3.吉村 恭一の儀式
俺には10歳年下の妹みたいな幼馴染がいる。隣に住んでる長谷川夫妻の一人娘、志保だ。
志保のことは生まれたときから知っている。俺もひとりっ子で兄弟がほしかったというのもあったし、何しろ赤ん坊なんて未知の生物。とにかく珍しかったので俺は志保の世話を面白がって焼いていた。
その赤ん坊とまさか19年後に恋人同士になるとは・・・人生ってわからない。
俺がインターフォンを押すと、志保ではなくて、志保の父親である長谷川 孝澄さんが顔を出した。
「おはよう恭一くん。こんなに朝早くから何かあったのかい?」
「おはようございます。長谷川さん。今日は志保さんと出かける約束をしていまして迎えに来たんです。それにもう10時ですから朝早くってわけでもないですよ」
「志保と?おかしいな・・・・今日は私と出かける約束で君とは約束してないはずだけど」
「もう、お父さん!!いい加減なこと言わないでよ!!」
あれは3ヶ月前。俺と志保は付き合うことになったとき、双方の親にきちんと報告しようと決めた。
双方の母親と俺の父親は喜んでくれたけど、孝澄さんだけは憮然とした表情を崩さなかった。
特に交際を反対されてないけど、志保を迎えに行くたびにいつもこの調子。すっかり定番となっている。
そして「志保、遅くなるときは電話してね。恭一くん、志保をよろしくね?孝澄さん、今日は私と過ごす約束でしょ?」と志保の母親である順子さんが間に入ってくれるのだ。
そして憮然とした孝澄さんと陽気な順子さんに見送られる。
二人で食事をしようと席についたとき、志保が口を開いた。
「恭ちゃん、家に迎えに来てくれるのはありがたいけど、お父さんが大変でしょ?私、どっかで待ち合わせでもいいよ」
「大丈夫だ。俺としては志保を迎えに行くほうが安心だ」
「安心?」
「待ち合わせなんかしてみろ。志保が待ってる間にトラブルに巻き込まれたらどうしようと考えちゃうだろ」
「トラブル?」
「ナンパとかキャッチとか。事故もあるだろ?」
「え~。ナンパなんかされたことないよ~。恭ちゃん、心配性だよ~」
志保は笑うけど、俺は真面目だ。だいたい、志保は自分が分かってない。こんなに可愛い顔してるのによく今までナンパとか無縁だったもんだ。
「とにかく。デートのときは俺が迎えに行くのは変更なし。いいね?」
俺の有無を言わせない口調に、志保はしぶしぶうなずいた。
「お父さん、いつも恭ちゃんのこと“恭一くんはたいしたもんだ”ってほめてたのに、最近は“あんな歳の離れた男はやめなさい”っていうの」
「大丈夫、気にしてないよ。娘をもつ父親ってああみたいだよ。俺の同僚は女の子が産まれたんだけど、まだ小さいのに“娘に彼氏?・・・そんなもん認めるわけないだろ”と息巻いてるからね。それに、実際歳が離れてるから言われてもしょうがないし。」
俺がそういうと、志保はちょっと憤慨したようだった。
「どうして?私は気にしてないのに。だいたいお父さんたちだって8歳離れてるんだから、お父さんが歳の差をいうなんておかしいもん!」
孝澄さん、どうしても俺にいちゃもんをつけたいんだな・・・うーん、これは思ったより手ごわいかも。
このデートのあと、俺がいつにも増して忙しくなり志保とはメールだけをやりとりする日が続いていた。そんなとき、大学病院で孝澄さんとばったり会った。
「こんにちは・・・どうしたんですか?」
「知り合いが入院したので、見舞いにきたんだ。恭一くんは忙しそうだね」
「ずっと病院に泊り込みです」
「そうか・・・ちょっと話したかったんだけど、無理みたいだね。じゃあまた」
もしかして、志保のことか?
「長谷川さん、ちょっと待ってください。俺今から休憩なので」
そういうと、俺は孝澄さんを引きとめた。
二人で病院の庭に出る。
「恭一くんが忙しそうだから、単刀直入に言わせてもらう。きみと志保がつきあうなんて、順子はともかく、私は予想もしてなかったよ」
「はい」
「こんな歳の離れた男のどこがいいんだか、私にはさっぱりわからん。確かにきみは優秀な医師で人柄も悪くないが」
「はあ・・・」逆らったらこじれる事は間違いない。それにしても褒められてるのかけなされているのか微妙なところ。
「しかし、私が反対してると妻と娘が冷たいんだ。そこでだ、きみと志保の間を認めてやることにした」
「はあ・・・え?」
「認めてやる。ただし」
「ただし?」
「志保を悲しませるようなことをしたら、何が何でもきみとの付き合いを止めさせる。いいね?」
孝澄さんはそれだけ言うと、「邪魔して悪かったね」と立ち去っていった。
次に志保と会うときはあの儀式をしなくてもよくなったらしい・・・俺はちょっとつまんないようなホッとしたような微妙な気持ちで空を見上げたのだった。
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第3弾、男の子じゃないじゃん・・・すみません(汗)




