4話「ただいま回線が大変混み合っております」
「行き方、わかるんですか」
田中の声は、静かだった。
颯ではなく、エリエルに向けた問いだった。
エリエルが口を開きかけたが、田中の方が先だった。
「実は、自分でも何度か試したんです」
颯は足を止めた。
「試した?」
「はい。最初の年に、苦情申請書を書きました。転生先の不一致について、事実関係の確認と、修正手続きの開始を求める内容で」
「それが、さっきの『全件届いてる』やつですか」
「はい。最初の一通は、転生して3ヶ月目に出しました」
「3ヶ月目」
「はい。届いたかどうか確認する方法がなかったので、もう一通出しました。4ヶ月目に」
「……返事は」
「なかったです。でも、届いていないだけかもしれないと思って、少し間を置いて、もう一通。それから半年後にもう一通。それから―」
「何通出したんですか」
田中が、鎧の内側をまさぐった。紙の束を引き出す。
「控えを取ってあります」
颯は受け取った。数えた。
「……12通」
「はい。全部、書式が合っているか不安だったので、毎回少し変えて出しました。宛先も、第3課、第12課、第38課―思いつく限り、全部に」
「12通出して、返事がゼロ」
「一度だけ、返事が来ました」
颯の目が動いた。
「2通目のときです。封筒に『審査中』のスタンプが押してあって、中に紙が一枚入ってました」
「何て書いてあったんですか」
「『お問い合わせいただきありがとうございます。現在、担当課にて審査中です。結果が出るまで、今しばらくお待ちください』」
「……それだけ?」
「それだけです。3年半前の話です。その後、同じ宛先にもう一通出したら、今度は封筒ごと戻ってきました」
「なんで」
「『同一案件の重複申請はご遠慮ください』って。書式を変えて出したから、違う案件だと思ったんですけど、管理番号が同じだったみたいで」
颯は天井を見た。見上げて、息を吐いた。
「……他には。他に何か試しませんでしたか」
「天界への連絡手段を探しました。この世界には祈祷塔というのがあって、天界と通信できるらしいと聞いたので」
「繋がったんですか」
「繋がりました。呼び出し音が鳴って―」
「鳴って?」
「『ただいま回線が大変混み合っております。しばらく経ってからおかけ直しください』と」
「自動音声」
「はい。時間帯を変えて3回かけました。全部同じでした」
「3回で諦めたんですか」
「4回目で、繋がったんです」
颯が身を乗り出した。
「繋がったのに―」
「はい。繋がった先が、第41課の整理番号破棄窓口で」
「関係ないところに繋がった」
「はい。でもせっかく繋がったので事情を説明したら、『管轄外ですので、担当課におつなぎします』と言われて」
「おつなぎされた」
「はい。そのまま、切れました」
颯は黙った。
「もう一回かけたんですけど、また自動音声に―」
「わかりました。わかりました」
颯は手を上げた。田中が律儀に説明を続けようとしているのを止めた。
「……他には」
「あと、直接行こうとしたことが、一度あります」
田中の声が、少し小さくなった。
「天界への入口が、どこかにあるはずだと思ったんです。この世界のどこかに。だから―」
田中が、言葉を切った。
「転生して1年目の終わりに、城を出ようとしました」
「出た?」
「門のところで、ガザンに会いました」
「ガザン」
「部下です。城の業務を統括している。朝礼の声が俺より大きいんです」
颯は待った。
「『どこか出かけるのですか』って聞かれて」
「何て答えたんですか」
「『いえ、なんでもないです』って」
颯は、何も言えなかった。
「……帰ったんですか」
「はい。ガザンが、翌日の朝礼の資料を持っていたので。確認しないとまずいかなと思って」
「朝礼の資料」
「はい。それで、部屋に戻って、資料を確認して……そのまま、行けなくなりました」
田中が、膝の上で手を組んだ。
「行ったら、朝礼は誰がやるんだろうとか、回覧板は止まるなとか、月次報告書の確認が溜まるなとか。―そういうことを考えてたら、出られなくなって」
「……それから3年間、一度も試さなかったんですか」
「苦情申請書は出し続けました。でも、城は出られなかった」
「田中さん」
「はい」
「なんで一人で全部やろうとしたんですか」
田中が、少し困ったように首を傾げた。角が玉座の背もたれに当たって、かすかに音がした。
「迷惑をかけたくなかったので」
「誰に」
「……みんなに。部下にも、天界の人たちにも」
「天界の人たちにも迷惑をかけたくないんですか。田中さんを魔王にした人たちですよ」
「でも、忙しそうだったので」
颯は振り返った。
エリエルは、書類を抱えたまま立っていた。眼鏡の奥の目が赤かった。充血ではなかった。泣いていた。
「エリエルさん」
「……はい」
「天界に行く方法、あるんですよね」
エリエルが、書類の束を抱え直した。指が震えていた。
「転送陣を―私の方で、開けます」
田中が、顔を上げた。
「行けるんですか」
「はい。第40課の管轄ですが、クレーム処理担当の権限で―」
「規則上、大丈夫なんですか」
「大丈夫です」
エリエルの声が、初めて震えなかった。
「管轄内のことは」




