第四話 La parte posteriore del baratro
九龍城ホテルから40㎡先
地下鉄内
現在時刻PM9:48
「…クリア」
ナイトゴーグルを外しながら和彦は呟く。
あれから数分後、的確なポイントを模索し包囲網から脱出可能だと判断。
そして先遣隊として和彦、風魔、有村の三人が駅構内の確保に向かっていた。
「…しかし配備されてないとは。三人位は居ると思ったが…」
「全駅に配備すると言ったら難しい話じゃないのか?」
「…でも主要な駅だけでも配備すれば言い話だと思う…」
「う~ん?」
結果和彦の疑問を解明する事が出来なかったが、此方にとっては好都合である。
「とにかく、今の状況を考えれば悪い事じゃない。出来るだけ早く事を済まそう」
「…だな」
「ですね」
二人は同時に頷き、改札口を抜けて電車の止まるホームへ向かっていった。
和彦はPDAを手に持ち、操作をしてから通信を開く。
「此方デルタ1、駅構内の敵影無し。要救助者と重傷者を中心に搬送頼む」
『了解、デルタ1。すぐに行きます』
「ああ、デルタアウト」
静かに答え、PDAの電話を切る。
「…さて」
同時刻
新都から離れ、都市開発されていない旧都区。
三合会が上海で活動していたとされる場所は未だ暗い面を覆っている黒社会の巣。
その光景は太平洋戦争後の日本を思わせる物であるが…。
「まあ、この騒ぎで店をやってるとは思えねぇな…」
「だね…」
ちょっとしたそよ風がチラシの様なものを流し運ぶ中、商売道具や商品をそのままになった闇市の通りを眺めながら二人は歩く。
時折出来立ての唐揚げや骨付きの鶏もも肉のロースト、小鳥のツバメ焼き、粥麺の入った丼を手に付けて食べ歩く。
「うむ、国際都市ながらしっかりとした味わい」
「観光に上海行こうかな~と思ってたが…」
「やめとけ、今のところ情勢が安定してないから浚われても知らんぞ」
「それは勘弁」
最後にフルーツの乗ったかき氷を食しテーブルの上に置くと、一万円札を間に挟み、隣に置いた。
「腹拵えは済んだし」
「…一丁この中入りますか」
と、トウモロコシでんぷんで出来た爪楊枝で歯の間から食べかすや肉のスジ片を取りながら目の前にある雑居ビルを見上げる。
「此処が例の?」
「ああ。最近三合会の傘下に入った烏龍組の事務所だそうだ…」
「情報入るのか心配だが…」
「少なくともこの状況は把握してるだろ。何たって今までテキ屋程だった所が麻薬、武器、人身売買、輸出禁止動物のシンジケートの三合会に入るのが有り得ない。警察と連結してるか…独自に何かをするのか…」
幾つか仮説を立てながら左手人差し指を真っ直ぐ伸ばし、口を開く。
「どちらにせよ、何か知ってるはずだ」
そう言い、事務所に通じる上に行く階段を指を差す。
凛湖はやれやれと考えながらAA-12を持ち直し、真之助と共に足音を立てぬよう、上がっていく。
21世紀に入り、中国は様々な事件が発生し、皇家の生き残りが反共産派と共和皇国を作り出し、中国は二分化された。
が…、情勢は安定したとは言えず、中華人民共和国側寄りが強くあり、中華共和皇国は劣勢に立たされている。
そんな中、中華皇国に味方をしたのは今まで中国に苦汁辛酸を舐めさせられた日本である。
当時世界レベルの技術を盗まれ、怒り狂っていた日本は中国側が土下座させる為、自衛軍特殊作戦群をテロしそうだからと国連に許諾され、ことごとく戦略兵器を破壊。世界に対して「これが特殊作戦群だ!」と言わしめた。
それから中国側は国際社会でも信用が地に落ち、G20から外され、中華皇国が代わりに入れられた。
無論、軍事強化していたのに平和ボケしていた日本に負けた事により、軍部は縮小、当時の首席も辞職して13階段の首吊りをしたそうな…。後、尖閣問題は解決。中華皇国と"共同開発"をしている。
そんな中、一際勢力を伸ばすのが三合会であり、香港の中華皇国入りと共に新設国家の阿漕商売をし始める。
未開発独特の匂いが充満する部屋の中、真之助はハンドガード左横に付けられたタクティカルライトで一面を照らしながら静かに足を踏み入れていく。
ブレーカーが落ち、辺りには穴の開いたコピー用紙や割れて散乱した窓ガラスを見る限り、相当な銃撃戦があったのだろう。
大体確認してから真之助は耳元に着けられたヘッドセットのこめかみ部分を押し、ライトを点灯させ、デスク等を調べる。
「う~ん…めぼしい物は無さそう」
「こっちも…。こんな状態だから盗まれたんじゃ?」
「…かもな」
同じ様に調べる凛湖も収穫が無く、二人は更に調べる。
そして数分後…。
「見つかったのは、黒い読み取り口のあるカードキーとメモリーカード」
「銀色の鍵に、数字の羅列が書かれた手書きのメモ…」
同時にため息を吐いて椅子に座った。
「後隠れてそうな所は?」
「……この事務所の三階と四階。調べると膨大な時間を使うがな…」
「うわー…」
額を押さえて思わず俯く凛湖。つい先ほどまで意気込んでいた気持ちはサラサラと砂のように消えているのが目に見て分かる。
かたや調べるのが苦手でかたや調べる事を任せっきりの二人には某ゾンビゲームの忍耐がある訳なく、一向に平行線であった。
ふと、真之助は何かに気が付き、人差し指を唇に近付けて噤むように示す。
何なのか分からないが、凛湖はその通りに口を噤むと真之助が静かに口を開く。
「…此処から出てくフリをしてくれ」
どうやら何かがあるようだ。
凛湖は言うとおりにするべく立ち上がり、口を開いた。
「あ~、この部屋には用は無いし、そろそろ行こうかな~?」
「ああ、そうだな~、時間も無いし、ちゃっちゃと済ませよう!」
わざとらしく大声で二人は語り、凛湖は行進のように銃を抱え、足を上に上げるように足踏みしながら出口に向かう。
一方真之助は、摺り足でその場所に向かう。
あるのはギリギリ人一人入れそうな両開きのロッカーで、ある程度覗き見されても視界に入らない位置で待機する。
「さ~て、三階三階~♪」
ドアの閉まる音が響き、階段を上る足音が段々小さくなっていく。
そして、両開きのロッカーは音を立てないように少しずつ開き、小さな隙間を作る。
多分覗き見をしているのだろうと思いながらゆっくりと立ち上がり、髑髏模様のバラクラバを被り、サングラスを掛け。
思いっきりロッカーの戸を蹴った。
「ブフッ!?」
苦悶の声が発せられるとロッカーから現れたのは黒いスーツを着た若い男だった。
真之助はすぐさま銃を構え、バラクラバ越しで声を掛けた。
「フリーズ!連接到的頭部的背面,用雙手提出!(両手を挙げて後頭部に付けろ)」
「まっ!ちょっと待ってくれ!?」
銃口を突きつけられた男は両手で制止させながら慌てて喋り始める。
「もう俺は何も知らないって!すべて白状したろ!!」
「…はて?何の事だ?」
真之助はどうやら誰かと勘違いされていると思い、脅迫の為にカマを掛ける。
男は青ざめた顔になり、何が何でも見逃して貰おうと、次々と話をし始めた。
「何の事って!?そりゃあ地下鉄整備用の地図やらヘンテコな機械やらの話だよ!!アンタらが何しようが何も言わないから見逃してくれよ!」
「……ほう、本部の奴らがそんな事を…」
「…ほっ…本部!?」
「ああ、俺は北米三合会の工作員でな。最近本部できな臭い噂を聞きつけて来たんだ…まさかこんな事態になっていたとは…」
根も葉もないデタラメを述べるが流暢にそれになりきって喋っているため、男は完全に信じ込んでいた。
更に追い詰めるように掛けていたセーフティーを外し、銃口を鼻の頭に押し付けてから脅す。
「ヒィ!?」
「本来は殺しをするつもりじゃなかったが…安心しろ、楽にしてやる」
「ギャァァァアアア!!止めてくれーーーーー!!死にたくない!!」
「…だが、今まで起きてたことを話せば…見逃す考えも出てくるかもな?」
「…えっ?」
男はその言葉に目を丸くし、黙り込む。
しめたとバラクラバ越しでニヤリと笑う真之助は口を開く。
「言葉の通りだ。今まで起きていた事と本部の奴らが持って行った物、それらをキチンと教えてくれれば…サービスとしてベレッタと弾倉四つをプレゼントしよう」
とバックパックから取り出したのは敵から奪取したM92Fとそれの弾倉四つであった。
男はその提案に直ぐに飲んだ。これが真之助の得意とする飴と鞭(脅してから過剰なメリットの交換条件)である。
「…奴らが持ってったのは…かつてウチの土木屋で掘った地下鉄の配置図と、最近出て来たこんぐらいの小さな箱だ」
そう言って空中でその箱の大きさをなぞる。
見た限りでは全長10㎝ほどの小さな物らしい。
「知り合いの大学教授に見せたんだが…その箱の材質は謎らしくてな…奇妙だから金庫に仕舞ってたんだ…」
「…で、無惨な姿に変わった金庫を見るに…」
「…まあそれはいいんだけど…問題が配置図なんだよ…」
「配置図?」
男が息を荒くして答えるのに疑問を感じると付け足すように語る。
「ああ…地盤の脆い所を土嚢で埋めたんだが、爆破じゃあ耐えられない…もしプラスチック爆薬でぶっ飛ばせば巨大な蟻地獄の出来上がりだ…」
「…つまり…地下鉄の中の脆いところをぶっ壊したら…」
「街が沈みかねない」
その言葉に真之助は災厄のシナリオが思い浮かぶ。
爆破された部分から地盤が液状化し、コンクリやアスファルトがミキサーで粉砕されるように飲み込まれる。
そして逃げ切れなかった住民や兵士達は蟻地獄に飲まれ、すり潰していく。
これで上海の街は巨大なハンバーグ・フィールドとなった。
「…それは確かなのか?」
「爆破するとは言わないが…配置図持って行くならそれしか考えられない」
だがどちらにせよ、止めねばならない。
「…奴らが向かいそうな場所は?」
「地下鉄だ…配置図とヘンテコ機械を持って行ったのは一時間前だから…まだ取り付け中だと思う…」
「そうか…」
「あと…コイツを…」
「ん?」
真之助に渡されたのは小さいSDカードだ。それを受け取ると男は静かに口を開く。
「万が一に配置図のコピーだ。PDAで使えるようになってるから」
「どうも。これで時間を余計に使わないで済む」
真之助は手元の腕時計を見ながら呟くと、M92Fと弾倉四つを男の前に置く。
「…情報提供ありがとう。早くこの街から出れるようにな」
「あっ…ああ…」
男に呆けた顔で見送られながら真之助は事務所から出て行った。
「…で?作戦変更?」
入り口ドア前で腕を組み、背に壁を着けて待っていた凛湖は出て来た真之助に問いかけると肩をすかしながら答える。
「とりあえず、地下鉄内の重要度の高い場所は解除させて貰う」
「了解、それじゃ行きますか?」
「ああ」
PM10:38
九龍城ホテル
立華涼香
「後の人達はどれくらいですか?」
「残りは我々だけだ」
地下鉄を利用した避難活動は順調に進んでいた。
負傷者が多いものの、動けない人間は殆どおらず、彼等と共同し、動けない負傷者を搬送したため、予想よりも早く事が済んだ。
「それでは皆さんも早く」
「ああ…ある程度殿が出来たらスタコラサッサと行かせて貰いますぜ」
そう軽いノリで語る兵士は立華を先に行かせるようにする。
「でも…やはり」
「アンタらは自分の仕事をすりゃあいいのさ。言われた額の仕事をこなせばどちらとも文句は無い」
「……分かりました…出来るだけ早く…」
「…御心配ありがとう。アンタは中身も別嬪さんだ」
「所謂日本の"大和撫子"って奴じゃねぇか?」
「ああ…思わず惚れちまったぜ」
軽口叩く兵士達に笑みを浮かべてからダネルの直道式ボルトを一回引き…。
「ドタマぶちかまして亡き者にして貰いたい人は手~上げて~♪」
ドスを利かせて脅すと全員、某名作アクションゲームのマッドサイエンティストのジャンピング土下座を見事に行った。
「「「どーもスイマセンでした!!!」」」
「其れで宜しい」
そう言って踵を返し、腰だめのまま撃ち放つ。
すると、約800㎡先の敵の頭を吹き飛ばした。
「…beautiful」
「流石に㎞をスコープ無しでやるのは難しいけど…」
「…もう彼女だけで良いんじゃない?」
化け物認定された立華は失敬なと言わんばかりに頬を膨らませる。
そんな時。
『…ガァァ…ザッ…ザザッ…ちら……小隊……願い……。繰り……応……い…す…』
「通信?」
壁に立て掛けていた通信機から砂嵐の混じる音が響く。
すぐさま通信兵が取り次ぎ、受話器に声を掛けた。
「此方九龍城ホテル。其方の部隊名とコードを答えよ」
『ガッ…ザザッ…ちら…レイン…隊。…在敵…ナイパーの部隊に…』
「電波障害が激しい!もっと詳しく話せ!」
『……はレイン小隊…。現在…スナイパー……撃を受けて……。至急…援…!』
通信兵は何とか内容を読み取り、その場の全員に伝えた。
「緊急事態です!戦闘中に行方知れずとなったレイン小隊の生き残りがいます!」
「何だと!?」
其れを聞いた隊長は驚きに見舞われる。
「だったらすぐに隊を編成して」
「ちょっと待って下さい」
編成の指示をしようとした瞬間、立華が引き止めた。
「此処にマークスマン(選抜射手)は居ますか?」
「…ホワン、今の装備は?」
「…ラルー・タクティカル OBRです」
「それでは…ホワンさんをお借りしても宜しいですか?」
ニッコリと笑みを浮かべ、答えた内容はトンでもない物であった。
全員は驚き、隊長はしどろもどろに口を開く。
「…ミス立華。それは本気かね?」
しかし彼女は、笑みを崩さずに答える。
「…ええ、私はレイン小隊を助けに行きます」
その態度に隊長は怒りの表情で叫んだ。
「正気か、君は!?今の状況を見て言っているのかね!!」
「…ええ、答えを変えるつもりはありません」
彼女はどんな事をしても絶対に変えるつもりは無い。
だが隊長にとって言えば、現段階で此処まで支援するPMCはいない。兵士達と最後まで残ることは自分の助かる見込みを減らすことに同意無いのだ。
しかし彼女は変えることはしない。
そして立華は口を開き、淡々と語り始める。
「…私の兄は…自衛官でした」
「………」
「兄は、最後まで避難せず、戦場で取り残された兵士や難民を逃がしていました…」「勿論、兄の仕事ではありません…。仲間は撤退していました…でも放って置けなかったんです…」
「…命を犠牲にしてもか?」
「…いいえ…自分に後悔しないでいきたかったんだと思います。決して死ぬつもりもなく…かと言って見捨てることも…」
「…兄は結局帰らぬ人です…でも…」
「生きようとしていました」
兵士全員は口を噤み、心の奥底にある思いが突き刺さった。
「私は死に行きません…助かる為に…みんなと一緒に生涯を生きるために…彼等を助けたいんです!」
その思いがまるで聖歌のように感じた。
隊長は静かに歩み寄り、立華の右肩に手を置いて答える。
「…ホワンを宜しく頼む…」
「…Yes Sir」
「…それでは」
「行ってこい、ホワン准尉」
「了解です、隊長」
ホワンはラルー・タクティカル OBRを持ち直し、立華の隣に立つ。
「…部下を頼む」
「はい、隊長」
ビル屋上
「……さて。ありがとう」
「…たっ…頼む…ただ娘の所へっ…」
兵士の首をかっ捌く。
血の付いた銃剣付きのM327リボルバーを振り払い、血を飛ばす。
噴水のように吹き出した血液は霧吹きのように周りを赤く染める。
リボルバーを専用のホルスターに入れながら劉・王染は火の手の上がる街を眺めながら思いふけった。
「…第一幕が終わり…ショーを飾る名場面が始まる…世界の…終わりを奏でる…ミュージカルが…」
彼は指揮者の様に両手を上げ、口から歌を発しながら…。
指揮を振るった。




