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川田 唯の始まりの日。の巻
私は、明日の卒業式に片思いをしている広瀬先輩に告白をしようと決めた。
先輩には好きな人がいるのは知ってる。もう失恋だって分かってるのに・・・それでも先輩に告白をしようと決めたのは、単なる自己満足。自分の気持ちにはっきりとケリをつけたいからだ。
先輩は甘いものがあまり好きじゃないらしいので甘さ控えめに・・・・
私の家は和菓子屋なので、私がケーキを焼いていると、両親はともかくいまだバリバリの現役であるおじいちゃんは「おじいちゃんなら、春の生菓子を作るぞ~。和菓子のほうが低カロリーだぞ~」などと横からチャチを入れてくる。
「もう、おじいちゃん!そんなこと言って、いっつも私が作るとまっさきに試食してるじゃん」
「和菓子屋の娘がまっとうに菓子をつくれるかどうか、点検してやってるんじゃ」
そういうと、おじいちゃんは焼きあがったケーキを手にとって、一口。
「あ!なにしてんの、おじいちゃん!」
「ふむ・・・まあ、唯にしちゃあ上出来だな。で、これは誰にあげるんじゃ。男か?」
す、鋭いっ。
「おじいちゃんの知らない人だよ」
「ふーん。男か。」
「どうしてそうなるのよっ」
「わしが知ってる唯の友達は女の子だけだ。涼乃ちゃんとかな。ま、頑張ってくるんだな」
そういうとおじいちゃんは「はっはっは」と高笑いして台所から出て行った。
「・・・ごめん。俺、好きな人がいるんだ」
「あの。それって、長谷川部長、ですよね?」
「・・・うん。そんなにバレバレだったかな」
「はい。私が言うのもなんですが、部長には?」
「言えてないんだ。・・・・俺ってヘタレだよね」
「ヘタレとは思いませんけど・・・たぶん部長は気づいてないです」
広瀬先輩と向かい合う誰もいない廊下。私は予想通りの答えを聞いて“やっぱりな”という気持ちだった。
「川田さんから見てもやっぱり長谷川は気づいてないよね。俺、大学も遠いし・・・」
「広瀬先輩。その・・・いろいろがんばってくださいね。お時間とらせて申し訳ありませんでした。私、気持ちを伝えることが出来てよかったです。
あのこれ、イチゴのカップケーキです。食べてください。先輩、甘いものが苦手と聞いたので、甘さ控えめにしてますから」そう言って私は紙袋を差し出した。
「ありがとう・・・でも、いいの?」先輩はちょっと躊躇している。
「はい。どんな返事をもらっても、これだけは渡そうって決めてましたから。広瀬先輩、大学でもがんばってくださいね」
「うん。ありがとう・・・本当にごめん」先輩はようやく紙袋を受け取ってくれた。
「受け取ってくれてありがとうございます。広瀬先輩、お元気で」
私は精一杯の笑顔をつくった。絶対、先輩の前じゃ泣かないんだから。
「川田さんも、元気でね」
「はいっ」私が頭を下げると、先輩は校舎を出るために背中を向けた。これから、部活の追い出し会に向かうんだろうな・・・。
私はそのまま上を向くことができなかった。
手で口を押さえて声を出さないように、あふれる涙を誰にも見せないように。
涙が少しでもひいたら、顔を上げて私も家に帰ろう。
失恋決定とはいえ、告白してよかったのだ。
これで、忘れる準備が出来たじゃないか。先輩にばったり会ったときにちゃんと心から笑えるようになれるように、準備期間に入っただけよ。
「ふ。なんて自己中ないいわけ」私は誰にも聞こえないようにポツリとつぶやく。
とりあえず、顔を上げて歩くしかないのだ。
この様子を誰かに見られていたなんて、全く気がつかなかった私の春の一日。
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久しぶりに「泰斗高校シリーズ」を書いてしまいました。
よろしくお願いします。