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失恋勇者と崖っぷち世界  作者:
始まり
3/43

人間界へ

 ドサッと音を立てて低木目掛けて体を放り捨てられた優奈は思わず顔をしかめた。

 差ほど痛くはなかったし、怪我もしていないだろうが、あまりにも扱いがひどい。いや、ここは低木に放り捨てられただけましだと思うべきか。

 だが・・・と、文句の一つも言ってやりたくなり、優奈は落としていった怪鳥を見上げた。

 が、見上げた先にはもうそんな怪鳥の姿は何処にもなかった。

 諦めて優奈はざっと周囲を見渡し、現状を把握する。


(さて、どうしたものか・・・)


 優奈はめでたく? 恐らく異世界の人間界にやってきた、と思われる。

 交通手段は随分乱暴なものだったが、これが一番安全なのだと魔王サマに押し切られ、あの後ほぼすぐに魔王城から追い出された。

 しかも十分な説明はなし!

 手持ちの荷物もなし!

 つまり、このままここでジッとしていたら飢え死ぬこと間違いなし!

 しかもこんな山中? 森中? 獣でも出たら・・・。


 命の保障はしてくれたが、どこまで守ってくれるかなんて実際信用ならない。ということに今更気がついた。所詮口約束。違えられても相手が物言わぬ死人であれば、相手には何の被害もないだろう。警戒心の薄い過去の自分を叱咤してやりたくなる。


(自分の命は自分で守らねば!)


 優奈は決意して低木からお尻を引っこ抜いた。

 少しばかり勢い余って、前のめりに転んでしまったことは御愛嬌だ。

 私に運動神経を求めるな。


 手に着いた泥を落とし、立ち上がろうとしたところで茂みがガサリと音を立てた。

 優奈は思わずビクッと体を震わせて音を立てた茂みの方を見やった。


(まさか・・・熊? 狼? 兎くらいでお願いします!)


 わけのわからない願いを心の中で叫びながら、音をたてないように警戒しながら茂みを見る。

 途端先ほどよりも大きな音を立てて、ぬっと大きな影が茂みからせり出した。


(お、終わった。熊だ・・・)


 優奈はビクついて動かない足を呪いながらきつく瞼を閉じ、体をこわばらせた。

 そんな優奈をよそに、どこかのんきそうな声が響いた。

「なんだ? こんなところに、人か?」

 そう声がかけられ、優奈はそろそろっと目を開ける。


(誰? 人・・・?)


 目を開けてみると、目の前には赤茶の髪の男がいた。

 じっとこちらを窺うその姿はどこからどう見ても普通の人、人間の様だ。

 羽根もないし、角もない。頭に耳もないし、顔に変な痣もない。チラッと見えた歯も普通だ。異様に体が大きくもないし、逆に小さすぎるわけでもない。まして体が腐ってたりもしていない。


(普通の人間だ!!)


 何となくそんな事実だけで嬉しく思い、優奈はパッと顔に満面の喜びを浮かべる。

「・・・何だ? もしかして迷子か? 仕方ねーな、俺の村まで案内してやるよ」

 それをどう取ったのか、男は優奈に向かってそう言った。

 ほれ、といった感じで手を差し出され、優奈はありがたくそれに掴まる。

「あ、ありがとう」

 青年、といった風情の男に優奈は感謝の言葉を述べ、改めて男を観察した。

 背は優奈よりも頭二つ分くらい高く、簡素な鎧? を纏っており、腰には剣をはいている。先ほど握った手は厚みがあり、優奈を軽々と引き上げる力強さには男らしさを感じた。顔立ちは整っており、赤茶の髪に茶の瞳、鼻筋がとった精悍なさわやか系といった感じだ。


(魔王サマとはタイプの違う美形・・・)


 心の中で賛辞を送りながら、青年が着いてくるように言って背を向けたので、観察を中断する。

 鎧もどきに隠されて背筋が見えないのが惜しまれたが、優奈は大人しく青年の後をついて行った。


「にしても、何だってあんなとこにいたんだ?」

 そう聞かれて優奈は首をかしげる。


(そんなにおかしな場所にいたのだろうか?)


 地理も何も分かったものじゃない優奈にはさっぱり分からなかった。

「あの、・・・そんなに変な場所にいました・・・か?」

 優奈は思ったままの疑問を口にした。

「いや、まぁ変ってわけじゃないけど・・・。この森は魔物がよく出る結構物騒な場所だろうが。・・・武器も身につけないで長いするには危険だぞ?」

 青年は気にした風もなくそう答え、「ま、迷っちまったもんは仕方ないか」と言ってスタスタ歩いて行ったが、優奈はその場で固まってしまった。


(ま、魔物?!)


 優奈の足音が急に止んだからか、青年が足を止めて優奈を振り返った。

 驚きをそのまま表情に出していた優奈を見て青年はわずかに眉を寄せた。

「何だ? もしかして知らなかったのか? 知らないってことは、あんた旅行者か? ・・・にしては荷物も少ないな・・・。まさか・・・」

 青年は上から下まで優奈を観察していたが、優奈はそんなこと気にならないくらい頭が怒りに燃えていた。

 怒りの矛先は何処に向けるべきか、わからないが心の中で魔界(主に魔王サマと怪鳥)に向かって盛大に叫んだ。


(な、なんだって、なんだってそんな危険な場所に置いてくのよ!!!)


「おい? 大丈夫か?」

 優奈が怒り心頭に固まっていると、すぐそばから声が聞こえた。

 何が、と優奈が現実に思考回路を戻せば、整った精悍な顔が優奈を覗きこんでいた。

「え、あ・・・」

 青年が何か言っていたらしい事には気づいていたが、優奈の耳には全く届いてはいなかった。何と答えたものかと答えあぐねいていたら、青年は勝手に納得してくれたようだ。

「・・・大変だったな。心配するな。拾った縁だ。しばらくは俺が面倒みてやる。・・・こう言っては何だが、体は無事か?」

 何のことかわからなかったが、優奈は自分の体を見て青年の問いに頷く。怪我はない。

 青年は、そうか、と言って少し安心したように優しげに笑うと優奈をヒョイっと抱き上げた。

「えっ、わっ!」

 青年の腕に座らされるようにして抱きあげられた優奈はいつもより高くなった目線に驚き、思わず近くにあった青年の首にしがみついた。

「大丈夫だ。そんなしがみ付かなくとも落としたりしない」

 最初より幾分も優しくなった青年声音に驚き、優奈は首からそっと手を離して青年を見た。

 声同様に青年は優しげに優奈を見て微笑んでいた。

「村はもうすぐだ。何も心配するな」

 そう言って優奈の頭をもう片方の手で優しく撫でると青年はまるで優奈の重さなど微塵も感じていないかの様な確かな足取りでスタスタと歩き始めた。



 何度か青年の腕から降りようと申し出たのだが、青年は頑として優奈を降ろそうとはしなかった。

 そうして抵抗虚しくそのまま優奈は青年の村へと連れて行かれた。


「ロアン! どうしたんだい? そんな娘さんを連れて・・・」

 村に入るなり、道を歩いていた恰幅の良いおばさんが青年に話しかけてきた。

 この場合青年がロアンで、娘さんというのが優奈の事であろう。


(27歳になっても娘さん扱いされるなんて・・・)


 嬉しい言葉に優奈は内心感涙の涙をこぼす。

「森の中にいたんだ。・・・何も持たずに・・・この辺の人間でもないらしい・・・」

 ロアンがそこまで言うとおばさんは驚いたように目を見開き、次いで憐みを多分に含んだような瞳で優奈を見た。

「そいつは・・・。そうかい、大変だったねぇ。・・・それで、ロアンどうするんだい?」

「俺が面倒みるよ。役人に言ったって、どうにかしてくれるもんじゃないからな。逆に何するかわかったもんじゃない。あんな奴らに預けるつもりはないさ」

 ロアンがどこか怒りをはらんだ口調でそう言うとおばさんも納得したようにうなずく。

「それがいいね。何かあればあたしに言いな。・・・あんたの事は信用してるけど、間違ってもそのお嬢ちゃんに変なことするんじゃないよ?」

 ロアンは心外だ、とばかりに返事を返したが、二人のやり取りは冗談めかしており、それだけこの二人が親しい間柄なのが感じ取れた。

「お嬢ちゃん、ロアンは剣の腕はピカイチだが、他の事はてんで駄目でね。何かあればあたしに言いな?」

 おばさんは優しそうな目を更に細めて優奈の手を軽く取った。

「あ、ありがとうございます」

 優奈がそう告げるとおばさんは嬉しそうに笑い、またね、と手を振って去って行った。


(・・・またね?)


 優奈は首をかしげつつも、おばさんと別れた。その後も何人かの村人がロアンに声をかけていた。

 そうして今現在、優奈は恐らくロアンの家と思われるところに連れてこられている。

 ロアンはどうやらこの村の治安の一端を担っているようで、剣の腕はここらで一番なのだそうだ。


 何がどうなってこうなったのかはわからなかったが、優奈はとりあえず暫く飢えないで済みそうなことに心から安堵した。

 家は一軒家ではあるが、そう広くもない。玄関を入ってすぐにダイニングと炊事場が目に入り、その奥に扉が二つ。シンプルな室内は必要最低限の物しか置いていないようだ。


 ロアンはダイニングを通り越して、そのまま奥の扉へと向かった。

 相変わらず彼に抱っこされている状態の優奈はそのまま一緒に奥の扉へと連れて行かれた。

 扉を開けた先にあったのはシングルサイズのベットで、優奈はその上にそっと降ろされた。


(・・・え? なんでベット? ・・・これは、もしや危険なんじゃ)


 優奈はようやっと危機感を覚え、身をすくませた。


(見ず知らずの男を簡単に信用して、しかも抱きあげられた事に抵抗もせず、そのまま連れ去られ、しかも相手の陣地にまで大人しくついていくなんて!)


 自分の危機感のなさを呪って、優奈はじりじりと後退する。

 後ずさる優奈を見てロアンは不思議そうに首を傾げた。

「どうした? あぁ自己紹介がまだだったな。俺はロアンだ」

 そう言って爽やかに笑う姿はまさに好青年そのものだ。

 優奈はその笑顔にくらっと眩暈を起こしそうになる。


(・・・美形の笑顔は破壊力がありすぎる・・・)


「わ、私は優奈って言います」

 とりあえず名乗られたからには、と優奈も自分の名前を伝える。

 ロアンは人好みしそうな笑顔のまま2、3度頷き、ベッドに座る優奈に目線を合わせるように膝をついた。

 その仕草を見て優奈は首をもたげかけていた警戒心のを再び落とした。


(もしかして、やっぱり普通にいい人?)


「ユーナか、いい名前だな。どこから来たんだ? わかるならそこまで連れて行ってやれるかもしれん」

 そう聞かれて優奈は口ごもる。

 まさか魔界からきたとも言えないし、そもそも異世界から来たなどとも言えない。どう言ったものか、と悩んでいたら、ロアンが先に口を開いた。

「いや、わからないならいいんだ。暫くは俺が面倒見てやるって約束したしな。しばらくって言ったが行くとこがないならここに居ればいいから」

 そう言って優奈の頭をポンポンッと大きな手で軽く叩くと、ロアンはゆっくりしてろと言って部屋を出て行った。


 そうして一人残された優奈は、閉ざされた扉の向こうを思った。


(何てお人好しな・・・。私以上に警戒心がなさすぎるんじゃないの? あんなんじゃすぐに誰かに騙されそう・・・)


 いらぬ心配をしながら、優奈はしばらくの間ありがたくゆっくりと過ごさせてもらった。


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