祟りがやってくる
十日後、再びやってきたニーナは領主たる旦那様と大勢の兵士を引き連れてやってきた。
そして村の入り口に立ったニーナは高らかに宣言した。
「私達もこの村に住むことにしました。・・・家はこちらで勝手に建てさせてもらいますから、おかまいなく」
ニーナがそう宣言すると、あれよあれよという間に兵士たちが村からさほど離れていない位置の森の木々を切り倒し始めた。そして高さのなくなった木を恐らく魔術を使っているのだろう、根から引っこ抜いている者がいる。そして幾人かの兵士は運んできたのであろう材木、石材を荷馬車からおろしている。
木が抜かれ、元は森だった場所がどんどんと開拓されていく。
その手際の良さは現代日本人もびっくりではなかろうか。
(魔術って・・・すごい)
アランとハルトに連れられて駆け付けた優奈はあまりの事態に呆気にとられ、それを眺めていた。
「ニーナ! 何考えてるの?!」
「・・・死にたいのか?」
駆け付けたハルトとアランは口々にニーナに非難の声を浴びせつつも、工事の阻止の為に兵士たちの手を止めさせる。が、乱暴をするわけにもいかないらしく、手を掴んだところで一人二人の足止めができる程度だ。工事の阻止など出来るはずもない。
ニーナはそれをさらっと無視して隣の領主様にひっつき話しかけている。
「どれくらいで出来るかしら?」
「さて・・・三日もすればできるだろう。昼夜関係なしに働かせればいい。・・・この前も聞いたけれど本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫よ。私はずっとここに住んでたのよ。祟りなんて、迷信だわ」
ニーナはそう言って旦那様に腕をからめ、ちらりとこちらに目線を送ってきた。
「それに、今時迷信を信じて税の取り立ても、兵役も免除なんてありえない話よ。私たちの館の守備にはこの村のものについてもらって、館のことはこの村の女にやらせればいいわ。・・・そこの娘とかね」
優奈は言われずとも自分の事だと察した。
その毒々しい視線に思わず体をびくりと揺らしたが、この手の女は相手が怯えれば怯えるほど調子に乗る事は知っている。
優奈は負けじとニーナをキッと睨みつける。
優奈がにらみ返すとニーナは少し驚いたように目を見開いた。
「っ何よ!」
ニーナは少しばかり怯んだが、相手は自分より小さな小娘だと思いだし、すぐに喰って掛かるような態度に変わった。
けれども、そんなニーナを諌めるように領主が動いた。
「よさないか、ニーナ。こんな可愛らしいお嬢さんに、君はなんて態度を取るんだ」
優奈に喰って掛かりそうになっていたニーナを領主は押しのけた。
領主は優奈の前まで歩み寄ってくると、すっと膝をついた。
あまりに自然な動作だっため周囲の人間が止める間などなかった。
「お嬢さん、私の連れが失礼したね。・・・よければ君の名前を教えてくれないか?」
優奈は思わぬ事態に驚き、一歩後ずさる。
(領主って、偉い人でしょ? なんで膝ついてるの?!)
けれども優奈を引きとめるかのように領主は優奈の手を掴んだ。
掴まれた手を引っこ抜いてしまいたかったが、領主の力は強く、それはかなわない。
「可愛いお嬢さん、君さえよければ私の元へ来ないか? 君ほど可愛らしく、愛らしい人は初めて見た。・・・その漆黒の髪と瞳も神秘的で美しい。君にはきっとアメジストがよく似合う。こんな辺鄙な村にいないで、私のところへおいで。君に相応しい装いをさせてあげよう」
朗々と語る領主の口ぶりに淀みはなく、微かに潤んだ瞳は周囲の事など目に入っていなかった。
そう、いきなり自分の夫が他の女を口説きだす、なんていう悲劇に立ち会ってしまった妻の愕然とした様子も目に入っていない。
優奈はちらりとニーナを見やり、少しばかり申し訳ない気持ちになる。
領主が勝手に口説いてきただけで優奈には全く悪いところはないとはいえ、何となく申し訳なくなった。
(と、いうか普通こんなことする? いくら本当の奥さんではないとはいえ・・・あんまりじゃない?)
ニーナに誠意を示すとすれば、この領主の申し出をきっぱり断ることくらいだろう。
優奈は決意を固め口を開く。
「申し訳ありませんが、お誘いは断らせて頂きます」
「そういうことだ。離してもらおう」
優奈に続いて誰かの声が被さった。
と、同時に優奈手が別の誰かによって領主から引き剥がされそのまま誰かの腕に抱き寄せられた。
優奈は驚きとともに振り返ると、そこにはよく知った人物がいた。
「ロアン」
優奈がそう声をかけると、ロアンは優奈に視線を移し微かに微笑んだ。
「もう大丈夫だ」
そう言うと優奈の髪をくしゃくしゃっと撫で、優奈を自分の背の後ろへと隠した。
すっかりロアンに視界を遮られてしまった優奈はいつの間にか側にやって来ていたハルトに手を引かれた。
「ユーナこっちに。・・・よくない感じがする」
けれども、アランによってそれはすぐに引きとめられた。
「・・・手遅れだ」
低く唸るような声でアランはそう呟くと森の奥へと目をやりながらも優奈をかばうようにすぐ横に立つ。
「纏まってた方がましだろうよ」
いつの間にか側に来ていたラグはどこか愉快そうな声でそう言うとアランとは逆側の優奈の横に立った。
「あぁっ、もうっ! だからやめろって言ったんだよ!」
ハルトが思わずといった感じでそう叫び声をあげた時だった。
森の木々がざわりと生き物のように蠢き、ざぁっと音を鳴らした。
それと共にねっとりとした空気が森から流れ込み、周囲が一際暗くなった。




