表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「魔王を倒しに行ったら、魔王の方が被害者だった件」シーズン1  作者: 新豚(ニュートン)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/24

6話「並んでるだけです、と魔王は言いました」

光が消えた。


足の下に、硬い床の感触があった。


颯は目を開けた。


白い。


壁も、床も、天井も白い。空気が軽い。重力が少し違う気がした。窓の外が光っていて、空が―金色だった。


ここが、天界。


建物の中にいた。広い廊下。天井が高い。柱には彫刻が施されていて、光が当たるたびに影が揺れている。遠くで鐘の音がかすかに響いていた。


颯は息を吸った。


神聖な場所だと思った。世界の秩序を管理する場所。転生を司り、運命を書き換え、すべての命の行き先を決める場所―


「あの、列の最後尾はどこですか」


田中の声が聞こえた。


颯は振り向いた。


行列があった。


白い廊下の端から端まで、人が並んでいた。天使もいた。翼のある者、ない者、書類を持った者、持っていない者。全員が同じ方向を向いて、黙って立っていた。


「……何ですか、これ」


「受付の列です」


エリエルが、当たり前のように言った。


「転生管理省の総合窓口は先着順でして。整理番号を取ってからお待ちいただく形に―」


「整理番号」


颯は、田中を見た。


田中は、列を見ていた。目が、少しだけ輝いていた。


「あ、整理番号の発券機がある」


「田中さん、嬉しそうにしないでください」


「すみません。懐かしくて」


田中が発券機に近づいた。ボタンを押した。紙が出てきた。


「第847番」


田中は紙を受け取り、番号を確認し、丁寧に折って鎧の内側にしまった。一連の動作に迷いがなかった。


「……何番まで進んでるんですか」


颯が窓口の上の電光表示を見た。


「第612番」


「235人待ちじゃないですか」


「今日は少ない方です」


エリエルが言った。颯は聞かなかったことにした。


田中が列の最後尾についた。


列に並んでいる顔ぶれを、颯は見た。翼の大きな天使が書類を何枚も抱えている。その前に、翼のない人間が不安そうに立っている。転生待ちだろうか。さらにその前に、天使が二人、小声で何かを確認し合っている。全員が疲れた顔をしていた。天界も、忙しいのだ。


田中の前に並んでいた天使が、振り返った。


目が合った。


天使の顔が、白から、さらに白くなった。


「ま―」


「すみません。並んでるだけです」


「ま、魔―」


「大丈夫です、並んでるだけなので。すみません」


天使が、3歩後ずさった。前の人にぶつかった。前の人も振り返った。田中を見た。その前の人も振り返った。振り返りが伝染していった。


10秒で、田中の前方に5mの空白ができた。


後ろに並ぼうとしていた天使は、田中を見て列を離れた。別の窓口に向かっていった。


「……田中さん」


「はい」


「前、空いてますけど」


「ああ。いつもこうなので」


「いつもって、城の中でも?」


「はい。廊下を歩くと、みんな壁際に寄るので。歩きやすくはあります」


田中は気にしていなかった。整理番号の紙を大事そうに鎧の内側にしまったまま、姿勢よく立っていた。手を体の前で組んでいた。窓口で順番を待つ客の姿勢だった。


颯は田中の隣に立った。


前の天使たちが、さらに距離を取った。


「颯さんまで避けられてますね。すみません」


「田中さんのせいじゃないです」


「すみません」


「だから謝らないでください」


「すみません」


「……」


エリエルが、田中の反対側に立った。


颯は、一歩引いて三人を見た。


身長2m超、角つき、赤目、黒鎧の魔王。剣を腰に差した勇者。書類の束を抱えたヨレヨレの天使。


三人が、天界の受付窓口の行列に並んでいる。


前後5mに誰もいない。


周囲の天使たちは、全員目を逸らしている。一人だけ、こちらをちらちら見ている天使がいたが、田中と目が合った瞬間、書類で顔を隠した。


なんでこうなったんだろう、と颯は思った。2年前、勇者として転生したとき、最終決戦で魔王を倒す未来を想像していた。魔王城の玉座の間で剣を交える。壮絶な戦い。勝利。世界に平和が戻る。


今、魔王と一緒に行列に並んでいる。


「あ、動きましたよ」


田中が、一歩前に進んだ。


前方の空白は変わらなかった。


「動いたの、田中さんだけですよね。列は動いてないですよね」


「あ、そうですね。すみません」


颯はため息をついた。


この行列を、あと何時間待てばいいのか。颯は勇者だ。魔王を倒すために転生した。それが今、役所の順番待ちをしている。人生で一番無力だった。剣では列は短くならない。


そのとき、廊下の奥から足音が近づいてきた。


天使だった。翼が大きく、手入れが行き届いている。エリエルとは明らかに格が違った。腕には書類が一枚だけ。一枚だけ持って歩いている天使を、颯はここで初めて見た。


天使は、田中の前で足を止めた。


怖がっていなかった。


「あなた、苦情案件の当事者ですね」


「あ、はい。田中誠です。あの、並んでるだけなので―」


「特別窓口にご案内します。こちらは来賓用の窓口で、通常窓口とは別です」


颯が口を開いた。


「特別窓口?」


「はい。苦情案件の当事者が直接お越しになった場合は、特別窓口でお受けすることになっています」


天使の目が、エリエルに向いた。


「クレーム処理担当が同行しているなら、当然ご存知ですよね」


エリエルが、書類の束の後ろに隠れるように小さくなった。


「あ……来賓対応は管轄外でして―」


「管轄外でも、案内くらいはできるでしょう。当事者を一般の列に並ばせてどうするんですか」


「……申し訳ありません」


田中が、一歩前に出た。


「あの、この方も困っていると思うので―」


「田中さん」


颯が止めた。


「被害者の自覚もってください」


「……すみません」


特別窓口の天使は、エリエルを一瞥してから、廊下の奥を指した。


「こちらへどうぞ」


颯は田中を見た。


田中は、整理番号の紙を鎧の内側から取り出していた。


「これ、取っておいていいですか?」


「……整理番号をですか?」


田中は紙を見ていた。第847番。丁寧に折り目がついている。


「なんとなく。番号があると、安心するので」


颯は、何も言わなかった。


言えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ