sweet & bitter
2月10日。
私―渋谷舞の場合。
「はぁ、ついにこの季節が来てしまった。」
私こと渋谷舞には同い年の幼馴染がいる。
そいつの名前は新川大輔。
親同士が同級生ということもあってか、小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしていた。
そんな大ちゃんに私は恋をしている――
――――――。
初めて恋心を自覚したのは小学校5年の頃だった。
この時期になってくるとクラスの中でも、やれ誰が誰を好きだとかという話題に敏感なお年頃である。
かくいう私も友達とそんな話を繰り広げていた。
その時はまだ大ちゃんとは良いお友達というのが私の見解であったため、
「舞は好きな人いないの?」
と聞かれても、
「いないよ。」
と答えるばかりだった。
だが、来る2月14日。
私は見てしまったのだ。
大ちゃんが同じクラスの女の子からチョコをもらっている姿を。
思わず私は隠れてしまった。
なんとチョコをあげているその子は、いつか私の好きな人について執拗に問い詰めてきていた私の友達その子であったからだ。
道理で最近大ちゃんの好きなタイプについて色々聞いてくると思った。
その時初めて私は友達の不可解な行動と鈍さを自覚したのである。
そしてそれと同時に私は胸に違和感を覚えていた。
ぎゅ―――。
胸が苦しい…。
私はそんな二人を見ながら、原因不明の痛みに襲われていた。
「舞って好きな人いないの?」
その時ふと友達に言われた一言を思い出す。
「いないよ。てか、、好きって何?」
「え~、舞っててっきり大ちゃんのこと好きなんだとばっかり思ってた。」
「大ちゃんは友達だよ?」
「あのね、舞。好きっていうのは、その人のことを考えると夜も眠れなくなったり、もっと一緒に居たいんだけど、その人といると胸が苦しくなったりすることを言うのよ。」
「へぇ~。」
大ちゃんとは小さい時から一緒にいるが、正直そのような恋愛感情とかいうものを抱いたことは一度だってない。
確かに大ちゃんと一緒にいると楽しい。
それは認めるが、どちらかというと大ちゃんのことは仲の良い弟という位置づけの方がしっくりくる気がする。
「じゃあ舞は大ちゃんのこと好きじゃないのね?」
「う、うん。」
…あの時のやりとりの結果がこれってことか。
てことは私は大ちゃんが好きなの???
そんなまさか。
でもだったらこの痛みは何?
もしかして私あの子に嫉妬してるの?
まるでそうだと言わんばかりにその痛みは私の胸をぎゅうぎゅう締め付ける。
私はいてもたってもいられず、その場から逃げだしてしまった。
私って大ちゃんのこと…好き?なのかな…。
走りながら私はふと考える。
この日から私と大ちゃんの関係は単なる幼馴染ではなくなった――
――――。
私が恋心を自覚してから早くも4年が経過した。
私たちは中学3年生になった。
あれから私達は相も変わらず仲の良い幼馴染の関係を保っている。
大ちゃんはあの時どうやらチョコを貰っただけで告白はされていないという話を本人から直接聞いた。
こういう所は昔から変わらない。
私達は昔からお互いの近況についていちいち報告しあっている。
テストが何点だったとか、誰と誰が付き合っているとか、
一見くだらない内容も逐一話している。
だからこのことも例外ではなかった。
正直私はホッとしている。
彼への恋を自覚してからというもの日に日に彼への愛は増すばかり。
自分でもホトホト困り果てているほどだ。
だがそんな事を言ったってしょうがない。
――だって好きなのだから
だったらトコトン幼馴染の関係を利用したって構わない。
そう思っていたけど。
現実はそう甘くなかった。
近い距離にいればいるほど彼が遠くに行ってしまう気がするのはなんでだろう。
周りには“まだ付き合ってないの?”なんて言われる始末の私達だけど、
そんな話を知ってか知らずか日を追うごとに彼は私から離れて行った。
―――そしてそんな2月10日のある日。
私は友達と移動教室の際に聞いてしまったのだ。
「あのさ大輔ってぶっちゃけ舞ちゃんとどうなんだよ。」
私は突然自分の名前が出たことに驚き、思わず友達に
「先に行ってて。」
と告げると2人の会話に耳を傾けた。
「どうって言われても別に何とも思ってねーよ。」
「だけどよ、小さい時からずっと一緒にいるんだろ。ちょっとくらいやましい気持ちの1つや2つ持ったことくらいあるだろ? コノコノー。」
「だから持ったことなんかこれっぽっちもないって言ってるだろ!てか俺はアイツが話し掛けてくるから話してやってるだけでいたくて一緒にいる訳じゃねーんだけど。」
「冷たいねー。お前、本当に顔は良いクセに心は氷だよな。昔からそうなのか?だとしたら舞ちゃんが可哀想だよ。」
それから彼等は他にも何か話していたようだったが、私には何一つ入ってこなかった。
―イタクテイッショニイルワケジャナイ
その言葉は私の頭を一瞬にして支配した。
そうか私嫌われてたんだ。
最近避けられてるような気がしたのも気のせいなんかじゃなかったんだ。
自覚した私は思ったよりも冷静に一つの結論にたどり着いた。
―私振られちゃった
不思議と涙は出なかった。
それどころかあれほど痛かった胸の痛みもきれいさっぱり消えていたのだ。
なんて不思議な気持ちだろう。
急に身体が軽くなったみたい。
だが代償に私は胸にぽっかりと大きな風穴をあけてしまった。
――――。
次の日から私は大ちゃんに話しかけることをしなくなった。
日課だった学校の行き帰りも、まるで初めから一緒になんて行っていなかったかのように1人に慣れるのには時間がかからなかった。
所詮その程度の関係でしかなかったのだ。
幼なじみという関係はこうも呆気なく崩れ落ちてしまった。
その日から大ちゃんの周りに女の子の取り巻きが増えた。
今日までは私に遠慮して近づくことが出来なかった女子達が私達のケンカを聞きつけてチャンスだとおもったようだ。
季節はバレンタインの前日ということもあり、みんな自分アピールに必死だった。
必死といえば、私も違う意味で必死にならなければならなかった。
こちらも私達のケンカを紀伊付け何を血迷ったのか何人も男子が私に話し掛けてくるようになったではないか。
友達曰く、男子達は私と大ちゃんが離れるのを待っていたらしい。こちらも私からチョコを貰おうと自分を売り込むことに必死なんだとか。
そんな事をにわかに信じてなどいないが、さすがにだんだんウザくなって来たので私は休み時間の度に逃げ回るのが日課になりつつあった。
逃げて逃げて最終的に隠れるのがこの屋上。
ここは普段使われていない為、生徒が入ることはほとんどない。
だがそんな屋上に今日は珍しく先客がいた。
だ…いちゃん?
屋上のドアを開けると、そこには疲れた顔で壁におっかかって寝ている大ちゃんの姿があった。
最初は踏み込もうか迷ったが、バタバタと階段を駆け上がる音が近づいて来たため仕方なく大ちゃんの横に腰を下ろした。
この屋上は割と見通しが良いため死角になる場所がここしかないのだ。
と自分に都合よく言い訳をつけて――。
はぁ~。良く寝ちゃって…。人の気も知らないで。
大ちゃんってこんなにまつ毛長かったっけ…
よく見たら髪もさらさら…
ふふっ。
時折ピクッと動く度に動きを止めながら、しばらく私は大ちゃんのさらさらの髪を撫でていた。
なんか久々に身体全身が優しく包まれるような幸せな時間だった。
「やっぱり私はこの人が好きなんだ…」
誰が聞いているとも知らずに私は思わずポロッと本音をもらした。
それもごく自然に。
空は冬なのに珍しく快晴。
そんなポカポカ陽気に後押しされていつの間にか私は眠ってしまった。
―この後何が起きるとも知らずに
―――――。
とある2月13日の昼休み。
俺は屋上へと足を運んでいた。
「大輔く~ん!!」
うぅ。今思い出しただけでも吐き気がする。
どうして女はみんなああなんだ。
俺はマスコットキャラクターじゃねーっつーの。
人に断わりもせずにペタペタ身体触りやがって。
気持ち悪いったらありゃしねー。
まぁ少なくともアイツは例外か…
「舞、オレお前になんかしたか?」
――――2月12日。
俺が次の授業の移動をしようと教室を出ると、同じクラスの奴が俺を待っていた。
名前は松戸。
下の名前は何だっけ、あっそうそう遥かだ。
松戸遥。
同じクラスになったのは今年が初めてだが、何かと話が合い今年になってからよくつるむようになった奴。
「よぅ大輔!ちょっといいか?」
「いいかってもうすぐ授業始まるぞ?まぁいいけどさ。」
そう言って階段下に連れていかれた俺。
「あのさ大輔ってぶっちゃけ舞ちゃんとどうなんだよ。」
えっ、なんでお前から舞の話なんて出てくんだよ。
「どうって言われても別に何とも思ってねーよ。」
…思わず行ってしまった。
本当はそんなこと思ってもいないクセに、俺の馬鹿。
俺のそんな思いなんてお構いなしに遥は続ける。
「だけどよ、小さい時からずっと一緒にいるんだろ。ちょっとくらいやましい気持ちの
1つや2つ持ったことくらいあるだろ? コノコノー。」
おい、ちょっと待て。やましい気持ちってなんだよ。いや確かに舞は小さい時から可愛かったけど、、、ってこれじゃあ変態だろ俺!!
「だから持ったことなんてこれっぽっちもないって言ってるだろ!てか俺はアイツが話し掛けてくるから話してやってるだけで居たくてずっと一緒にいる訳じゃねーんだけど。」
あーあ、心にもないこと行ってるよ俺。
でもここまで言ってしまっては後には引けない。
「冷たいねー。お前、本当に顔は良いクセに心は氷だよな。昔からこうなのか?
だとしたら舞ちゃんが可哀想だよ。」
お前に何が分かる!
俺の毎日の苦悩なんか知らないクセに!
知ってるか舞はな、めちゃめちゃ可愛いんだよ!
俺のくだらない話なんか全然面白くないだろうに、どんな話も真面目に聞いてくれるんだ。
最近なんてキレイになりすぎて目も合わせられないくらいだ!
お前なんかに舞の気持ちなんて気安く語られたくない。
舞以外の女には冷たいとか思われても俺は全然構わない。
舞、お前に思われなければそれでいい。
――バタバタッ
そんな事を思っていると猛スピードで階段を駆け上がっていく音がした。
「とにかく、俺は舞のことなんて何とも思っちゃいねーけど、ぜってー手を出すなよ!
もし出したらコレだからな!」
「わかったって。ただ聞いてみただけだよ。まぁ舞ちゃん可愛いし俺なんかが手を出さなくても、時間の問題かもねー。もうすぐバレンタインだし、せいぜい振られないように頑張れよ!」
遥はそう言い残すと、俺を残し階段を上っていった。
あれはぜってー気付いてる…
はぁ~、なんだよ最後のあの微笑みは。
舞は俺のなんだよ。
他のヤツになんてやってたまるか。
それにしてもバレンタインか…
舞のヤツ今年は何くれるかな?
俺は幼馴染という特権で舞から毎年手作りチョコをもらっている。
去年はブラウニーだろ、その前はカップケーキ、そしてその前はクッキー。
あいつホントに作るの上手いんだよなぁ。
何気にだんだん本格的になっていくし。
まぁ毎年“義理だからねっ!”って言われて渡されてるけどさ。
好きとも嫌いとも言われたことはないが、自分では少なくとも嫌われてはいないと思う…多分。
そもそも嫌いな奴にわざわざ手作りなんてあげるだろうか。
だけど舞は優しいからな。
実は毎年今年こそってバレンタインの度に期待してるんだけどな。
本当は自分でコクればいいんだって分かってる。
けど、もし断られたらって考えると怖くて聞けない。
そんな事されたら、ショックで俺立ち直れなくなるかも。
見かけによらず女々しい俺のこと、舞は嫌いにならずにいれくれますか――?
――そして今日2月13日に至る。
この日から舞は俺に話し掛けて来なくなった。
それどころか目も合わせてくれない。
それを良いことに舞の周りには男がズラリ。
舞に寄ってたかってんじゃねーよ!
本当はすぐに駆け寄って言いたかった。
「俺の女に手ーだしてんじゃねーよ」って。
だけど出来なかった。
オレハマイニキラワレテシマッタカラ…
舞に嫌われてしまった以上俺から近づくなんて出来なかった。
何が理由かなんて考えもせず、俺は自暴自棄になった。
幸い女はいっぱい俺のもとに寄ってきた。
舞じゃなければ誰でもいい…なんて思っていたけど。
やっぱりダメだった。
「俺は舞じゃなきゃダメなんだ!」
あーあ、1人の屋上ならこんなにも簡単に言えてしまうのに。
本人を前にすると気の利いたことの1つも言えないなんて情けなすぎる。
バタン――。
俺は自分のヘタレ加減に愛想が尽きてそのまま屋上で眠ってしまったらしい。
しばらくすると誰かが屋上に入ってくるのが分かったが、俺は意識を手放したままだった。
…なんかくすぐったい。
そう思って身体を起こそうとすると思ったより自分の身体が重いことに気付いた。
起きて俺はハッとした。
「ま、い?」
お前なんでこんなとこにいるんだよ。
俺のこと避けてたんじゃなかったのか。
しかもそんな俺に寄っかかって寝るって…
安心しきった顔で寝やがって…!
でもそんなとこも可愛いと思ってしまう俺ってやっぱり馬鹿なのだろうか。
だがこんなとこで寝てたら風邪引いちまうし、かと言って起こすのもなぁ…
そう思った俺は悩んだ挙句、自分のブレザーを舞に掛け屋上を後にした。
「じゃーな。俺、お前からのチョコしか待ってねーから…」
そんな一言を残して。
――――。
「ん~~。よく寝た。あれっ…」
起きるとさっきまでそこのあった大ちゃんの姿はなく、
代わりに私の身体には一枚のブレザーが掛けられていた。
大ちゃんのにおいがする…
あっこれこれ返さなきゃなんて思いつつ、その日は声をかけるタイミングがなく仕方なく明日返そうと思って家に持ち帰る。
考えてみたら明日はバレンタイン――。
今年は渡さないつもりでいたけど、今日のお礼も込めてチョコを作ることにした。
そして2月14日―。
きれいに畳んだブレザーとチョコをもって家を出ると、
そこにいたのは…
「だいちゃん…」
いつもより早く家を出たつもりの私だったけど、そこには冷え切った大ちゃんの姿があった。
「舞。俺、お前のこと…」
言われた瞬間、気づくと私は大ちゃんの腕の中にいた。
手にはあまーいチョコレート。
そして口に広がるのは甘くてちょっぴり苦い幸せの味―――
この度はsweet&bitterをご覧くださいましてありがとうございました。
いかかでしたか?
今回はバレンタインの季節ということで読み切り作品を書いてみました。
ぜひ一言コメントいただけると嬉しいです。