21話「予約なしなんですが、と魔王は言いました」
第7課は、第33課から廊下を戻って、右に曲がった先にあった。
午前9時55分。受付開始の五分前。
扉の前に立った。田中が扉に手をかけようとした。
扉が、内側から開いた。
ゼファが立っていた。
「お待ちしておりました」
手に、一枚の書類を持っていた。面会申請書。記入済み。承認印―押してあった。
颯が、書類を見た。
「……ゼファさん、これ」
「各課の調査で第7課にも来ていたので、事情を説明して、事前に承認をいただきました」
田中が、ゼファを見ていた。
「いつからですか」
「昨日の夜です。颯さんたちが仮眠室に入られたあと、各課を回りました」
「……寝てないんですか」
「大丈夫です」
颯は天井を見た。
また一人、「大丈夫です」の人間がいた。天界はこのタイプの供給源なのだろうか。
田中が書類を受け取った。確認している。項目を一つずつ追っている。
「不備―ないです」
「当然です」
ゼファの声は、静かだった。
「ありがとうございます」
田中が頭を下げた。深く。
ゼファも頭を下げた。それから、顔を上げた。
「田中様。大臣室への最短ルートを案内します」
「え?」
「通常は第1課から第47課までの廊下を通りますが、第20課の裏口から第38課の資料室を抜ければ、半分以下の距離で別棟に出られます」
颯が口を開いた。
「……そんなルートがあるんですか」
「規則上、通行が禁止されているわけではありません。ただ、職員以外が通ることを想定していないだけです」
エリエルが目を見開いた。
「ゼファさん、それ、私も知りませんでした」
「裏口なのでフロアマップに公表されてるルートではありませんからね」
颯はゼファを見た。この天使は昨夜、田中たちが寝ている間に、書類の根回しだけでなく、大臣室への最短ルートまで開拓していた。寝ずに。
「案内します。こちらへ」
ゼファが先に歩き始めた。
「ゼファさんも、来てくれるんですか」
「田中様の案件は、私が調査しました。最後まで同行します」
五人が、廊下に出た。
普段は職員しか通らない廊下だった。狭い。照明が少ない。書類の箱が通路に積まれている。田中の鎧がぎりぎりだった。
「田中さん、ここ狭いので気を付けてください」
「はい。わかって―」
角が、天井のパイプに当たった。金属音が響いた。埃が舞った。
「……すみません」
「はっくしゅん」
エリエルがくしゃみをした。その拍子に資料が落ちた。
田中が拾おうとして角が壁をひっかき傷がついた。
「……すみません」
「田中さんもう動かないでください」
ゼファは裏口を案内した手前気まずいのだろう、前だけを一点に見つめていた。
裏口を抜け、資料室を通り、渡り廊下に出た。通常の半分以下の時間だった。
別棟に入った。
空気が変わった。廊下の幅が広い。天井が高い。田中の角が天井に届かない。ここに来て初めてだった。
「……天井が高いですね」
「田中さん、嬉しそうですよ」
「嬉しくないです。ただ―」
「嬉しいんですよね」
「……うん」
廊下の先に、扉が一つ。白ではなかった。木の扉。古い。表面に金の文字が刻まれている。
「転生管理省大臣室」
扉の両脇に、天使が一人ずつ立っていた。鎧を着ている。手に槍を持っている。門番だった。
門番が、廊下を歩いてくる一行を見た。
田中を見た。
槍が、構えられた。
「止まれ」
声が廊下に響いた。
「魔王の侵略だ」
もう一人の門番も槍を構えた。二人が扉の前に立ちはだかった。
田中が足を止めた。
「あの、すみません。予約なしなんですが―」
颯が振り返った。
「田中さん。髪切るんじゃないんだから、予約とかいらないです」
「でも、大臣にお会いするのに、事前連絡なしは失礼かなと―」
「槍を向けられてるんです。マナーの話じゃないです」
颯が門番に向き直った。
「面会に来ました。申請書も承認印も全部揃ってます」
門番が颯を見た。
「……勇者か。魔王を生け捕りにしてきたのか」
「生け捕りじゃないです」
「では、なぜ魔王を連れている」
「一緒に来てるんです」
門番の目が、ルカとエリエルに向いた。
「天使が二人、人質か」
ルカが一歩前に出た。
「人質じゃないです。同行しています」
エリエルも出た。
「手下でもないです」
沈黙が流れた。門番が田中を見ている。田中も門番を見ていた。ただし、田中が見ていたのは門番の顔ではなかった。
「あの、お二人とも、ずっと立ってるんですよね」
門番が田中を見た。
「……当然だ」
「重くないですか、その槍」
「…………は?」
「いつも持ってるんですか」
「……任務中は、常に―」
「休憩はどのくらいの間隔で―」
「田中さん」
颯が止めた。
「門番の労働環境の調査はしなくていいです」
「でも、ずっと立ちっぱなしは―」
「今はいいです」
門番は、混乱していた。魔王が、自分の労働環境を心配している。
「……書類を見せろ」
門番が手を差し出した。声が、少しだけ弱くなっていた。
田中が鎧の内側から書類を取り出した。五枚の申請書と一枚の複写。
一枚ずつ確認してから、角を揃えて渡した。
門番が確認した。一枚ずつ。
「……確かに」
「ありがとうございます」
田中が頭を下げた。門番が少し複雑な顔をした。魔王に頭を下げられて、槍の構え方がおかしくなっていた。
「書類はこちらで預かる。大臣に取り次ぎする」
門番が扉を開けた。中に入っていった。
五人は、扉の前に残された。
颯は緊張していた。ルカも。エリエルも。ゼファも。
「田中さん」
「はい」
「やっとここまで来ましたね」
田中は何も言わずただ扉を見ていた。
「……あの取っ手、ずいぶん高い位置にありますね」
「それ今関係ないです」
扉の向こうで、足音がした。




