1.泣かないように
夏休み中に、私は19歳になった。だからといって何の変化も無くいつものように父がケーキを買ってきてくれて、母が好きなものを作ってくれる。
「志保もいつかは、恋人と誕生日を過ごすようになるのね」母がケーキを切りながら言う。
「え~?そうかなあ」
「そうよ。そうじゃなきゃつまらないわよ」
「つまらない?」
「そうよ。志保が“今日は帰らないから”とか、明らかに挙動不審な感じで瑞穂ちゃんの家に泊まるとか言い訳したりっていうの、お母さん聞きたいもん♪」
娘に外泊勧めるって・・・お母さん、どんだけオープンなのよ。
「お母さん・・・そういうのないから。彼氏いないし」
「あらあ、そうなの?」
「順子。志保はそんな娘じゃないぞ。なあ?」父が私の返答を聞いて、みょうに嬉しそうなのも微妙だけど。
お風呂に入り、あとは寝るだけになった頃、私はケータイが点滅しているのに気がついた。
開いてみると、メールが1件。差出人は、高校の同級生だった広瀬くんだった。
『久しぶり。元気か?夏休みでこっちに戻ってきてるんだけど、明日会えないかな。』
広瀬くんとは、中学・高校と一緒で仲のいい友人だ。明るくさっぱりした気性で人望もあり、バスケ部の部長だった。確か大学は関西に行ったはず。
まだ卒業して半年もたっていないけど、何だか懐かしくなって私は特に用事もないため、待ち合わせ場所などの打ち合わせをやりとりした。
広瀬くんと駅前モール内にある大きな広場で待ち合わせた。イベントなどを行うステージがありクリスマスには大きなツリーが飾られる場所だ。あちこちにベンチが置かれて休憩所のようになっている。
「ベンチ、座らないか」
「うん」
夏休みだけど平日ということもあって、人は少ない。
二人でベンチに座ると、広瀬くんが口を開いた。
「長谷川。俺、長谷川のことずっと好きだったんだ」
突然の告白に、声も出ない。びっくりして広瀬くんを見る。
「俺、高校行ってるうちに告白したかったんだけど。なんか打ち明けられなくてさ。」
「あ・・広瀬くん・・・私」私、好きな人がいるの。ずっと片思いだけど。
そう言おうとしたところ、広瀬くんは首をふった。
「長谷川、好きな男いるんだろ?それを知ってたから、言えなかった・・・ていうのは言い訳だな。俺も断られるの分かってて告白するのはちょっといやだったし」
「広瀬くん・・・」
「でもさ。やっぱり伝えずにはいられなかったんだ。ごめんな、長谷川。驚いたろ?」
「う、うん。」
「いいんだ。俺もなんかすっきりしたよ。長谷川、俺たち友達だよな」
「うん、友達だよ。」
「そうか、それなら上等だ。じゃあ、ここで別れようぜ。俺、買い物あるから先に行くわ」
「広瀬くん、ごめんね」
広瀬くんはちょっと笑ってベンチに私を残して歩いていった。
広瀬くん、ごめんね。恭ちゃんと出会ってなかったら、たぶん広瀬くんのこと好きになってた。
でも、やっぱり私は自分の気持ちにうそはつけない。
家に帰ってくると、ちょうど恭ちゃんが車に乗り込むところだった。
「志保、出かけてたのか」
「うん。恭ちゃんは?」
「俺はこれからマンションに帰る。明日は出勤なんだ。」
「ふーん、そう・・・」
私が通り過ぎようとすると、恭ちゃんが「志保」と呼び止めた。
「なに?」
「なにがあった?」
「なんで?」
「そんな盛大に落ち込んでる志保を見たのは久しぶりだからな。なにがあった?」
そんな優しい口調で言わないで・・・・
「志保、どうした?」
「どうも・・・・しないもん」
「うそつけ。そんな泣きそうな顔して」
恭ちゃんの前では泣かないもん。泣くもんか。私は下唇をかんで下を向いてこらえた。
「・・・なんでもないもん」
「どうみても、なんかあったじゃねえか・・・・乗れ」そういうと、恭ちゃんは私の腕を引っ張って、助手席に乗せた。
恭ちゃんの車は紺色の小型車だ。中はすこしだけタバコのにおいがする。
「恭ちゃん、強引だよ!!」
「志保が泣きそうな顔をして帰ったら、長谷川のおばさんが心配するだろ?おじさんだってそうだ。何があったかしらないけどその泣きそうな顔を親に見せたくなかったら俺とドライブだ。どうする?」
いつかは行きたかった恭ちゃんとのドライブ。こんな形で実現するなんて・・・・
「・・・わかった。ドライブにつれてって」
読了ありがとうございました。
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調理部視点に戻りました。
志保は部員ではありませんが、OGということでご容赦ください。




