第三話 The Chinese are careful
上海 崑崙タワー最上階 ロイヤルスイート
「…フゥー」
一本の葉巻から白く細い煙が上に登り、男が口から同じ色の煙を吐き出す。
純白のシーツを一枚、男の細くもしなやかに鍛え上げた上半身が露わになる中、隣の裸の女は身体中から汗をびっしょりとかきながら、寝そべっていた。
「ハァ…ハァ…激しすぎよ…劉…」
「腰が抜けたかな?」
「貴方の絶倫さで、どれだけの女の子を鳴かせて来たのかしら?」
女はシーツを豊かな胸元まで持っていき、上体を起こしながら、妖麗な笑みを浮かべる。
男も目を逸らし、口笛を吹いて誤魔化す。
「さっ…さあねぇ~人生で団子を食べた数を数えられるなら…」
「あら?それだけの娘を喘がせたの?」
「ハッハッハッ…複数もイケる口だから…」
「それは酷いわね…チョン切ってやらないと…」
「私の立場が無い!?」
目を光らせ、右手をチョキに動かしながら答える。
男は涙目になりながら、葉巻をベッドの隣の机に置かれた灰皿に押さえつけて消す。
「…ハァ…さて。そろそろ第二段階ですかな?」
「第二段階?コレ以上何かするの?」
「ええ。性能実験はまだ半分程度」
「これからが"本番"です」
男、劉・王染はその美貌を怪しい笑みで形作りながら語った。
崑崙タワーから数キロ程離れた湾岸に近い場所。
高級ホテル「九龍城」
豪華絢爛のフロントホールにはシーツの上で火傷に苦しむ若い男性や消えた蝋燭の様に目を閉じた老人。
心停止した女性にAEDを試みる救急隊員や母親を泣きながら探す子供。
辺り一帯を埋め尽くす死傷者の中、皇国陸軍兵士達は補給物質の弾薬ボックスから一発ずつ弾倉に弾を込め、それをバックパックにしまっていく。
「…また行くんですか?」
一人、市内の病院から駆けつけた看護師の女性が兵士に対し、問いかける。
兵士はニヒルに笑い、答えた。
「此処を護る為にね。帰ったら一緒に食事しない?」
「…帰ってこれたらね?」
「…ハッハッ、手厳しい…」
兵士のなにげも無い冗談を軽くあしらわれ、残念がりながら外へ向かっていった。
事態はジリ貧と言っても過言でない。
敵は多少撃たれても怯みはするが、何事も無く向かってくる。
此方は敵の包囲や対空砲と、地上部隊の補給を徹底的に途絶えさせている。
兵士達は残弾を頭で数えながら、反撃に出るものの、相手のタフさにどうしようも出来ず、一つの弾倉で三人しか倒せずにいる。
「…少将、コレ以上は保ちません」
ホテルの一室、披露宴で使う宴会場を臨時の作戦司令部として使用する中、副官が一人の将官に厳しい現実を言い放つ。
龍・王少将は頭を抱え、どうすることも出来ない状況に立たされる。
「……最後の補給部隊は?」
「…つい先ほど、FIM-92 Stingerにより撃墜されました…」
「…我々は苦境に立たされたな」
最早打つ手なし。そう思う龍少将は最後の手段を使うことを考える。
「…C4と爆薬の数はどうだ?」
「…しかし少将!」
「少佐!答えたまえ!!」
副官は身じろぎながらも、少将の質問に対して答える。
「…現在の所持量であれば…このホテルを爆破させることも可能ですが…」
「…少佐、直ぐに準備をしたまえ」
「…申し訳有りません。我々の力不足で…」
少佐は頭を下げ、不甲斐なさを口に出すがそれに対して首を横に振り、仕方がない事を表す。
「殿は私に任せろ。君達は地下鉄を使い、負傷者を先に脱出してくれ…」
「…少将」
「それに…最後の希望が潰えた時の手段だ…決して諦めた訳ではない」
「と、いいますと?」
「…松永が手配した部隊…それが今、前線に到着した」
『此方、煉中隊。指示通りにストロボを焚いた!攻撃支援を頼む!』
「ラジャラジャー、これよりランスロットワンの武装で撃退するオーバー」
そう言い、ニヤリと口の右端を釣り上げてから、やる夫はゴーグルを付けて火器システムにアクセスした。
「…見たまえ、これがラ○ュタの雷だ!」
ランスロットワンの左側に搭載された105mm榴弾砲が動き、照準をセットすると…。
巨大な炸裂音を発して弾頭が撃ち出され、狙った場所に着弾した。
「ふっははは、見ろ!人がゴミのようだ!!」
続いて40mm機関砲とGAU-12 25mmガトリング砲からそれぞれの弾頭が撃ち放たれ、狙われた一帯は、火の海と化した。
地上にて展開された和彦達は、地対空ミサイルを持つ敵を隈無く撃ち倒し、次々と制圧していく。
「有村!その壁を撃ち抜け!!」
「オララララァァァアアア!!」
和彦の指示で有村は持っているMG43のトリガーを引きっぱなし、壁に隠れる構成員達を血達磨に変えていく。
それに合わせ、和彦はバレットに取り付けたアームスコーを構え、残党処理として発射する。
激しい破砕音と土埃が舞い、建物内を陣取っていた構成員達は身体を灰化して消え去った。
「…クリア」
「敵、殲滅ですね…」
「ああ…だが気を抜くなよ」
注意を促す和彦はバレットを背中に背負い、SIG556を構える。
いつも通りに振る舞っているが、心なしか張り詰めているように感じた。
建物から出ると前線に出ていた皇国陸軍兵士達が勝利の雄叫びを上げ、和彦達を出迎えていた。
「やったぜーーーーー!」
「流石だ日本人!!」
「どうだクソッたれ共!!ヤッハー!!」
ほんの一時ながらも、勝利を祝うように和彦に近づいて行く中、それをスルリと抜け出して行く。
「…まだ駄目そうね」
「…でしょう」
和彦の行動を見ながら浅間と風魔はどうしようもない気持ちを露わにする。
二人は諦めに近いため息を吐き、和彦の後に付いて行った。
作戦司令部に到着した和彦はセーフティーを付けてから背中に背負い、ドアノブを引っ張って中に入る。
突然の訪問に若干戸惑っている龍少将と中佐は直ぐに敬礼をし、和彦も敬礼を返してから話を切り出した。
「少将閣下、現在の情報をお願いします」
「うむ、先に礼を言わせてくれ」
そう言い、彼は頭を下げ。
「部下を救ってくれてありがとう」
淡々と重くのしかかるような言葉で礼をする。
和彦は何も言わないままじっとそれを見続けた。
「これは少将としてで無く…一人の"龍・王"としての礼だ」
自分に出来る最大限の心遣いに、和彦も言わなければならないと考え、閉じていた口をゆっくりと開いて返事をし始めた。
「……了解しました。それでは」
「ああ、まずはコレを…」
少将はテーブルに敷かれた上海の街全体の地図を和彦に見せながら静かに語る。
「現在、このホテルを包囲するように対空砲や地対空ミサイルを持った構成員が多くいる。奴らはいやらしく正面からほじくるように進行していた」
そう言ってチェスの駒を模した赤いピンをホテル一帯に次々と刺し、違う色のピンをホテルに刺す。
「…これが現在の姿だ。一体一体屈強で数が多く、旧式だが弾薬は豊富…。この状況では民間人を脱出おろか、一人でも生かすことが難しい所だ」
「…対空砲の処理は此方でやる」
「無理だ。対空砲は特殊で、移動可能なトランスポーターに積まれている。対戦車戦闘を想定していなかったためにこれだけやられてしまった…」
「だが、此方には航空支援と対戦車戦闘可能な装備はある。脱出出来る可能性が…」
「我々は疲弊し過ぎている!10㎞以上包囲され、民間人にも怪我人が多数いる!とうに脱出不可能なのだよ!!」
怒鳴り声が響く中、和彦は口に人差し指を当てる。
少将は我に返り、顔を俯かせてから椅子に座り込んだ。
「すまない。君達も我々の救援として来ているのに…」
「いいえ、むしろこの状況で冷静沈着とはいきません」
「…若いものに教えられるとは…私も年だ…」
「とにかく…今可能な手段が有りますよね?」
「…アレのことか?」
そう言うと、ある場所を見る。
「ええ、このホテルから2㎡離れた場所に地下鉄が走っています。しかも、現在八両編成が二つ…何とか詰めれば入ることも出来ます」
「だが、この先に敵が待ち伏せをしている可能性がある。例え電車に乗れても駅に配置されている場合も踏まえると…」
「いいえ、その心配はありません」
「…なに?」
和彦の即答に疑問を抱いていると、そのままPDAを取り出し、画面を動かしてから見せつけた。
「地下鉄内には図面と合わない空間が幾つかあります。それがなんと…」
「政府関係者を逃がすためや避難する特別区画…有事避難経路です」
「…左右,但無異常(周辺、異常無しだ)」
「然而,~我的主香掛金的武器。我這樣的事情,因為我熱愛槍戰(しかし、香主も武器に金掛けるな~。俺は撃ち合いが大好きだから良いんだけどな)」
「哦,我同意我(ほう、俺も同感だぜ)」
下品な笑い声を上げていると、二人は気付いていないのか、窓から一つの銃口が差し込まれ、炸裂榴弾が何発も撃ち込まれた。
「…ターゲットクリア」
「ミンチからの灰化か…おっそろしいな…」
窓から内部を見る真之助はそんな事を呟いた。
あの後、ヤン曹長達と行動を共にし、現れる敵勢力と戦闘になりながらも、ヘリ墜落現場から物質を入手出来、兵士達は九龍城ホテルへ、帰って行ったのである。
別行動を取った二人はと言うと、不可思議な状況の調査に乗り出ていた……。
「しかし…時々見かけるこれは何なのか?」
三車線道路上、凛湖の視界に鎮座する何かを見ながらふと呟く。
真之助も無言で首を横に振るしかない。
それは、人の形をした"ナニカ"であった。
表面は黄土色でセメントの類の様な物を分厚く塗りたくって固めたオブジェにも見えるが、必死に逃げようとする姿が見え、芸術と言うよりもおぞましい実験のように感じ取った。
「…人の身体がこんな物になるとは思えないな…やはり何かがあるのか?」
「…例の…麻薬?」
「…多分な」
そう言いきると、凛湖は若干俯きながら辺りを見回した。
「これだけの人間が…」
一つだけでない。其処にはもがき、苦しみ、泣き叫び、助けを求めていたナニカが形作っていた。
「…地獄門の人間みたいだ…」
「………」
「この状態はまるでコクーンだな…堅い殻を作って新しい身体を作るみたいに…」
「…そんな物…有り得ない…」
「…そう思いたいな」
非情な現実の最中、真之助は何かに気が付き、HK417を構え、銃口をナニカことコクーンに向けた。
「…どうしたの?」
「……今、コイツ等が動いた…」
「まっ…まさか人が…」
「いいや、もうそれを通り過ぎてる…。間違いなく」
凛湖の問いに答え、そのままアンダーバレルに取り付けたM26 MASSショットガンにも手を掛け、ゆっくりと近づく。
コクーンからは目立った所が無いものの、それを警戒しながら更に近付く。
真之助はわかっていた。
(中身が動いている…間違い無い!)
次の瞬間、パキリと表面にヒビが入り、それが大きくなっていく。
「…戦闘体勢」
ヒビが走り、殻の破片が地面に落ちる。
次第に大きな音になると、上部が砕け散り、それの正体が現れた。
「…なっ!?」
「…マジかよ」
全体は無機質で尖り、おおよそ人間では無い。
まるで昆虫と植物が合体した形にも思い浮かばれるシルエットに二人は驚きを隠せない。
それはヌメリとコクーンから飛び出て着地すると纏わりつく粘っこい液体に関係なく振り向き、真之助をジッと見ている。
(…襲って来ない…いや、まだ襲う気が無いだけか?)
静かにM26 MASSのボルトをコッキングし、いつでも撃てるように構えると。
「……■■■■■■!!」
それは叫び声を上げ、頭らしき出っ張りを縦に開き、中の鋭い剣山のような歯を見せて飛びかかった。
「くっ!?」
真之助はすぐさまM26 MASSのトリガーに指を掛け、それの頭部をぶっ放した。
「グギャァァ!?」
12ゲージショットシェルから大量の散弾を発射し、殆どがそれの身体全体にぶち当たり吹っ飛ばす。
ぐしゃりと地面に倒れ、息耐えた後、構成員達と同じ様に灰化していった。
「…コイツもか…」
「まさか…此処のは全部…」
「そうとは言えない。だとしたらもっと前から出て来てるはずだ…」
そう言って他のコクーンに軽く小突いて見るが何の反応も無い。
「多分変化に時間が掛かるか…確率は分からないがX分の1位で変化するのか…どちらにせよ此にも注意しないとな…」
「…だな」
この状況に納得するしか無い凛湖。真之助はヤン曹長から入手した情報を元に目的地をPDAで見ながら進んでいく。
歌が響く…。
悲しげに、美しく、艶やかに…。
ビルの屋上で彼女は無表情で歌を奏でていた。
「………」
それを見守るように一人の男がメガネを整え、その場に座る。
「…アリア、どうだい?この世界は…」
「…jud.残酷で…其れで居て美しいと感じえます…」
少女、アリアは瞳を開き、テロが起きている上海の街を見ながら静かに答える。
そして彼女は質問を男に返した。
「秀康様はどうですか?」
「…うむ、僕はね…この世界は悪くないと思うよ…」
「確かに残酷で居て美しいけど…諦めがある訳じゃない…むしろ…」
「其れが輝いて見える…」
秀康は笑みを崩さず、アリアの問いを答える。
そんな事でも無表情の彼女は胸元に手を当てて静かに口を開く。
「私はどんな世界でも…構いません」
「僕もだよ…アリア」
二人はこの世界を見つめながらその場に留まる。




