死に戻りのリッカは神様とハンバーグを食べる
「何? オマエ、また死んだの?」
目の前に居る呆れ顔の美青年を見てリッカは肩をすくめた。
「ん、そうみたい」
今回の死因を思い出してみる。確かダンジョンで単身ボス戦に挑んだ記憶がある。あー、レベルが足りなかったかぁ、それとも装備かな、なんて冷静に彼女が思えるのは、あの世界で彼女に痛覚がなく死に戻りの能力を貰っているからだ。誰にと言えば目の前の美青年——あの世界の神様に、である。
「みたい、じゃねぇ。もう少し自分を大事にしろよ」
「んー、そうだね」
「ほんっと、オマエって人の話、聞かないのな」
「そもそも人じゃないでしょ」
軽く言い返したリッカに神様——サンクラルテが顔をしかめる。
「それより行こ」
「……俺が言い出したことだけど……オマエ、絶対、楽しんでるよな」
「まぁね。……あの世界のご飯マズイし」
あの世界は、元の世界でいう中世くらいの時代だ——衛生環境の違いも食事の違いも、多少慣れたけれど辛いものは辛い。
「さ、行こ。今日は何にする?」
「んー……チェーン店のウドンの気分」
「いいね、うどん」
リッカが頷くと、途端に真っ白な二人だけの部屋は、雑踏の中に変わった。誰も彼女のこともサンクラルテのことも気にしない。ここはリッカの記憶を再現した元の世界だからだ。
遠い過去、元の世界で死んだリッカをサンクラルテは、あの世界に転生させた。神様にとって、単なる気まぐれの一つだった。気まぐれで好奇心旺盛な神様は、転生の代償にと彼女に元の世界の良いところを聞きたがった。リッカは、たくさんのことを話した。大好きだったゲームのこと本のこと家族のこと、母の作る大好物の料理のこと。
「ハンバーグってなに?」
神様の琴線に触れたのは、彼女の人生でも愛でもなく、ハンバーグだった。
「……食べ物だよ」
「へぇ……それ、食ってみたいな」
彼の言葉と共に白い部屋に現れたのはハンバーグが載った食卓だった。お店のものとは違う、母の手のサイズの少し小さめのソレ。ハンバーグの上にはリッカの好きな大根おろしと大葉が乗っていて、ポン酢がかかっている。ご丁寧に、ご飯と味噌汁まで付いていた。
ハンバーグの香ばしい匂いがリッカの鼻をついた。
「食おうぜ」
「……うん」
食卓の前に座る。頂きますと手を合わせてハンバーグを切る。肉汁が切れ目から流れ出す。一口、口に入れると、実家で使っている少し酸味の控えめなポン酢の味がする。最初に口に入れるのは大葉を避けて大根おろしとハンバーグだけだ。大根おろしは、おろしてから少し経って辛味の落ち着いた味になっている。母の優しさを感じながらハンバーグを噛み締めると、肉の旨みと荒目に切られた飴色タマネギの甘味を感じた。
(……美味しい)
二度と味わえないかも知れないハンバーグをリッカは、ゆっくりと味わう。一口目が終わると、次はご飯を食べて、それからハンバーグを食べる。肉の旨みと、炊き立てご飯の甘さが好きだ。ゆっくり咀嚼して、次は味噌汁を飲んだ。今回の味噌汁はジャガイモと油揚げの味噌汁だ。ホクホクしたジャガイモを味わい、油揚げの旨みを味わう。
それから、またハンバーグを食べる。今度は大葉も一緒に食べた。大葉の爽やかさが良いアクセントになっていた。大好きな味のハンバーグと味噌汁とご飯。気づけばリッカは無心で食べていた。
「へぇ、これ美味いな」
感心したように言ったサンクラルテの言葉は耳を通り過ぎた。美味しかったハンバーグが、いつもより塩っぱい気がした。
「……泣くなよ」
今度のサンクラルテの言葉は届いた。そのせいでリッカは自分が泣きながらハンバーグを食べているのだと気づいた。こんな時なのに母のハンバーグは優しく美味しい。
「……泣きたくもなるよ」
「……そうだな」
ガシガシとサンクラルテは頭を掻いた。それから天井を見上げて、視線をリッカに戻した時にはハンバーグは綺麗に消え去っていた。
「決めた。オマエに祝福をやる」
「なんで?」
「……オマエ、元の世界に帰りたいんだろ? ……叶えてやりたいけど、今の俺の力じゃ無理だから。だから祝福をやるから、ダンジョン潜って、オマエも神になれ」
「……なんて??」
説明不足すぎて意味が分からない。驚きのあまりに涙も止まったリッカをサンクラルテは真剣な目で見た。
「どっかのダンジョンには、まだ、前の神が置いてった祝福があるはずだ。それを使って神になれば……もしかしたら、元の世界に帰れるかもしれない」
「……本当に?」
「俺にも、絶対とは言えない。まぁでも多少の協力くらいはしてやるよ……美味いハンバーグの礼に」
それからリッカは死に戻りと無痛の祝福を貰って、あの世界に行った。あの頃と違って、今ではリッカが死ぬことも少なくなってきた。それでも、こうしてたまに死んでリッカはサンクラルテと会う。そして一緒に元の世界の記憶を辿って食事をする。
おかげで食事に対する記憶は、リッカの中で、まだまだ残っている。……けれど、他の記憶は、ゆっくりと風化して溢れて忘れてしまっていると言ったら——この優しい神様は泣くのかもしれない、と思う。
「おい、早く行くぞ」
「はいはい……」
雑踏の中、ウドン屋へ向かうサンクラルテを追いかけながら。リッカは今回も、秘密を秘密のままにすることを選んだ。今は一緒の食事を、ただ彼と楽しもう。彼女の記憶が尽きないうちに……神様になれるように祈りながら。




