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「魔王を倒しに行ったら、魔王の方が被害者だった件」シーズン1  作者: 新豚(ニュートン)


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5話「煉獄魔城・第1から第7塔複合施設」

「では、転送陣を―」


エリエルが右手を上げかけて、止まった。


「あ。申請書が先でした」


「……申請書」


颯の声が、低くなった。


「はい。転送陣の使用には、第40課の管轄で、転送陣使用申請書の提出が―」


「天界に行くのにも書類がいるんですか」


「規則上―」


「規則上」


「……はい」


エリエルが、書類の束の中から用紙を一枚引き抜いた。慣れた手つきだった。


颯は受け取った。


項目を見た。


氏名。管理番号。転生者登録番号。転送元の座標。転送先の住所。転送目的。転送の緊急度(5段階評価)。同行者の有無。同行者がいる場合はその氏名、種族、所属。転送中の体勢の希望(立位・座位・仰臥位)。到着時の方角指定(東西南北・指定なし)。


「……体勢の希望って何ですか」


「転送陣の仕様で、到着時の姿勢を指定できるんです。希望がなければ『指定なし』で―」


「指定なしで大丈夫です」


「では到着時の方角は―」


「指定なしで大丈夫です」


颯が用紙をにらんでいるあいだに、田中が立ち上がっていた。玉座に座り直し、膝の上に用紙を置き、鎧の内側から取り出したペンを構えている。


「……もう持ってるんですか」


「書くものは、常に持ち歩くようにしてます」


田中は書き始めた。


速かった。


氏名、管理番号、転生者登録番号―すらすらと埋まっていく。迷いがない。書き慣れた数字を、書き慣れた順序で、書き慣れた速度で書いている。


「……田中さん、管理番号を暗記してるんですか」


「12通も書いたので」


颯は何も言えなかった。


田中は転送元の座標の欄で、一瞬だけ手を止めた。


「エリエルさん、ここの座標って、煉獄魔城の登録座標でいいですか」


「あ、はい。魔城登録コードで―」


「K—723—Bですよね。朝礼の出欠報告に使う管理コードと同じだと思うんですけど」


エリエルが目を見開いた。


「……よくご存知ですね」


「月次報告書のヘッダーに毎月書いてたので」


颯は田中の手元を覗き込んだ。転送元の欄に「煉獄魔城・第1から第7塔複合施設」と書いてある。


「……何ですか、それ」


「ここの正式名称です」


「都営住宅みたいですね」


「言われてみれば、そうですね。第2棟と第3棟の間に駐輪場もありますし」


「ありますし、じゃないです」


田中は書き続けた。転送目的の欄に「苦情案件に関する直接面会の申し立て」と書いた。一文字も迷わなかった。


颯は壁に背中を預けて、腕を組んだ。勇者が剣も抜かず腕を組んで、魔王が膝の上で書類を書いている。


何の絵だこれは、と思った。


「できました」


田中がペンを置いた。


「速くないですか」


「窓口にいた頃は、もっと項目の多い書類を日に30枚は処理してたので」


エリエルが受け取って、内容を確認し始めた。上から順に項目を追っている。途中で手が止まった。


「……不備がないです」


「当然じゃないですか」


「いえ、この申請書は項目が多いので、初見で不備なく書ける方は―」


「田中さんは初見じゃないんですよ。12通書いてるんです。慣れてるんです。それが問題なんです」


エリエルが小さくなった。


「こちらも必要です」


エリエルが、もう一枚出した。


「天界入域申請書です。転送陣とは別の書式で―」


「ああ、これ」


田中が用紙を受け取り、表を見て、裏を見た。


「苦情申請書の別紙Cに似てますね。右上の記入欄の配置が同じだ」


「……お詳しいですね」


「天界の書式って、課ごとに違いますけど、記入欄の配置にパターンがあるんです。右上に管理番号、左下に日付、中央に本文。このタイプは第3課系の書式ですよね」


エリエルの眼鏡の奥の目が、複雑な色をしていた。


「……はい。第3課の書式をベースに―」


「だと思いました」


田中が書き始めた。同じ速度だった。


「同行者の分も必要ですか」


「はい。勇者様の分も―」


「じゃあ俺が書き―」


「大丈夫です。颯さんの氏名と管理番号だけ教えてもらえれば、残りは同行者申請の定型文で書けるので」


颯は自分の管理番号を伝えた。田中はそれを聞きながら、二枚目の用紙にペンを走らせていた。


同時に書いていた。


自分の天界入域申請書を書きながら、颯の同行者申請書の管理番号欄を先に埋めていた。


「同時に書けるんですか」


「窓口では、お客様の書類を代筆しながら自分の処理票を書くことがよくあったので」


颯は天井を見上げた。


「……田中さん」


「はい」


「スキル欄に『書類処理』はなかったですよね」


「なかったです」


「あった方がよかったんじゃないですか。そば打ちより」


田中が、ほんの少しだけ笑った。


「書いてたら使ってたかもしれないです。使用回数ゼロじゃなくなってた」


田中がペンを置いた。三枚の申請書が、膝の上に揃えられている。角が揃っている。端が折れていない。


「できました」


エリエルが三枚を受け取り、順に確認した。


一枚目。目を通す。頷く。


二枚目。目を通す。頷く。


三枚目。目を通す。頷く。


「……全て、不備なしです」


「では」


田中が立ち上がった。


颯も壁から背中を離した。


エリエルが、玉座の間の中央に立った。右手を掲げる。床に光の文様が浮かび上がる。


転送陣が、開いた。


「こちらへ」


エリエルが、光の中に立っている。


颯は田中を見た。田中は玉座の間を一度だけ振り返った。暗い広間。紙の山。割れた照明。


「行きましょう」


颯が言った。


田中は頷いて、光の中に足を踏み入れた。


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