魔王サマ
「・・・なんですか、ここは」
優奈は明らかにふてくされた顔で魔王サマにそう聞くと、魔王サマは愉快そうに声をたてて笑った。
両脇にいるお付きの人二名も心なしか笑いをこ堪えているようだ。
ひとしきり笑い終えると魔王サマは椅子を引き優奈に座るように促した。
優奈はとりあえず黙ってその椅子に座る。
魔王サマが高らかに宣言してあの場を去った後、優奈が魔王サマの腕から再び解放された時には既にどこかの部屋の一室であった。
魔王城以来の豪華な造りの室内は、ベット、テーブルセット、クローゼットにドレッサーまであった。色は全体的に白とピンクだ。黒くないところが魔王城との違いだ。
「お前は面白いな。あの人間どもには気を使って俺には使わんのか?」
魔王サマは喉の奥でククッと笑いながら相変わらずのいい声でそう尋ねてきた。
優奈もそう言われればそうだと思いなおし、慌てて外見を取りつくろう。腐っても相手は魔王サマなのだ。不況を買えば殺されたりするかもしれない・・・。
が、少し考えて今さらだと気付きやめる。
「今さらじゃないですか・・・。だいたい人の寝起きにキスしてくるような方に使う気なんて何処にもありません」
優奈はそこまで言って出会った当初から人間界に放り出されるまでの一連の流れを思い出し、ふつふつと怒りを湧き上がらせた。
「だいたいですね、あんな風に何の説明もないまま人間界に放り出したりしますか? しかも魔物の出る森に一人で放り出すなんて、あんた鬼畜ですか?! 魔物に喰い殺されて死んでたらどうしてくれるんです?!」
今まで我慢してきたものを今ここでぶつけなければ何処でぶつけるのだ、とでいも言うように優奈は怒りのまま当時の想いを吐きだしたが、魔王サマはどこ吹く風という感じだ。
「だが、死ななかったであろう?」
やけに自信満々な顔でそう言われ優奈はたじたじとなる。
確かに優奈はあの後すぐロアンに拾われ、死ぬこともなかったが、そういう問題ではない気がするのだ。
優奈は釈然としない気持ちをかかえながらも、そういうことじゃない、と口を閉ざす。
魔王サマはそんな優奈の顔をじっと覗き込んできだ。
その表情はとても真剣そのもので、同じく真摯な漆黒の瞳は見つめれば見つめるほど、吸い込まれてしまいそうほど黒い。
「俺は、約束を違えんぞ」
発せられた魔王サマの声は表情同様に真剣なものだった。
「俺がこの世に存在する限り、お前の命の保障はしてやる。死なせたりはしない」
その硬い声音は普段の魔王サマからは少し想像もつかないほど、本当に真剣なものだった。
(急に、何?)
優奈がそんな魔王サマに思わず見とれていると、ぐっと優奈と魔王サマとの距離が近づいた。
急激に近づいた距離に優奈はハッと我に返るが、椅子に座っているため後退もできない。身体をそらし、少しでも距離を保とうと試みる。
けれども、それにも限界はある。
魔王サマは優奈を閉じ込めるかのように椅子の背に両手を置き優奈の顔にさらに顔を寄せた。
「目を反らすな・・・俺を見ろ」
そんな事を言われずとも間近に迫った精巧な造りの顔から優奈は目が反らせなかった。その漆黒の瞳に囚われてしまったかのように、いつしか身体も動かなくなっていた。
(本当に・・・真っ黒なんだ・・・)
漆黒の名にふさわしい瞳に優奈が囚われていると、その唇に柔らかな感触が触れた。
その感触にはじかれたように優奈は我に返った。
「ちょっ・・・?!」
優奈が抗議の声をあげる為に口を開くと、触れ合っていただけのそれが深く重ねられ、口腔の中に何かが侵入してきた。
「・・・っ」
しまった、と思うにはもう遅かった。
深く重なりあわされた唇はそう簡単にずらせそうもなく、顔を横に振ろうとすれば、すぐ隣にあった手で顔を固定されてしまった。
両手を突き出して何とか身体を離そうと抵抗してみても、その体はピクリとも動かなかった。
二度三度と角度を変え重ねられた唇からもたらされる快感に優奈はうち震えた。
「・・・っふぁ」
やっとのこと解放された優奈の唇からは甘やかな吐息が漏れるばかりで、抗議の声一つも出せなかった。
たかだかキス一つだというのに、腰がしびれるほどの快感だった。
(・・・っやられた!)
優奈は己の警戒心のなさを心の中で嘆き、キッと魔王サマを睨みつけた。
優奈のその様子に魔王サマはひどくご満悦のようで、ニヤリと笑った。
「・・・こんな面白いものを死なせるなど、勿体なさすぎるだろう?」
そう言うや否や魔王サマは優奈の鼻をかぷりと軽く噛みつき優奈から素早く離れた。
「・・・っちょっと!」
「リリィをよこす。・・・ゆっくりしていろ」
魔王サマは優奈の抗議の声を遮ってそう言うと、部屋の扉の一つからさっさと出て行ってしまった。




