・・」
ロアンとラグがやや疲れたように呟き、嫌悪感丸出しの声でハルトが言葉を紡ぐと、ハルトの言葉にアランが不快感を露わにしながら無言で頷いた。
優奈は四人の会話を横目に乾いた笑いをもらす。
(会ってもいない人に目をつけられるって・・・微妙な気分だ・・・)
「で、どうする?」
仕切り直しとばかりにラグが声をかける。
「・・・アラン、転移魔法は?」
「無理だ」
ロアンの提案にアランがすぐさま否定の言葉を返す。
「ここは神殿内部だからね。あんな大がかりな魔法は無効化されるよ」
ハルトがアランの言葉を継ぐように答え、首を横に振った。
「じゃ、正面突破か?」
「無理だろう・・・。ユーナがいるんだ。危険な選択肢は避けるべきだ」
ラグの提案に返すロアンのその言葉に優奈は自分が足手まといになっている事を痛感する。
「せめて猊下にお会いできれば・・・」
優奈が自己嫌悪に陥っていると、ポツリとこぼすようにハルトが呟いた。
「大神官長か・・・」
「私がどうかしましたかな」
ロアンの呟きのすぐ後にいるはずのない人の声が室内に響いた。
五人は一斉に声のしたほうへ顔を向けた。
「猊下?!」
しーっ!
ハルトが思わずといった感じであげた声に全員が一斉に人差し指を口にあてハルトを見た。
ハルトもハッとなって口を両手で押さえて、コクコクと頷きをかえした。
「とりあえず、こちらへ・・・」
猊下と呼ばれた、いつか見たハルトとと同じような白い服を着た大神官長は手招きをすると先頭をきるようにスタスタと歩きだした。
大神官長は暗く狭い道を進んでいくと、途中何度か足を止め、その度に壁の一部を押して歩いた。その度に地面が揺れ、あたりに地響きが響き渡った。
そう時間もたたずして、通路のつきあたりにぶつかった。
「全員こちらに」
大神官長は付き当たりの小さな部屋に入ると、全員を招き入れた。
全員が室内へ入ると、ゴゴゴッと音がして部屋への入り口が音をたてて閉じた。
「時間がありませんので、単刀直入に聞きましょう。勇者の剣は抜かれましたか?」
扉が閉じると同時に大神官長がこちらを振り返る。その目は何かを確認するかのようにロアンの腰元へと移された。
「この通りだ」
ロアンは大神官長の目に映るように自分の腰元に差してあった剣を引き抜くように見せつけた。
その剣は暗いながらもほのかに光を放ち存在を主張するかのようにまたたいた。
大神官長はそれを目にとめると、恭しくお辞儀をした。
「・・・混沌たる世の闇を払う勇者の誕生を心から感謝します。また、聖女様におかれましては、聖印を授かってこられた事、心からお喜び申し上げます」
大神官長はロアンに下げた頭を、次いですぐに優奈に向かって深々と下げた。
おそらく大神官長の言う『聖印』とは、セインに施された所有印のことだろう。
優奈は無意識に自分の胸元へ手をやった。
「では、ここに勇者ならびに、聖女様の誕生を全世界に告知いたします」
そう言うが否や、大神官長は懐から水晶球らしきものを取り出すと、それに向かって小さく何かを呟いた。
一瞬水晶球は眩い光を放つと、まるでそこには始めから何もなかったかのようにそれは掻き消えた。
「本来ならば民衆の前で披露目ができればよかったのですが、御存じの通り、不甲斐ないことにこの大神殿はガイアレン王の手の内に落ちました。・・・こういった事は言いたくありませんが、今のガイアレンは狂っている」
大神官長の憎々しげに吐き捨てるように言ったその言葉は、奇しくも先ほどまで滞在していた天界で聞いた言葉によく似ていた。
『今の人間界は狂っている』
そう苦々しく呟いたセインの声が優奈の脳裏によみがえった。
「王侯貴族は私利私欲に走り、官や兵も暴利を奮い己のためにのみ尽くす。民はそれに怯えるばかりか、もはや生きる気力すら失っています・・・」
『今の人間は欲望にまかせ自堕落に生きる者、生気を失った者、それらがほとんどだ』
「魔物、魔族の活性化、魔王の復活は確かに脅威。けれども、それよりも私は今のガイアレンの状態の方が恐ろしくてたまらない・・・」
『今、魔族を相手にしたところで現状変わるとは思えない。それよりも人間界の歪みを正すべきだろう』
大神官長の語るガイアレンの実情がセインの語った言葉と次々と重なり合った。
そして、大神官長の決意に満ちたその瞳も、セインのそれとよく似ていた。
「だからこそ、あなた方をガイアレンに捕らえられるわけにはいかない。・・・どうか、この世界をお願いいたします」
言うが否や、辺りにまばゆい光が走り、それに合わせて不自然な浮遊感が五人の身体を包んだ。
身に覚えのある感覚に優奈は目をきつく閉じた。
「・・・っユーナ!」
ロアンの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、優奈がそれに答える前にそれは遠くなり、消えた。




