表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「魔王を倒しに行ったら、魔王の方が被害者だった件」シーズン1  作者: 新豚(ニュートン)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/24

7話「椅子がある、と魔王は言いました」

特別窓口の天使に案内されて、廊下を歩いた。


白い廊下。等間隔に並んだ扉。天井から柔らかい光が降りている。どの扉にも番号が振られていて、一定間隔で案内板が壁に掛かっている。


役所だ、と颯は思った。神聖でも荘厳でもない。これは、役所だ。


すれ違う天使たちが、田中を見て道を空けた。壁際に張りつくようにして、田中が通り過ぎるのを待っている。一人の天使が書類を取り落とした。田中は立ち止まって拾おうとしたが、天使が「だ、大丈夫です」と後ずさって自分で拾った。田中は「すみません」と小声で言った。


颯は、その背中を見ていた。


黒い鎧。広い肩幅。頭の先の角が天井の照明にぎりぎり届かない高さを、かがみながら歩いている。すれ違う天使はみんな怯えているが、田中自身は慣れた足取りだった。


この人は、ずっとこうだったのだろう。どこに行っても怖がられて、自分が謝って、何も解決しないまま次の場所に移動する。4年間、ずっと。


「こちらです」


特別窓口の天使が、一つの扉を開けた。


会議室だった。


白いテーブル。椅子が六脚。窓があり、金色の空が見えた。壁には天界の紋章が飾られている。清潔で、静かで、誰もいない部屋。


田中が、足を止めた。


「……椅子がある」


「はい。あります」


「六脚も」


「会議室ですから」


「すごいですね」


「すごくないです、田中さん」


田中は椅子を一脚ずつ見ていた。どれも同じ白い椅子だったが、田中は丁寧に眺めていた。


「玉座しかなかったので。椅子が複数あるの、久しぶりです」


颯は黙った。笑っていいのか、悲しんでいいのか、わからなかった。田中と会ってからずっとこの感覚が続いている。


田中が、椅子に座った。


ミシ、と音がした。


椅子が小さかった。天界の椅子は天使用に作られていて、身長2m超の魔王が座ることは想定されていない。膝がテーブルの裏に当たった。テーブルが持ち上がりかけた。


「あっ―すみません」


田中が慌てて膝を引いた。椅子の肘掛けが、ぱきり、と鳴った。


「……すみません」


「田中さん、動かないでください。被害が広がります」


田中は肘掛けを片手で押さえながら、申し訳なさそうに背筋を伸ばした。角が天井の照明にぎりぎり届かない高さで止まっている。


颯は田中の正面に座った。エリエルはテーブルの端に、書類を広げて座った。


特別窓口の天使が、盆にお茶を三つ載せて戻ってきた。テーブルに置いた。湯気が上がっている。


田中が、茶器を見ていた。


「……欠けてない」


「欠けてないです」


「きれいですね」


「普通です、田中さん」


颯は自分の茶器を持ち上げた。温かかった。


魔王と勇者が、天界の会議室でお茶を飲んでいる。テーブルの端で天使が書類を整理している。窓の外は金色の空。お茶は美味しい。椅子は座り心地がいい。


何一つ間違っていないのに、全部おかしい。


颯は茶を飲んだ。こんなはずじゃなかった。転生して、旅をして、魔王城にたどり着いて、そこから先の人生は「勇者として讃えられる」か「魔王に負けて死ぬ」かの二択だと思っていた。「魔王と仲良くお茶を飲む」という選択肢は、なかった。


でも目の前の田中を見ていると、怒る気にもならない。椅子が六脚あることに感動して、欠けていない茶器に「きれい」と言って、冷めたお茶を姿勢よく待つ男。この人に剣を向けていた二時間前の自分が、信じられなかった。


「担当者をお呼びしますので、少々お待ちください」


特別窓口の天使が、そう言って扉を閉めた。


静かになった。


颯は茶を一口飲んだ。田中も飲んだ。エリエルは書類をめくっていた。


窓の外の金色の空が、ゆっくりと暮れ始めていた。


「……どのくらい待ちますかね」


「こういう場合、担当者が見つかるまでに早くて半日、遅いと―」


「半日」


「はい。窓口の引き継ぎは書類のみで口頭説明がないので、担当者が自分の担当だと気づくまでに時間が―」


「気づかないんですか」


「気づかないことの方が多いです」


颯はテーブルに額をつけそうになった。


「エリエルさん、何か早める方法はないんですか」


「私から担当課に連絡を―あ、でも、電話は繋がらないかもしれません」


「知ってます」


田中が、お茶をもう一口飲んだ。


「美味しいですね、このお茶」


「田中さん、落ち着きすぎです」


「すみません。待つのは慣れてるので」


颯は椅子の背もたれに深く沈んだ。天井を見た。白い天井。染み一つない。魔王城の天井とは違う。ここには焦げた跡も、照明の破片も、角がぶつかった傷もない。


でも、ここで田中を助けてくれる人は、まだ一人も現れていない。


どのくらい経っただろうか。


お茶が冷めた。田中は姿勢を崩さなかった。颯は三回ため息をついた。エリエルは書類の山を二つの束に仕分け終えていた。


田中が、冷めたお茶を飲んだ。


「美味しいですね。冷めても美味しい」


颯は天井を見た。この人を怒らせることは、たぶん誰にもできない。


扉が、開いた。


天使が一人、入ってきた。


若い顔。翼は小さいが、整っている。手に一枚の紙を持っていた。


天使は三人を見た。田中を見た。角を見た。赤い目を見た。黒い鎧を見た。


怯えなかった。


代わりに、深く頭を下げた。


「申し訳ありません」


会議室に、その声だけが落ちた。


颯は顔を上げた。田中の手が、茶器の上で止まっていた。


天界に来て、初めて聞く謝罪だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ