召喚主は魔王サマ
その後、優奈が某然としていると、リリィはあれやこれやと手出し口出ししてきた。
働かない頭を抱えていた優奈は大人しく服を着替えさせられ、食事を取らされた。
正直お腹は空いていたのでありがたく頂いた。出てきた食事は、パン、スープ、サラダ、肉普通だった。
着せられた服は動きやすく、下から編み上げブーツ、ニーハイソックス、ショートパンツ、ハイネックのピタッとしたトップス、それからポンチョの様な上着だ。色は茶、黒、グレーの地味色だった。
そうして食事を済ませると、リリィに連れられて始めて部屋を出た。
時間をおいてだいぶ冷静になった頭がこの状況を理解し始めていた。
リリィが言うにはここは『魔界』という場所の更にいえば『魔王城』の中らしい。ちなみに、魔王サマの言っていたとおり、ここは私のいた世界ではなさそうだ。チラッと見せてもらった窓の外の景色は、はっきり言って人間が住めるところとは思えない場所だ。
未開の地でまだ大自然がたくさん残ってるんだよ、とか言われたとしても、あの空の色の説明はつかないだろう。灰色と黒の混じり合った雲から僅かに覗く空の色はドス黒い赤色をしていた。
(何をどうしたらあんな空になるんだろう・・・)
はっきり言ってあんな空が私の世界のものだと認めたくない。よってここは異世界だ。ということになった。
そして先程の男は正真正銘魔王サマだそうだ。
では何故そんな場所に私がいるのか、と聞けば、どうやら魔王サマが召喚したそうだ。
ここはもちろんツッコミどころだと思う。
(何故魔王サマが私なんかを召喚?! 私に人間界滅ぼして来いとか、そんなこと言われても無理だよ?!)
声には出さず、心の中で盛大にツッコミましたとも。
何故魔王が人間なんぞを召喚するのか意味不明だ。しかも私。
ちなみに帰れるかどうかは、魔王サマ次第だそうだ。
帰れない、と明言されるよりはマシかと、それ以上は聞かないことにした。
とにもかくにも、優奈は特に落ち込むこともなく努めて冷静に頭の中で情報を整理した。
(まぁ、まだ実感がわかないってのが本音。今のところ危機的状況には陥ってないし・・・)
と楽観的に考えていたりもした。
そうして連れてこられた部屋にて優奈は再び魔王サマと対面を果たした。
随分と広い室内には魔王サマと他何人?(匹?) もの異種異様な人(獣? 妖怪?)達がいた。異種異様とは、羽根だったり角だったり、耳だったり、鱗だったり、腐りかけてたり、そんな感じだ・・・。
魔王サマは所謂玉座というべき数段高い位置にある豪奢な椅子に威風堂々と座っていらっしゃった。
「ふむ、だいぶ身体も馴染んだようだな。それでだ、お前には今から人間界に行ってもらう」
再開後、優奈は上からしたまでじっくりと眺められた後に、魔王サマにそう切り出された。
「は?」
思わずそう聞き返してまったのは仕方のないことだろう。
(これはやはり、人類滅ぼしてこいって・・・そういうこと?)
優奈の返答に室内の空気が揺れる。
魔王サマの後ろにいた二人は顔色も態度も変えなかったが、横に居並ぶ強面達はザワザワと騒ぎ始めた。
全くもって何を言っているのか聞き取れなかったが。いや、聞く気がなかったので無視した。
「もう一度言おう。そなたには人間界へ行ってもらう。身体の不備を治してやったであろう? 対価分、働いてもらうぞ?」
ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた魔王サマに優奈は顔を引きつらせた。
それを出されては、優奈は従うしかなかった。病気が治ったことは本当に嬉しかったし、ありがたいと思っていた。なので、できる限り礼はするつもりでいたが・・・こういう風に言われると素直に頷きたくなくなる。
「・・・魔王サマと言われる方が、随分とケチくさいこと言いますね」
ボソっとつぶやいた言葉は、周りにも届いたのだろう。
ざわめきがさらに大きくなった。
これには後ろの二人も驚いたようで、表情が歪んだ。怒っているとかそういうのではなく、単純に驚いているようだ。
当の魔王サマは、といえば笑をこらえるのに精一杯、といった状態だ。肘当てに肘をついて大きな手で顔を覆い隠し、肩を震わせている。
その魔王サマの姿を見て周囲は更に騒然となったが、優奈は無視した。
それよりも盛大に笑われたことに対して腹を立てていた。
(今の台詞のどこに笑の要素があったのよ?!)
暫くして笑が収まったのか、魔王サマが再び顔をあげた。
「まぁ、そう言うな、娘。もし私の願いを叶えてくれたのなら、元の世界にも帰してやろう。どうだ?」
そう問われれば優奈は悩んだ。
元の世界にはもちろん帰りたかった。
よくわからない場所はやはり不安だし、恐ろしい。やはり普段見慣れた景色は恋しいし、何よりも愛しい人がいる場所に帰りたい気持ちはあった。
「その・・・危険なことはありませんか?」
優奈は『お願い』を聞く前に前提条件となる疑問を投げかけた。
お願いを成し遂げる前に、もしくは成し遂げた後に優奈が死んでしまっては意味がない。それにこう言ってはなんだが、優奈は超絶運動音痴だ。病気になる前からなのでこれはもうどうしようもないだろう。
もし『お願い』が人間滅ぼして来い! なんてものだったら一瞬で誰かに殺される自信がある。
優奈の不安を知ってか知らずか、魔王サマは薄く笑った。
「危険がない、とは言わん。だが、怪我をすれば治してやるし、危急時には助けてやろう」
そう言われて優奈は再び悩んだ。
つまり、命の危機には助けてくれるってことか?
怪我も治してくれるっていうし・・・。
でももし、人を殺せって言われたら・・・それは、私にできるのか?
例え殺さなくともそれに加担するとか・・・。
でも帰りたい。
あの人のいる場所に・・・帰りたい。
例え、何かを犠牲にしても・・・。
それに、まだ人を殺すとか決まったわけじゃないし・・・よし!
優奈は決意を固めて、魔王サマのお願いとやらを聞くことにした。
そうして魔王サマからお願いを聞き終えた優奈は喫驚し、暫く固まった。
魔王サマ、そんな展開アリですか?